第8話 大団円

 芸能関係で賑わっていたのは、それなりに理由があったのだ、戸次自身は知らなかったのだが、

「彼女の卒業が、どこかのイケメン俳優とのデートを、通称、

「芸春砲」

 と呼ばれている週刊誌に、すっぱ抜かれたことからのモノだったからだ。

「芸春砲なので、どこまでが本当か分かったものではない」

 と言われていたが、この二人の場合は、意外に信憑性があったようだ。

 なぜなら、二人の交際を頑なに事務所は否定したが、友達であることは否定はしなかった。

 しかも、ただの友達なら、卒業させる必要もないのに、まるで逃げるようにして卒業していったのだ。

 しかし、それから少しして、今度は同じイケメンタレントが、何と、別の女との交際が発覚し、

「二股なのか?」

 という疑惑があったのだ。

 しかも、その女性は、元彼女が所属していたプロダクションだったのだ。

「卒業したから乗り換えた」

 というのか、それとも、

「最初から二股だった」

 ということなのか分からなかったが、ビックリしたのは、事務所が否定をしなかったことだ。

「二人は、正式に交際しており……」

 などというプレス発表までして、実際にそれから、少しして、婚約から結婚としてしまったのだ。

 戸次が結婚しようとした、元アイドルは、芸名を、

「原田かすみ」

 という名前で売れていた。

 本名は、

「鶴崎麻衣子」

 と言った。

「本名の方がアイドルらしいよ」

 と、戸次は言ってしまった。

 言ってからすぐに、

「これはヤバかったかも?」

 と思ったが、案外、麻衣子は喜んでいるようで、

「ありがとう」

 と言ってくれた。

 もし、戸次が、

「彼女と結婚してもいいかも知れない」

 と最初に感じた時がいつかと聞かれると、

「この時だ」

 と答えることだろう。

 戸次も人生の表も裏も知ってしまったことで、彼女に遭えたのだと思えば、

「今の苦労も悪いものでもない」

 と思うのだった。

 かといって、本当にこれからの毎日をいかに過ごすかということを考えると、不安がないわけではない。

 それだけに、

「これからの人生、一緒に歩んでくれる人がいればいい」

 と思っていただけに、同じような苦労や、トラウマになりそうな経験をした人と、話が合うのが嬉しかった。

「きっと、お互いのことを分かっているに違いない」

 と、相手も思っているだろうと思うことが、本当にきっかけになったのかも知れない。

「僕は、君とだったら、これからの人生を一緒に歩めると思うんだけど」

 というと、彼女も、

「ええ、私もあなたとなら、と思っていました」

 と、お互いの気持ちを確かめ合うと、二人はその日、固く結ばれたのであった。

 二人の結婚が大々的に報じられると、時を同じくして、いや、まるで図ったかのように、麻衣子から別のアイドルに、

「乗り換えた男」

 と、

「先輩を裏切った女」

 との間の婚約が発表されたのだった。

 向こうは、ひな壇があるインタビューの華々しい席でのことだったが、戸次の方は、自分だけが発表するという形で、その会見場も、後ろがスポンサーの入ったパネルで、

「ヒーローインタビュー」

 にあるような感じで、

「結婚報告」

 というには、寂しいものだった。

 しかし、それでも戸次は堂々としていて、

「結婚のお相手は?」

 と聞かれて、

「5つ年下の、一般女性です」

 と答えた。

 その時、別の無神経な記者が、まるでヤジを飛ばすかのように、

「元アイドルの、原田かすみさんじゃないんですか?」

 と言われた。

 一瞬、緊張感が走った。何しろ、かつてウワサになった男が、つい最近、婚約発表をしたばかりではないか。それを知っていて口にするのだから、完全に、引っ掻き回そうとしているようなものではないか?

 そんな無神経な記者をしり目に、

「さあ、どうなんでしょう?」

 とうまくかわしたことで、会場は、安堵の空気に包まれた。

「どうなんですか?」

 とさらに追及しようとしたので、球団の広報が、その男をつまみ出した。

 その男はつまみ出されるのが、仕事のようで、ニコッと笑って、退場していった。

 その翌日、

「戸次投手。婚約発表において、当社記者に暴行」

 ということで、いかにも暴行を受けているような写真が出回った。

 確かに、戸次に詰め寄っているところを突き飛ばされているように見える写真だったが。今から思えば、似たような写真があったのも事実だった。

「えっ。これはどういうことなんだ?」

 ということで、しばらく炎上したが、すぐに収まった。

 なんといっても、戸次は、

「昔はエースだったかも知れないが、今はそんなこともない。一度ケガをして、今は健気にカムバックを目指している選手」

 ということで、他の記事は固まっていたのだ。

 実は、この新聞社は、かつての、戸次にちょっとした恨みがあったようだ。

 記事を書いた記者がちょっと偏った記事を書くと、ここぞとばかりに、謝罪を要求し、記事の撤回を求めた。

 もちろん、一選手にそんなことができるわけもなく、すべては、球団側のことだった。

 とりあえず、軽く謝罪をさせたが、今度は、その新聞社が、まわりから攻撃された。

 そのことが今でも、

「妬み」

 として語り継がれているというわけだ。

 それを、もう。5年近くも経っているのに、その新聞社は根に持っている。

 本来なら球団もその新聞社に腹が建っていて、

「許すことなんかできない。今度何かあったら、徹底的にやる」

 と息巻いていたのだ。

 そんな二つが衝突したのだ。

 どうなるかは、想像がつくだろう。

「二つは、交わることのない火と油だ」

 という言われ方をしていたのだ。

 戸次は結婚したこともあって、その後3年間で40勝を挙げるという活躍をした。そして、実は前から考えていたという、大いなる夢であった、

「メジャー移籍」

 を考えるようになる。

 メジャー移籍を考えるようになったのは、アメリカで手術を受けた時だった。その時に同じように手術を受けた選手がいて、その人もメジャーデビューからすぐに、挫折を味わい、結果無理して手術を受けるようになったという。

 完全に、戸次が歩んできた道と、かぶっていたのだ。

 彼がメジャーへのカムバックを目指すのと、自分がプロ野球での活躍とを約束し、

「俺もいずれはメジャーで、彼と対決したい」

 という思いが大きかったのは事実だった。

 そんな思いもあり、戸次は、メジャー移籍を夢見るようになったのだ。

 しかし、さすがにこれほどの活躍をしてしまうと、確かにメジャー球団から誘いがあるのも事実で、光栄に思えるが、東鉄球団が、そう簡単に移籍を許すわけはない。そこで東鉄球団が持ち出したのは、

「相手球団選手とのトレード」

 だった。

 現役大リーガーというと、今では、昔ほど、入団は難しくはないが、金銭的な難しさなどがあった。それに、東鉄球団は、助っ人外人では、なかなかうまくいっておらず、交換トレードでなら、現役のいい選手が取れると考えたのだろう。

 実際にそのトレードはうまくいったのだが、戸次にとってビックリしたのは、その時の交換相手という選手が、アーノルド選手で、彼は以前手術の時に、一緒に励まし合った彼だったのだ。

「そんな……。対戦を夢見ていたのに。二人が、それぞれ海を渡るなんて。しかも、交換されるだなんて」

 と、ショックではあったが、そもそも、メジャー移籍は自分が言い出したこと、もう後へは引けないし、引くつもりもなかったのだ。

 戸次投手は、家族でアメリカに渡った。

 二年間は、持ち前の速球がメジャーでも通用したが、3年目から、次第に通用しなくなった。年齢も30歳半ばに差し掛かってきて、持ち前の剛速球を投げられなくなってきたのは、

「肉体的な衰え」

 であったことも否めないだろう。

 そんなことは分かっていたのだが、

「じゃあ、これからどうするか?」

 ということであった。

「日本に帰ろうか?」

 と、彼は思った。

 彼はしばらくメジャーでもがいてみようかとも思った。その一つとして、

「両手投げ」

 という才能を生かしてみようと思ったのだ。

 当時マイナー契約にまでなっていたので、マイナーの試合で、両手投げを披露とすると、監督は喜んで、結構使ってくれたが、それは先発というよりも、リリーフだった。

 抑えというところは難しいだろうということだったので、リリーフになったのだが、その器用さを買っての起用だったが、成績はまずまずだった。

 しかし、待てど暮らせと、メジャーからお呼びが掛かることもなく、イライラしていたこともあり、当時の同僚選手と喧嘩になったこともあった。

 ただ、その選手と喧嘩になったのには、もう一つ理由があった。この理由は、誰にもいうつもりもなく、当事者に喧嘩になった理由を戸次が分かっていたとは、思っていなかっただろう。

「まさかね」

 ということであったが、その理由というのは、喧嘩をした選手と、妻の麻衣子が不倫をしたということだったのだ。

 数回だけの関係で、今では切れているという話だったが、戸次には許せなかった。麻衣子も許せなかったが、自分のカムバックを支えてくれた相手だということで、

「今回だけは許してやろう」

 と思い、自分が不倫を知っているということを、麻衣子には悟られないようにしていたのだ。

 だから、麻衣子は、彼が喧嘩をした理由を知らないのだ。もちろん相手がかつての不倫相手だということでビックリはしただろうが、切れてから、だいぶ経っていたので、

「まさか、いまさら」

 と思ったことだろう。

 戸次は最初から男に復讐をするつもりだったが、それも、不倫を戒めるという意味ではなく、

「俺だけが知っている」

 という意味での喧嘩を吹っ掛けられたということを知らせないという思いがあったのだ。

 その方が、わだかまりが残らないという、戸次独自の考え方であったが、立場は圧倒的に強い戸次だからできたことで、そもそも、問題にされなかっただけでも、よかったと思うべきだろう。

「そう、不倫した男は、麻衣子に頭が上がらない」

 といってもいいことである。

「喧嘩両成敗」

 ということで、球団側から、解雇を言い渡され、自由契約になった。

 これも、ある意味戸次の狙いでもあった。

 さっそく戸次は、知り合いのスカウトに連絡を取り、日本球界への復帰を模索した。

 そこで、彼を取りたいと名乗りを挙げたのが、古巣の東鉄であった。

「東鉄なら願ったり叶ったり」

 ということで、東鉄への復帰が叶うことになったのだ。

 早速、入団発表を行い、翌年からチームに加わることになった。一番の理由が、ピッチングコーチが、彼の両手投げを知っていたからだ。

 東鉄が取ってくれたのは、それが一番で、実際に両手投げの器用さが生きて、復帰の年でも、二けたは叶わなかったが、8勝を挙げることができた。

「8勝を挙げることができたのは、私にとっては、ありがたいことです」

 といって、完全に、ベテラン投手としての風格を表していたのだ。

 元々交換トレードでやってきていたアーノルド選手は、まだ日本球界にいたが、すでに別のチームにいた。ひじの手術からかなり経っていたが、守備は日本には合わないということで、指名打者に専念していた。

 戸次はアーノルドとの対戦の約束を果たし、お互いにライバル関係が、その後も続くことになった。

 戸次も、アーノルドも、お互いの切磋琢磨から、結構好成績を残し、お互いの晩年を有意義な野球生活を送ることになった。

 戸次はそれから、

「投手兼コーチ」

 として活躍し、現役を引退すると、コーチから監督へと昇格した。

 その時、ヘッドコーチを自分から、

「この人をお願いしたい」

 として推挙したのが、アーノルドだった。

 彼は、引退後、そのチームで打撃コーチをしていたが、

「日本での成功を手土産に」

 ということで、東鉄側も了承した。

 その後二人は二人三脚で、東鉄を支え、優勝することもあったが、低迷の時もあった。それでも、5年間という契約期間を満了し、二人は、野球界から遠ざかることになった。

 戸次は、元々夢であった、世界旅行を、妻の麻衣子とすることにした。

「主要な土地を見て回る」

 それが主な目的だったが、その時彼が、野球界への復帰を考えていたかいなかったかということは、不明である。

 しかし、何度となく復活してきた戸次に、

「少しでも可能性があれば、ありえることだ」

 と誰もが思うようになっただろう。

「マルチリベンジ」

 まさに、戸次のような男にふさわしい称号ではないだろうか?


                 (  完  )

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マルチリベンジ 森本 晃次 @kakku

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