遙か雲上の侵入者

***

「大人は愚かだ」

 少年は言った。

 ここは飛行艇の中だった。

 魔法で浮かぶ飛行艇は上空遙か、地上を眼下に雲の上を飛んでいた。

 下にはどこぞの大陸や青い青い大海原が広がっていた。全長200エルグ(現代の180mほど)、標準的な大型旅客船だった。

「なにが愚かなの」

 傍らの少女は言った。少年は明らかに労働階級出身といった感じで、少女の方はやけに良い身なりをしていた。身分は違うが、この船での旅行で親睦を深めた二人だった。

「分かるだろう」

 少年は言って頭を抱え込む。しゃがみこんだ膝の間に頭を埋めてしまう。

 目の前の通路は忙しく大人達が行き交っていた。この船の船員、それから乗客の大人の姿もちらほら。みんな何かを探し回っている。

「居たか?」

「居ません。これで前方の方はあらかた探したかと思いますが」

 口々に言葉を飛ばし合っている。連絡を取り合っている。捜し物はこの船全体で探しているようだった。

 とにかく緊張感が漂っていた。今この船にのっぴきならない何かが起きているのは間違いなかった。

―ピンポンパン

 船内放送のチャイムが鳴る。

『えー、貨物エリアの捜索では発見に至りませんでした。繰り返します、貨物エリアでは確認できませんでした』

 放送を聞いていた大人達は難しい顔で首をひねっていた。

「となると動力室か? 入れるものなのか?」

「誰かが入ったときに一緒に入ったんでしょう。まずいなこれは」

 大人達はバタバタと真剣な顔で船の後方に向かっていく。

 動力室、この船の心臓部となるその区画にその『何者か』は侵入しているのか。

「動力室だって、私達も行く?」

「行かない! みんなしてなに考えてんだ!」

 少年は叫んだ。心からの叫びだった。それほど少年を追い詰めるなにかがあるらしかった。それこそが今大人達が探している何かに関わっているのは間違いなかった。

「でも、ここに居ても仕方ないよ。私達も探した方が良いと思うけどな」

 少女はそう言って通路の奥を眺めた。大人達は次々と船の後方に向かっていく。

 少年と少女はそれを見送っていた。少年は相変わらず膝の間に頭を埋めたままだ。

 少女はそれから窓の外に視線を向ける。綺麗な白と青の景色が広がっていた。少女はなんとなく綺麗だなとか思ったりした。少年も仕方ないなと傍らで思いながら。

 その時だった。

「見つかった!! 見つかったぞ!!!!」

 通路の奥で叫び声が響き渡った。

 少女はそちらに目を向ける。客室の方だった。

 二人の船員が歩いてくる。そこに他の船員も駆け寄っていく。

「あちらの奥さんが保護していた。いや、良かった。動力室で魔導機関に巻き込まれでもしたら大変だった」

 ははは、とみんな笑っている。

 そして、大人達はまっすぐ少年と少女の元まで歩いてきた。

「ほら坊主。見つかったぞ」

 そうして、大人達は少年にその船への侵入者を差し出した。

「わん!」

 侵入者は吠えた。それは犬だった。

 少年はガバッと顔を上げた。

「ど、どこに行ってたんだ! お前がどこか行くから俺はこんなに恥ずかしい事に.....!」

 少年は顔が真っ赤だった。

 少年と一緒に乗ったこの犬が少年の元から脱走、そしてどこかの動力に巻き込まれでもしたら大変だと大人達が総出で探し回ってくれたのだった。

 最初少女と少年の二人だけで探していたのに、あれよあれよと探す人が増え、気付けば船中の大人が捜索を始め、船内アナウンスまで鳴り響く始末になったのだった。

 それで、少年はあまりにも恥ずかしくてうずくまるしかなかったのだった。

「わんわん!!!」

 しかし、犬にはそんな事情などどこ吹く風だった。再開を祝うように少年の顔をなめ回している。

「チクショウチクショウ! 人の気も知らないで!」

 少年は半べそだった。

「ちょっと、まずはお礼でしょう」

「う.....」

「大体、本当にこんな船じゃ変なところに行ったら危なかったんだから。ねー」

 そう言いながら少女は犬の顔を優しく撫でた。犬は気持ちよさそうに目を細めていた。

「す、すいません。ありがとうございました。助かりました」

 そうして少年は言った。

「よし、よく言えたぞ坊主!」

「わんわん!!」

 少年はまたも顔を真っ赤にしてプルプル震えていたがそれ以上なにを言うこともなかった。犬は実に楽しそうに大人の胸の中でわちゃわちゃ動いていた。

―ピンポンパン

『ただいま犬が無事見つかったとの報告がありました。客室のご婦人が保護してくださったそうです。無事少年の元へと戻りました。みなさんご協力ありがとうございました』

 その放送と同時にパチパチと大人たちは拍手をした。

 その拍手はやがて船中から響き渡った。船中が少年と犬の無事な再開を祝ったのだった。

「良かったね」

 少女は少年に笑いかける。

「大人は愚かだ!」

 少年は顔を真っ赤にして叫んだ。

 地上より遙か上空。雲海を航海する船の小さな事件は無事に解決したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

遙か雲上の侵入者 @kamome008

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ