最終話
「あの、さ。……ごめん」
「ううん。私が悪いの。あなたは悪くない」
「ほんと。なんかこう、あの時だけ、誰かに心を乗っ取られたみたいな、変な感じがしたんだ。おかしいって思ったけど、どうにもできなかった」
「あなたは悪くない、から」
どうして。どうして同じ街に、同じ食堂に、あなたがいるの。
「なんでそんなはっきり言えるの? 悪いのは――」
「悪いのはあのキャンディで、悪いのはそのキャンディを作った私のお母さんで、血筋で、私はあなたとは関わっちゃいけない。それが、運命だったから」
いったいどういう巡り合わせなのだろう。
まるで、後をつけられたみたい。ああ、もしかして、あなたの一族ってそういう能力でも持っているの?
美咲はもうやけくそになって、あれもこれも全部話した。時々ズズズと麺を啜りながら、全部。
拓弥はそれを、相槌を打ちながら聞いていた。余計な口など一切挟まない。ただ、美咲の心がどこか、終着点に辿りついて、その口が止まるまで、ずっと。
ごきゅん、と喉が鳴った。
「ごちそうさまでした」
「聞かせてくれてありがとう。じゃあ、俺の番ね」
「……は?」
拓弥はようやくラーメンに手をつけた。少し麺がのびている。が、そんなことは気にせずにズズズと啜る。
「それで、つまり、今はひとり逃避行中ってことだよね」
「まぁ、そんなところ」
「全部捨てて、新しい人生を始めてやるぜって」
数回ズズズ、と啜っただけで、どんぶりから麺が消えた。どんぶりを傾け、ごきゅごきゅとスープを飲み干すと、ニカッと笑う。
「奇遇だね。俺も新しい人生始めようと思って、ひとり逃避行中なんだ」
拓弥もなにか変な能力を持った血筋なのかは、分からない。隠している、と言うよりも、彼自身、何も知らないようだった。
ただ、あの嫌悪の感情を暴発させるキャンディが、彼の人生を変えたのは確かだった。
「なんだか分からないまま、大切な人に当たり散らすクズ野郎だとは思ってなくて、申し訳ないし、悔しかった。だから、慎二に……ああ、慎二っていうのは友だちなんだけどさ、苗字の読み、一緒だからって仲良くなったんだよ。ほら、俺は千に種って書いてちぐさだけど、慎二は千に草って書いてちぐさ。それで、さ。慎二のやつ、けっこうエスパーみたいなところあってさ。だから、なんかいい所教えてくれそうって思って、『誰にも見つからないような逃げ場所ない?』って聞いたんだ。そこに行って、今までをリセットして、もっとマシな人間になれたらなって思って」
「それで、ここ?」
「うん。――よかったら、なんだけど。一緒に、どう?」
ひとり逃避行は、ふたり逃避行へと姿を変えた。
共に、何かに縛られるでもなく、ただ、幸せな選択をしながら、歩き始めた。
苦悩の時間を接着剤にして、再びぎゅっと、繋がり合う。
ふたりなら、きっと、どこまでも行ける。
通過点を、後にする。
その先に、輝き溢れる未来が待っていると、心の底から、信じながら。
〈了〉
クラッシュ 湖ノ上茶屋(コノウエサヤ) @konoue_saya
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