4.世界の中心へ

 下り立ったところから少し進むと、確かに、遺跡らしき構造物の内部に通じる通路が見えてきた。


 ヴォルと少女は、それぞれ手持ちのカンテラに火を付けて、内部を照らしながら、その中へと進む。

 歩きながらヴォルは、崖を下りる時に飛ばされないようにしまっておいた、帽子を取り出して被る。


 少し進むと、霧は晴れて、中の様子がわかるようになってきた。


 その通路は、高さも幅もかなりあった。高さはヴォル2人分くらい、幅は人が5~6人横並びで歩けるほど。

 そしてその床や壁や天井は、石のような金属のような、見たこともない不思議な材質でできていた。よく見ると規則的に継ぎ目らしきものが見える。


 通路はしばらくまっすぐと続いていたが、やがて、扉のようなものに突き当たった。


 扉は引き戸のようだが、手を掛けられるようなところはなかった。あったとしても、どんなに力を込めてもびくともしなさそうではある。


「どうするんだ?」


「ふふん。任せなさい」


 少女はヴォルの前に出ると、扉の前に腕を組んで立った。そして、呪文のようなものを口の中で唱える。


 それから、扉に向けて右手を突き出し、言い放った。


「古の契約に従い、扉よ、開けッ!」



 ――扉はびくともしなかった。



 少女も右手を突き出したポーズのまま、微動だにしない。



 ヴォルは声をかけようかかけまいか、しばし躊躇していたが、たまらず言った。


「……おいおい。まさかもう手詰まりってことは……」


「大丈夫。これは想定内だから」


 少女は落ち着いた声でそう言うと、扉に近づき、左端の辺りを調べ始める。


 それから、右手の指を左手の袖の中に突っ込むと、なにやら紐のようなものを引き出し、それを扉に押し付けるようなことをした。


「はーん。なるほどね」


 少女は一人で勝手になにやら納得すると、頷きながら紐を袖の中に戻した。


 それから今度はカンテラで床を探った。


「あったあった」


 どうやったのか、少女は床の一部を引っ張り上げた。それから、その開いた穴に手を突っ込み、何やら動かす。


 すると、少しずつではあるが、扉が左右に開き始めた。

 重そうな扉なのに、ほとんど音もなく、するすると滑るように開いていく。


「……あのさ」


 床を元に戻し、両手をはたいている少女に、ヴォルは言った。


「さっきの呪文はなんだったんだ?」


「唱えてみたかっただけ」


 ヴォルは思わず、その場に膝からへたり込みそうになった。

 なんとか態勢を立て直すと、額に手を当てながら言う。


「……頼むから、心臓に悪い冗談はやめてくれ」


「まあほら、アンタ、私のこと信用してないし。だから、からかいがいがあるなあって」


 言われてヴォルは言葉に詰まった。


 少女はヴォルに振り返り、例のいたずらっぽい笑顔を見せた。


「忘れてもらっちゃ困るけど、この件に関しては私も命を懸けてるわけよ。ミスったら私もタダじゃ済まない。だからまあ、おっさんが思っているよりは、ちゃんと入念に準備はしてるよ。

 そんなに心配しないの!

 だいたい、ここまで来た以上、心配するだけ無駄だしね」


 そして、少女はカンテラをかざし、扉の奥へと歩き出す。

 ヴォルもそれに付いていく。


「なあ」


 歩きながらヴォルが声をかける。


「ん?」


「お前、名前は何て言うんだ?」


 少女は吹き出した。


「いまさら? ここで? もう『小娘』で良くね?」


「いや、少なくとも面と向かって『小娘』呼ばわりしたことはないぞ、確か」


「エトだよ」


「エトか。よろしくな。俺は――」


「ヴォルでしょ。よろしくー……っと」


 エトはそこで、何かに気付いて立ち止まった。

 見ると、通路の側面にドアらしきものがあった。

 さきほど通路を塞いでいたものよりは小さく、片開きのドアのようだった。


 そして、扉の上にはヴォルが見たことのない文字が書かれている。


 エトはそれをカンテラで照らしてちょっと見上げると、ひとつ頷き、それから、扉をなにやら探り始めた。


 それから、少し力を入れて引くと、扉はほとんど音もなく、あっけなく開いた。

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