Six Sen Se 〜怪異の世界〜

ロボジー

第1話

 昔は、ホラー映画というものがあったらしい。幽霊が出てくるもの。恐ろしい怪物が出てくるもの。そういったものが娯楽として流行り、消費されていた文化も、今では廃れてしまった。

 人は何故、怖いものを好むのか。人は心理的に、知らないもの、分からないものに興味を持ち、知りたがる習性があると言われている。

 結果として、見えない存在である幽霊や怪物を題材としたホラー映画が流行った訳だ。



 何故、今は廃れたのかって? そんなもの決まっている。

 今まさに命を奪おうとしてくるものを、わざわざ映画にしようとは思わないからだ。

「こちら釜田!ただいま報告にあった低級怪異と遭遇しました!」

 僕は釜田かまた 誠司せいじ。今は怪異と戦っています。

 見た感じは蛸のような烏賊のような、どちらともいえないそんな見た目の怪物が、勢いよく触手を繰り出してきた。

「これから学校あるんだから、早めに倒されてくれ…よ!」

 触手は大振りな分、見てから回避するのは容易い。近付いてしまえば、あとはこちらのもの。

 僕は手にはめたグローブに、力を込めた。それと同時に、対怪異用霊力増幅装置が起動し、OKサインの電子音がピピっと鳴った。

 僕の拳が蛸烏賊の化け物に突き刺さり、その衝撃が収まる事なく、全身へ響き渡っていくのをグローブ越しに感じた。



 全人類が第六感を得てから数十年近く経った現代。僕達は日々現れる化物や悪霊などと戦い、傷つきながらなんとか生きてきた。

『こちら本部。聞こえますかー?』

「聞こえてますよ。まさか低級にやられたと思ってませんよね?」

 僕は制服に付着した体液を払いながら、耳に装着した通信機から聞こえる声に応答した。

『まさかまさか。バイタルはこちらでも把握してるんだ。我々もそこまで馬鹿ではないよ』

「だったらなんの用です?学校行かなきゃ行けないんでそろそろ切っていいですか?」

 ハハ、と通信機越しに笑われ、今すぐにでも通信をオフにしようと思ったけど、

『まさかそんなドロドロの状態で学校に行くつもりかい?学校にはこちらから連絡しておくから、風呂とコインランドリーでも行ってきたらどうだい?』

「…分かるのはバイタルだけじゃなかったんですか?」

 僕達は、DMGKという特務機関に所属している。

 幽霊、化物、妖怪。昔は、いるのかいないか、定かではなかったもの達の存在が確立された今、それらを倒し、人々の安寧を守るのが僕らの使命だ。

 それに、DMGKに所属していればいい事もある。例えば今利用している銭湯代やコインランドリー代、それとお風呂上がりの牛乳代も全部負担してくれる。

 まぁ、こっちは命掛けて怪異達と戦ってるんだし、これくらいお楽しみがあっても罰当たりなんて事はないでしょう。

 ちょうど洗濯と乾燥も終わったらしいし、良かった良かった。

 さっきの通信の人に聞いたら、グローブも一緒に洗濯して乾燥させておけば大丈夫だよって言われたけど、ハイテクすぎやしないかな?

 基本的に怪物や悪霊、総じて怪異と呼んでるけど、そいつらに太刀打ちする為に必要なのが霊力なんだけど、僕にはそれがない。けど、このグローブが僕の生命エネルギーを霊力に変換した後に増幅させるから、凄い霊力で敵を倒せる…とか言ってた気がするな。

 人によっては刀を使ったり、色々武器を使ったり、そもそも霊力がある人は、その霊力だけで戦うみたいだけど、今んところはあまり会った事がないんだよね。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか着替え終わっていた。

 通信機が震えている。

「こちら釜田です! どうしましたか?」

『いや、そろそろ昼前だが、大分長風呂だと思ってね…。まだ時間がかかりそうなら、今日は休みにしておくか?』

 気付けばもうお昼前。僕はとんでもない事を忘れていたと、今になって思い出した。



 走って学校に辿り着いたが、もう12時30分だ。急いで教室に入った僕に、高速でパンが飛んできた。さっきの怪異の触手よりもとんでもないスピードを出して飛んでくるパンは僕の顔面に当たり、その勢いのまま、僕は転げてしまった。

「遅い! 今日こそは一緒にご飯食べるって約束したでしょ!」

 プンスカ怒りながらやって来たのは、僕の幼馴染の百合香ゆりかだ。

「仕方ないだろ…今日も怪異と戦ってきたんだから…」

「だったらせめて連絡しなさいよ! 何かあったのかと思って気が気じゃなかったのよ!」

 毎回、百合香には無茶苦茶な扱いをされるけど、僕は前世でどんな悪さをしたらここまで酷い扱いを受けるのだろうか。

 その後も、百合香に文句を延々と言われながら、昼ご飯を食べた。

「うちの高校にも、DMGK所属の学生は何人かいるのに、何で誠司ばっかりが遅れて来ることが多いの?」

「そんな事もないよ。他の皆んなも僕みたいに戦ってるし、なんなら霊力持ちの人は忙しくして、殆ど学校にも来れてないみたいだし」

 生まれ持った霊力を持つ人は、特務機関が作った武器を用いずとも、怪異に対して有利に戦える人が殆どだ。そのせいか、僕達では手に負えない怪異の討伐に日々追われてるらしい。

「まぁ力を持つってのも大変ってことだね」

 僕の言葉に、百合香はふーんと返した。

「そうだ、放課後って何かあるの?」

 放課後?

「特にないけど…何かあった?」

「何もないんだったら、久しぶりに二人で出かけようよ」

 別にいいというか、久しぶりに出かけたい気分はある。けど、近くで怪異が出現したら、そっちに行かなくちゃいけないからな…。

 ま、大丈夫だろう。

 放課後は、百合香と出かける事にした。



 放課後、僕は百合香と共に、近くのショッピングモールに来ていた。うち以外の学校も近いからか、学生の姿も多い。

「来たのはいいけど、こういう時って何するんだろうね」

 普段から怪異と戦ってばかりだから、人とショッピングモールに来ても、何をすればいいのか全く分からない…。

「別に何したっていいし、なんなら何もしなくていいじゃない」

 百合香の言葉に、僕はえっ?と驚いてしまった。

「大事なのは何をするかより、誰といるかでしょ?」

「そういうことなのかな…?」

 せっかくだし、何か甘い物でも食べにいこうかな。怪異と戦って、お金はたっぷりもらってるし。

 そんなことを考えていたら、ポケットの中の通信機がかなり強めに振動したのを感じた。

 慌てて取り出して耳に装着すると、オペレーターが早口で捲し立てていた。

『…繰り返す! 諸君らのいるショッピングモールに低級の怪異が発生した! 民間人が多数いる為、付近の者は直ちに直行し、怪異を討伐せよ!』

 なんていうタイミングで怪異が現れるんだ。我ながら、運の無さに笑えてくる。

「百合香、また怪異だ」

「また!? 今朝も倒してきたんでしょ!」

 今朝倒したから、あとは倒さなくて大丈夫って訳にはいかないのが、この仕事の大変なとこなんだよね。

「低級怪異だから、すぐ倒してくるよ。でも、一応避難しておいてね」

 でも…と言いかけた百合香の手を、僕はしっかりと握った。

「終わったら甘いもの奢るからさ。ちょっとだけ待ってて」

 僕の真剣さが伝わったのか、百合香は頷くと、荷物を手に走り去っていった。

「本部! こちら釜田、今現場にいます。現状、何人の機関員が現場にいますか?」

『こちら本部。現状、現場には君を合わせて5人の人員がいる。施設の方には既にこちらから連絡済みだから、手分けして怪異を見つけ、討伐してくれ!」

 了解! と僕が返事をしたと同時に、施設に緊急時のアラームが鳴り響いた。施設や街などで怪異が現れた時に流れる音楽だ。

 学生達や一般のお客さん、施設の従業員などが避難していく中、僕はグローブを両手に装着した。



「こちら釜田! ただいま一階を捜索してますが、怪異は見つかりません! 他の隊員はどうですか!」

『こちら本部! 今の所はまだ…いや、3階で発見したとの報告があった! 向かってくれ!』

 よりによって3階か!

 エスカレーターを飛ばしながら3階へ向かうと、既に他の隊員達が怪異と戦っているようだった。

 人の形をした、黒い霧の怪異だ。周りの隊員の2、3倍はありそうな大きさをしている。大きいし、不気味な感じが、数メートル越しにビンビン伝わってくる。

 低級だからと舐めてかかると、死ぬ事になる。それは僕も、他の隊員達も承知の上だ。

「うおおおおおおおおおおおお!」

 隊員の男が剣を振り回しているが、黒い霧の怪異に剣は擦りもしない。いや、そもそも触れていないんだ。

「なんなんだコイツ!全く攻撃が効かないぞ!」

「たぶん悪霊系の類だよ!」

 その近くにいた、ギャルっぽい格好の隊員が叫んでいる。

 確かに、悪霊系なら実体を持たないやつも多い。だけど、それだと霊力持ちがいないとそもそも太刀打ち出来ないんじゃないか?

 どうしたものかと考えていると、剣を持った隊員の事を、黒い霧の怪異がいきなり掴んだ。

「こいつ…さっきまで触れなかったのに!?」

 ボキバギッと、骨が軋む音が響いた。どうやら、攻撃する時だけ実体化するタイプの怪異のようだ。

「ぐあああああああ痛えええええええ!!」

 近くにいたギャル隊員は、恐れからか座り込んでしまったようだ。こうなったら僕が倒すしかない。

 怪異へと駆けながら、僕はグローブに力を込めた。

「今…助ける!」

 黒の霧に向けて、僕は渾身の右ストレートを叩き込んだ。怪異が甲高い声で叫んだという事は、手応え的にも効いているらしい。

「もういっちょおおおおおおおお!」

 さらに左のストレートを繰り出すと、黒い霧が一気に爆ぜた。

 解放された隊員が、咳き込みながら僕に手を差し出してきた。

「…死ぬかと思った。ありがとう…」

「こっちこそ助けるのが遅れてごめん! でも、お陰で倒せたよ」

 力強く手を握ると、骨に響いたのか、また悲鳴が上がった。

「にしてもあんた、よく死ななかったわね」

「うるせーやい…ビビってないで助けてくれよ」

 やーよネイルしたばっかだったんだもん、とギャル隊員はキラキラした爪を見せてきた。

 確かに綺麗だ…じゃなくて、その爪で戦うのはいくらなんでも無理があるんじゃないかなと、僕は思った。



「こちら釜田。低級怪異の討伐完了。隊員が一人負傷したので、念の為救急車の手配をお願いします」

『こちら本部。既に救急車は手配しておいた。デート中に悪かったな』

 は? と僕は思わず、本部に人間に対して、ガラの悪い聞き返しをしてしまった。

『なんだ、彼女じゃなかったのか?』

「違いますよ! ただの友達です!」

 本当、この通信機がたまに、盗聴器に思えてしまう。

『まぁまぁ、この後はデートの続きでも…待て! 今、他2名の隊員の生体反応が消失した!』

 他2人? 確かに、このショッピングモールには、僕達の他に、まだ2人いたはず。

『おいおいおい…! 嘘だろ! 三人共、今すぐその場を離れろ! 上級怪異の反応がその場所で出てい──』

 その瞬間、床を突き破って、巨大な何かが現れた。

「おい…なんだよあれ」

 生まれて初めて上級怪異を前にした感想は、本能的な恐怖しかなかった。

 巨大なヒルに、無数の手足が付いているような見た目の化物。明らかに、さっきの低級怪異とは比べ物にならない存在だということが、僕達には分かった。

「おい…さっきの女の子は…?」

 剣の彼が言う通り、ギャル隊員の姿が見当たらない。

 まさか、さっき怪異が現れた衝撃で、既に吹き飛ばされてしまったのだろうか。

 そんなことを思っていると、怪異がモグモグと動かしていた口らしき部位の動きが、ピタッと止まった。

 怪異がペッと、何かを僕達に向けて吐き出した。

 吐き出されたのは、人の腕だった。

 血と体液で汚れたその手には、とても長い、綺麗なネイルが施されていた。

「もう食べられてたのか…」

 ヒルの怪異が、僕達を見てニヤッと笑った。

 まるで人のような、白い歯がずらっと並んだ歯並びを見た時、完全に僕の戦意は無くなってしまった。

「…おい、あんた」

 剣の隊員が、僕に聞こえるような小さな声で話しかけてきた。

「俺が何とか時間を稼ぐから逃げてくれよ…さっき助けてくれたんだからさ…」

「そんなこと出来るわけないだろう!」

 いいや、嘘だ。口ではそう言っても、今すぐ逃げ出したい。この場から消え去りたい。

「いいんだよ…どの道、この怪我じゃ逃げきれないだろうし…彼女…待たせてんだろ…?」

 彼女じゃない、といつものように言いたかったが、言葉が出てこなかった。

「1、2、3で俺が突っ込むから…お前は逃げろ…。分かったな…!」

 僕は震える足を必死で押さえつけながら、彼の言葉に頷いた。

「よし…1」

 カウントダウンが始まった。

「2…」

 このまま突っ込めば、彼は間違いなく死ぬ。そして、彼を見殺しにして、僕は生き残る事が出来る。

「3!」

 彼が叫ぶと同時に、僕は彼と共に駆け出した。

 だが、逃げる為じゃない。

 共に怪異に立ち向かう為だ。

「…何やってんだお前!? 死ぬ気か!」

「今逃げたって、コイツを倒さないと、外の人達が次の餌食になる! だったら万が一に賭けて、2人で戦って勝つ未来に賭けてみたいんだ!」

 バカだな…と笑う彼の口元は、少しだけほくそ笑んでいた。

「生きて帰ったら、飯でも食いに行こうぜ!」

「おう!」

 剣の彼には右の方から、僕は左から怪異に回り込み、2人で挟み込むように接近した。

 これなら、片方に意識が向けば、もう片方が確実に攻撃を当てる事が出来る。

「うおおおおおおおおおおお!」

 今にも折れてしまいそうな気持ちが揺らがぬよう、僕は声を張り上げながら怪異へ突撃した。

 怪異は僕の方ではなく、剣の彼の方に意識を向けたようだ。

 なら、僕が渾身の一撃を、怪異に叩き込む!

 グローブが壊れんばかりに力を込めた右ストレートを、怪異に叩き込んだ。

 ぶにゅっとした弾力と共に感じたのは、今まで倒してきた怪異とは比べ物にならない、壁の厚さだった。まるで巨大な山に向けて拳を叩き込んだような、そんな自分の無力さを、僕は叩きつけられていた。

 ヒルの怪異が、ゆっくりと僕の方に振り返った。

 その口元には、先ほどの彼の剣が咥えられていた。

 そのまま、ボリボリと、まるで飴細工を噛み砕くかのように剣を食べた怪異は、ゴクンと飲み込んだ。

 剣の彼が、音もなく、何も出来ずに死んだのだと、僕は理解した。

 この距離では、もう逃げる事も出来ない。

 僕も、今まで食べられた彼等のように、一口で食べられてしまうのだろう。いつの間にか僕は座り込み、頭をヒルに差し出すように、頭を垂れた。

 目を瞑り、今からやってくる死の瞬間に震える僕に、ボリンッと肉を齧り取る音が響いた。

 ボリボリと捕食をする音が聞こえる。意外にも、痛みは感じなかった。不思議に思い目を開けると僕はまだ、ヒルに食べられていなかった。

 違う。

 僕は既に食べられていた。

 頭からじゃない。

 この怪異は、器用に僕の足だけを噛み切ったんだ。

「うわあああああああああああああ!」

 傷口から吹き出る血を、怪異は愉快そうに舐めとっていった。

 僕は必死に這いつくばって、怪異から逃げようとした。両足の痛みが、僕を死にたくないと、再び思わせてくれた。

 だけど、途中でまた動けなくなった。

 後ろを見ると、ヒルの手足が僕の体を押さえつけていた。

 そしてまた僕の足を口へ運ぼうとしている。

「やめ──」

 ボギン!

 僕の足が、また食べられた。

「うぎぁあああああああああ!」

 何故一口で食べきらない。僕は頭の先を食べられるまで、この痛みが続くのだろうか。

 もう、一思いに殺して欲しい。

「誰か…助けて…!」



「すまん、ちょっと遅れたな」

 誠司を押さえつけていたヒルの怪異の手足が、全て切断された。

 ヒルの怪異が呻き声を上げた。

「うるさいな…ちょっと待っとけ」

 ヒルの顔面に、投げつけられた刀が深々と突き刺さった。

 怪異の邪魔が無くなったのを確認すると、誠司を抑えていた手足を引き剥がし始めた。

「あの…あなたは…?」

「あー俺? お前と同じDMGK所属のしがない隊員だよ」

 そう言うと少年は、誠司の傷口に、布状の止血キットを貼り付けた。

「よし、これで失血死はしないはずだ。あとは救助が来るまでちょっと待っててくれ」

 少年はそう言うと、長い銀髪を手でかきあげた。顔の右側は包帯で隠れていたが、左眼は既に、怪異へ向けられている。

「さて…と。仕事しますか」

 少年は鞄から、刀の柄を取り出すと、腰に差していた鞘に納めた。

 突き刺さった刀を引き抜いたヒルの怪異は、少年へ向けて走ってきた。

「おっと。怪我人はおかまいなしか?」

 誠司から離れるように駆け出した少年を、ヒルは一目散に追いかける。

「そろそろか!」

 立ち止まった少年が、居合のような構えをとった。

 ヒルが少年を喰らおうと迫る中、少年が柄を掴み、勢いよく引き抜いた。

 少年の脇を、ヒルの怪物が通り過ぎた後、巨大に一本の線がスーッと入り、真っ二つに引き裂かれた。

 何もなかったはずの柄には、照明を浴びて輝く、刃が付いていた。

「うわ…ヒルの体液ヤバいな…」



「おーい、生きてるかー?」

 誠司の下に、手を振りながら少年がやって来た。

「あー喋んなくていいよ。そろそろ救助も来るだろうし…」

 少年が振り返ると、先ほど倒したはずのヒルの怪異が、再びこちらに向かって猛進してきていた。

 少年はため息をつくと、立ち上がった。

「やっぱ上級となると、簡単にはくたばらないかー」

 少年はそう言うと、包帯を外した。

「出来ればやりたくないんだが、しょうがないからやってやるよ!」

 少年が右目を開くと、金色に輝く瞳が現れた。

!」

 少年が再び右目を閉じると、ヒルの怪異が爆発四散した。

「ふー」

 再び包帯を巻いた少年は、耳に装着した通信機に手を当てた。

「ヒルの怪異は完全に爆発したから、もう救助の人間を入れて大丈夫だぞ」

『こちら本部。了解した。4名の隊員の犠牲者が出たが、迅速な対応に感謝する』

「そういうのいいからさ、もうちょっと現場のことも考えてよ。死んだ隊員だって、低級だって言われて来たら上級怪異が出るなんて、死んでも死にきれんでしょ」

『こちらも最善は尽くして──』

 はいはい、と少年は通信機を引き剥がした。

「やっぱ、邪眼の力は使いたくないね」

 包帯から溢れでた血液が、顔を伝ってポタポタと床に垂れていた。



 ショッピングモールを出た少年は、どうしたもんかと空を見上げた。

 もう夜だが、都会の空に星は見えない。

 帰って寝ようと歩き出した少年を、少女が引き留めた。

「あの!」

「はい?」

 振り返った先には、こちらを睨みつけてくる少女がいた。

「何のご用でしょう? 見ての通り超ー疲れてるから早めに帰って寝たいんだが…」

「さっき、私の幼馴染があの中で戦って、それで…両足が無くなっちゃったんです!」

 ああ、彼のことね。少年は、先ほど自分が助けた少年の事を思い出した。

「足はどうだろうね。本人の気力次第では義足生活も出来ると思うけど、まずは治療が大事だと思うよ。ああ、治療って言っても足の怪我だけじゃなく心の治療もね。なんせ意識がある状態で噛みちぎられたんだから」

「そうじゃなくて! 何で彼が、あんな目に遭わなくちゃならないんですか! さっきだって…私と…甘いものを食べに行く約束だったのに…!」

 そう言うと、少女は泣き始めてしまった。

 少年はため息をつくと、ハンカチを差し出しながら言った。

「あのね、もし彼が足止めしてくれてなかったら、今頃とんでもない被害が出てたかもしれないんだよ? 彼だけじゃない、他にも沢山の隊員がいて、皆んなが命を懸けて時間を稼いでくれたから、俺が間に合った。それだけだよ」

 少女がハンカチを受け取らないので、少年はポケットに仕舞うと、そのまま背を向けて歩き始めた。

「そうそう、甘いものを食べに行く約束だっけ」

 少年は振り返ると、少女を真っ直ぐに見つめて言った。

「何でもう出来ないみたいな言い方するの。きちんと治療して、それから2人で食べればいいんじゃないの?」

 そう言うと、少年は再び歩き始めた。



「あの!」

「しつこいな!? 今度はなに?」

 再び話しかけてきた少女に、少年は若干の苛立ちを見せた。

「お名前…教えて下さい!」

「名乗る程のものじゃないよ」

 ふざけないで下さい! と今度は少女が怒り始めた。

「彼の命の恩人に、きちんとお礼がしたいんです!」

「仕事でやってるから、別にいらないよ」

 それでも! と今度は両手を広げて立ち塞がってきた少女に対し、少年はため息をついた。

「はぁー。お宅、いい嫁さんになりそうだね」

「ど、どどどどういう意味よ!?」

 そのまんまの意味さ、と答えた少年は少しだけ笑いながら言った。

「俺はじん。特務機関DMGK所属の、しがない隊員だよ」



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