スタートは一人で。ゴールは君と。

神山れい

まずは連絡先を交換することから

 ──俺には、気になる人がいる。

 名前は、春川紬。友達からは、つむちゃん、とか、紬って呼ばれている。

 第一印象は、おとなしそうな子。実際、クラスではあまり目立たない存在だ。休憩時間も、読みたい本があるときは黙々と読み続けている。でも、友達から話しかけられると、嫌そうな顔をせずにその本を閉じて一緒に話して笑っている。

 そして、その笑顔がめちゃくちゃ可愛い。俺にも笑いかけてほしいくらい可愛い。いや、真剣に本を読んでいるときも可愛い。結果、何してても可愛い。

 でも、俺は話しかける勇気すらないから、こうやって前の方の席から見てるくらいしかできていない。


りつさあ、休憩時間ごとに俺の席に来てそれすんのやめろって」

「だってさ、俺の席は後ろだから見れないんだよねえ」


 はあ、と友人は溜息をついて俺の頭を叩く。


「いって!」

「ずっとこのままでいいのかよ。律、スタート地点にすら立ててないからな」

「……だって、俺みたいな奴に話しかけられて嫌がられたらさ」


 別にクラスの中心というわけではないけど、気が付けば盛り上げ役になってた。髪の毛は染めてるし、ピアスは開いてるし。制服も適当に着てるし、何なら成績も悪いし。唯一自慢できるのは、誰にでも人当たりがいいところくらいだと思っている。

 でも、春川さんは、黒い髪を肩の辺りで切り揃えていて、化粧はしてるのかしてないのかわからない。ネクタイもしっかり締めるくらい制服はちゃんと着ていて、成績も良い。


「よし、連絡先交換してこい」

「え!? そんなの急すぎでしょ!?」

「じゃあいつやるんだよ。途中までは俺も協力してやるから」


 強引に席を立たされると、ほら頑張れ、と背中を押される。

 待て待て、まだ心の準備ができていない。なのに全然止まらない。止まってくれない。こいつ、こんなに力強かったのか。

 春川さんの友達が、俺が謎に近付いてくるから引いてる。春川さんもちょっと引いてるような気がする。もう終わったかもしれない。


「ごめん、春川さん。こいつが話したいことあるんだって」

「え……?」

「ほら、びしっと決めろって」


 背中を押され、俺は一歩前に出る。俺をここに連れてきた張本人は、今度は春川さんの友達を連れてどこかへ行ってしまった。

 どうしよう、心臓がすごいうるさい。顔も熱いし、絶対真っ赤だよ俺。でも、もうここまで来たなら言うしかない。


「あ、あのさ、連絡先、教えてもらっていい? ほら、その、同じクラスだし、これから何かいろいろあるかもしれないから」

「う、うん。ちょっと待ってね」


 俺のあほみたいな理由にも、春川さんは疑問を持たずに頷いてくれた。というか、嫌がられなくて本当に良かった。

 俺がポケットからスマホを取り出すと、春川さんも鞄からスマホを出してきた。QRコードを読み取らせてもらい、友達追加する。


「猫……?」

「俺んち、猫飼ってるんだ。ニャン助っていうんだけど」

「わあ、可愛いね。ニャン助くんかあ、名前も可愛い」


 ずっと遠くから見るだけだった笑顔が、俺に向けられる。自撮りが嫌いでニャン助をアイコンにしてただけなんだけど、してて良かった。

 どうしよう、もっと話していたい。

 もっと、俺に笑顔を向けてほしい。

 だけど、授業開始のチャイムが鳴ってしまう。先生が入ってきたこともあり、俺は春川さんに礼を言って自席に戻った。どこかへ行っていた友人も春川さんの友達も戻ってきて、それぞれ席に着く。

 俺はこっそりスマホを取り出して、春川さんへ送るメッセージを作成した。見るのは休憩時間かもしれないけど、それでも今送りたかった。


『春川さんが読んでる本を読みたい。また、おすすめを教えてほしい』


 普段、漫画しか読まない俺だけど、それなら読めるというか。読んでみせるというか。春川さんと同じ話題で話したい。

 すると、春川さんがびっくりしたような顔で俺を見てきた。どうやらスマホは鞄に仕舞い忘れていたようだ。慌てて前を向いたかと思うと、背中を少し丸め、こそこそと何かをしている。

 ブ、と俺のスマホが短く震えた。通知画面には「春川紬」からのメッセージが表示されている。


『本当に? 嬉しい、また持っていくね。読んだら、感想を教えてほしいな』


 可愛らしいスタンプと共に送られてきたこのメッセージ。連絡先を交換していなければ、いつも通りの日々で何も始まらなかった。

 俺の恋は、本当にスタートしたんだと実感した。

 ゴールは君とできますように。

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スタートは一人で。ゴールは君と。 神山れい @ko-yama0

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