第1話の2

「モニカ、モニカ」


 長いスカートを揺るがせ、王国の紋章と天使をあしらった金の錫杖しゃくじょうを手に、大神官リジェルはひなのようにか弱い妹にそっと声をかける。


「モニカ、モニカ……」


 ……。

 すぅすぅ……。


 だが、反応はない。


 すやすやと王城の庭、陽だまりのなかでお昼寝中である。


「モニカ、モニカったら……」


 すぅすぅ……。


 ……ッ!


「起きんか、こらっ!!」


「はいっ、でつ!!」


 プッツン切れた姉の声に、モニカは飛び起きた。

 シャッキと、寝てませんアピールするものの、寝ぼけまなこはまだぽやぽや、小さな体は柳の枝のように揺れている。


「まったく。お勉強さぼってどこ行ったかと思えば、また……」


 こほん。


 リジェル、取りつくろう。

 父王からの指令はいまだない。

 大神官たる彼女の独断である。

 国の危機、逡巡しゅじゅんするいとまはないはずだ。

 せっかちな彼女は軍議の結果など待たず、もう動いていたのである。

 優柔不断の父には常に、ほとほとあきれていたリジェルであった。


「モニカ。あなた、お遣いに行ってきてくれない?」

「おつかい、でつか?」

「そうそう。お遣い。簡単なこと」

「でも……」


 モニカ、箱入り娘。

 大事に大事に育てられ、蝶よ花よと、王城の内で父王ちちおう母妃ははきさきのあたたかい庇護のもとでぬくぬくと育てられてきたのである。城の外から出たことなどない。城下にお目見えもまだなのである。

 いわゆる、今回が初めてのお遣いとなるはずである。


「難しいことじゃないのよ。兄さまのところへ行くだけ」


「兄たま!」


 モニカがカワイイ仔犬だったなら、その頭の耳はピンと、尻尾はブンブン振られたことだろう。


「そうそう、兄さま。あなたの大好きな」


(あなたが、でもあるけど)


 心中、チッ! と、リジェルは舌打ち。

 尊敬する兄ではあるけれど、こと年の離れた妹のことになるともう大事な任務すら放ってしまうほど、溺愛しているのである。デレデレである。鼻の下伸びまくり。いい年をしてそれでは、彼女の一人も出来ようもない。

 もっとも、リジェルもそこに関しては(ちょうどいい)と、思っているのだが。


(あたしだっているのに……)


 リジェルだって、いわゆるブラコンである。

 年の離れた妹も可愛いことは可愛い。そこは分かる。それでも、やきもち焼くのは常にこの舌ったらずな妹相手であるのは複雑なのだ。


「兄さまにね、この手紙を渡してきてほしいの」

「兄たまのところへ行けるのでつね!」

「そういうこと」

「やったぁっ!」


 飛び上がって喜ぶ妹に、心中穏やかならぬは、さて何をもってか。


「大事なお手紙だから、必ず渡してね。ケルスと一緒に行けばいいから」

「ケルスもお外に出してもいいのでつか!」

「ま、緊急事態だしねえ。いいんじゃない?」

「やった! ケルスとお散歩でつ! 兄たまのとこへ!!」


「お散歩じゃないっつーの。お・つ・か・い。大事な国の命運を託すってのに」


 ぼそっと悪態、リジェルのバラの花のような口元から。


「んじゃ、たのんだわねえ」


 最後は極めて軽く、ひらひらと手を振るリジェルであった。


「はい! 任されまちたでつ!!」


「そうそう。料理長にいってお弁当作ってもらったから。それ、もらっていってね」


「姉たま、ありがとう!」


 何やかんやいって、やっぱり妹は可愛いのである。


(でも、この子に託して、本当に大丈夫なのかしら? 神さまって、何考えてんだか)

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