最終話 当分彼にはかなわないそうです

「コーヒーが切れていたので。紅茶で大丈夫ですか?」


 大学に入ってからも、基本は敬語のタイヨウ君。

 私は、「さっきコーヒー飲んできたから、今度は紅茶が飲みたいな」と答える。

 ……ドキドキしてきた。急に本題に入るのは、よくないよね。紅茶が出来たら、それとなく話題を持っていこう。


「ハルヤマ、元気にしていましたか?」


 紅茶を二つ分のマグカップにいれて、渡してくれた。

 ハルヤマとは、ハルコちゃんの苗字だ。

 

「うん。恋人の成人式が終わって、すぐに帰ったけど、楽しかったよ」


 サヨちゃんは、私とハルコちゃんの中学時代の後輩で、今年で成人だった。

 夜は同窓会の予定があるから、それまで二人で過ごすらしい。ハルコちゃん、この日のために免許もとったらしいから、あちこち出かけるつもりなんだろう。……この渋滞でどうなるのかは知らないけど。


「それはよかった」 


 マグカップを手渡された後、タイヨウ君が隣に座る。

 ソファがタイヨウ君の体重で、私が座っているところも少し沈んだ。

 

 ――そのとたん、ソファでタイヨウ君に押し倒されてシたことと、その時、上気したタイヨウ君の表情を思い出した。




「ミヅキさん!?」



 頭を思いっきり叩きつけたかったけれど、テーブルが遠くて空振りした。どおしてソファとセットのテーブルって距離があるんだろ。


「どうしたんですか!? 火傷してませんか!?」

「だ、大丈夫……ごめんねこぼして……」


 身体はビックリするほどホカホカしているけれど。

 やっぱり私、許容量が少ない。こうやって、なんでもない瞬間に思い出して、恥ずかしさと幸せが爆発する。それを何度も何度も反芻しても、全然慣れない。


「……どこか、体調が悪いんですか」

「え!? 悪くないよ!?」


 お母さんのこともあって、健康関係で勘違いされるのは嫌だったから、私は両手を振って否定する。

 私が体調関係で嘘をつくことはないと信用しているものの、タイヨウ君は整った眉をひそませていた。


「本当に違うの!!」


 タイヨウ君の顔にドキドキしながら、私は頭をフル回転させた。


  

「悪いのは頭だから!!」

「ミヅキさん!?」


 

 なんで私は! いつもいつも言葉選びを間違えるか!!


「違うの! 卑下で言った訳じゃなくて!! ちょっとパニックになってるだけなの!!」

「それはよく分かりました」


 ああ、すごく哀れみと心配を滲ませた目を向けていらっしゃる!

 あー、えー、もー!


「……ソファでシたことを……思い出してた……」


 さすがに直視できなくて、私はソファの肘掛のほうに顔を埋める。リネンのザラついた表面が、顔に集まった熱を吸ってくれた。

 そうしていると、遅れて、ドゴ、という音がした。

 ……ドゴ?



「タイヨウ君――――!?」


 タイヨウ君がテーブルにつっ伏す形で頭をぶつけていた。紅茶はテーブルの上に置かれていたから、無事だった。


「どどどうしたのタイヨウ君!? 大丈夫!?」

「だ、大丈夫です……」


 額、というか顔全体を抑えながら、タイヨウ君は起き上がった。


「頭が悪いだけです」

「私のとんちき行動を、体張ってフォローしなくていいよ?」


 むしろ、さっきの発言と合わせていたたまれないからやめて欲しい。

 私がそう言うと、「違うんです」とタイヨウ君が否定する。


「頭を冷やしたかったっていうか……衝撃を別の衝撃で誤魔化したかったというか……」


 ゴツゴツした指の隙間から、真っ赤なタイヨウ君の顔が見える。というか、私より肌が白いので、指の関節や指先が赤くなっている。

 私の言葉で、タイヨウ君が赤くなるほど動揺している。

 こういう顔が、もっと見たい。

 さっきまで恥ずかしくていっぱいいっぱいだったのに、私の中で「もう少しタイヨウ君を困らせたい」という気持ちがむく、と膨れた。

 ……今なら、丁度いいんじゃない?


「あ、あのさ。……触ったり、キスしたりする時、いつも私に確認とって来るの、あれ、どうして?」

「えっ」

 

 いつもだったら、絶対に恥ずかしくて言えないことを、私は言った。


「私に嫌な思いさせたくないとか、許容量の少ない私に、合わせてくれているんだろうなっていうのはわかるんだ。それはすごく嬉しいんだけど、もし、高校生の時みたいに、敬語みたいな機能を果たしているなら、…………取っ払って欲しい」


 ギュッと拳をにぎりしめて、私は言った。


 

「もっと、私を欲しがってほしいです……」



 タイヨウくんの声は好きだ。言葉にしてくれるのも好きだ。これからすることを確認されて恥ずかしいけれど、大切にされているんだなって嬉しくて幸せな気持ちになる。

 でもそこに、気遣いを通り越した遠慮があるのは嫌だ。

 よしよしと大事にされたり、寄りかかったりするんじゃなくて、タイヨウくんと対等でありたい。本当の言葉を飲み込んで、代わりに無難な言葉を選ばないで欲しい。

 時間は有限で、突然終わるかもしれないのに。やったことを後悔しても、出来なかったことに後悔なんてしたくない。嫌なことは嫌だって言うし、気持ちいいことはいいよって言う。

 こんな風に顔を真っ赤にして、ぐちゃぐちゃに気持ち良くなって欲しい。


 タイヨウくんからの反応は無い。 

 ……やっぱり、ダメかな。


「……ミヅキさん」

「ひゃい!」


 すごい低い声が出てきて、思わず変な返事が出た。

 

「手を、触ってもいいですか」

「ど、どうぞ……」


 キシ、とソファの中のバネの音がする。

 ゆっくりと、指の股をさするように、タイヨウくんの指と私の指が交差した。それだけで、全神経がタイヨウくんの方に向こうとして、皮膚と皮膚が溶け合いそうな気がした。

 こうやって、と、吐息混じりの声が耳元でささやいた。


「触るだけでも緊張してるのに?」


 低くて甘い声に、体温がとたんに上がる。

 慌てて距離をとると、タイヨウくんのとろけるような目に、私の真っ赤な顔が映っていた。


「ごめん、実は嘘をついてた」


 あ、敬語がないタイヨウくん。


「う、嘘?」

「嘘というか、勘違いを訂正しなかった。確かに最初は、ミヅキさんに気遣っていたけれど」


 今はそうやって、確認する時に反応する表情が、かわいくてやりたくなるんだ。


 ――確認って、何? 言葉責め?

 ハルコちゃんの言葉を思い出して、ボッと頭が噴火する。


「これが今一番したいことなんだが、続けていいだろうか」

 

 ミヅキさんが慣れた頃には、多分忘れるぐらいに夢中になるから。

 そう言うタイヨウくんの言葉に、すでに私はキャパオーバーしていた。


「ど、どうぞ……」


 そう言うと、タイヨウくんは「キスしていいですか」と尋ねてきた。

 もう言葉にするほど余裕がなくて、それなのに許可を出すまでタイヨウくんは動かないから、いっぱいいっぱいでも返事をする。

 するとタイヨウくんは、とても嬉しそうな、愛おしそうな顔をして、その対象が私であることがまた恥ずかしかった。

 耳に手を添えられて、肌が反応する。私より大きな口が少しだけ開いて、私の顔を覗き込むように近づいて触れた。目を閉じると、ふわふわの唇がしめってきて、そのまま息を奪われる。それが苦しいのか心地よいのかわからないほど、頭がぼうっとした。まるで風邪をひいた時みたいだ。

 なのに時折、鼻の奥で甘えるような声が漏れて、それが聞こえる度恥ずかしさが戻る。どちらかのものかわからない吐息と、ピチャ、という音が混ざる。

 恥ずかしさと心地良さが合い混ざって、多分私の顔はぐちゃぐちゃの真っ赤だ。


 ハルコちゃん。

 私が恋した人は、私が思っていた以上に上手でした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【カクヨムコン9短編】恋人が私に確認を求めてくる 肥前ロンズ @misora2222

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ