第3話 怖いほど幸せでも、怖くなくなる



 ハルコちゃんと別れて、大きな川の上にかかる、欄干のついた白い橋を歩く。

 川の風はとても強くて、ビュンビュンと耳元で鳴いていた。冷たすぎて、頬の皮膚は感覚がなくなっている。

 それでも、車が沢山通る音はよく聞こえて。

 今日は成人式だから、車道はとても混んでいて、歩きでよかった、とホッとした。


 ハルコちゃんとは、最近ほとんど会えてなかったから、会えてよかったな。


『え、どこでそうなったの?』

『私はてっきり、恥ずかしいから確認をやめて欲しい、ってことだと思ってた』


 ……ハルコちゃんにそう言われて、自分が本当に何を相談したかったのか、わからなくなってた。

「許容量を増やしたい」というのは、嘘じゃない。

 でも、話しているうちに、早くどうにかしなきゃ、って焦っている気がした。


 タイヨウ君と一緒に過ごして、くっついて、幸せだと思うたび、この幸せがとんでもないオチで終わってしまうんじゃないかって、不安になる。

 例えば、考えたくないけど、タイヨウ君と別れちゃうとか。

 どっちかが事故にあって死んじゃうとか。

 ……病気になってしまうとか。



 初めて演劇で賞をとった時、お母さんの病気はだいぶ進行していた。

 その時は、お父さんはすでに知ってて、私だけがまったく気づいてなかった。お母さんが、「ミヅキには、演劇に集中させてあげたい」って言ったんだって。

 私が喜びのまま、それを伝えようとした時に――お母さんは、緊急入院していた。



 多分、その時のことを、私の心は引きずっているんだろう。

 幸せな時ほど、どこかに落とし穴があるんじゃないかと、不幸の予兆を探している。


「変だなあ……」

 

 お母さんが死んだ直後より、タイヨウ君と一緒にいる今の方が、よっぽど悲しくて、怖くて、寂しくなってしまった。







 ガチャリ、とドアが開く。


「おかえりなさい、ミヅキさん」


 タイヨウ君が、笑顔で出迎えてくれた。

 それがなんだか、嬉しいような、さみしいような気持ちになる。 


 この幸せが終わった後、私は、後悔しないかな。

 もっと好きだって言えばよかったとか、もっと恥ずかしがらずにキスしたり、エッチなことすればよかったなとか、もっとたくさん君に与えられたらよかったな、とか。

 だから許容量を増やして、後悔しないように、って、焦っていたんだろう。

 でもそれは、目の前のタイヨウくんの気持ちとか、今の幸せを蔑ろにしている気もした。



「……ただいま、タイヨウ君」



 なにより、こうやっておかえり、って言って貰えることとか、タイヨウ君がニットのセーターを着ているとか。

 そういうことが、怖いこととか、悲しいこととか考えられないほど、幸せだなあって思える自分が好き。

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