第57話 世界は我ら勇者のものだと……(ここからメッセージは途絶えている)。


「この世界の存続は、我ら勇者に懸かっている!」


 毎度の如く、教会前でご高説を謳い上げている聖教主ラグナル・オデアンは、いよいよ本格的に戦争の準備を進めている。


 六日前、彼はアーキシティに精鋭の勇者たちと、四英傑がひとり〝鮮血の影〟を動員した。その結果、一師団ごと壊滅した。


 これに聖教主ラグナル・オデアンは憤激し、完全にタガの外れた総力戦を実行する。グランナディアの主戦力、四英傑である〝炎の舞踏者〟フレミ・ゴース、〝氷の心臓〟ヒエル・アウグストソン、〝無敵の盾〟ゴイス・バリアーメンらを筆頭に、総勢二〇万にも及ぶ大師団が結成された。


 今回、戦地に赴く勇者には、Lvや腕前は不問とされている。

 強かろうが弱かろうが、大軍を率いての総力戦。


 ラグナル・オデアンは負けたという事実が認められず、是が非でもアーキシティを落とさねば気が済まない。このままでは、グランナディアを治める聖教主としての立場が危ういと、そういった自己保身的な理由で戦争を始めた。


 もちろん建前は、大義のためだ。


 千年前の大戦の戦禍はグランナディアにも及び、無数の犠牲者が出た。大地は勇者たちの血と涙で染まり、空は民草の慟哭に満ちた。


 しかしグランナディアは何とか周辺大陸との戦いに打ち勝ち、戦勝大陸として世界に名を馳せた。


 いまグランナディアが平和なのは、命を賭して大英雄たちが戦ったから。

 我ら子孫も、かつての英雄たちのように立ち向かう時が来た。


 ――ラグナル・オデアンはそんな説示で皆を焚き付け、この大軍勢を従えるに成功したわけだ。


「怒りと嘆きが迸る混沌も、また一興だが……時期尚早だ。しばしの足止めとさせてもらうぞ」


 聖都市からアーキシティまでは、馬車で揺られて三日を要する。

 この間にシグは、彼らの妨害工作へと移る。


「せ、聖教主さま!!」

「なんだ? 揺れが大きいな……地震か?」

「いえ、地割れ・・・です!! その影響で……崖が!!」


 シグの膨大な魔力にかかれば、魔法一つで天変地異を創り上げることも容易い。


 グランナディアの大平原が、突如として割れ砕けたことにより、勇者たちは進路を変えざるを得ない。


「ぐぐっ……業腹だが、迂回して回るしかあるまい」

「しかし聖教主さま! この程度の崖なら、我々は飛び越えられます!」


「阿呆、それでは馬車が置き去りじゃろうが。アーキシティへの道のりは遠い。物資も置いたまま行けば、二〇万人が飢えてしまうわ」


「お、仰る通りです……クソ、迂回して行け! 南の高原へと進路を変えろ!」


 遠回りすることによって、勇者たちの顔色には焦りが見え始めた。

 これだけの人間だ。もしも二日も三日も到着が遅れたのなら、戦う前に飢餓で衰弱してしまう。


 だが、休みを返上して歩き続ければ、何とか予定通りに着くだろう。

 聖教主がそんな過酷な算段をつけていたところ、またもやの報告が入る。


「せっ、聖教主さま!!」

「ええい、今度は何じゃ!?」

「大河です! 突然、セッテルホルム川が、大河に変わりました!!」

「はあ? いったい、何を言っておるのだ。小川が大河にって、そんなはず」


 ちょろちょろと慎ましやかに水を運んでいた、セッテルホルム川。

 それがどうしてか、高原にはいま大地を分つほどの大河が出来ている。


「聖教主さま、ここは再び迂回した方が……」


「阿呆! 既に進行が一日も遅れておる、このままでは予備の食料も持たん。一旦、都市に帰還して、万全を期して臨む他あるまい……」


 それから一同はさらに二日を掛けて戻り、再度、出発に出る。


「聖教主さまぁ!!」


「なんと、煩わしいことか……クソぅ、晴れているのに大嵐じゃと!?」


 だが、突拍子もない嵐が聖都市に舞い込み、出発に更なる遅れが。


「まあ、六日もあれば十分だろう」


 この災害もシグによるものだ。彼が水と風の魔法を暴力的な魔法で行使して、擬似的なハリケーンを生み出している。


 この嵐は六日と続き、本来のアーキシティ侵攻予定よりも、九日も遅れた。


「さて、そろそろだな」


 ようやく出発の目途が立った勇者たちは、それから五日を掛けてアーキシティへと到着する。シグがブレイズハートと戦ってから、二週間も経過していた。


「聖教主さま、到着しました!」


「カカカッ……ようやく着きおったか。情け容赦はいらん! アーキシティに居着くエルフも、竜も、我ら勇者に歯向かうモンスターじゃ! 見つけ次第、殲滅してしまえぇ!」


 ラグナルのひと声によって、遂に勇者たちによる侵略が始まった。

 彼らの侵攻を防ぐには、殺し合うしかないのだろう。

 しかしいま、アーキシティには万全な布石が打たれている。


「お、おい、あれ……」

「サブリナと、ソフィアじゃねえか!?」

「他にも、見知った仲間たちがいるぞ……ど、どうして、この国に……」


 大橋を渡って乗り込んできた勇者たちは、辺りの異様さに戸惑っている。

 元々グランナディアで暮らしていた勇者たちが、機兵たちと生活を共にし、エルフたちと談話しているのだ。


 アーキシティ=敵国。エルフや機兵や竜はモンスターと認識していた勇者たちからすると、これは常識を覆す光景だった。


「おっ、あんたらも来たのか!」

「ご無沙汰しております、皆さん! この国は、とっても平和で安全ですよ!」


 サブリナとソフィアが笑顔で出迎えると、混乱は一層と大きくなっていく。


「――見ての通りだよ。私たちには、敵対する意思がない。あなたたち、勇者と共に歩み、世界の秩序を保つことだってできる」


 桃色髪のエルフ、ローズウィスプが、勇者たちの前に現れた。


「馬鹿め……そんな虚言に、騙されると思うか! どうせ、洗脳か何かで、乗っ取っているに違いない!」


 聖教主ラグナルがそう吠えると、ローズはやれやれと嘆息を吐いた。


「洗脳する目的は?」

「はっ……目的?」


「何をするにしても、大抵の場合は理由がある。私たちが、勇者たちを騙して、なんのメリットがあるというの?」


「阿呆! そうして味方と信用させて、ドカンと来るに決まっておる! でなければ、わざわざ亡命者を匿う理由が――」


「平和のためだよ。どうして、戦争することが前提になっているの?」


 アーキシティでは、一〇〇人近くの元勇者たちが暮らしている。


 いまも笑みを浮かべながら、平穏に生きている彼女たちが、ただ騙されているだけのようには見えない。


 その致命的な現実と、己の理想との矛盾に、ラグナルは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「ふふふっ。思い通りの展開だな」


 シグは森の高木から、彼らの様子を見守っている。


 これこそがシグの狙い。


 たとえ文化が違い、異なる価値観を持っていたとしても、平和を築く方法はある。自分がグランナディアの地で暮らしたように、勇者たちもアーキシティの地で暮らせばいい。――文化交流プログラムだ。


 実際に相手の国で暮らしてみることで、これまで懐いていた偏見は払拭される。


 その口コミはやがて同胞たちへと伝わり、目が覚めた者たちは加速度的に増えていくことだろう。


 シグの目論見は、頭脳のあるローズにそのまま伝わったようだ。


「勇者たちすら手籠めにするなんて。さすがあなたね」

「ああ、この俺にかかれば造作もない……って、ん?」


 シグがふと横を見ると、金髪のエルフ、幼いサキュバス、配下のエルフが並び立っている。


「あーっ、シグ! 久しぶりだね!」

「……ああ、久しぶりだな、アスター」

「うん、アスターだね!」

「お初お目に掛かります、神。貴方のことは、エルガードさまより伺っております」

「礼拝者たちのヴァイパー部隊、003だな。それはいいのだが……」


 シグが気まずそうにエルガードに視線を移すと、彼女は拗ねたようなふくれっ面をしていた。


「直ぐに戻ると、そう仰っていましたよね?」

「……すまん。長引いた」

「一か月近くも、シグさまに会えなかったのですが」

「いや、それはすまん……だが、エルガードたちはどうしてここにいる? カスケーロ大陸は」


「西のから回ってきました。シグさまが東を制覇しているのなら、危機が及んだとしても、それは西の大陸からでしょう」


「……そうしてお前たちは、西を制覇して、俺のところまで辿り着いたと」


「けれど、そこまで大変ではありませんでしたよ。シグさまがこの間、世界に向けて威を示したおかげで、このマントひとつで彼らと同盟を結びました。吸血鬼、オーク、魔物、人魚たち。全てが、暗黒の巡礼者との同盟関係を表明し、世界平和を目指していくとのことです」


 流石はエルガードだ。シグが東で遊んでいる間に、彼女は西を片付けてしまった。

 残る曲者は、戦勝大陸であるグランナディアと、禁忌の孤島ルーメン。

 それ以外とは、ほぼ全て同盟関係を構築できた。


「あーあー、ご褒美欲しいな~」

「……」


 エルガードはよほど憤懣が溜まっているのか、らしくもない口調でチラチラとシグを見ている。


「帰ったら、なにかプレゼントしよう」

「いまがいいです」

「だが、これといった品物はだな」

「キスでいいですよ」

「……なに?」

「キスしますね、いいですよね」

「ま、待てっ、エルガード! それは、お前にはまだ早――」


 シグの強情な反発は、金髪のエルフによって口ごと封じられた。


「「……」」


 一瞬ではあったが、ほんのりと伝った柔らかな感触に、シグは絶句した。


 童帝歴千年……初めての口付けは、まあ、すごく良かった。


「あーっ、ずるい! アスターもするー!」

「お前は子供だろう。アスターこそまだ早い」

「でもでも、エルガードが!」


「こう見えて、エルガードはそれなりに年を食っている。見た目は俺と変わらないが、実年齢は――」


「シ、グ、さ、ま?」

「……何でもない」

「そうですよね♪ ふふっ♪」


 呑気を繰り広げる彼女たちの一方で、アーキシティの舌戦は激化している。


「分かっておる……分かっておるぞ! そうやって我らをたぶらかし、破滅へと追い込むつもりじゃな!」


「だから、そう思うのなら、まずはここで暮らしてみてください。私たちは、貴方たちに危害を加えていない。一方的に攻撃を仕掛けているのは、貴方たちだ。怪しいというのなら、どれだけ調査してくれても構わない」


 ラグナルとローズウィスプの論戦は、明らかにローズに理がある。


 勇者たちの見方も変わり、「ここで暮らしてみてもいんじゃね?」、「なんか、想像と違う」、「なんで俺たち、戦ってたんだ?」と、目が覚めていく者が増えていく。


「ぐっ、ぐっ、ぐぐぐぐぐぐぐぐぅ……っ!」


 だが、ラグナルの目指すところは、勇者による統一世界だ。

 エルフや機兵や竜が、どんな考えを持っているかなんてどうでもいい。

 重要なのは、勇者による大調和だ。

 同盟関係を築くなど、もってのほか。

 となると、この風向きを変える手段もまた、限られる――。


「もうよい! なれば、この儂――星辰の聖教団、聖教主たるラグナル・オデアンが、貴様らの罪を暴いてやろう!」


 ラグナルが解放した莫大な魔力が、大地を底から揺すり上げる。

 いよいよ勇者たちの統率者と戦闘が勃発する。

 あれだけの魔力量なら、エルフたちも苦戦するかもしれない……。


「ふはははははっ! ひれ伏せよ、愚民ども! 大戦から生還した儂のLvは、脅威の769じゃ!! 貴様ら悪しきモンスターなど、徹底的に虐殺してやる! たとえ血涙を流そうが許さんぞ! 世界は、儂ら勇者に統一されるべきなのじゃと天の神さまもそう告げて――」


 ピュンッ。エルガードの指先から、濃密な魔力の光線が駆けた。


『あっ』


 パタリ。後頭部を撃たれて即死する聖教主さま。


「エルガードよ……」

「いえ、アレは殺しても構わないでしょう?」

「まあ……そうだな……」


 残念ながら、激闘の幕開けとはならず、聖教主は動かぬ骸と化した。


「同盟、組もうぜ」

「はい。よろしくお願いいたします」


 代わりに三英傑たちが、ローズウィスプと握手を交わして同盟成立。

 もうちょっと盛り上げたかったシグとしては、何とも言えない終わり方だった。

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