1.緊急事態


薄汚れた靄の向こうで、太陽が天頂に上る頃。

建設は順調に進んでいた。

“ダイブツ“の全貌は建造済みで、後は塗装が終われば、全ての工程が終了する――はずだった。



少し遠くに置かれた『司令塔』から突如、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


≪――警報。警報。“クナン”が発生。“クナン”が発生。当現場に接近中。『普』資格までの作業員は、ただちに作業を停止して避難してください。繰り返します――≫


無機質なアナウンスが、周辺に幾重にも反響して木霊す。

同時に、遠くの空から、巨大な影が近づいてきていた。


「おいおいおい、この前追い払ったばかりだぞ……!!?」

「ッチ、しつけぇ野郎だな……! またあんな“暴風”かまされんのは面倒だ……!」


足場の中枢区に来て作業をしていた二人の男が、“それ”を目視するなり、思い思いに悪態をつく。

轟々とした音と共に飛んでくるその姿は、巨大な渦が高速回転しているように見えた。

しかし実態は、細くて長い無数の怪物が、群体になって滅茶苦茶に飛び回ることで暴風をまとった姿だった。


やがて土埃が激しく舞い始め、周囲を砂嵐に変えていく。

この“暴風式”クナンによって、破壊されてきたダイブツの数は計り知れない。

組織にとっては散々苦い思いをさせられてきた相手だった。



≪――業務連絡。業務連絡。『撃』有資格の作業員は、速やかに祓除ばつじょ態勢をとってください。繰り返します――≫


「――だとよ。オレらも持ち場につくか」

「今度こそぶっ倒してやる――って言いたいところだが、出来たら苦労してねぇんだよな…!」

新たに聞こえてきたアナウンスに、それぞれに言い足りない文句を腹の奥にしまい込むと、二人は今いる場所から更に上へと駆け上がっていった。





≪――ID:10274=アンカー。ID:35419=ミヤサト。――認証。――護身器ごしんきのロックを解除します≫


“ダイブツ”の後頭部に設置された足場には、簡易型の格納庫が備え付けられていた。

厳重に閉ざされた扉から機械音声がして、電子ロックが開錠される。

中には対戦闘用の防衛装備と、大型の銃器を主に、様々な種類の武器が収められていた。


そこから大型ライフル銃の成りをした『護身器』と呼ばれている銃器を、それぞれ手に取る。


「よう相棒、仕事だ。嬉しいか」

「言ってる場合か。行くぞ」

方や揚々と軽口を叩き、方や苦々しく呆れて、戦闘態勢を整えた二人はダイブツの頭頂部に上がる。


猛進していたはずの“暴風式”クナンは、侵攻速度を徐々に落としていた。

目を凝らしてみれば、日頃は資材を運び移動させている重機のショベルとクレーンが、今はその剛腕を振り上げてクナンの群体に次々と殴りかかり、大渦を削り散らしている。

既に迎撃態勢に入っていた、有資格者の作業員達による足止めが、成功しているようだ。


「おーやってるやってる。やっぱデカいモンにはデカいモンをぶつけるのが正解だよなぁ」

「重機を『護身器』に改造すると聞いたときは正気を疑ったが……祓除の効率は格段に上がったな」

「使えるモンは何でも使えばいいんだよ。“ホトケサマ”のご加護様様だぜ」

「――――そろそろ来るぞ」


容積を減らされた“暴風式”クナンが、それまで整えていた大渦の形を変えていく。

禍々しく歪な円環状になったそれは、纏った暴風の威力を急激に増した。

そして重機型『護身器』の剛腕を振り払うと、再び侵攻速度を加速させた。


二人は目の前の砲台に、持ち出してきた『護身器』を固定し、迎撃準備に入る。

装填するのは一発分のカートリッジ。弾頭には、かつて『祝詞』と呼ばれていた文字の羅列が刻まれている。


間もなくして歪な円環状と化した“暴風式”クナンが、ダイブツの頭上に接近してきた。

円環は中央に大きく穴を開け、ダイブツを捕食せんとばかりに襲い掛かる。

砂嵐が足場の鉄筋やダイブツの表面を打ち付ける音と、クナンの雄叫びによる轟音が相成った凄まじい騒音が、防音ヘッドホン越しにも伝わってきた。


「お前らもなぁ、そろそろ覚えた方がいいんじゃねえか?――壊すことに浮かれすぎて、いっつも “弱点”を晒してるってことによ」

「射程圏内入りを感知。最終形態まで3、2、1――」


全てを吹き飛ばさんとする風量の中、砲台に縛り付けた体を低くして、スコープを覗く。

すぐ真上に迫ってきている穴の、更に中央には、一つだけ小さな個体が浮かんでいた。


目標ターゲット:タイフウノメ。『USIK-2024YR_3G含有式壱号』――セット」

「―――ぶっ飛べ!!」

その個体を見つけるや否や、短い合図と共に二人はトリガーを引いた。

重い銃声と共に発射された二つの弾頭は、群体の大渦の最も層が厚い箇所と、独立していた個体を、同時に貫いた。


次の瞬間、大渦はぴたりと動きを止めた。


一瞬にして、無音の空間が周囲を包み込む。

一呼吸分の間の後、“暴風式”クナンは爆風を撒き散らして、跡形もなく霧散した。



「あばよクソッタレ共。次は数百年後くらいに復活しろよ」

「…… “次”なんて、いつだって望んでねぇんだけどな」

風が凪ぎ、砂嵐が消え去り、見慣れた靄空をスコープ上に見ながら、二人は心地良さのない達成感の中で、忌々しげに呟いた。



≪――ビャクゴウから『撃』ならびに司令塔へ。クナンの祓除に成功。目標ターゲットは消滅した。総被害の算出と、作業再開の指示を要求する。≫


迎撃現場からの通信は受理され、しばらくの待機音の後、司令塔から再びアナウンスが流れた。


≪――司令塔より全作業員へ連絡。クナンは消滅しました。物理的被害による以降の作業に支障はありません。『普』資格者の作業員は、速やかに現場に戻り作業を再開してください。≫


≪『撃』資格者の作業員は、15分のクールタイムの後、現場に復帰してください。――司令塔より以上。“ホンジツモ ゴアンゼンニ”――≫


遠くへ反響して伸びていくアナウンスの合間に、地表からざわざわと人が集まってくる音がしていた。

避難していた作業員達は、何事もなかったかのように各々の持ち場へ戻ると、次々と作業を再開する。

建設現場は、あっという間にいつもの光景に戻っていった。



「んじゃ、もう一回休憩しにいくか」

「ああ。……有難いんだか、有難くないんだかな」

砲台から回収した銃器を担ぎ、二人もいつもの調子に戻って、階段を下りていく。



人のざわめきに工具や重機の音が加わり、現場は再び活気づく。

無傷で守られた“ダイブツ”が、微笑みを湛えてそれを見下ろしていた。


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B.B.C.C.-Big Buddha Construction Company- 〇鴉 @sion_crow

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