第1話の3

「ケェルゥスゥ!」


 城の地下。

 かび臭く、湿気のこもる灯りのない石壁の牢獄。

 モニカのかわいらしい声が響く。


 閉じ込められているのは一頭の巨大な白い獅子。


 そのたてがみは電撃をまとうという。

 牙は鋭く、まるで槍のよう。

 咆哮ほうこうは炎となり、立ちふさがるものを焼き尽くす。

 太き前足に並ぶ爪は、まるで五本の名剣。鉄の盾も、王城を囲む壁とて、薄紙のごとくやすやすと斬り刻む。

 走れば千里を瞬く間に駆け、敵を決して逃さない。

 いわんや、対峙したものは紅き眼光に見据えられるだけで逃げることもうあたわずと悟り、石化したのではないかと体が強張る。


 ランプのほの暗く、か細い灯が、ほこりにまみれたケルベロスの名を冠する猛獣を照らす。


 太い鉄の檻。

 しかし、その隙間はその巨体を収めるために荒く、モニカの小さな体ならすり抜けられて、簡単に中に入れてしまえる。


 モニカは、この場所、ケルベロスの存在を知った時から、たびたび父母にナイショでここを訪れていた。

 それを知るのは、リジェルだけである。


 ケルベロスが赤い眼光鋭く、にらみつけてモニカのそばへ。

 ズシン、ズシンと、巨体をゆするたび、地響きがする。


「なんや、お嬢。また来たんかいな? かなわんなあぁ。怒られるのはワイやで。リジェル姫、ごっつう怖いんやさかい」


 何とも、間の抜けた声である。

 これが万人に恐れられた魔獣か?

 百年前の大規模闘争で、王国軍を壊滅寸前まで追い込んだと伝説の。


「ケルス、おつかいでつ! その姉たまからでつ。お外に行ってもいいんでつよ?」

「リジェル姫の? なんや、厄介事みたいやなあ。気ぃ乗らんなあ」

「姉たまいいまちた、ケルスを連れて行けと。兄たまのもとへ行けと」

「兄さま? おいおい、最前線にいるんちゃうんかいな? そんなところへお嬢を? 何考えてんねん、まったく……」

「ワクワクでつっ!」


 ケルスは事の重大さにすぐさま気づき、顔をしかめるが、当のモニカは何も分かっていない。初の大冒険に胸をおどらせているだけである。


(はあ……)


 ケルス、盛大にため息。

 それだけで、モニカのまきまきの金の巻き髪が突風にさらされたように揺れる。


「しゃーないなあ。ついてったるわ。お嬢ひとりやったら、そりゃ危ないしなあ。ワイも心配やけど、お嬢になんかあったら……。おお、こわ」


 身震いは、リジェルのお仕置きを恐れてのことである。


 伝説の魔獣も、この姉妹には形無しのようである、どうやら。


「さっそく行くでつ!」


「はいはい……」


 ぼんと、煙が一つ。


 なんと、魔獣は魔法を使い、その身をかわいらしい小さなぬいぐるみのようにしたではないか。


「ケルス! カワイイ!!」

「こらこら、そんな場合やあらへんがな」


 と、いいつつ、大好きなモニカに抱きしめられて、まんざらでもないケルスであった。


 こうして一人と一匹の王国の未来を左右する冒険が始まったのである!


 その結末や如何に。

 果たして幼女姫は役目を果たせるのか?!

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