ドラゴンの嫁

にゃべ♪

異世界リスタート

 数日前から、私の額には変なおできが出来ている。何故だか分からないけど、他の人には認識出来ないらしい。触ってもスイッチみたいに出っ張っていているって分かるのに。友達や同僚に触らせても違和感がないって言われるし、謎。


「なんなのこれもー!」


 私は誰にも理解されないこのストレスに頭がおかしくなってしまいそうだった。正気を保とうと、ラムネ菓子を勢いよく噛み砕く。まぁ効果はないんだけど。

 ある日、仕事帰りに住宅街に入ったところで急に立ちくらみがした私は、勢いよく前のめりに転んだ。この時、額を思いっきり地面に打ち付ける。イタイ!


 その瞬間、足元の地面がガラガラと派手に割れていく。そこに生じた暗い闇の底に、私は成す術もなく真っ逆さまに落ちていった。


「一体どう言う事なのォォォッ!」


 超能力者でもラピュタ王家の末裔でもない私は、この自由落下に抗う術を何ひとつ持っていない。高所から落ちたら激突一択だ。どうしてこうなった……うぅ……。

 死へのカウントダウンが迫る中、私はギリギリまで生きてやると覚悟を決める。どこに落ちていくのを見極めてやるのだ。最初の内こそ真っ暗な闇しかなかった視界は、ある段階で突然明るさを取り戻す。それは、まるで境界を超えたみたいな変わりようだった。


「嘘? 何?」


 落下中に私の両目が捉えたのは、真っ青な空と眼下に広がる広大な森。地球の地下世界にやってきたのか、それとも異世界なのか。初めて目にした光景に正解を導き出せるはずもなく、私の脳内でははてなマークが増殖されていくばかり。

 ああ、スカイダイビングってこんな感じなのかしら……。パラシュートがあれば良かったのになあ。


 ズンズンズンズンとものすごい勢いで地面が近付いてくる。私の死がものすご勢いで近付いてくる。この事実に、私の脳内はすぐに恐怖一色に塗り変えられていった。


「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……」


 私はどうにかこの落下を止められないか足掻き始める。強く念じたり、手から何かを放出させようとしてみたり、これは夢だと思い込んだり――。しかし、そのどれにも何の効果も現れない。落下スピードは加速してしていくばかり。

 最後はもう神頼みだ。激突するその瞬間まで、私は助けてと言う言葉を喋り続けた。それはもう、敬虔な祈りのように。


「助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けてェェェッ!」


 数々の努力も虚しく、私は地面に激突――しなかった。地面から10センチくらいの位置で落下が止まったのだ。地面にぶつかる直前で私の体は浮いている。原理はよく分からんけど。神様に祈りが通じたのかな?


「おお、助かった……」


 激突を回避出来て気が抜けたところで私の体は再び重力を感じ、今度こそ地面に落ちる。けど、10センチからの落下だから鼻が痛いくらいのダメージで済んだ。受け身を取れればノーダメージだっただろう。10センチでひっくり返っての受け身は無理だけど。て言うか柔道とかやった事ないけど。


 取り合えず、謎の奇跡が起きて助かった私は何とか起き上がる。見たところ、私が落ちたのは森の中に広がった草原のようだ。周囲を見渡すものの、当然のように人の気配はどこにもない。

 ここが地下世界であれ、異世界であれ、すぐに動いた方がいいだろう。凶悪な動物とかが森に生息していなければいいのだけれど。


 歩き始めてみると、私の直感が何かをささやき始める。この感覚には幼い頃から助けられてきた。だから今回もそれに愚直に従う事にする。きっと助けてくれる人に出会えるんだ。私は直感の発動に希望を見出していた。

 森は暑くも寒くもなく、今着ている服でちょうどいい感じ。踏みしめる地面の感覚も優しくて、歩く度に足元から癒やされていくようだ。まるで私のために作られた世界みたい。心地いいと言うか懐かしい気さえしてしまう。なんでだ?


「夢でも見てるのかな?」


 直感に従って歩いていると、また開けた場所に辿り着く。森は抜けていなかった。視界の先にも人はいなかった。でも、何もない訳じゃなかった。人の代わりにそこにいたのは――。


「ド、ドラゴオオオオン?!」

「お、やっと来たか」

「シャベッタアアアア!」


 そう、そこにいたのは全長が20メートルはあろうかと言う巨大なドラゴン。肌の色が真っ赤なので、レッドドラゴンて言うやつだろうか。ベタな展開すぎるんよ。

 私を目に止めたドラゴンは、何故だか歓迎モードだ。え? 何これワナ?


「そんなところで腰を抜かしていないで、こっちに来い」

「あわわわわわ……」


 ドラゴンに誘われても、応えられる訳がない。初めて目にした巨大モンスターにすぐに心を開けるやつなんていない。本当は逃げ出したかったけど、体が全く動かなかったのだ。チビっていないだけでも褒めて欲しい。

 私がただ小刻みに震えているだけだったので、ドラゴンは首を傾げる。


「なんだ? 思い出したから来たんじゃないのか?」

「はい?」

「仕方ない、俺がそっちに行く」

「え?」


 ドラゴンはのっそりと私の方に向かって歩いてくる。一歩の歩幅が大きいのもあって、数歩で目の前までやってきた。ブレスを吐かれたら即死する距離だ。今度こそ私は死を覚悟した。

 ドラゴンはぬうっとその顔を近付けてくる。キスすら出来てしまえそうな至近距離だ。


「よく見ろ、思い出せ」

「ナ、ナニガデスカ?」


 私はドラゴンの全く身に覚えのない問いに気が遠くなる。昔、何かやらかしたのだろうか? 一生懸命に脳内の記憶のタンスを引き出してみるものの、該当するものはどこに見当たらない。

 て言うか、ここまで接近されて気を失わないのを褒めてもらいたいくらいだ。


「あ、まだ目が開いていないのか。仕方ないな」

「目? むっちゃ見開いてますけど?」

「そこじゃない。ここだ」


 ドラゴンはいきなり大きな口を開けて、その長い舌で私の顔をぺろりと舐める。何故だかこの時、不思議と嫌じゃなかった。それどころか、すごく懐かしさを感じる。何この感覚。舐め終わったドラゴンは、満足そうにニッコリと微笑む。

 その笑顔がトリガーになって、記憶の中に今まで存在しなかったものが蘇った。


「あれ?」

「ちょっと無理矢理になったけど、これで思い出せただろ?」

「あなた、もしかして……」


 私は突然思い出す。このドラゴンの事も、この世界の事も。多分これは、前世の記憶。思い出せたのは舐められたからだけじゃない。額の目が開いたのだ。それによって、封印されていた記憶が湧きいずる泉のようにどんどん溢れ出してきた。


「ああ、俺はシエラ・ルワード。お前が愛した旦那だよ」

「私、今まで……」

「仕方ないさ、記憶を封じられて異世界に転生させられたんだ。だから俺はずっと戻ってくるのを待っていた。お前との思い出が残るこの森でな」


 そう、私はかつてこの森でシエラと共に暮らしていた大きな蛇だった。相性が最高だった彼と結婚して、ずっとこの森を見守りながら平和に暮らしていたんだ。それなのに、突然空からやってきた天使に私はズタズタに引き裂かれて――。

 天使はシエラが撃退してくれたけど、私はもう助からなかった。だからその時に約束したんだった。


「いつか必ず思い出すから、それまで待っていてって言ったんだったよね。思い出した」

「ああ、今日がその日だ。お帰り、ルーシー」

「あ、私、そんな名前だったんだ。うん、そんな名前だった」

「今は何て名前なんだ? そっちで呼ぼうか?」


 シエラが気遣ってくれたので、私はゆっくりと首を振る。


「今の私の名前、ながめだよ? ルーシーの方がいいよ」

「そうか。じゃあルーシー。また一緒に生きてくれるか?」

「でも待って、体のサイズが違いすぎるよ。どうにかなんないかな」

「それなら、任せろ」


 シエラはそう言うとゆっくりと立ち上がる。やはり大きい。動く巨大なビルみたいだ。そんな彼が空に向かって何か聞き取れないような言葉を唱え始める。ドラゴン魔法だ。私も蛇だった頃は聞き取れたし、使えたんだけどな。

 魔法で体を光の繭に包んだレッドドラゴンは、急速にそのサイズを縮小化していく。やがて2メートルくらいのヒューマノイドタイプの形になり、光は飛び散った。


「これで釣り合いが取れただろう、ルーシー」

「うん、最高!」


 人間態になったシエラは私好みのイケメンになる。もう非の打ち所がない。きっと蛇だった頃に見たドラゴン形態の彼も、私の目には今と同じように見えていたんだろうな。

 見つめ合った私達は、引かれ合う磁石のように再会のキスをする。


 こうして、私はこの異世界の森『ルシエラル』で新しく人生をやり直す事になった。地球ではいつもどこか疎外感を覚えていて、自分の居場所でない気がしていた。きっとこの世界が私に相応しい場所だったんだ。ここには愛する人もいるし、森も私を歓迎してくれている。

 新しい人生のスタートを世界が祝福してくれているって感じがした。きっと、私の額の目に宿る不思議な力がそうささやいてくれているんだ。



(おしまい)

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