第2話

 俺の名は仁。

 今日も同じ部屋で、目を覚ませた。

 朝は起きれはするが、その後にしっかりと目を覚ますまでに時間がかかるので、寝起きのままシャワーを浴びて、無理やり目覚めるようにしている。

 特務機関に所属している者は皆、それぞれが施設に部屋を設けられ、何でも無償で使う事が出来る。要は専用のマンションに無料で住み放題という訳だ。勿論、実家で暮らす者もいるが、特務機関員は俺のように身寄りのない者が殆どなので、大体この施設で生活をしている。

 今日は学校は休みだが、そもそも学校に行くことは殆どない。大体は街に出て怪異を倒しながら、のんびり1日を過ごす事が多い。今日は面倒な怪異が発生しないといいが、そうはいかないのがこの世界だ。全人類が第六感を持つようになってから、今まで隠れていた幽霊、妖怪、モンスター、それらをまとめて怪異と呼んでいるが、そんな連中があちこちに溢れ出した。心霊現象なんて、今では可愛いものになってしまった。

 俺達のように、命懸けで戦う子供の存在も、最初は良しとはされていなかった。だが、学校内で怪異が発生した際、外部から機関の人間が討伐に向かっても、ある程度の被害は発生してしまうだろう。だったら最初から、学生達に倒してもらえる環境を作る事が、被害は最小限に抑えられる。そういった点から、学生の機関員も徐々に増え始めたのだ。

 4月は新たな出会いの季節というが、新たに出会ったとしても、基本的には仲良くはしないのが暗黙の了解だ。いつ死ぬか分からないのに、仲良しごっこをするのに意味なんてない。

「いってきまーす」

 部屋を出る時の挨拶は大事だ。誰もいなくとも、気分がいいからな。



 基本的にはこうやって、街を歩き回っている事が多い。4月は歩きやすいから好きだ。夏は歩いているだけで体力が奪われてしまうからな。

 刀を持って歩いていると、子供達にやたらと絡まれるのが難点だ。髪色が特殊なのもあるせいか、コスプレイヤーと勘違いされる事もある。

 学校もいかずにコスプレしてと、見知らぬおばさんに説教をされた事もあったが、そんな事で怒っていてはキリがない。はいはいと、二つ返事で受け流すのが俺の流儀だ。

『こちら本部。聞こえますかどーぞ』

「こちら仁。聞こえてますよどーぞ」

 本部からの指令は、基本的にはこの耳に付けた多機能通信機からだ。人によっては外して持ち歩くようだが、ポケットが圧迫されるのはいい気分がしないので、常に着けるようにしている。

「どうしたんですか散歩中に。また上級でも出た?」

『いや、反応的には中級怪異なんだが、一応声をかけておこうと思ってね』

 本部には、街の怪異の発生を常にチェックしているチームがおり、怪異が発生すると、その霊力の強さから低級、中級、上級という順でランクをつけて、近場の隊員に知らせる。そして近場の隊員が駆けつけて、怪異を倒すという仕組みになっている。

「中級程度、誰でも倒せるでしょ。今日休みなんだし、他にも暇な連中はいるでしょ?」

『確かに、他の隊員も近くにいるんだが…』

 だが?

『その現場近くに…少々問題がある隊員がいてだな…』

「そいつをどうにかしろって?」

 また面倒な事を、押し付けられてしまいそうな雰囲気だ。

「…久しぶりに鰻重でも食べたい気分だ。奮発してくれるなら考えてやるよ」

 久しぶりにといったが、実は鰻なんて食べた事はない。

『分かった…好きなだけ食べてくれて構わんから、現場に向かってもらっていいか』

「りょうかーい」

 ゴネてみるもんだな。俺はルンルン気分で、現場へと向かった。



「たー!」

 中級怪異の発生した現場には、既に複数の特務機関員達が集まり、怪異との戦いが始まっていた。

 怪異は、毛がぼうぼうに生えた、獣のような見た目をしていた。それだけならまだ可愛げがあるが、全身に目玉が付いているのをみると、やはり怪異なんだと、否が応でも分からせられる。

 発生した怪異の数は、同種が十匹ほど。一匹の霊力はさほど高くはないのだろうが、複数匹が同時に発生した事で、中級と認定されたのであろう。

「さてさて…問題の奴はどいつだ?」

 俺は他の隊員達を観察しながら、迫り来る獣の怪異を切り捨てた。

 1人だけ、全身が黒ずくめの格好の奴がいる事に、俺は気づいた。どうやら、機関に支給された制服を改造して着ているのだろう。強度や軽さなどは隊員のリクエストに応えてくれるが、色の指定には応えてくれないんだよな。

 顔は…黒塗りだろうか? いや、違う。黒い面を被っているんだ。その為、表情は見えない。

 黒ずくめのそいつは、身の丈程の巨大なノコギリをブンブンと振り回して、怪異と戦っている。

 確かあの武器は、大の男でも持ち上げるのに苦労する重さだと、本部で働いている知人が言っていた気がするが、小柄な割に、かなりの力持ちのようだ。

 見たところ、問題の隊員というのは、あの黒ずくめの面の事だと思うが(他が普通すぎる)特に問題らしき事はしてないが、本部は俺に何をさせたいんだ。

 そんな事を考えていると、怪異の討伐が終わったようだった。まぁ、問題が起こらなかったのだとしたら、怪異一匹倒しただけで、鰻重が食えるんだから超ラッキーだ。

 そんな事を、思っていた。

 ザシュ! ザシュ! と肉が引き裂かれる音が響いた。

 見ると、さっきの黒ずくめが、倒した怪異の肉を、ノコギリで切り始めていた。

 ただでさえ複数の怪異が倒されて、死屍累々だっていうのに、そいつが突然スプラッターショーを始めるもんだから、周囲のギャラリーがドン引きしちゃってるじゃん。なんなら戻してる人もいるじゃん。

「おい!もう倒したんだから、これ以上現場を汚すな!」

 見かねた隊員が、黒ずくめの隊員に止めるよう、声をかけに近付いていった。

「…お前は、倒したと思った怪異が起き上がってきた経験はあるか?」

 黒ずくめの隊員が、ボソボソと、しかし肉を切る音に負けないボリュームで話し始めた。

「オレはあるんだ。油断していたんだ。だから、沢山の助かったはずの人が死んだんだ! オレのせいで何人も! 助かったと安堵した人も! オレに感謝の言葉をくれた人も! オレがキチンと壊さなかったから死んだんだ…」

 肉を切るのが、更にエスカレートしていく。もう、辺り一面血みどろパーティだ。

「それを邪魔する奴は怪異の仲間だそれ即ち怪異を倒せなかったオレの責任だそして怪異がまた人を殺して廻るからオレはまた怪異を殺さなくちゃいけない」

 そして、ノコギリで肉を切るのをピタッと止めた。

「だからオレは壊すんだ」

 黒ずくめの隊員が振り向き様に、手にしていたノコギリを隊員へ向けて振り回した。なんか嫌な予感がしていた俺は、無防備な隊員が切り付けられるより先に、刀でノコギリを防いだ。

 だが、なんて力だ。防ぐどころか、俺諸共吹き飛ばされそうな勢いなんだが。

「お宅…早くどいてくんない?今結構しんどいんだ…」

 慌てて隊員が逃げ出したのを確認した俺は、刀を持つ手に力を込めて、なんとかノコギリを弾き返した。

「まぁまぁ、その辺にしておかない?」

「お前も邪魔をするんだなそしたらお前も壊さなくちゃいけない壊さないと皆んな壊されるんだ!」

 やれやれ、聞く耳持たずか。本部が厄介そうにしていた理由が、ようやく分かった。

 どうやら、黒ずくめの次のターゲットは俺らしい。

「本部、この隊員の名前は?」

『こちら本部。その隊員の名前は緋音あかね。見ての通り、過去の怪異討伐のトラウマから、PTSDを抱えている。無力化してくれれば、約束通り鰻重は食べ放題だ』

「いや、別に鰻重って沢山食べるもんじゃな──」

 話してる途中に、さっきのノコギリで攻撃してきやがった。通信中は攻撃しないという、お約束を知らんのか。たぶん、ヒーローの変身中に攻撃してくるタイプの奴だ。

「無力化っていってもねぇ」

 見たところ、武器はあの巨大なノコギリ一本。あれさえ何とか出来れば、無力化は何とでもなりそうだ。

 だが、あの武器も俺の刀と一緒で特務機関製だ。だとしたら、破壊は難しい。なんなら先に、俺の刀が折られてしまうだろう。

 そうなると、もう邪眼を使うハメになるが、あんなの人に使ったら確実に殺してしまうからな。我ながら、殺傷能力が憎い。

 となると、出来る事は一つ。

 俺は刀を持ち替えて、峰打ちの構えをとった。

 ひたすらにボコボコにして、何とか気絶してもらう。それしかない。



 結果から言うと、峰打ちでの無力化は無理だった。奴は錯乱しつつも、俺の攻撃を防ぎつつ、反撃を行ってきた。この戦いの様子もネットで拡散されて、特務機関員の喧嘩映像って名前で動画が流れるのかと思うと、ちょっと面倒臭いな。また街が歩きにくくなっちまう。

 だが、無力化に失敗した訳ではない。現に今、俺は黒ずくめの隊員、緋音と共にいる。何故かって?

 答えは簡単だ。

 一緒に鰻重食べに行こうと言ったら、すぐに正気に戻ってくれた。やっぱ食べ物の力は偉大だな。

「さっきは本当にすまなかったぜ…自分でも分かってるんだが、あの状態になっちまうと自分でも歯止めが効かなくて…」

「気にすんなって。むしろ、PTSDを抱えたまま戦えるなんて、そっちの方が凄いよ」

 緋音はしょんぼりとしてしまっている。改めてよく見ると、今も着けている黒の面が、動物を模しているデザインなのだと分かった。

「その面は、何故着けているんだ?」

 疑問に思った俺は、直接緋音に聞いてみる事にした。

「これか?これは…着けてると落ち着くんだぜ」

 そうなのか。俺の包帯と似たような感じだな。これも巻いてると、中々に落ち着く。

 そんな風に緋音と話していると、鰻重が運ばれてきた。

「おお…これが鰻重…?」

 この、重箱の中に入っているのだろうか?

 開けた瞬間、あまりの神々しさに、俺は度肝を抜かれてしまった。俗に言う、ご飯に乗っけるスタイルなのか。

 記念の写真を撮った後、緋音の方をチラリと見てみる。遂に面を取るのだろうか。

 おお、紐を外し始めた。そして、面も外した。その下にあったのは、目の周りだけが隠れるようなデザインの面だ。

「…ジロジロ見て、どうしたんだぜ?」

「…いや?」

 面の下には、面があるのか…。世間は広いな。

 そして、緋音と共に鰻丼を食べ、あまりの美味しさに2人でワイワイと話しながら、食事を終えた。



 ふぅ…お腹も心も満腹だ。久しぶりに美味いものを食べた。緋音も同じようで、心なしか、また装着した面の表情が、なんだか微笑んでいるように感じる。

「ご馳走様だったぜ」

「ああ、いいってことよ」

 人と食事をしたのはいつぶりだったか。そういえば特務機関に入りたての時、仲良くしていた奴がいた事を思い出した。アイツともよく飯を食ったが、怪異に殺されたっきり、何もしてやれてなかったな。久しぶりに墓参りに行ってやろう。

 そんな事を思っていると、本部からの通信が入ってきた。

『緊急事態発生! 上級怪異の反応が出ている!』

「またかよ…」

 腹一杯の時に出てきやがって。だが、倒しに行くのが俺らの仕事だからな。

「本部、こちら仁。場所はどこだ」

『君達がいる場所からそう遠い場所ではない。直ちに現場へ向かい、怪異の討伐を頼む』

 はいはい、と俺は緋音の方を見た。こくんと頷いたのを確認した俺は、現場へ向けて駆け出した。



 現場では既に、戦いが行われていたようだ。倒れた隊員達の数が、この怪異の強さを物語っていた。

 見た目は先ほど倒した怪異の、大きいバージョンといった所か。RPGでいうところのボスキャラのような感じだ。

『既に5名の隊員の生体反応が無くなっている。注意して取り掛かってくれ』

「はいはい、言われなくても…あぶな!?」

 本部からの通信に受け答えをしていたら、普通に怪異が攻撃を仕掛けてきた。俺を食い殺そうと口一杯に広げて襲ってきたが、間一髪身を翻して回避した。

「大丈夫か仁!」

 緋音の声に、俺は左手を上げて応えた。大きさもさる事ながら、俊敏さもさっきの小型サイズの比じゃない。速さは筋肉という言葉通り、大きさは伊達じゃないという事だろう。

 俺は刀を引き抜き、怪異に向けて切り掛かった。しかし、俺の刀が触れるよりも先に、俊敏に躱されてしまった。

「隙ありぃいいいいいいいい!」

 俺の攻撃は避けられたが、緋音のノコギリが怪異に深々と突き刺さった。だが、怪異が思い切り体を振るって、緋音を吹き飛ばした。近くのビルに緋音が突っ込み、土煙が上がった。

「おい! 大丈夫か!?」

『生体反応に問題はない…だが、骨が数本いってるだろうな』

 冷静に解説しとる場合か!

 使いたくなかったが、また邪眼を使うのしかないのか。俺が包帯に手をかけた時、土煙の中から緋音が現れた。

「ふざけやがって…バラバラのぐちゃぐちゃにしてやるぜ…!」

 そう言うと緋音は、ポケットから小さなナイフを取り出した。徐に自身の手にナイフを当てると、刃で思いっきり手のひらを引き裂いた。

「…巨人化でもするのか?」

『恐らく霊力を使うつもりだ。巻き込まれないように気をつけろ』

 マジか。やっぱ巨大化して戦うのか?

 そんな事を考えていると、緋音の手のひらから流れ出ていた血が、まるで生物のように蠢き始めた。

 どうやら、霊力で自身の血を操っているようだ。

 まるで巨大な手のようになった血液の塊が、怪異の体を掴んだ。怪異は振り解こうと体を動かすが、血液がまとわりついて、びくともしないようだ。

「握りつぶしてやる!」

 ボキボキと、怪異の骨が音を立てて折れていく。怪異が力尽きて動かなくなっても、緋音は力を緩めていないようだ。

「ふざけやがってこの醜い化け物めお前らが悪いんだお前らなんかが現れるからオレは壊さなくちゃいけないんだ!」

 今度はノコギリを手に、怪異の体を引き裂き始めた。

『止めないのか…?』

「ああ、無理に止める必要もないだろ?もし止めようとする奴らがいるなら、あんたらで手を出さないよう言ってやってくれ」

 怪異と戦って心を病まない者など早々いない。いるとしたら人間じゃないか、そもそも心が壊れているかのどちらかだろう。

 だが、それでも、戦い続ける者達もいる。緋音もそうだ。

 怪異を解体して心の傷が少しでも良くなるのなら、それを止める義理は誰にもない。

「あはははははははは! 壊してやった! これで、街は平和だ! 誰も殺されなくて済む! オレはやったんだああああああああああああああああああああ!!!」

 …やっぱり、ちょっと血みどろすぎる気がするが、まぁいいや。

『仁隊員。ちょっといいかな?』

「なんだ?」

 改まってどうしたんだ、本部のオペレーターさんは。

『たった今決まったことなんだが、君に緋音隊員のメンタルケアをしてもらえないか?」

「ひょ?」

 俺は心理療法士じゃないぞ?

『以前から我々も、緋音隊員のPTSDが回復するよう、手は尽くしてきたんだが、悉く失敗に終わってしまった。だが、君という理解者がいてくれれば、彼女の心の傷もきっと癒えるだろう。どうだ、引き受けてはくれないか?』

「まぁ、別に構わんが」

 まぁ、なんとかなるだろう…たぶん。



「いやー食った食ったぜ」

 俺と緋音は、焼肉屋を後にした。流石に返り血を浴びたまま飯屋に入る訳にはいかないので、一度緋音には着替えてもらった。まぁ、隊員であればある程度の事は許されるが、流石に周りの目もあるからな。

「仁、この後は何を食いに行くんだ?」

「まだ食うのか?俺はもう食えないぞ…」

 やはり、霊力を使う関係からか、よく食べるんだろうか。霊力の使用には体力と心を使うと聞いた事がある。緋音は心に傷を抱えているようだが、アドレナリンなどの分泌で半ば狂乱状態になっているからこそ、霊力も問題なく使えているんだろう。

「まあまあ、夜は長いんだしラーメンでも食べに行こうぜ!」

「ふぅ…お子様ラーメン、俺でもいけるかな…」

 …こいつと行動を共にするのは、修羅の道になりそうだ。



「しかし、いいのか。あんな粗暴な隊員を放っておいて」

「そうだ。いつ民間人に被害が出るか…」

「まぁまぁ、良いではないですか。怪異を倒す駒が多い事に越した事はない。それに、彼女は霊力持ちでしょう?」

「それもそうか…。では、今後も件の隊員は…」

「ああ、粗暴に関しては…黙認しよう」

「だが…あまりにも粗暴が目立つ時は…」

「ああ、その時は──




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