第5話 警察と探偵と
恨藤さんの遺体発見時、鬼怒川さんは喫煙所に、神楽坂さんは研究所の外で休んでいたらしい。久喜田さんは二人を事務所に呼びつけ、僕たちも一度合流した。
警察に通報後、30分ほどで警察が到着した。
道具を肩に背負った鑑識を連れて先頭を風を切って歩く、スーツ姿の見知った顔の刑事を見つけた。
ワックスで固めた刀のような鋭い前髪。切れ長の目がギロリと怖い。
警始庁捜査一課の
藤堂警部補は僕と目が合うと、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「またお前か、板出」
「またお世話になります、藤堂さん」
「早くお前をムショにぶちこみたいよ。極悪犯罪者めが」
数えたらキリがないことだけれど、僕は今までに最低5回は藤堂刑事に疑われ、最重要参考人として警察署で取り調べを受けていた。そのどれもが冤罪だったので、今も僕はこうして青空の下で生活できている。
藤堂警部補はいつまでも僕と話をしては捜査が進まないと思ったのか、僕のことはスルーして辺りを見回した。
「警視庁捜査一課 藤堂警部補です。ここの責任者は誰ですか? まず遺体を拝見したい」
哀島所長が手を挙げる。「はい、私がここの所長をしております。哀島です。場所は実験室です。ご案内致します」
遺体の身元確認のため、第一発見者でもある僕が呼ばれたが、恨藤さんは四肢を切断されていて、あまり何回も見たいものではないため、代わりに誰か他の人に見てもらえるようにお願いした。神楽坂さんが見てくれるということだったので、僕は大人しく事務室で待機していた。
「遺体は鑑識に任せます。で、第一発見者、板出……。遺体発見時の状況を教えて頂こうか」
藤堂刑事の眉毛はぴくぴくと痙攣していた。僕はあまり彼を刺激しないように細心の注意をしながら、僕の身に起きたことを説明した。
「今日はトロフィー……、この研究所のメインプロジェクトである復興作業ロボットの作業実験の監査の日でした。殺された恨藤さんはその監査員でした」
「ほう、監査ねぇ」
かくかくしかじか。
「で、恨藤さんを探しに実験室に入ったら、遺体を発見したというわけです」
「実験室にはカギがかかっていたんですね? 板出が開ける前は誰がロックを解除していたんですか?」
「はい、午後2時にゲストIDカードを使用して恨藤さんが実験室に入室していました。部屋から出るときもIDカードを使用してロックを解除する必要がありますが、ログを見てみると、部屋から出たログは残っていませんでした。このことから、恨藤さんはまだ実験室にいると判断できたわけです」
「被害者が入室した午後2時から2時間後の午後4時に、板出がロックを解除し、遺体を発見した、と。もしそうなら板出が犯人でないと説明がつかないじゃないか。他の誰も部屋に入らなかったんだから」
午後2時に恨藤さんが実験室に入室。
午後4時に僕が実験室に入室。
その間、実験室には恨藤さんしかいなかったことになる。
午後4時に僕が実験室に入ったとき、恨藤さんとトロフィーしか居なかったんだから。
「ん? そういえば、トロフィーはどうなったんですか? 僕が見たときは何にも光って無くて、身動きも取ってなかった。まさかトロフィーも殺され……、壊されちゃったんですか?」
「確かに緑色にチカチカ光ってるだけでうんともすんとも言わないな。鑑識による調べが終わったら、詳しい人に見てもらうようにするよ」
で、だ。と藤堂警部補は前置きをして、僕に詰め寄る。
「ロックされた部屋で壊れたロボットと遺体。ログとやらで、その部屋には他に誰も入ってないのなら、犯人はお前で決まりだ。ついに、ついにお前を殺人罪でしょっぴくことができる。ほら、早く両手を突き出せ」
藤堂警部補は銀色に光る手錠を取り出した。
「いやいやいや! 待ってください! 僕はやってません!!」
「犯罪者はみんな最初はそう言うんだ。どうせ鑑識からの証拠はすぐにあがってくる」
「いやいやいや! そうだ! 僕が呼んだ【真実直通】の探偵さんはどこにいるんですか? もうこちらに到着していてもおかしくないですよ!」
ふん。と藤堂警部補は面白くなさそうにため息をつく。
「いつもいつもあいつらが捜査をかき乱し邪魔をする。殺人事件の捜査に第三者なんて不必要だ。俺たちが物的証拠をつきつけて、徹底的に犯罪者を追い詰めてやるんだからな」
僕の方を『犯罪者』だと指さしながら藤堂警部補は言う。
「殺人事件には探偵の推理が必要ですよ、藤堂警部補」
僕と藤堂警部補の小競り合いに割って入ったのは、鈴が鳴いたような女性の声だった。
いつのまにそこにいたのか。僕たち研究所のメンバーと、警察の面々、それ以外に場違いのように、細身の女性が手を挙げている。
「はじめまして、板出さん。ご挨拶が遅れました。【真実直通】から派遣されて来ました。ランクE、
「あぁ、ご丁寧にどうもです。ランクE……ランクE!!」
第三者捜査機関【真実直通】、ランダムに派遣される探偵たちには、その実績によってランク付けされている。ランクEは最低ランク。それはもう、ほとんど一般人と言って差し支えないレベルである。
「はい、私はある探偵事務所の事務員です。ただの事務員である私が、ランクEからランクアップすることはまずありません。ただし──」
門崎さんの目は、藤堂警部補と負けず劣らずギロリと僕をにらみつけた。
「ただし、私のランクがEであることが、私の探偵業務のレベルを決定づけることはありません。あくまでも目安、【真実直通】の中だけで通用する判断基準と思ってください」
「はん。ランクEが偉そうに言ってもな。ウチの捜査の邪魔になるから、おとなしく事務室で待機してもらおうか」
藤堂警部補は普段から【真実直通】を信用していない。探偵と仲が悪い警察の象徴にも見て取れる。
「藤堂警部補も、警部補とは名ばかりで、ランクで表したらE判定なんじゃないですか?」
「……俺が、ランクE、だと?」
あわわわわ。細身の女性の門崎さんが、ただでさえ背が高いのに、前髪が尖ってるせいで近寄りがたい強面の刑事に『ランクE』とこき下ろして、一触即発の事態だ。
「えぇ。板出さんの当日の状況を聞いている限り、あなたの捜査能力の底が知れます。私は第三者捜査機関【真実直通】から派遣された探偵です。その理念は『真実だけを追い求める』そこに先入観は介在しない。いくら板出さんが月に3度以上の頻度で殺人事件などの凶悪犯罪に巻き込まれ疑われようとも、探偵事務所の探偵に来る依頼よりも遙かに多いペースで事件と遭遇しようとも、『歩く冤罪』『容疑者学部冤罪学科特待生』『一般死神』などと揶揄され、板出さんが関わる事件を『板出
なんだか事件誘発体質である僕の噂が警察内外に轟いているらしいことはわかった。
「なら、お前はわかるんだな? 板出が犯人では無いと? ならその理由を言ってみろよ」
「わかりました。あなたにも理解できるように教えてあげましょう」
門崎さんは、藤堂警部補の威圧的な眼差しに一歩も引かない姿勢で、真っ向から相対した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます