いちご闘争

恵喜どうこ

第1話 いちご闘争

「我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか? 否! 始まりなのだ!」


 クリスマス、正月と大きなイベントが過ぎ、世間が浮かれモードから少し落ち着きを取り戻した1月15日。いちごの日。その男は彗星のごとく突如として、ぼくの目の前に現れた。

 短い髪をオールバックに撫でつけた男はいちごミルクカラーの桃色軍服に身を包み、イチゴスイーツ祭りの横断幕をつけた演説台の上で、拳を振り上げ熱弁を開始した。彼の襟元にはこれまたなんとも愛らしいいちごバッチが燦然と輝いている。


 いったい何が始まるのか――往来を歩いていた人々が足を止め、彼の前に集まりだした。店内にいた人たちもこぞって窓際のほうへ集まりだす。かくいうぼくもレジのカウンターから外へと目を向けざるを得なかった。


「この清水区における我がいちご公国の国力はみかん連邦に比べ、わずかなものである。にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か? 諸君! それは我がいちご公国の闘争目的が正義だからだ。これは諸君らが一番知っている」


 大きく手を振り上げ、熱弁し始めた桃色軍人に吸い寄せられるように続々と人だかりが大きくなっていく。

 

「おお、やってる、やってる」


 背後から呑気な声が飛んできて、ぼくは振り返った。金髪のイケメン男子が軽い足取りで近づいてくる。

 

「おはようございます、矢代先輩」

「やあ、おはよう、美和君」


 大学院生の矢代先輩は、このコンビニの古株で、今年から入ったばかりのぼくの教育係でもある。そんな矢代先輩は外で熱い演説を繰り広げる桃色軍人の演説をほほえましげに見つめている。


「あれはいったいなんですか?」

「ああ、美和君は初めてだっけね。あれはねえ、うちのこの時期限定のイベントよ」

「限定イベント? こんなこと、毎年やってんすか?」

「うん。ここら、コンビニの激戦区じゃん? うちの店が勝つためにはね、まあ、あれくらいのプロモーションはしないとさ」

「あの衣装は自前なんですか?」

「うん。しかも手作り。年々、装飾にも凝ってきててね。去年はSNSに上げたら、これがもうバズりまくってさ。今年もこれ目当てに来た人もいるんじゃないかなあ」

「はあ……そうなんですか」


 矢代さんの説明を聞きながら、あらためて桃色軍人を見る。言われてみると、客引きとしては大成功な気もする。

 ただ、問題はここからで、外の群衆をいかにして店内へ誘致するか――である。

 

「冬の果実の絶対王者であるみかん連邦が清水区を支配してから幾年月、我々は消費ランキング万年2位の座を余儀なくされてきた。

こんな我々に対し、世間は『2位だったら十分健闘しているじゃないか』と事も無げに言うかもしれない。

だが、考えてみてほしい。

万年二位の悔しさを。

万年二位の悲しみを。

万年二位という蔑みを。

この果てない三重苦に我々『いちご公国』の民たちはずっと耐え続けてきたのだ。

このような、いちご公国が掲げる担い手一人一人の栄光のための戦いを神が見捨てるはずはない」

「さて、俺の出番かなっと」


 そう言うと、矢代さんは身に着けているエプロンのポケットからサングラスを取り出した。


「じゃあ、美和君。俺、ちょっと行ってくるね。すぐ戻ってくるから」

「え? 矢代さんも?」

「そ、俺、重要な役もらっちゃったからさ」


 サングラスをかけて男前が爆上がりした矢代さんは店から外へ出て、演説台の隣に設置されたパイプ椅子に座り、長テーブルの上に置かれたロックグラスに手を這わせた。

 そんな金髪サングラスの登場に群衆がざわめいた。

 桃色軍人が彼のほうへちらりと視線を向けると、金髪サングラスは「うん」と大きく頷いてみせた。

 それを見た桃色軍人はさらに大きく声を張った。


「私の古くからの知人! 諸君らが愛してくれた熟練の戦士タダオ・モチヅキが営んだ望月農園は今年になり閉鎖した! 何故だ!?」

「担い手がいなくなったからさ」


 絶妙のタイミングで金髪サングラスがロックグラスを片手に合いの手を入れた。

 瞬間、群衆から「わあ」という歓声があがる。

 その声を聞いて、さらに金髪サングラスはニヒルに笑み、舞台から颯爽と去っていく。

 店内に戻り、サングラスを脱いだ矢代先輩がぼくの隣に戻ってくると、ぼくに満面の笑みを向けた。


「これでずいぶん彼らの心を掴めたと思うよ」


 矢代先輩が言うように、最初は引いていた群衆たちが前のめりになって桃色軍人の演説に耳を傾けている。

 桃色軍人はさらに続ける。


「新しい時代の覇権を選ばれた者たちが得るは、歴史の必然である。ならば、我らは襟を正し、この戦局を打開しなければならぬ。我々いちご公国民は万年2位という地位に甘んじながらも共に苦悩し、錬磨して今日のいちごスイーツ文化を築き上げてきた。この文化は加工しなくても、こたつという魔具さえあれば手ごろにほいほい食べられるみかんとは違い、我々いちごの、汗と涙と血の努力の賜物によるものである。

だからこそ、我々いちご公国の民は『いちごスイーツフェア』を大々的に展開し、打倒『みかん連邦』を胸に、闘争を開始するのである!

そうだ。やつら『みかん連邦』にフェアなどという小細工は必要ない!

ただ寒い冬と連邦のこたつ魔具さえあれば、必死にアピールしなくても、あほほど売れる。そう、あほほどだ。

みかんに取り憑かれた愚民どもは、段ボールという大箱を買い求め、手が猿のように黄色くなるまでばかばか食っていく。暖かい場所に放置したら、すぐに傷んでしまういちごと違って、みかんのやつらは思ったよりも丈夫である。さらに皮を剥いただけで手頃にほいほい食べられる。そんなに数を食べなくても、それなりに満足感、満腹感も得られる。

なんなら、みかんについている白い筋を丁寧に取る作業をすれば、おそろしい暇つぶしにもなる。

一方、我々の愛するいちごはへたを取れば簡単に食すことができるが、みかんのような満足度を得るためにはそれなりの量を摂取せねばならない。

量が多くなれば味に飽きてくる。

練乳という白い悪魔を投入すれば数は伸びるが、それも諸刃の剣になる。

残念ながら、食べるたびに白い悪魔をつけてしまうと、それこそ味に飽きが早く来てしまう可能性があるのだ。

そこへいくと不動の王者みかんに死角はないというわけだ。

だがしかーし! 今年こそはその絶対王者を倒すべく、我々いちご民は知恵を絞りに絞ってきた。品種の壁を越え、手を取り合って、打倒みかんのために血のにじむような努力と開発を重ねてきたのだ。

かつて、オオキ・クニアキはいちごの革新は清水の民たる我々いちご公国民から始まると言った」

「先輩、『オオキ・クニアキ』って誰ですか?」

「ん? 店長の親父さん。あの人、いちご農家の次男なのよ。婿養子で苗字違うからわかんないよねえ」

「ああ……それで」


 桃色軍人、もとい久保店長がどうしていちごスイーツフェアの時期になると、こうしたイベントを展開するか。今やっと理解できた。

 そういう背景を知ったうえで演説を聞くと、先ほどまではなかった『いちごへの特別な感情』が心の中にポッと花咲いたような気がした。 

 久保店長もといショウリ・クボ総帥の熱い演説はまだ続く。


「しかしながらみかん連邦の俗物共は、自分たちが冬季の果物消費量における支配権はみかんが有すると増長し、我々いちご公国に抗戦する。諸君の父も、子もその連邦の無思慮な抵抗の前に飲み込まれていったのだ! この悲しみも怒りも忘れてはならない! それを、タダオは! 農園閉鎖をもって我々に示してくれた! 我々は今、この怒りを結集し、連邦軍に叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。この勝利こそ、今なお全力を持って、いちごを生産する全ての担い手への最大のエールとなる。

担い手よ立て! 悲しみを怒りに変えて、立てよ! いちご農業の担い手よ!

我らいちご公国国民こそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。さあ、手に取ってみよ、公国の民たちよ! これぞいちごの底力であると、その身でもって知るがいい! いちごスイーツを愛する我らこそ、彼ら担い手を救い得るのである。ジーク・ベリー!」


 クボ総帥が高らかに拳を突き上げると、群衆たちも続いて「ジーク・ベリー!」と叫び出した。総帥が完全に民衆の心を掌握した瞬間である。

 

「それにしても店長、カンペも見ないでよくもあんな長台詞を覚えきって言えましたね」

「そりゃあ、あの人、年季の入ったガノタだからねえ。あれくらいはなんともないよ」

「なんです? ガノタ?」

「あれ、知らなかった? 店長が超のつくガ●ダムオタクってこと」

「はあ……初めて聞きました」

「さてと。これからめちゃくちゃ忙しくなるよお、美和君。ほらっ」


 矢代先輩がバンッとぼくの背中を叩いた。そのおかげで、ぼくは夢から覚め、現実に戻った。

 矢代先輩が外を見ろとあごで示すので、ぼくはハッとした。

 店の扉の前に立つクボ総帥に吸い寄せられるように、人の波がこちらへとなだれ込んでくるのが見て取れた。

 店内にいた客たちがわれ先にと、スイーツの棚へと駆けていく。

 店の中はあっという間に、いちご関連商品を手に持つ客で埋め尽くされた。


「いらっしゃいませえ。フェアのいちごスイーツはまだまだ、たくさんご用意しております。皆様、焦らず、ゆっくり、選んでくださいねえ。ちなみにこの先の大木農園では、いちごの日の本日から1週間限定で『ジェットストリームミルクアタック』イベントを開催中ですよお。いちご狩りのお供としてお付けする練乳がなんとこの期間だけ三倍になってます。また、美味しいいちごがお求めやすい価格で手に入る直売所も併設しておりますので、そちらもぜひお立ち寄りくださいねえ」


 ちゃっかり実家の宣伝まで紛れ込ませた総帥の呼びかけが聞こえる中、ぼくの人生初のいちご闘争はこうしてスタートを切った。


 そうして、クボ総帥の熱狂的ファンによって、この演説動画がその日のSNSに打ち上げられると、いちご闘争はますます過酷なものへと変貌していくのであった。


【END】

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