第4話 馴染めない昼休み

 いつもそうだった。

 こうなりたい、こうしようと思っても、それを実践することは難しくて、立ち止まってしまう。

 三日過ぎて同じ制服に袖を通してからも、里美の周りは三日前と同じようだった。

「山川さん」

「はい?」

 昼休み。前の席に座る木坂が声を掛けてきた。にぎやかに昼食の世界へ移行しつつある教室の中で、彼女の周りには数人の女子が集まっている。手にはお弁当。

「ね、席借りて良いかな?」

 手を合わせるポーズをして、ウィンク一つ。

「ちょっと幸子。わるいよー昨日もだし」

 里美が何か言うよりも早く、木坂の左隣にいたセミロングの女子が口を挟んだ。ただ、妙に軽い言葉。口調ではなく言葉そのものが。

「……でも、初日みたく無理に付き合わせるってのも良くないでしょ」

 彼女はトーンを落とした声で応じる。本人は聞こえていないつもり、その実まるまる全部聞こえているひそひそ話。

 木坂幸子の周りには人が集まりやすい。明るくて人当たりが良く、鼻筋の通った美人顔で、ついでに学級委員などという肩書きまで付いている。ただちょっと、配慮に欠けるところがあり、それに無自覚なのが大きな欠点だが。

 里美は人には絶対聞こえない心中でためいきをつくと、セミロングの彼女の名前を記憶から探し出す。

「川原さん」

「え、あ。……なに?」

 合ってて良かったとひとしきり安堵して、用意しておいた言葉を空々しく聞こえないように声に乗せる。

「席使っていいよ。私、ちょっと行く当てがあるし」

「そーなの? じゃ借りるね」

「うん」

 必要な物だけ持って席を立つと木坂が、

「ありがとねー」

 と軽く手を振って見せた。

 里美も同じように笑みを返した。 表情を隠しているであろう髪を払わないまま。

 教室の引き戸が閉まる音が、自分の中でいやに強く響いた。 そんなことばかり、気が向いてしまっていた。

 だから彼女は気付けない。

 振り向かなかった後ろで、その背中を追い掛ける視線があったのに。


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