元旦スタートダッシュ

カニカマもどき

自宅のリビングにて

「一年の計は元旦にあり!」

 こたつから立ち上がり、男はそう言った。

「急にどうした、兄者。まあ座りなよ。ミカン食べる?」

「あ、いただきます」

 男……兄は再び座る。

「…………」

「…………」

「って、おいおーい! まったり食っとる場合かっ!」

「何なんさっきから」


「聴け、妹よ。このままではいけない」

 ミカンを食べ終えた兄が、再び主張を始める。

「今日は元日。一年の始まりだぞ」

「それが何か」

「分からんか。今年を有意義で最高な一年にするため、我々は今日、完璧なスタートダッシュを決める必要があるということだ。ひいてはそれが、オレの社会人生活のスタートダッシュにも繋がる」

「…………はあ」

「気の無い返事!」

 はなはだ面倒という姿勢で、妹は言う。

「言いたいことはいろいろあるけど……おせちとお雑煮ぞうにを食べるだけで午前中が終了してしまったこの時点で、もうスタートダッシュは失敗では?」

「まだ挽回できる!」


「まあ、面白そうだから話くらいは聴こう。で、具体的にこれから何をすんの?」

 兄は答える。

「そうだな、自分を高めるためにとりあえず……筋トレ?」

「正気か。お腹一杯になったばかりだというのに」

「言われてみればそうだ。先に腹ごなしが必要だな」


 そういう訳で、まずは二人で家の外に出る。

「さて。せっかく外に出たことだし、このまま初詣はつもうでにでも行くか」

「人が多い場所はパスで」

「まあそうだな。では、近場の小さい神社で済ませよう」

 初詣は10分で完了し、二人はまた自宅のリビングに戻る。


「あまり腹ごなしにはならなかったな」

「徒歩10分だからね」

「仕方ない、筋トレの前に、他に何か……そうだ、書き初めをしよう」

「墨とか半紙とかあるの?」

「……無いな」

 兄がしまったという顔で言う。

「あと、筆とすずり文鎮ぶんちんも無い」

「無い無い尽くしじゃん」

「かくなるうえは……」

 兄は大学ノートを一枚破り、サインペンで大きく「飛翔」と書いた。

「……うん。やはりこれだと書き初めの代わりにはならないな」

「書く前に気付けよ」


「なんか眠くなってきたし、今から筋トレって感じでも無くなってきたな」

「まあ無理はよくないよね」

「映画でも観るか。なんか、為になるやつを観よう」

 兄がサブスクで映画を探し始める。

「でも難解な映画を選んで、途中で飽きて寝たりしたら本末転倒じゃない?」

「それもそうだ。とすると……まあ、こういうのでいいか」

 そういう訳で、二人は『口裂け女VSメカ口裂け女』を観た。


「結局、ダラダラとした元旦を過ごしてしまった!」

 兄はなげいた。

「うむ。人間、急には変われないということだね。でもまあ、なかなかいい元旦だったんじゃない?」

「そうかな」

「そうそう。まあ座りなよ。甘酒飲む?」

「あ、いただきます」

 こうして、二人の元日は終わっていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元旦スタートダッシュ カニカマもどき @wasabi014

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ