6.果てへの滑走

 数日後の早朝。


 まだ太陽が上らない内に、ヴォルは再び、エトの家を訪れた。


 想像通り、というか、エトは家の近く、「世界の果て」の崖っぷちの近くにいた。


 彼女は木と布で作られた、翼を広げる鳥のようなオブジェをいじっていた。

 その鳥は全体を真っ赤に塗られていた。


 そして、彼女がその鳥をいじる傍らには、籠に入った、本物の鳥もいた。小さな白い渡り鳥。

 名前は知らないが、ヴォルもたまに森などで見かけるやつだ。


 ヴォルが近づく足音に、エトは作業の手を休め、鳥のオブジェから顔を出した。


「おや。どしたの?」


 エトは特に驚くでもなんでもなく、ごく普通にヴォルに声を掛けた。

 ヴォルは苦笑いした。


「もう少し驚くと思ったんだがな」


「なんで?」


「いや、まあいいけど」


 エトは両手をはたきながら、ヴォルへと近寄る。


「で、どうしたの? お別れを言いに来たの? それとも投身自殺を拝みに来た?」


 ヴォルは指で頬をかき、しばし言葉を選んでいるようだった。

 そして、言った。


「お前、本当に、これで飛ぶ気か? 『世界の果て』の先に」


「うん」


「行ってどうするんだ? こんな、何もないところ」


 言われてエトは「果て」に目をやった。

 朝焼けに染まった「果て」の空はどこまでも赤く、だが、確かに他に何もない。


 エトはヴォルに振り返り、例のイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「そこで、この子の出番なのね」


 そう言いながら、籠を持ち上げた。白い渡り鳥の入った籠。


「私の調べによると、渡り鳥の何種類かはこの世界じゃなく、別のどこからかここに渡ってきてるんよね。

 つまり、この『果て』の先には別の世界があるってこと。

 そして、この子の飛べる距離の限界とかをいろいろ計算すると、このポンコツで飛べる範囲内にそれがあるってわけよ」


 言いながら、自分で満足気に頷くエト。

 それから、少し、真面目な顔になって続けた。


「まあ、失敗する覚悟はちゃんとしてるから。止めないでおくれ。どうせ止めたってやめないから」


「止めないさ」


 そして、少し目をそらして、続ける。


「俺も付いていくがな」


 エトは最初、ヴォルの言葉の意味を理解できないようだった。だが、やがて理解し、ええーっと大声を上げた。


「アンタ馬鹿なの? 死ぬ気?」


「いや、お前がそれを言うのはおかしいだろ」


「ああ、そうか。でも、本気なの?」


「ああ。ちょうど二人乗りのようだしな」


 そういってヴォルは、赤い翼を指さした。確かに操縦席の後部にはもう1席ある。


 エトは困ったような、呆れたような顔をしたが、やがて笑った。そして、鳥かごを掴むと、さっそうと操縦席へと乗り込んだ。


「しゃあない。乗りたいなら乗りなよ。地獄への旅路に道連れがあるのも悪くないさ!」


 ヴォルは苦笑いしながら、愛用の帽子を脱ぎ、懐に収めた。

 そして、木と布でできた、頼りない赤い翼の後部へと乗り込む。


「よし、行くぞ、野郎ども! 出発だ!」


 エトの声が空に響き、それと同時に、翼の心臓部に火が入る。

 翼はやかましい駆動音を立てながら、世界の果てへと徐々に速度を上げていった。

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果ての向こうへ 涼格朱銀 @ryokaku

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