第3話
朝だ。
俺の名は仁。今日もシャワーを浴びて、目を覚ました後、ゆったりと制服に着替える。
包帯を巻き直し、鏡で確認する。別にオシャレで巻いてる訳じゃないが、身だしなみは大事だからな。
刀をベルトに付けて、俺は部屋を出た。
今日も至る所で怪異が発生している。近くに発生した怪異は倒しに行くが、俺も一応は人間だ。遠方で起きている事には干渉できないし、するつもりもない。
そんな事を考えながら街を歩いていると、何やら人が集まっている。祭りでもやっているのだろうか。
近くまで行ってみると、行われていたのは祭りではなく、チンピラ達によるリンチだ。
1人の男が、複数人のチンピラから暴行を受けている。その近くには女性が座り込んでいた。状況的には、痴話喧嘩か何かだろう。
あくまで、俺が倒すのは怪異だ。あんなチンピラ如き、怪異と戦うのに比べたら天体系とスッポンくらいだが、下手に干渉して、これまで以上に街を歩きにくくなるのは勘弁だ。どうせ、誰かが既に通報しているだろうし、すぐに警察も来るはずだ。
その場を立ち去ろうとした時、どこからか女性の声が聞こえてきた。
気付いた時には、俺はチンピラの頭を刀の鞘でぶん殴った。
「あ、悪い…!」
我ながら下手な謝罪だ。
なんだテメェとテンプレのような事を言いながら、チンピラの標的が男から、俺に変わったようだ。
「何があったのか知らないし、知ろうとも思わんが、白昼堂々と人を集団でボコってさ…あんまりそういう事するのは良くないんじゃない?」
ごちゃごちゃと言ってチンピラが殴りかかってきたが、戦いの様子は割愛させてもらう。あまりにも弱すぎたからな。
倒したチンピラが気絶している中、俺は倒れていた男に手を差し出した。
「すまん、助けるのが遅れたな」
話を聞くと、この殴られていた男は、座り込んでいた女性の彼氏らしい。待ち合わせ場所で彼女がチンピラにナンパされていた為、激怒して殴りかかった所、返り討ちにあったらしい。
正直、己の力量も分からないくせに、変に突っかかるなよとは思ったが、大切な人が変な連中に絡まれていたら、誰だって激怒するか。
しかし、あんなに野次馬がいたのに、誰も警察に通報していなかったのか。どうせ誰かがやるだろうと、皆んな一歩踏み出せずにいたのか。
いや、俺も一緒か。俺も世間体を気にして、一時はこの場を去ろうとしていた。
正直、リア充は爆発しろと言いたい所だが、この時代、いつ怪異に襲われて死ぬかなんて、誰にも分からないからな。
カップルにお幸せにと声をかけて、俺は今度こそ、この場を去った。
別に雑魚を倒したくらいで疲れはしないが、なんかリア充を間近で見て精神的に参ってしまった俺は、ハンバーガー屋で昼食を食べていた。
ハンバーガーは好きだ。肉も野菜も穀物も、満遍なく食べれるからな。
そんな事を思いながらハンバーガーを食べていると、レジの方から男の怒声が聞こえてきた。
絶対クレームだろうと思って見てみると、案の定男が店員に向かって怒鳴っていた。
話を聞いていると、どうやら商品の提供が、自分より後に注文した客の方が早かった事に対してキレているらしい。別にしょうがないことだと思うのは俺だけだろうか。商品によっては提供の時間が変わる事もあるからな。
俺はクレーマーの男の肩を叩き、こっちを向いてもらった。
男はごちゃごちゃと何か言ってきたが、聞き取る気はなかった。その後、店の外で男を倒した俺は、残っていたハンバーガーを食べて、店の外に出た。
「ただいまー」
今日は珍しく、怪異とは遭遇しない1日だった。代わりに、チンピラやらクレーマーやらマフィアやらギャングやらと戦う羽目になってしまった。
正直、人を助けるのは気分が良いが、相手が怪異じゃないと、手加減をしなくちゃいけないから大変だ。下手したら殺してしまうからな。
俺は、コンビニで買ってきた弁当を電子レンジで温めながら、1人ため息をついた。
思えば、DMGKに所属してからというものの、俺は常に怪異の戦いに明け暮れてきた。死に物狂いで戦ってきた反動からか、今日みたいな1日は、体ではなく心が疲れてしまった。
俺は壁に立てかけておいた刀を掴み、鞘から引き抜いた。この刀も、随分と使ってきたな。この刀も例に漏れず、使用者の生命エネルギーを霊力に変え、怪異にダメージを与える事が出来る。今日は一切その機能を使わなかったが、いざ使わないとなると何故か物悲しくなってしまう。
チン、と音が鳴り響いた。温め終わった弁当を手に、俺はテーブルへ向かった。この部屋は、1人で住むにはあまりに広すぎる。絶対家族とか恋人とかがいる人用のサイズだ。
昼前に出会ったカップルの事を思い出して、俺はまたダメージを負ってしまったようだ。人を好きになった事はないし、好かれたいとも思わない。だが、こんな俺の事を好いてくれる人が現れたら…なんて考えたが、それはないな。いつ死ぬか分からないのに、恋なんてしている暇はない。それに、大切な人の存在は、時に弱さとなる。俺は何も持たないからこそ、怪異とも平然と戦えているのだろう。
俺は熱々の唐揚げを口に運び、咀嚼した。コンビニも、どんどんクオリティを上げてきているな。昔はパサパサして食えたものじゃなかったが、このジューシーさがたまらない。俺の心の支えといってもいいだろう。問題は、この唐揚げ弁当が人気すぎて、たまに買えない時があることだ。その時は周囲のありとあらゆる物を破壊してしまいたくなるが、心を落ち着かせて他の弁当を買うようにしている。
「ご馳走様でした」
俺は手を合わせて、ゴミを捨てた。
しかし、怪異を倒さないというのも、なんとも言えない不思議な気分だ。
DMGK隊員は怪異と戦う事を条件に、かなり優雅な暮らしが出来る。俺のように、上級怪異を討伐する者は、それなりに金が貰えるし、上に対しても、多少は図々しく出られる。だが、それなりに美味いものを食って、満足して寝るような生活をしている、ほぼ無趣味と言っていい俺には、勿体無い境遇だ。金はあっても、使う趣味もなければ、食費だって殆どが経費でいけるからな。
なんだか、今日はやたらと考えごとをしてしまうな。いつもなら怪異を倒してヘロヘロの状態で帰ってくるから、シャワーを浴びてそそくさと寝てしまう。今日のように体が疲れていないと、やけに脳が働いてしまう。
久しぶりに学校にでも行ってみようか。入学式に参加して以来、一度も行ってないからな。クラスの人間もどんな人がいたか全く覚えていない。おそらく向こうも、俺のことなど、毛ほども興味はないだろう。学校生活を十二分に送っているのだろう彼らと俺とでは、住む世界があまりにも違いすぎる。
正直、学校には通わなくても、恐らく生きてる限りはDMGKに所属して戦い続けるだろうから、就職活動で困る事はないだろう。それこそ、今更学校に行った所で疎外感が半端ないだろうし、やめておいた方が良さそうだな。
風呂にでも入ろうかなと思ったら、耳に付けた通信機が震えた。
『仁隊員、君へのクレームが数件入っているんだが…』
やっぱりきたか。俺は常にDMGKの制服を着ているから、どこの所属かなんて一発でバレる。それに、銀髪に包帯と印象には困らないだろうから、たまにこういったクレームが入るんだ。
『ナンパをしていたら急に殴られただの、突然押し入ってきてアジトが壊滅しただの…』
言い訳はしようとは思わなかった。善意でやったとはいえ、民間人を攻撃したのは確かだ。良くて減給、悪くて自宅待機とかだろうか。
『だが、その数件のクレームに対して、君へのお礼の電話が数十件来ていた。大体の事情は分かったが、あまり民間人へのトラブルには首を突っ込まないようにな』
「へいへい、頭の片隅にメモしておくよ」
俺は通信機を放り投げ、シャワーを浴びに向かった。
夢を見る時は、いつも同じ夢を見る。
しかも、俺にとっては最悪な思い出だ。
何度この夢を見たか、今や数えきれない。
ただ、一つだけ言える事は、俺はこの先もずっと、この悪夢を見続けるのだろう。
奴を倒さない限り。
「朝か」
ようやく朝になった。悪夢を見ないようにするには、寝ないというのも一つの手だ。だが、寝不足の状態で怪異と戦うのは、ハッキリ言って自殺行為だ。なら、たとえ悪魔にうなされたとしても、眠りにつくしかないんだ。
俺は身支度を整えて、建物を出ていった。
「よぅ、仁」
建物を出ると、壁にもたれかかった緋音がいた。
「なんだ、俺を待っていたのか?」
「そういう訳じゃないが、この前の礼が言いたくてな。本部に色々と口聞いてくれたんだろ?」
そのことか。だが、礼も何も、俺は特に何もしてはいない。
「まぁ、礼はいいからさ。暇なら街の見回りにでも行こうぜ」
俺は緋音と2人で、街へ向かった。
「そういや仁は、学校には行ってるのか?」
歩きながら、緋音が尋ねてきた。
「学校にはもう行ってないな。そういう緋音はどうなんだ?」
「オレも学校には行ってないぜ。この格好で行ったら通報された事があったからな」
確かに、全身黒ずくめでお面を被った奴が来たら、誰だって通報する。俺だって通報する。
「それに、オレには血液を操る霊力が備わっている。なら、オレがやるべきは学校に行く事じゃなく、怪異を倒す事なんじゃないか?」
確かに、そうだな。緋音の言う通り、霊力持ちの隊員は殆どが学校に通っていないという。そう言う俺は、霊力がないにも関わらず、学校に行かずに悠々と過ごしている訳だが。
「そういや、仁は邪眼があるんだろ? それは生まれつきなのか?」
「これか? これはな…」
俺が邪眼について話し始めようとした時、耳につけた通信機が、警告音をけたましい音で鳴らし始めた。
『緊急事態だ! 上級怪異の発生だ!』
耳元で叫ぶんじゃないよと言いたい所だが、本部の連中の様子から察するに、相当霊力の高い怪異が現れたのだろう。
「場所は?」
『君らがいる所からそう遠くはない。だが、既に民間人の被害が出ている! 急いで現場へ向かってくれ!』
現場に到着した俺らが目にしたのは、地面に倒れている民間人の姿だった。
その奥に、白いワンピースを着た女が立っていた。明らかに生気のないその姿から、奴が本部の言っていた怪異だと一目で分かった。
だが、武器らしきものは持っていないが、このおびただしい数の死体は、どうやったんだ。
「…ねぇ…」
女が口を開いた。顔を俯かせたまま、俺らに話しかけてきたようだ。
「…私…なんでこんな事になったの…ねぇ…」
女は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。俺らは、いつでも女の怪異に斬りかかれるよう、自身の武器に手をかけた。
「ねぇ…教えてよ…!」
女が顔を上げた瞬間、俺は動けなくなった。その顔は、酷く青ざめていた。両目は空洞で、真っ暗な闇があるだけなのに、確実に俺を見据えていた。対照的に、やたらと綺麗な口がゆっくりと動き、言葉を発した。
「教えてくれないなら…死んで…!」
「仁!」
緋音に突き飛ばされ、ようやく体の自由が戻った。急いで緋音を見ると、その小柄な体が、力なく倒れていった。
「緋音…?」
倒れた拍子に、緋音のつけていた面が割れた。緋音は二つ面をつけていた筈だが、それが二つとも割れてしまった。その目は、虚空を見つめたままだった。
『緋音隊員の生体反応が消失した!仁隊員、気をつけろ』
「言われなくても分かってるよ!」
緋音は死んだ。切り替えろ。俺は、隊員として、あの怪異を倒さなくちゃならない。だが、奴の攻撃のカラクリが分からない内は、下手に手出しは出来ない。
まず、奴の顔を見た時、いや、奴のないはずの両目と目が合った瞬間、俺の体は動きが止まってしまった。緋音は面をつけていたから、奴と目が合わなかったのだろう。そして、次に奴が叫んだ瞬間、俺を庇った緋音が死んだ。
前提として、奴の目は見てはいけない。また動きを止められてしまう。俺は目を閉じたまま、奴を斬り殺さなくてはいけない。
先ほどの緋音のように、一瞬で殺されるというのは、今のところ大丈夫そうだろう。まだ俺が生きているのが、その証拠だ。既に殺せるなら、とっくの昔に、俺は殺されているだろう。
「ねぇ…なんで…私を見てくれないの…」
奴の声から、その距離と場所を把握して、刀で叩っ斬ってやる。今の声から察するに、奴の居場所は変わっていないようだ。
「ねぇ…私を…………見なさいよ!」
遠くから聞こえていたはずの声が、途中から、まるで耳元で叫ばれてるかのような声量に変わった。驚いた俺は、思わず声を出して驚いてしまった。
「ふざけやがって!」
俺は刀を振り回すが、空を切るばかりだ。全然、手応えがない。
「ねぇ…なんで…ずっと生きてるの…?」
また遠くから声が聞こえてきた。だが、油断ならない。まるでワープするかのように、奴は突然近付いてくる。恐らく、霊力のみで攻撃してくるタイプだ。一番厄介なタイプだ。正直、馬鹿みたいに近接戦を挑んでも、勝ち目は薄いだろう。最悪、邪眼を使うという手もあるが、奴を目で捉えなければいけない。それはつまり、奴と目を合わせるという事になるだろう。邪眼を使うよりも先に身動きを止められて、奴に殺されるのがオチだ。
「家族も…友達も…みんな死んだのに…なんで生きてるの…?」
痛いとこ突いてきやがる。そうだよ。家族も、相棒も、友達も、みんな失った。
だが、それが死ぬ理由にはならない。お前ら怪異には分からない、人間の熱い血潮って奴を見せてやる。
俺は覚悟を決めて、包帯に手をかけた。
「ねぇ…私を見「ごちゃごちゃうるせえんだよこのアバズレが! そんなに見て欲しいんなら、穴の奥までじっくり見てやるから、しっかり広げてこっち見ろや!」
俺は包帯を外し、右目の邪眼を解き放った。
その瞬間、奴と目が合ったが、身動きが止まる感覚はなかった。逆に、怪異の方がたじろいでいるようだった。
「爆ぜろビッチ! 邪眼…爆視!」
俺が右目を閉じると同時に、怪異が爆散した。再び、目を開けた俺は、また凍りついてしまった。
顔の半分が弾け飛んだ怪異が、俺の目の前にいたのだ。
「…惜しかったね…その邪眼…“怪異のもの”でしょ…」
クソ! 体が言うことを聞かない! さっきは気づかなかったが、呼吸一つ出来やしない。
「だから…私の力が効かなかった…でも…両目で見ちゃったから…終わりだね…」
女の怪異は、ニッコリと笑って言った。俺への死の宣告を。
「じゃあ…さよな──」
怪異の腹を、ノコギリの刃が貫いた。
「…え?」
怪異が驚きの声を上げると同時に、俺の体が再び動くようになった。呼吸が出来るようになった俺は、ゲホゲホと咳を吐き出して、息を吸った。
怪異が持ち上げられると、緋音が立っていた。面が割れた今、その顔が狂気に歪んでいる事が分かった。
「さっきはよくもやってくれたな…! お陰で一度死んだぜ…」
「なんで…私の力が…効かなかった…?」
いや、確かにあの時、緋音は死んでいた。なら、何故緋音は再び立ち上がり、怪異を突き刺しているんだ。
「オレの霊力は血液を操る…さっき、お前の攻撃で心肺が止まったが、霊力で無理やり体内の血液を操り、自分で心肺蘇生を行ったのさ…!」
緋音は口元に歪んだ笑みを浮かべたまま、怪異を地面に叩きつけた。
「ぎゃあ!」
「よくもオレを殺してくれたな! オレだけじゃない! 罪のない一般人を大量に殺したお前には、無惨に死んでもらうぜ!」
怪異に馬乗りになった緋音は、ポケットから取り出したナイフを、両手に持った。その両手のナイフを、怪異の背中に深々と突き刺した。
「ぎぃやあああああああああ!」
怪異は苦しみ、ジタバタともがいていたが、先ほど刺されたノコギリと、馬乗りになった緋音によって、完全に身動きを止められていた。
緋音はナイフを引き抜くと、自身の両手をナイフで切りつけた。傷口に両手を当て、緋音は高々と笑った。
「死にゆくお前に教えてやろう! オレの血液を操る霊力は、こういう使い方もあるってな!」
怪異が、今まで以上の声で叫び、苦しみ始めた。
「苦しいだろう! 今、お前に行っているのは献血だ! だが、オレの血はオレの意思で動く。お前の体を中から食い潰し、全身を内側からぶっ壊してやる!」
徐々に怪異の体が、膨れ上がっていく。まるで水風船のようだ。
緋音の笑い声と、怪異の苦しむ声が辺り一面に響き渡っている。俺はそれを、右目から血を流しながら見守っていた。
そして、限界まで膨れ上がった怪異は、緋音の血液によって、爆散した。体液やら血液やらが俺にもかかったが、もうそんなのはどうでもいい。
「緋音…」
「おう、仁。中々に苦戦したな」
血塗れの顔で、緋音がニッコリと笑った。
「飯でも食いに行くか」
「そうだなぁ…今日はお好み焼きが食べたい気分だぜ!」
お好み焼きか。いいな。その前に、まずはシャワーを浴びて、服を変えなくちゃな。
俺は緋音と共に、血塗られた現場を後にした。今回の怪異は、俺一人では倒せなかった。緋音という仲間がいたからこそ、俺たちは勝てたのだろう。改めて、仲間と共に戦うのは、良いことだな。
そう思いながら、俺は血が止まらない右目を、包帯で覆った。
Six Sen Se 〜怪異の世界〜 ロボジー @robog
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