5.世界の宝を盗む者
扉の先は、かなり広々とした空間だった。カンテラをかざしても、奥までは見通せない。
「さて。ここからが本番だからよく聞いてね、ヴォル」
カンテラをかざし、先導しながらエトが言った。
「私はこれから遺跡を動かすけど、その時に何が起きるかは把握し切れていない。
いきなり床が抜けるとか、天井が落ちてくるとか、そんな避けようのない危ないことが起こることはまずないと踏んでいるけど、この遺跡の泥棒避け機能が動作することは充分に考えられるから、警戒しておいて」
「具体的には何が起こると考えてるんだ?」
「一番あるのは入り口の扉が封鎖されるとか、そういうことだと思うけど、それは私が対処するから考えなくていい。
ヴォルは主に床や壁や天井から矢が放たれるとか、ガスが吹き出すとか、あるいは変な怪物が襲ってくるとか、そういうことがないか警戒しておいて」
「よくわからんが、わかったよ」
答えるヴォルの右手が、無意識に剣の柄にかかる。
広くて暗い中を、エトがどう歩いたのかはわからなかったが、ともかく2人はなにやら、大きな円筒系の物体の前まで来た。その円筒は床と天井を貫いているように見える。
そしてその円筒の前には、細かい意匠が施された、台のようなものがあった。
エトは右手を左の袖に突っ込み、例の紐のようなものを引き出しながら言った。
「さて。これから遺跡を動かすよ。少しかかると思うけど、警戒して」
「わかった」
エトは紐を台座の一部に差し込むと、何やら台座をいじり始めた。
ヴォルは右手を剣の柄にかけたまま、暗闇の中を見張る。
――しばし、沈黙が続く。
聞こえるのは、エトがときおり動いた時の服が擦れる音や、ポシェットを開閉する時のボタンの音、それから、ため息ともなんともつかない小さな唸り声だけ。
――と、唐突に空間が明るくなった。天井のパネルがところどころ白く発光し、辺りを照らす。
それによって、ヴォルは、自分たちの居場所がどんなところか、ようやく把握できた。
それは、かなり広い、扇形の部屋だった。自分たちのいるところは、扇でいうところの中骨の辺りだった。
その辺りには、エトが取り掛かっているものの他にも、いくつか似たような円筒形と台座が並んでいる。
と、そのとき、エトの取り掛かっている台座の前にある円筒型が、空気が抜けるような音とともに、上下に開いた。
中には円形の台座があって、その上には金属製の四角い箱が置かれている。
「よし、開いた」
――と、その時、近くの床が丸くくり抜かれたように穴が空いた。そして、中から何かがせり上がってくる。
「エト、後ろだ!」
ヴォルの声にエトは振り返る。
穴から出てきたのは、金属製の、二本足で立つ、奇妙な何かだった。
脚は鶏のような逆関節で、腕も足も金属製の骨のような感じだった。
そして、身体に当たる部分は引き伸ばした卵のような形状で、人間で言う胸のあたりに、赤く光る目のようなものがある。
「私はこのフロアの警備責任担当者です」
その、引き伸ばした金属の卵に手足の生えたような、それは、どこから声を出しているかはわからなかったが、場違いなほど穏やかな男性の声で言葉を発した。
「このフロアは立ち入り禁止です。出口までご案内しますので、どうかお引取りください」
「わかりました。指示に従います」
エトはいやに素直にそう言った。そして振り返ると、目にも止まらぬ早さで円形の台座から金属製の箱をひったくり、脇に抱える。
「それではどうぞ、出口まで……」
「申し訳ございません、お嬢様。その箱は持ち出し禁止となっております。どうぞお返しください」
正直、今の状況がどうなっているのか、ヴォルにはいまひとつ理解ができていなかった。しかし、そりゃあ、さすがにそれは許してくれないよな、と、なんとなくその点に関しては納得した。
「ようし、ヴォル」
エトの声に、ヴォルは次の展開を察した。
そして、ほぼ予想通り、エトは弾かれたように動き出し、卵に向かって突撃した。
エトに思いっきり体当りされ、卵はひっくり返る。
「付いてきて!」
言われるまでもなく、ヴォルはエトに付いて駆け出した。
エトはその広い空間を、閉まっている扉に向かって走る。
一体どうするのか、と思いながらも、とにかくヴォルはその後ろについて走る。
振り返ると、いつの間にかさっきの卵は3つになっていて、それぞれこちらに向かって結構な速度で近づいていた。
扉を開けている間、アレの相手をしなければならないか、と、ヴォルは肚をくくった。
しかし、その覚悟も虚しく、扉はエトが近づくと、勝手にスライドして開いた。
エトはそのまま通路へと飛び出し、迷わず一方へと走る。
「そっちでいいのか? さっきと逆方向だが!」
ヴォルは一応確かめる。
「合ってる! そもそもあっちは行き止まりでしょ? あのロープで登るのは無理!」
と、二人の目の前に、さっきの卵と同じようなのが5~6体ほど、通路を塞ぐように立ちはだかっているのが見えた。
「お止まり下さい」
場にそぐわぬ穏やかな声で、卵が制止を呼びかける。
が、エトはその手前の側面にあった扉を、どういう方法でかはわからなかったが素早くあけ、そこに飛び込んだ。
エトも続く。
その先は、少し細い通路になっていた。2人がぎりぎり並べるか、といった幅。
そこをしばらく走り抜けると、突き当りに、今度はかなり頑丈そうな、鉄と思われる重厚な金属で作られた両開きの引き扉があった。
エトは走りながら左袖から紐を取り出すと、素早く扉に取り付き、紐を何かに差し込む。
ほどなく、その扉は静かに開いた。
それは、鉄製の箱のようだった。人が4人くらい入れそうな、やや狭苦しい空間。
ただ、天井には通路と同じく光るバネルが付いていて、暗くはなさそうであった。
「よし、乗って!」
紐をしまいながら、エトはそれに乗り込む。ヴォルも躊躇している暇はなく、とにかくそれに続いた。
ヴォルが乗り込むのを見計らったかのように、扉は開いたときと同じように、静かに閉まった。
それから、何やら引っ張られるような、変な感覚がヴォルの身体に伝わる。
その時、安全を確信したからか、エトは、ひいとか、へえとか、そんな声をあげながら、その場に座り込んだ。
ヴォルも膝に手を付いて、頭を下げて呼吸を整える。
少しして、落ち着いてきたヴォルは、エトの方を見て尋ねた。
「……で、なに、この箱」
「どっちのこと? 乗ってるやつ? 持ってるやつ?」
エトに問われて、ヴォルはああ、と思い出したような声をあげた。
「じゃ、両方。とりあえず乗ってる方」
「これは、遺跡の出入りに使うための動く箱だよ。さっき言ったでしょ、神様はいちいちロープで命がけの下降なんかしないって。この箱を使ってたってわけ」
「なるほど。で、これを動かすには一旦なんとかして中に入る必要があったと」
「正解。で、持ってるこっちは、この世界が浮いている理由のひとつ、かな」
言いながらエトは脇に抱えていた箱を膝の上に乗せると、それを開いてみせた。
中には、先ほどの遺跡の壁材と似た、金属とも石とも付かない、奇妙な物体の塊があった。
ただ、先ほどの壁材と違って、その塊は、わずかに紫色の光を放っているようだった。
「これは浮遊魔石とか浮遊鉱石とか言われているもので、これに少し力を加えてあげたら、物体を浮かすことができるってわけね」
「で、お前さんの目的はそれだったってことか」
「そゆこと」
「しかし、なんだってそんな……」
ヴォルは訊こうとして、しかし、やめた。
訊かずとも、彼女が何をしようとしているかは、もう、なんとなくわかる気がしたからだった。
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