素描が導く先に
蒼桐大紀
第1話 魔法の色鉛筆
「これはね、お嬢さん。魔法の色鉛筆なんだよ。おや、信じられないって顔をしているね。でもこれは本当の事。この色鉛筆でスケッチブックに絵描いて御覧。すると、絵に描いたものがその通りのものに、そう本物になるんだ。上手に描く必要なんて無いよ。かといって、ただの線とかまるじゃあさすがにダメだからね。上手でも下手でも絵を描く事。これが第一。色は全部で十二色。足りないなんて事にはなら無いと思うよ。……ああ、丁度良いから教えるけど、色が四つあればどんな色だって作れちゃうんだよ。これは、魔法なんて関係ないし秘密の事でも何でもないよ。知っている人は知っている色についての四方山話。おっと、丁度良いと言いつつ話が逸れてしまったね。御免よ。兎に角、この色鉛筆で描いた絵は本物になるんだ。君が望むだけ君が望むようにね。 ただし、これは内緒の内緒。無闇に話さないでおくれよ。この身とお嬢さんだけの秘密だ。ん? あははは……そうだね。さすがに鋭いね、撫で撫でして上げようか? それは結構。はは……失敬失敬。もう淑女って訳か。いや本当にそう思っているよ。心から同意するよ。うん。……と云う訳で、最後まで話を聞いてくれた御礼と、秘密厳守の御代にこの色鉛筆は君にあげよう。受け取ってくれ給え。遠慮は要らない。うん。うん。………では、そろそろお暇させてもらうよ。こう見えてもこの身は意外と暇ぢゃなくってね。ん? ああ、この身は言うなればきっかけの仕掛け人といったところだよ。それではこれで本当に——」
さようなら、と言い残して白いコートの男は、銀色のアタッシュケースを片手にその場から立ち去った。足早に、呼び止める隙も与えず、誰にも気付かせず。
もっとも、ああも一方的に、速読を口にするような調子で語り詰められたら、そんなことを思う暇もない。それにこの公園には、他に人影が無かった。
だから、里美はただ手渡された色鉛筆の箱を見つめるしかなかった。あどけなさが残る頬には、戸惑いがさざなみを立てている。それはそうだ。
十四歳。中学二年生。まだ大人のように都合良く逃げ道を作って、いま見たことを誤魔化すような芸当は出来ない。こんな突拍子もない状況に立ち会わされては呆けるしかないだろう。
「なんだったの……?」
疑問を口にしてみても、答える相手は当然いない。でも、自分が見たことは覚えているし、手の中には「魔法の色鉛筆」がちゃんとある。
「うーーん」
……と考えてみてもわからないものはわからない。 それでも里美はもう少しだけ考えて、さえずりのような吐息を漏らし、
「ん。とりあえず帰ろう」
秋の日はつるべ落とし。
肩口で切りそろえたわずかにウェーブのかかった髪が風に揺れ、その何倍も長い影を作っている。
夕焼け色に染まっていく時間。
里美は背中を照らす茜に振り向いた。
夕暮れどき。黄昏どき。
茜色の世界に消えていく、白い背中のあなたはだあれ?
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