ある残酷なクリスマス料理【カクヨムコン9創作フェス】
チューブラーベルズの庭
ある残酷なクリスマス料理
17時を告げる町内放送のメロディが流れてきた。
千恵子は見ていた韓国ドラマを消すと、うーんと伸びを一つした。
スマホでアプリを立ち上げると「あたためスタート」と書かれた箇所をタップする。これで一階の大型オーブンレンジが自動で加熱を始めてくれるというのだから、便利な世の中になったものだとつくづく思う。
IOTという仕組みらしい。
温度が200度になっていることを確認する。
これで夕飯までにはローストチキンが焼き上がるだろう。
千恵子はそのまま別のアプリを立ち上げると、今度は「暖房ストップ」のボタンを押す。目の前のエアコンがピッと電子音を立てたかと思うと、温風を吐き出すのをやめ、吹き出し口のフラップをゆっくり閉じた。
スマホの中でスタートやストップを押すだけで、家の家電を操作できる。千恵子のような年寄りにはまるで魔法のように感じられる。
設定してくれた娘の由美子に感謝しなくてはいけない。
その娘は一時間ほど前、約束通り孫を連れてやってきたものの、買い忘れがあるからとそのまま買い物に出かけていってしまった。
「お母さんは忘れっぽくなった」というわりには自分だって忘れてるじゃないかと、千恵子は苦笑する。
今日はクリスマスイブ。
夕食を共にする約束だった。
孫たちは、今は一階で遊んでいるだろう。
そろそろ降りて行って様子を見に行こうかと立ち上がった時、
じゅういーち……、じゅうにぃー……、じゅうさーん……――。
夕焼け小焼けのメロディに混じって、階下から遊ぶ声が聞こえてきた。
* * * * *
由美子は人だかりをかきわけて、ローストビーフをむんずと掴んでかごに入れた。
これでチキンの代わりを手に入れることができた。
かごの中のローストビーフを見ながら、小さく嘆息する。
ここ最近母は本当に物忘れが激しくなった。
オーブンレンジの中に大きな丸鶏が入っているのを見た時は、思わず天を仰いでしまった。
息子たちは鶏肉が苦手で食べられないことを、何度言ってもすぐに忘れてしまう。
さすがに認知症を疑いたくなる。
入っていた丸鶏は黙って取り出して冷蔵庫に戻してしまった。
母は怒るだろうか。
せっかくのクリスマスに買って用意したものだろうが、焼いたあと処分に困るより、冷蔵庫で眠らせて置く方がまだましだろう。
そう自分を納得させる。
背後からドンとぶつかってきた若い女性が、しきりに頭を下げた。
息子たちを家においてきたのは正解だった。こんなに人が多いとは思わなかった。
二人で仲良く留守番しているだろうか。
母は二階でドラマを見ると言っていた。
あの子達は多分ゲームでもしているだろう。
* * * * *
「よっわ、おまえよっわ」
兄は、持っていたカードをうちわのようにあおいで笑った。
「ズルいよ、兄ちゃん」
弟がそう嘆くのも無理はない。
二人が行っているカードゲームは、大体がカードの多寡によって大勢が決する。
弟が持ってる枚数は40枚。兄はその倍を持つ。
「ずるくねえよ。おまえも買えばいいだけじゃんか」
小1の弟の小遣いで買える枚数に限界があることを、小3の兄は分かって言っているのだ。
「だって……」
「あ、もうすぐ5時じゃん! スーパーレンジャー始まる!」
不貞腐れている弟に構うことなく兄はテレビに向かう。
だが弟はまだ納得がいかない。
「兄ちゃん、もっかいやってよ」
「やだよもう。スーパーレンジャー見たいし。婆ちゃんもそろそろ降りてくるだろ。おやつも食べたいし」
「ずるいよ、勝ち逃げ!」
一度も勝てないことが悔しくて仕方がない弟が叫んだ。
「何とでも言え」
兄は背中を向けてテレビのリモコンを操作する。
「じゃあさ、違うゲームやってよ!」
「何だよ違うゲームって……」
怪訝な顔で兄が振り返る。
弟は考える。
このままカードゲームを続けても、兄に勝てる見込みはない。
咄嗟にあることを思いついた。
「兄ちゃん。かくれんぼしようよ」
「かくれんぼぉ?」
「僕が隠れるから、兄ちゃん探してみてよ」
彼は、ある隠れ場所を頭に描いていた。
母親が買い物に行く前、大きな丸鶏を取り出していたところ。
あそこなら身体を折りたためば入ることができる。
そしてきっと、あそこなら絶対に見つからない!
「えー、かくれんぼぉ?」
兄が渋る。
「兄ちゃん怖いのぉ~? 僕を探し出せないことがぁ~」
弟が挑発気味に笑った。
ある残酷なクリスマス料理【カクヨムコン9創作フェス】 チューブラーベルズの庭 @amega_furuno
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