第3話 転校三日目

 十月。秋が深まりつつある中で、朝の空は澄んでいくような気がする。

 それなのに里美は俯き加減に、学校へ続く銀杏並木の遊歩道を歩いていた。 心に重しが乗せられているような気分。

「……はぁ」

 聞こえないようにためいきを一つ。

 あれからわざと下手に描いたり、カリカチュアにしてみたり、実物を持ち出して写生してみたり、描いた絵をスケッチブックから切り離してみたりと色々やってみたものの、結局は色鉛筆が短くなっただけだった。

 魔法なんて無い。

 わかっていたはずのことをわざわざ証明したようなものだった。

 夕飯を告げる母の声に我に返ると、着替えすらしないで絵を描いていたことに気が付いて驚いた。

「……もう、なにしてんだろ」

 信じてしまった自分がみじめで仕方なかった。でも、夢中になれたのはすごく久しぶりだったから、色鉛筆は丁寧にしまった。いまはスケッチブックと一緒に鞄の中。

 そう、気が重い本当の理由はそれではないのだ。

 黄色くなりかけた木々の下。同じ学校に通う生徒たちがにぎやかに登校している。里美もその一人だが、彼女周りだけは静かな朝だった。

 彼女だけ浮いている。

 一人で歩いていることももちろんあるけれど、制服が周りと似ているけど違うものだったから。

 転校してきたのは三日前。引っ込み思案なところのある里美が、新しい学校に馴染むには全然時間が足りなかった。

 クラスメートらしき人間を見かけても、声を掛けるまでには至らない。向こうから挨拶してくる生徒もいたが、それだけですぐ別れてしまう。

 転校生という存在が特別なのは最初の一日。長くて二日。何か印象強いことでもしない限り、その辺りで適当に距離を取られる。入ってきたければまあどうぞ、ただその前にこっちのルールを知っておいてね。

 こっそりそういうルールの存在を嫌っていることもあり、溶け込むどころじゃなかった。

 里美にとって今回が初めての転校だった。

 だからこういう時どんな風にしたらいいかわからないし、自分から色々アクションを掛けられるほど積極的じゃない。

「こんなのじゃだめなのに……」

 わかっていても、流れを変えることができない自分が情けない。足取りが重く、遅くなるのを止められなかった。でも。

「……うん」

 せめて前を見て歩こうと下りてきていた髪を払った。

 後ろ向きになっていちゃいけない。



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