年末に仕事をクビになって絶望していた俺を救ってくれたのは一匹のオカメインコでした
無雲律人
俺とチッチ
冷たい風が頬を切り、街中はクリスマスムード一色の年末。俺はひとり虚しく帰り道を歩いていた。
「はぁ、こんな年末にクビになるだなんて、ろくでもない年越しになりそうだな」
派遣で勤めていた工場を、今週いっぱいでクビになった。次の仕事は決まっていない。預金残高は十万円。すぐに住んでいるボロアパートの家賃すら払えなくなる。
街の街路樹にはイルミネーションが施され、BGMはジングルベル一色。行き交うカップルたちの幸せそうな微笑みを見ているだけで胸糞が悪くなってくる。
「俺には誰もいない。彼女もいない。家族も疎遠。待っていてくれるのは……」
ボロアパートに帰り玄関を開ける。
「オカエリ」
声がする。
「ただいま、チッチ……」
チッチは俺の飼い鳥のオカメインコだ。俺の家族と言えば、もうこの鳥一匹しかいないのだ。
「今日も疲れたよ、チッチ。ついに俺、クビになったしな……」
「オカエリ。オカエリ」
チッチは同じ言葉を繰り返す。
「お前に言って、どうなるわけでもないか」
やかんを火にかけ、カップラーメンを作る。
「今年の年越しも、格安カップ麺でしのぐしかなさそうだな」
スーパーに置いてあった無料の求人広告雑誌をパラパラと捲る。
「四十五歳の転職だなんて、キツイも何もろくな所ないよな……」
テレビを付ける。
夜のニュース番組でも幸せそうなカップルの街頭インタビューが映る。
「くそっ!」
テレビを乱暴に消す。見ていたくないからだ。自分には無い物ばかりが映る。自分には幸せな時も無ければ、クリスマスを共に過ごしてくれる伴侶もいない……。
「やっぱ、こうなるんだよな……?」
家にあったロープを手に取る。それを、適当な場所に括り付けた。
「と、その前に、チッチだな」
チッチのカゴの扉を開け、ガラス窓も開け放つ。
「チッチ、お前は一人でも強く生きていくんだぞ」
チッチが羽ばたいていく。空に向かって。どこかへ向かって。
「よし、じゃぁ俺はこの世からさようならするか」
ロープを首に括り付ける。そして体重を徐々にかけて行く。
「遺書も何も残さなかったけど、そんなもの残したって誰も読まないしな。ただ、大家さんには悪いことをするな。すまねぇ、俺にはこうするしか道は無いんだ……」
気道が圧迫される。段々と苦しくなってくる。
「もう、少しだ……俺。苦痛に身を委ねるんだ……」
そう思った瞬間だった。
「ガンバレ。ガンバレ」
どこかから声がした。
「ガンバレ。ガンバレ」
確かに「頑張れ」という声がする。誰だ?
俺はロープに掛けていた力を緩め、首からロープをほどいて周囲を見渡した。
すると、飛んで行ったはずのチッチが窓枠にいた。
「ガンバレ。ガンバレ」
チッチは何度も「頑張れ」を繰り返す。
「ガンバレ。ガンバレ」
不意に、俺の目から涙がこぼれた。嗚咽も交えて、涙はとめどなく溢れて来る。
「ううっ……うっ……ううっ……」
本当は、俺だって死にたくない。もっと、この世で色々な事を体験をしたい。もっと金を稼いで旅行にだって行きたい。彼女だって欲しい。結婚だってしたい。
「ガンバレ。ガンバレ」
俺の背中を押すように、チッチは「頑張れ」を繰り返す。
「チッチ……チッチ……」
チッチを抱きしめる。お前は、自由な空を飛びまわる事よりも、こんな俺を選んでくれたのか?
「ガンバレ。ガンバレ……」
チッチの声援が、俺の心の
「ああ、頑張るよ。頑張る。今日、ここからが俺のスタートだ」
そうだ。まだ人生を終えてはならない。死ぬ気で頑張れば、きっといい事だってあるはずだ。仕事なんてえり好みしなければいくらでもあるさ。そうだ。俺はまだやれる。
「ありがとう、ありがとうチッチ……」
窓を閉める。チッチに水と餌をやる。
「ゼロから、いや、マイナスからのスタートになるけど、お前がそうやって応援してくれれば、いくらでも頑張れる気がするよ」
俺は風呂に入り、むさくるしく生えた無精ひげを剃る。
今日、この時から俺は生まれ変わるんだ。まだやれる。まだ出来る。まだ、人生を諦めちゃいけないんだ。何歳になろうが、スタートラインには立てるんだ。
俺は、死にそうだった所をチッチに助けられた。だから、今度はチッチに大好きなおもちゃを買ってやれるくらいに頑張ろうと思う。
今日が俺の、スタートだ!
────了
年末に仕事をクビになって絶望していた俺を救ってくれたのは一匹のオカメインコでした 無雲律人 @moonlit_fables
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