第6話 密室殺人

 第一発見者である僕が最有力容疑者として疑われるのは必至。

 もし僕があのまま【真実直通】へ依頼をしていなかったとしたら、このまま何も反証できずに警察に逮捕されていたのかもしれない。

 僕は固唾を飲んで、門崎さんの推理の続きを待った。

「まず、板出さんは所長に頼まれて、実験室に恨藤さんを探しに行きました。もし板出さんが犯人ならば、一人で遺体発見現場に行くでしょうか? 第一発見者になって疑われるのが明らかな状況です。これは犯人だとしたらおかしいです」

 ふん、と藤堂警部補は門崎さんの推理を鼻で笑った。

「それは状況証拠というやつだ。決定的じゃ無い。疑われることを逆手に取ったとも考えられる」

 疑われると分かっていたら普通は避けるものだと思う。しかし、警察はわりとこの論法をよく使う。ひねくれ者が多いのだろう。

「ならば決定的な証拠をお伝えしましょう。藤堂刑事、遺体の四肢を切断するのに、およそどのくらいの時間がかかりますか?」

「ふん、料理やDIYをするのと訳が違う。人の骨は固いし、皮膚は伸びるわ、筋肉は切りにくいものだ。人体は切断には向かない。経験者でなければ1時間から2時間はかかるだろうな」

「恨藤さんが最後に実験室に入室したのが午後2時。そして板出さんがその後入室したのが午後4時です。板出さんが遺体を発見して、研究所のメンバーを呼びに行った数分の間に遺体を切断したとお思いですか?」

 ただ殺人をした、人を刺した、とかであれば数分でも可能かもしれない。

 しかし、今回の場合は被害者が殺された後、四肢を切断されている。被害者が殺されてから、遺体を切断するまで、相当な時間がかかっているはずである。第一発見者である僕を疑うのなら、僕は数分で遺体を切断していなければおかしい、という推理だった。

「ふん、被害者が実験室に入室したのが午後2時。その時に被害者と一緒に板出も入室していたんだよ。被害者の持つゲストIDカードを使用して、一緒に入室した。被害者を殺害後、実験室を後にして、その後午後4時にもう一度遺体発見した。これならば何の矛盾もあるまい」

「哀島所長。実験室に入室する際、IDカードをかざしてロックを解除する必要があるかと思いますが、実験室から出る際もIDカードをかざしてロック解除する必要があるんじゃないですか?」

 哀島所長は頷いた。

「はい。機材の盗難、紛失防止のための出入り管理システムですから、入室時と退室時、両方にIDカードをかざす必要があります。ただ、ドアを閉めたときに自動的にロックされる仕組みですから、刑事さんの仰るとおり、ドアを開けっぱなしにしていればロックはかかりませんので、IDカードをかざさなくても、ログを残さなくても実験室から出ることは可能です」

「ふん、ならば何の問題もないだろう」

「鑑識に確認してください。実験室の外に血痕はあったのか?」

「……? 何が言いたい?」

「哀島所長はドアを閉めたときに自動的にロックがかかると仰っていました。藤堂刑事の言い分ですと、被害者がIDカードをかざしてロックを解除して入室後、被害者を殺害。開けっぱなしのドアから犯人は退室、ということでしたね? 実験室内は血まみれでした。もしドアが開けっぱなしの状態で遺体を切断すれば、実験室の外にも血液が飛ぶはず。それが『殺害時、ドアが開けっぱなしだった』ことの証拠になります。もし無ければ、『殺害時ドアは閉まっていた』ことの証拠になります」

「ふん、そうでなければあり得ない状況だ。そうに決まっている。少し待っていろ」

 藤堂刑事はこちらに背を向け、鑑識に二言三言訊ねた。藤堂警部補の眉間にシワがよる。鑑識の解答は芳しくなかったようだ。

「……実験室のドアの内側に血液が飛んでいた。血痕の飛び方からすると、『殺害時、ドアは閉まっていた』ようだ」

 門崎さんはこめかみに手をやって、深く考え込むような顔をした。

「殺害時、ドアが閉まっていたということは、午後2時に被害者がドアのロックを開けた後、ドアがロックされたことを意味します。するとどうでしょう? 被害者殺害時はドアがロックされています。午後4時に板出さんが解錠するまで、現場は密室状態だったということです」

 俗に言う密室殺人。

 不可能犯罪の一つ。

 被害者が人の出入りできない室内で殺害された。

 当然、人を殺すためには犯人は被害者と同じ空間に居なければならない。しかし今回の場合、被害者が殺された部屋には被害者とトロフィーしかいなかった。犯人不在。被害者の四肢が切断されているため、被害者が自殺したなんて推論は成り立たない。

 誰がどうやって被害者を殺したのか?

 ドアのロックのログという、確実デジタルな証拠が推論の前に立ちはだかる。「ふん、なるほど。そういうことか。盲点ってやつだ」

 藤堂警部補の声は自信に満ちあふれていた。「やはり探偵なんて不必要なんだよ。この事件、俺が見極めた」

「藤堂刑事の推論、聞かせてくれませんか?」門崎さんは努めて冷静に藤堂警部補に訊ねた。

「ふん。話は単純だ。密室内に居た奴が犯人さ。犯人はトロフィーというロボットだ。あいつが被害者を殺害し、四肢を切断したんだ」

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