第58話 目指していた夢に。


 シグたちは最後の戦勝大陸、ルーメンへと向かった。


 戦勝大陸とはされているが、どんな種族で、何が起きたのかも知られていない。


 いかにもきな臭い地だ。


 これにシグは万全の体制で臨み、エルガードを含めた巡礼者五名、月光の監視者四人、そしてフレアとヴェーラ、大竜のアウアレスも引き連れて、ついでにサキュバスのアスターもついてきた。


「お前も見に来るんだな」


『ふっふっふ、僕にさえ分からない領域だからね。ルーメンを一目できるのなら、ついていく価値がある』


 天才科学者であるマキナも同伴し、一向は竜モードのアウアレスの背中に乗って海を渡った。


 東の海にぽつんと浮かぶ、孤島のルーメン。

 どんな種族が、どれだけの大群をなしても、陥落は不可能だったとされている。


「シグさま、到着しましたよ」

「来たか」


 一行はルーメンの地へと足を下ろした。


 島は自然溢れる大森林で覆われている。しかし、ただの孤島ではない。


 ルーメンを上空から見下ろした時、島の中心にはひときわ大きな聖霊樹が立っていた。


 カスケーロ大陸にしかない聖霊樹が、どうしてこの地に?


 シグたちは中心を目指して歩を進める。


 敵の気配どころか、生物がほとんどいないルーメンが、どうして大戦の戦禍から免れることが出来たのか。


 著大な聖霊樹の前で佇む二人を見ると、シグはとても腑に落ちた。


「なあボス、あいつらさ!」


「……強いな。これまで目にしてきた、どの敵よりも」


 聖霊樹の足元には、黒白こくびゃくのローブを纏った守護者がいる。

 どちらも二メートルを優に超える長身で、髪は黒、瞳は銀。


 一人はやせ細った犬のように萎びた身体をしていて、もう一人は何段腹か分からないほど肥えている。


 シグが二人を視界に捉えると、彼らはゆるりと歩み寄ってきた。


「……敵意はないな」


 痩せた男がそう言った。


「心を見通せるのか?」


「俺たちはそう作られたからな」


 シグはその一言を聞いて、彼らの役割に確信を持った。


「お前たちが、この世界を司る守護者か」


 痩せた男は首肯して、背後の聖霊樹を見上げる。


「もう察しているだろうが……この聖霊樹こそが、〝やり直し〟の起点だ。世界が破滅に向かった時、俺たちはルーメンの聖霊樹を砕く。この聖霊樹が朽ちてしまった時、カスケーロ大陸にある聖霊樹たちが、共鳴を起こす。世界の全てのエネルギーを吸い上げて、次なる世界への糧とする」


 マキナとシグの見立て通り、やはりルーメンにこそ〝鍵〟があった。

 世界は幾度となく、何度も繰り返してきたわけだ。


「しかし、なぜそれを俺に告げる?」


「見れば分かるさ。お前が、世界の覇者なのだろう。世界を存続し、守護することが我らの役目。世界の命運がお前に託されている以上、語り明かす必要がある」


 シグは首肯した。


「冷静な判断だな。――しかし、世界が破滅に向かった時、ルーメンの聖霊樹を砕くと言ったな。それはあくまでもお前たちの主観であり、世界の破滅の定義が、お前たちに委ねられている」


「つまり、お前たちに管理させろと、そう言いたいのか?」


「せっかく世界中の大陸と、同盟までこぎつけたのだ。裏では、腹に何か抱えた者もいるだろうが……このいまをぶち壊しにされては、適わんからな。聖霊樹のリスクは、徹底的に排除したい」


「――やめておいた方がいい。俺たち守護者は、聖霊樹の意思だ。死した瞬間に、やり直しが発動する」


 嘘ではない。


 シグが魔力によって極限にまで高めた洞察力、そしてこれまでの聖霊樹の研究結果から、彼ら守護者と聖霊樹がリンクしていることが見て取れる。


 同一の魔力配列を持ち、淡い粒のようなもので繋がっている。

 彼ら守護者に危害を与えることはつまり、世界の崩壊を招く。


「安心しろ。我々から誰かを傷つけることはない。世界を終らせることもな」


「恐ろしくはあるが、そう信じるしかなさそうだな。……いくつか、聞きたいことがある」


「なんだ?」


「この世界は、幾つもの終わった世界が内包されている。そう見て取って、違いないか?」


「その認識で合っている。かつて、別々に終わったひとつの世界が、新たなる世界として統合された。……あのお方は、世界の観察を目的としていた。何度でも観察できるように、聖霊樹とやり直しの法則を加えた」


 守護者たちも、大いなる意思に通ずるところがあるのか。

 彼ら守護者を作った存在は、大いなる意思と見て違いない。


魔道具タリスマンとはなんだ? あれひとつで、異能の域にすら及んでいる」


「分かっているはずだ。やり直しの弊害で生まれた産物……全てのエネルギーを取り込み、カスケーロ大陸の聖霊樹が次への世界を創成する」


「濃縮された法則が、破綻したまま結合し、物体として昇華されたと……」


『魔力暴走薬もそうだよね! 僕の研究では、アレは聖霊樹の樹液と出た!』


 マキナの横やりも、守護者は首肯して答える。


「それが、カスケーロ大陸に魔道具タリスマンと魔力暴走薬が存在した理由だ。世界を作るほどの膨大なエネルギーを含む聖霊樹。その樹液を抽出することによって、魔力のリミッターが外れる」


「だが、やり直しも万能ではない。前世界とを繋ぐ渦が、この世界にも存在してしまう。それが……聖霊樹の根、あの渦だということか」


 守護者は、ローズウィスプとシルバーレインに手招きをする。


「何をするつもりだ?」


「異物を取り除く。アレは、守護者である俺たちでしか排除できない」


 三年前、彼女たちが前世界へと行ったことで、ローズウィスプとシルバーレインには、この世ならざる法則が宿ってしまった。


 しかし、守護者が手を翳すと、ローズウィスプに宿る腐敗の竜、シルバーレインに潜む闇が、光の粒となって浄化されていった。


「……協力する意思はあるのだな」


「言ったであろう、俺たちは守護者だと」


 であれば、この聖霊樹は彼らに託す他ないわけだ。


「俺たちも協力しよう。礼拝者と幹部の一部を置き、ルーメンの守りを固める」


「次は、何万年と続くといいな」


「いいや、永遠に終わらせないさ……それが、俺の使命であり、大義でもある」


 守護者は僅かに口角を緩めて、聖霊樹の元へと向かっていった。


「その夢が叶うことを、俺たちも願っているぞ」


 最後の戦勝大陸ルーメンとも同盟関係を構築し、シグたち暗黒の巡礼者は、世界中を制覇した。


 いたずらに虐殺を図る者、命を消費する者は目に見えて減り、混沌と化していた世界は平和と向かっていく。


「シグさま……ううん、シグ。本当に、終わったのね」


 帰路を辿るため、竜の背に乗りながら、エルガードが語りかける。


「油断はするな。だが……そうだな。いましばらくは、安泰だろう」


「長かったね」


「ふふっ……エルガードと出会って一〇年。長いようで短い、不思議な感覚だ」


「これからは、どうするつもり?」


「しばらくはまた、カスケーロ大陸でぼんくら学生をつとめるとしよう」


「それもいいよね。でも……その」


「なんだ?」


「わたしは、あなたに救われた。あなたに出会ってなければ、わたしの命はあそこで終わっていた」


「……そうだな」


「いまもそう。あなたに全てを受け取って、わたしはあなたに尽くしてきた。でもね……ううん、すこし、我が儘なお願いかもしれないんだけど」


「なんだ? 俺に構わず言うがいい」


 エルガードは頬を赤く染めながらも、視線を合わせて言った。


「今度はちゃんと、わたしと付き合ってくれる?」


「買い物のことか?」


「ううん。あなたと生涯を共にする、伴侶として」


 誠実な彼女の想いには、シグも誤魔化さずに答えた。


「ああ、よろしく頼む」


「うん、こちらこそよろしくね」


 二人が結ばれると同時に、周りから仲間たちの野次が飛び交う。


 そんな平穏さにもまた笑って、二人は共にカスケーロの地を踏み締めた。


 今度は人間も、エルフも、悪魔も、竜も、機兵も、勇者も傷つことなく、永劫と歴史を紡いでいくだろう。


〝救いたかった景色は、どうだ? 覇王よ〟


 脳裏に響いてきた大いなる意思の声にも、シグは自信をもって答えた。


「いい景色だ。転生の機会を与えてくれたことを感謝するぞ、大いなる意思」


 世界の観測を目的とする大いなる意思の役目も、この世界では終わった。


 シグたちの死後も平和はなおも続いていき、世界は調和に満ちていた。





 ――――――――

 作者のあとがき。


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Lv999ダークファンタジー出身の俺にとって、異世界転生は温すぎる。~チート級のラスボスが、異世界で奴隷エルフたちに力を分け与える。暗黒の巡礼者と呼ばれる秘密組織を築き、無双とハーレムの王道を築く~ ぶらっくそーど @contrast345

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