第7話 混迷
「犯人がトロフィー!?」
藤堂刑事は僕たちの驚きようなんて何のその、平気の平左で続ける。
「犯人が人間だけだなんて言うなよ? 機械サマが年間どれだけ人を壊して殺してるか、いくら数えたって仕方ねぇ」
工場で機械に巻き込まれ死亡、工業用レーザーが目に入り失明、ベルトコンベアに指が挟まれ片指全損などなど。
機械を正しく使ってない人間側にも落ち度はあるのかもしれない。けれど機械における人間の死亡例は僕が短期バイトなどで今まで働いてきた工場にも少なからずあった。
でも、トロフィーはただの機械とは違う。
「トロフィーは人間を助けるロボットですよ! 機械は機械ですけど、自分で考えて行動できるロボットです。人間を殺すわけないじゃないですか!」
「人間だって間違いを犯す。機械は間違いを犯さないってことか?」
「うぐ」
僕は先程の問答を思い出していた。哀島所長と恨藤さんとの問答。
トロフィーも、遺体を損壊する可能性があるということを。
「鑑識からの報告で、ロボットの腕にもなる発掘ドリルや電動ノコギリにも被害者の血液が付着しているらしい。ノコギリの方には肉片もこびり付いているんだとか。凶器はさておき、遺体を切断した道具はノコギリで間違いないな」
「被害者の死因は何なんですか?」
「失血死、と言いたいところだが、後頭部に傷があったな。おそらくは後頭部を殴って殺して、その後遺体を切断したんだろう」
僕はトロフィーのセリフを思い出した。
『おはようゴザイマス! はじめマシテ! 早速アタマを交換致しまショウ!?』
まさか。トロフィーは恨藤さんの頭部を切断して、物理的に交換したのか……!?
「その可能性は無い! 有り得ないと言っていい!」
鬼怒川さんがしわがれた声を張り上げて反論する。
「遺体を瓦礫などと間違う可能性についてはゼロじゃない。だがそれは死後数日以上経過している遺体で、生体反応が乏しく体温も低下し、瓦礫との差異が著しく低下している場合のみだ。俺たちは午後1時に恨藤さんとお話をしていた。まだ死後数時間しか経っていない遺体と瓦礫とをトロフィーが間違える可能性など、万に一つもない。これはトロフィーの行動プロセスを担当している俺が断言する!」
鬼怒川さんは周りを見渡した。哀島所長も、神楽坂さんも強く頷いた。
「と、いうことはあなたが怪しい訳だ。ロボットが人を殺すようにプログラムを書いていれば、可能だと」
「理論上は可能だろう。ただしそれなら証拠を見せてもらおうか。トロフィーのプログラムを見てもらってもいい。そんなプログラムは書いてないよ」
「犯行を実行したあと自らプログラムを書き換えるプログラムにしていれば証拠は残らないだろうな」
「もしそうだとしたら、完全犯罪の完成だ。無論、貴方の頭の中だけだがね」
藤堂刑事の推理は証拠が無い。トロフィーのプログラムを書いている鬼怒川さんにならそれが可能だったという可能性。確固たる証拠が無いと警察は犯人を捕まえられない。
「人間が密室を出入りできない以上、ロボットが殺したとしか考えられない。だが、ロボットが人を殺していないのなら、犯人はどうやって実験室から出たんだ?」
話はスタート地点に戻ってしまった。
これはもう、犯人が退室したログを消去したとしか考えられないけれど、そのログを消去したというログも残るはずだからそれも無い。それはプログラミング素人の僕にでもわかる。
「まずは皆さんの当日のアリバイを調べてみましょうか」
頭を捻って唸る藤堂刑事を見かねて、門崎さんが助け舟を出したように見えた。
「俺がやろうと思っていたところだ! 会議室を借りるぞ! 順番に1人ずつ事情聴取だ」
生きている恨藤さんが最後に目撃されたのが午後1時過ぎ。僕が遺体を発見したのが午後4時過ぎ。
この3時間の間にアリバイがない人が犯人だ。
そして、前もって言っておくが、僕にはアリバイがない。
哀島所長に頼まれたデータ入力を一人でやっていた。
おそらく哀島所長と久喜田さんは二人で事務所に居ただろうからアリバイはあるはず。
あとは鬼怒川さんと神楽坂さん。この二人にはアリバイはあるのだろうか?
それに、トロフィー。
トロフィーはデモンストレーションテストの後はどこに居たんだろう? そういえば、事務所には居なかった。
約1時間後、藤堂刑事による事情聴取の結果を、門崎さんに共有してくれることになった。僕も気になるので、ギリギリ聞こえる距離を取って聞き耳を立てる。
「死亡推定時刻の時間、アリバイが無いのは鬼怒川、神楽坂、板出の3人だった。また、トロフィーのGPS情報も午後1時半頃、実験室内で切れているらしい」
アリバイが無いのは僕と鬼怒川さんと神楽坂さんとトロフィー。その中に犯人がいる?
「すみません、私も警察の方も、トロフィーについての情報が乏しいんです。GPS情報というのは?」
門崎さんが、別室に待機していた哀島所長に技術的知見
聞く。
「災害時に作業するロボットですので、常に自らの位置を発信しています。完全にバッテリー切れを起こさない限り、たとえ節電モードであってもGPS信号を発信し続けるはずなんですが……」
「ならバッテリー切れを起こしたんじゃないか?」
哀島所長は首を傾げる。
「いや、それは無いはずなんです。デモの途中でバッテリー切れを起こす訳にはいかなかったので、今日の朝10時時点でフル充電してありました。午後4時の時点なら節電モードにすらならないはずなんです」
「ふん、バッテリーが弱っていて、充分に充電出来ていなかったんだろう。俺のスマホもよくそうなる」
常にメンテナンスをしているトロフィーのバッテリーが弱っていた? 本当にそんなことがあるだろうか?
バッテリーのメンテナンスはハードウェア担当の神楽坂さんだけれど、当の神楽坂さんは反論も否定もせずに、藤堂刑事の推理を受け止めていた。
まさか、意図的に神楽坂さんがバッテリーを弱めていた? 弱めていたとして、それがこの事件にどう関係しているのかは分からない。
「それに、もう一つ俺がロボット犯人説を推してる理由があるんだよ」
「一応聞かせて頂きましょうか」
「動機だよ」
そう言って藤堂刑事が取り出したのは、一枚の書類だった。一枚だけで『書類』と呼ぶのはどうなんだろうと、くだらないことを考えた自分を恥じた。
僕はその書類が、僕たちの動機を証明する、あの書類だと思って目を背けたかったのだ。それなのに、藤堂刑事の手にあったその書類は、僕の、僕たちの予想とは違ったものだった。
「予算継続嘆願書。応接室に置いてあった被害者の手荷物の中にあった。きちんと右手の親指の拇印が押されていた。ロボットの予算継続はきちんとなされていた。それならばこの研究所のメンバーが被害者を殺す動機なんて無いだろう?」
四肢を切断するほどの強い動機を持つ人は居ない。
予算が打ち切られるのならまだしも、継続されるのなら、被害者を殺す必要は無い。そう、藤堂刑事は言った。
僕は周りの皆の顔色を伺った。
誰もが動揺を隠しきれていなかった。
藤堂刑事は知らないんだ。
予算は打ち切られることになっていた事を。トロフィーへの想いが強い人ほど、強い動機を持つ事を。
なのに、その書類の存在は根底から覆る。
「だから、人間は犯人じゃない。ロボットが不具合だか暴走だかで設定通りに動かなくて、被害者を殺害して切断して、アタマを交換してしまったのさ。GPS信号は、壊れてたんだろう」
藤堂刑事が提唱したロボット犯人説は、証拠が無いまま結論に辿り着いた。
恨藤さんは予算を継続する予定だったのか?
あの発言は僕らを試したのだろうか?
デモンストレーションでトロフィーを試して、あの予算打ち切りの話で、諦めて、途方に暮れる僕たち人間を試したのだろうか?
分からない。
分からないことが多すぎる。
この事件の裏側には、僕には見当も付かない、何か深く大きい謎が潜んでいるような気がした。
ご挨殺申し上げます ぎざ @gizazig
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ご挨殺申し上げますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます