始まりの一歩

いももち

始まりの一歩

 シャキシャキ、音を立てて鋏が髪を切断する。

 足元では黒くて長い髪が床を覆っていた。これを後で掃除すると考えると、今自分の髪を切ってくれている店員に少しだけ申し訳ない気持ちを抱く。

 けれど母親の趣味で腰まで伸ばしていた髪を家で切って片付けるには手間がかかるし、下手な人間が髪を切ったら悲惨なことになるのは目に見えていたのでヘアサロンに来たのだ。



「できましたよー」



 声をかけられて床から視線を上げて鏡を見る。

 バッサリと切られた髪はベリーショート。触ってみると毛先が少しだけチクチクする。

 人生初と言って良いショートボブ。これからは髪を洗う時のシャンプーとトリートメントの量に困らされることはもうない。



「ありがとうございます!」



 とてつもない満足感から少し高い声でお礼を言えば、いいえーと明るい声が返ってきた。鏡越しに見える笑みも百点満点と言って良いスマイル。



 お会計を済ませて店を出る。

 頭が軽くなれば自然と気分も上がった。見上げた空はどこまでも青くて、まるで自分の門出を祝っているよう。



「脳内お花畑のメルヘンクソ母親からの解放おめでとう僕!!」



 今までずっと母親の言いなりだった自分に祝福の言葉を贈る。

 これからは母親の選んできたフリフリたっぷりのゴスロリみたいな洋服を着る必要はなく、好きな服を着ることができる。男の子向けのアニメやホラー映画をポテチとコーラ片手に視聴していても怒鳴られ、手を上げられるようなこともない。



「ここからやっと君だけの人生が始まるんだ、新田凪」



 自由を噛み締めながら、新田凪は朗らかに笑って最近引っ越したばかりの会社の寮に向かって歩き出す。



 こうして、一人の男の人生が二十年の月日を経てようやく始まったのだった。

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始まりの一歩 いももち @pokemonn1

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