おつかい、できたかな?
「ケルス、ねむいでつ……」
「お腹いっぱいになったからなあ。……って、あかん! お遣いあるやんか!」
「おつ……、お……」
「お嬢!」
「おつかい!」
キュ~……。
パタン……。
お
幼子に抗うすべなどない。
「お嬢、お嬢!!」
「すぅ……、すぅ……」
「ああ、もう! こうなったらもう、何が来ても起きひんか?」
露天風呂の脇で幸せそうな顔で伸びているルーズ。
ぬくもりをもらおうとでもいうのか、もそもそとそのとなりへ、モニカ。
意識ないのにルーズは幼女の添い寝を感じてさらに至福至極。遠く天国へ、旅立ってしまった。
「しゃーないなあ、もう……」
結局、ケルスもモニカには甘々なのである。
「はあ~。よっこいせと」
モニカを背に乗せた。
それはなんて、ほほえましい組み合わせ!
温泉に居合わせた他のお客さんたちもほっこりほんわか、幸せ。
寝顔の天使を乗せたわんこはトコトコと施設を抜け出した。
ほわほわの皆さん、だれも止めはせず。
外に出ればもう、何も気にすることはない。
この真新しい温泉施設は大人気とはいえ、場所は山中深く、人里から遠く離れている。
「戦乱の時代だからこそ、人々には癒しが必要です!」
議会で力説し、積極的に施設建設を推進したのはリジェルであった。だが、神託の巫女が転移門
そんな事情はケルス、知らない。
人目がないならそれは好都合。
かつて100人の兵にかこまれてもまるで蟻にたかられた象とたとえられた巨体をあらわし、モニカを乗せたまま、
「さあて、いきまっか!」
ひとっ飛びである。
駆ければ千里は伊達ではない。
あっという間に前線へ。今までの苦労はなんだったのか。
直前にはまた大きな白いわんこの姿へ。
兵にケルベロスの姿を見られるわけにはいかない。
前線で指揮を
「どうした!」
「ハッ! いえ、あの……。何故か、大きな犬の背に乗り、その……、モニカ姫様が……」
「なんだと!」
突撃間近で殺気立つ指揮官ヘイエルも大混乱である。
眠ったままで犬の背に乗り、どんな宝よりも宝の末の妹、危険な前線に深窓の姫君が現れる意味が分からない。
「モニカ! モニカ!!」
「んにゃあ……」
「モニカ、モニカ! 大丈夫か! 無事か? どこもけがはないか!!」
「……んぁ……」
「モニカ!」
おねむを邪魔されご機嫌ななめも、目の前には大好きな兄、ヘイエル。
「兄たま!」
「おお、モニカ! なんともないか? 何があった?」
優しく問うヘイエルに、
「おつかいでつ! 兄たまにお手紙でち。姉たまに頼まれたちた」
「なに? リジェルに? どういうことだ」
手紙を受け取り、さっそく開けば、ご神託を受けたと。
そこには魔王軍の策略も。
「よくやった、モニカ!」
「えっへんでち!」
「しかし、よくもここまで一人で……。護衛や案内はいなかったのか? まさかおまえひとりではあるまい」
「ケルスが一緒でつ」
「ケルス? この犬か?」
「そうでつ。ケルスが一緒ならひゃくにんりきでち」
「おお! 難しい言葉を知っているな。しかし、その犬だけでは……」
「お姉たんにも案内してもらいまちた」
「それは、どこに?」
「お姉たん……」
きょろきょろ見渡すもいるわけはなし。
「お姉たんはおふろでおやすみしまちた。お弁当、おいしかったでつ! ふたりで分けまつた。ごちそうさましたらぽかぽかでちた」
幼女の言葉はよく分からない。
「ま、まあ、なんにせよ、よくやってくれた」
「モニカ、おつかい、できまちたか?」
「当然だ!! よくやってくれた。さすが我が妹! なるほど、奇跡の聖女だ!」
「えっへん!!」
これで魔王軍の裏をかける。
兵たちは興奮に色めき立った。
指揮官、ヘイエルが振り返る。
さあ、今度はわが軍が魔王軍に恐怖を与える番だ!
「全軍……」
兵卒にいたるまで身構える。
「帰るぞ」
はい?
「な、なにゆえ?!」
「当然ではないか。可愛いモニカを
何も分かっていないモニカは、そよ風に揺れる花のように小首をかしげた。
瞬間、誰もがほのぼの笑顔。
「出来ません!」
「そうであろう、そうであろう。戦など二の次だ、全軍、撤退!」
「はい!」
「必ずモニカを無事、城に帰すのだ」
「はい!!」
ご神託に偽りなし!
モニカは見事、血で血を洗う乱戦を寸前で止めたのである。
その愛くるしさだけで。
奇跡の聖女よ、ありがとう!
ありがとう!!
モニカのはじめてのおつかい、できるかな? ~王国の運命は幼女に託された!~ 歩 @t-Arigatou
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