拾った姉を直したので……
海青猫
一話(完結)
……ああ、それにしても姉がほしい……
それは雨の日でありました。学校の帰り道は、古い材木置き場がありますが、人気が少なく通ってはいけないことになっています。
ですが、私はその道をたびたび通っています。
打ち捨てられた材木の匂いと、雨の匂いがまじりあい不思議な雰囲気を醸し出していました。
クラスメイトから、ここで殺された女の子の亡霊だとか、幽霊がさまよっているという怪談を聞いたことがありますが、私はそんな子とは一度お会いしたことがありません。所詮子供だましの噂話なのでしょう。
雨は上がっていますが、不安を駆り立てるような黒い雲が空を覆っております。いつ降り出すかもしれません。
材木置き場には不法に捨てられたガラクタの類が山となって積まれており、言いしれない寂しさがあるのです。
ふと、壊れかけたマネキン人形と、扉が開いている冷蔵庫のあたりに姉を見つけてしまいました。
いつも、一緒にいる妹には、見えていないのかもしれません。特に反応はありませんので。
申し訳程度に作られた柵をよじ登り、慎重にガラクタの山を登っていきます。
担任の先生からは決して近づいてはいけないと固く言われている場所です。
言いしれない背徳感はありました。
ガラクタの山を登る都度に足の裏に伝わってくるでこぼこした感触、雨に晒されている独特の材木の匂い、さらに雨がいつ降り出すかもしれぬ曇天模様です。
「引き返しなさい」と頭の中で良心の声が響きます。これでもクラスでは優等生なのです。しかし、私の胸は期待と不安とで高鳴り、足は止まることを知りません。
汗まみれになりつつも、やっと姉の元にたどり着くことができました。
額を流れる汗をポケットから取り出した白いハンケチで拭います。
荒い息は次第に落ち着いていきました。しかし、別の興奮が身の奥からこみあげてくるのです。
開け放たれた冷蔵庫の扉の隙間からは、数匹の油虫がはい出て、ガラクタの隙間に潜っていきました。
私は悲鳴をあげそうになるのを必死でこらえます。
まさにそれは姉でありました。ゴミにまみれ、バラバラになり、肢体をさらすその姿は、姉でなくてなんでありましょう。
肉塊のような胴体、人形のような青白い足、乱暴に切り分けられた頭部。姉を構成するであろう要素はすべてそろっているのです。なんともお労しい話でしょう。このような場所に置き去りにされているとは……。
妹にも姉を助ける手助けをしてもらおうと振り返りました。
しかし、妹はガラクタの中には入っては来ず、柵の外で待っているのです。手を振って、目配せしましたが、上の空というか陰気な顔をこちらにむけているだけです。
ちょっと変な子なので、仕方ないことなのでしょう。
さらに少し考えましたが、姉を持ち帰ることにしたいと思います。雨が降るかもしれませんし、このまま野ざらしの雨ざらしはあまりに不憫でありましょう。
一度では無理なのかもしれませんが、僅かでも持って帰ることができればと思います。しかし、一部でも姉を置き去りにするのは心が痛むのです。私の力ではとても姉を全て一度に持ち帰ることはできそうにありません。となると、持ち帰るなら、まず腕でしょうか? 頭でしょうか? と、そのような役体もないことをかんがえておりますと、ふと、私の中に妙案がうかんだのです。この姉を直しててみればどうでしょう?
そうすれば、姉自身の足で家まで帰れるではないでしょうか?
ちょうど良いところで、工作の授業で使用した糊がありました。私は鞄から糊を取り出します。桃色のチューブに入った糊はまだ半ば残っておりました。
これで、バラバラになった姉を元につなげることができるかもしれません。
さらに、ガラクタの中でドライバーを見つけました。これも何か使えると思います。
姉の首の断面にチューブから取り出した白い糊をつけて、胴体につなげます。手も足も同じ要領でくっつけました。これはマネキンの腕かもしれませんが、くっつく以上、問題はないはずです。やはり糊だけでは心もとないのです。拾ったねじ回しで、接続面を不ぞろいのねじで固定していきます。
うまくつながったのでしょう。姉は目を見開き、立ち上がりました。
「だだだ、ががが、ぐぐぐぐ」
言葉はまるで意味を成しませんが、これで自分の足で家まで連れ帰ることができるでしょう。
私は姉に家にもどるように告げました。
姉の口から、先ほどの油虫が数匹はい出てきました。どうやら、姉の頭に潜っていたものがいるようです。
二度目のことなので、油虫をみて悲鳴をあげることはありません。空気が抜けるような声が喉からもれただけです。
恐ろしいほど、鈍重な動きで姉はがらくたの山からはい出て、柵をゆっくりとよじ登ります。
さながら、私からにげようとしているようにも思えますが、気のせいでありましょう。
姉の後を追って、私も柵を超えて妹の元へ戻ります。
妹はやはり焦点があわない視線で、空をみあげながら、なにやら繰り言をつぶやいています。意味はまるでわかりません。変な子なので仕方ないでしょう。
雨粒が私の手の甲に当たります。冷たい感触が伝わり、身震いしました。
姉に急ぐように伝えます。
「あああ、ががが、ぐぐぐぐ」
意味の分からない声を上げて姉は唾液の粒を飛ばしました。その口から油虫が這い出てこなかったので、内心私は安堵します。
本格的な雨が降ると姉の躰をつなぐ糊もはがれてしまうかもしれません。家でもっとしっかり固定しないといけません。部屋にはガムテープが確かあったはずです。
思ったより時間がかかってしまいました。雨が本格的に降りだす前に、なんとか家につくことができました。姉は壊れかけた人形を無理やり動かしているように、ぎこちない不自然な歩みでした。
妹も物言わずについてきておりました。
ポケットから鍵を取り出して、玄関を開けて家に入りました。
よどんだ空気と、かびと埃のにおいが漂っています。
お母さん、いえ、母が台所から「おかえり」と呼びかけます。
私はただいまと返しながら、二階の自分の部屋に戻ります。まず姉を直すことが先決です。
私の部屋は、祖母が生前使っておりました、壁には祖母の写真が掛かっています。たまに視線を感じるのは気のせいでしょう。
ガムテープを机から取り出して、糊付けした箇所に巻き付けました。完全に固まるまではこうやって固定しておいた方が良いでしょう。
窓の向こうに見える灰色の空から、大きな雨粒が降り出しました。
間一髪というところでしょう。もう少し帰りが遅かったら雨に降られていたところです。
姉は何やら意味が分からないうめき声をあげています。
姉をそのままにして、階段を降りていきます。
階段の隅にはわずかな埃がつもっていて、後で掃除をする必要があると思いました。
お父さん、いえ父は残業で毎日遅いので、夕食は母と二人でとることが多いです。
台所からは、僅かな料理の匂いが漂ってきます。
今日はハンバーグでしょうか?
独特の肉が焼けるような匂いがここまで漂ってきました。わずかにソースの匂いも混じっています。
テーブルから椅子を引き座ります。思った通り、ハンバーグでした。
付け合わせには、甘く煮た人参が添えられていました。人参は苦手なのですが、好き嫌いは許されません。
母も席につくと、「いただきます」といい合います。
ソースが掛かった楕円状のハンバーグには髪の毛が飛び出しておりました。何も言わず、そっと髪を引き抜くと、ひき肉がバラバラにほどけてしまいます。
箸でほどけた肉のかけらをつまむと、口に運んでいきました。
肉の味とソースの甘味が口の中に広がり増しました。奇妙な味がする気もするが気のせいでしょう。
妹は何も言わず、席にもつかずぼんやりと台所の隅からこちらを見つめています。
何故でしょうか? 母も妹には何も口を出しません。
食事も妹の分はないのです。流石に何度か訴えたことはあるのですが、母は変な顔をするだけでした。
「双菜。貴方また人形をひろってきたのね。またあの材木置き場から拾ってきたんじゃないでしょうね?」
拾ってきた人形というのは、数日前に拾ったガラクタのことでしょう。確か捨てたはずなのですが、何かの勘違いなのかもしれません。私はあいまいに笑顔を返します。
「いいえ、人形なんて拾ってきてない……」
母は疑いのまなざしを向けますが、何も追及はしてきませんでした。内心胸をなでおろします。
双菜は私の名です。名前に二をあらわる双が含まれているのは、間違いない姉がいた証拠だと思うのです。今日、姉を拾ったので私の考えは間違っていないことが判明しました。
そういえば妹は何という名前だったのでしょうか? 覚えていたはずなのですが、ど忘れしてしまったようです。多分、三の文字が入っているはずなのです。
「あの、お母さん? 妹は……」
「また妹って、変な子ね? 貴方は一人っ子よ?」
母は怪訝そうな表情を浮かべて、首をかしげました。
明らかにこれは嘘なのです。なぜなら、妹はそこに立っているのですから。しかし、これ以上妹の話をすると、怒られるのはわかっています。適当に笑ってごまかします。
母は不思議そうにはしていますが、それ以上、妹の話題に触れることはありませんでした。
妹にしても、姉にしても何故、私に秘密にする必要があるのでしょうか?
妹はちょうど、母の後ろに立っています。顔色が悪く、どこを向いているかもわからないのですが、おそらく何も食べていないから空腹なのが原因だと思うのです。
母といえば、クラスメイトから、木材置き場で殺された女の子の亡霊の話を聞いたとき、続きで母親の話がありました。
その女の子は一人っ子で、姉も妹もいませんでした。そのため一人娘を亡くしたその母は、気を病んでしまい、首をくくってしまったとか、私には幸い姉も妹もいます。ただ一人の我が子をなくしてしまった母親の気持ちは、想像を絶する絶望でありましたでしょう。
その母親は家で首つり自殺をしてしまったとのことです。今は死後自分の娘を探しているとのことです。探すといってもどこで探すのでしょう? 首を吊った家の中にいるのでしょうか?
母がこちらを向きました。口から油虫が這い出てきます。妙に首が長い気もするのですが気のせいでしょう。
さすがに本日三度目の油虫ですので、悲鳴を上げることありませんでした。気持ち悪いのですが、数を重ねたため、驚きが少なくなったのでしょう。
瞬きすると、母は何事もなく元に戻っていました。
きっと気の所為だったのでしょう。
妹はゆっくりと台所の隅から、歩み寄ってきました。
視点は定まらず、どこを見ているかはわからないのですが、こちらに意識を向けているのはなんとなく伝わりました。
テーブルの上には妹の食事はありません。空腹なのかどうかも判然とはしないのですが、ハンバーグをさらに細かく切って箸でつまみ、妹に差し出してみました。まるで反応はありません。
母が奇異の目をこちらに向けてきたので、肉片は自分で飲みこみました。グラスに注がれた水で一気に喉に流し込みます。味は水に薄まり感じる暇もありませんでした。
母に姉の話をしようと考えましたが、この様子では時間をおいた方がいいでしょう。また怒られてしまいます。
食事が終わり、後片付けを終えた後、自室で姉と一緒にテレビを眺めておりますと、玄関が開く音が聞こえました。
どうやら、父が帰ってきたようです。スマホの時間を見ると、思ったより早い時間でした。
まだ話をする時間はありそうです。眠気をこらえながら、私は階段を下りて、玄関に向かいます。
玄関で靴を脱ぎながら、父は出迎えた私を見つめました。酒気が漂ってきました。
どうやらお酒を飲んできたようです。目もやや充血し、吐息にはアルコールのにおいが混じっています。
足取りも怪しく、父は私の隣を歩き去ろうとしました。
私が声をかけると、やや驚いたようにこちらを見つめます。
飲みすぎの父はあまり好きではありません。今日は話をしない方がいいかもしれません。少し迷ったのですが、姉の話くらいはした方がいいと思い、口を開きました。
「二華、またそんなことを言っているんだ? 義姉さんはなくなっただろう?」
二華は母の名前です。どうやら父はお酒を飲み過ぎて、母と私と取り違えているようです。似た名前なので仕方ありません。最近、よくあるので気にしないようにしています。
妹が、廊下の向こうからこちらを見つめています。
そういえば、娘をなくして首をくくってしまった母親の話で、その子のお父さんはどうなったのでしょう? 記憶をたどっても思い出せません。
姉が二階から軋む音を立てて、階段を下りてきました。油をさしていない機械を無理に動かしているような音を立てて、姉が父の近くに歩いてきます。
「お父さん。お姉ちゃんが……」
私は父に姉のことを説明しようと口を開きました。
「ぎぐああああ。うわあああ」
父が奇声を上げて、姉を殴りつけました。肉が弾ける音がして、同時に野菜や肉が腐ったような匂いが充満しました。
父を止めようと思いましたが、私の力ではどうすることもできません。
父に飛びついた私は簡単に振りほどかれて、したたかに壁に背中をぶつけました。一瞬、呼吸ができなくなります。
折角糊でつなぎ、ガムテープで補強したはずの姉の手足はバラバラになり、細かい部品になって廊下に散らばっています。
また姉を直さないと、直せなくなるまで壊されたら、例の材木置き場から拾ってこないと。私は痛みに耐えながら、役体もないことを考えました。
これまで私の話を聞いていただきまして、ありがとうございます。
このように私の家族は、誰もまともに私の言葉を聞いてはくれません。
しかし、貴方は最後まで口を挟まず、お話を聞いてくださいました。
貴方はここまでの話をお聞きになりどう考えられました?
私の家族はおかしいと思われませんでしたか?
それとも、おかしいのは私の方なのでしょうか?
ぜひとも、姉のことを、お話したいのです。
今度、聞きに伺いますので、お聞かせくださいね。
終わり
拾った姉を直したので…… 海青猫 @MarineBlueCat
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