記憶のソラティア ~迷子の魔法の世界紀行~

ひたかのみつ

第1話 アリスと妹:カノン

 私は次の春で15歳に、妹は9歳になる。


 遠くで教会の鐘が鳴っている。

 今日は冬の終わりのお祭りで、このリエルの街の大通りには沢山の屋台が出ているはずだ。

「アリスお姉ゃん…… 私のことは良いから、外で遊んで来たら? 」

 ベッドで横になっている幼い妹のカノンが、無理に笑顔を作りながらそう言った。

「ふふ、可愛い妹を1人で置いて行くなんて、そんなことできないでしょ? 今日はお仕事もお休みだし、一緒にいさせてちょうだい? 」

「うん、ありがとう…… えへへ」


 妹の病は、もう治らない。

 たった1人の大事な家族が、ゆっくりゆっくり日々弱っていくのを、ただ見ていることしか出来ないのは、とても辛い。


 窓枠にうっすら白い色が見えた。

「雪が降ってきたね」

「ほんとう? 」

 もう起き上がって窓を覗くことも難しい妹は、私が外の様子を伝えると、目を閉じながら、想像したのだろう。 ゆっくり一呼吸してから、まるで実際に見たときのように「いい景色だね」と笑った。


 私は、ベッドの端に腰を掛けて、

「ねぇ、カノン」

「なぁに、お姉ちゃん? 」

「来週、どこかにお出かけしようか」

「ほぇ? いいの? 」

「もちろん。 私がおんぶしてあげるから。 服の上から毛布をかけて、あったかくして行こう」


 それを聞いた妹のカノンは、悪戯っぽく、弱々しく微笑み

「え~、わたし可愛い服を着て出かけたいな…… 」

 と冗談を言った。


 私は、妹の頭をやさしく撫でながら

「もう、カノンってば、わがままね。 ふふ、じゃあもっと元気になっていたら、二人で一緒にお洒落していこうね」

「うん」


 今より元気になって、姉妹一緒に歩ける日が、もう来ないであろうことは、

 妹も幼いながらにわかっているはずだ。

 それなのに、カノンはいまも明るく振る舞おうとしている。

 姉想いのやさしい子だ。


 頭を撫でているうちに、

 すぅ……すぅ…… といつの間にか、妹が寝息を立て始めた。


「せめて暖炉の薪ぐらいは、充分に用意してあげたいな…… 」

 私は小さな炎が柔らかく揺れる暖炉をみて呟いた。


 その夜、要らない小物を売ろうと思って、棚を整理していたら、奥の方から懐かしい絵本がでてきた。

 魔法が奇跡を起こして、たくさんの人と街を救うおとぎ話。


 昔の世界には、ほんとうに魔法という力があったらしい。

 今もどこかでそれを使える人たちがいて、静かに暮らしているという噂もある。

「私にも魔法が使えたら、カノンは元気になれるのかな…… なんてね…… 」

 アリスはそう呟いて、本を棚に立てた。

 その瞳は悲しげで、絶望にも似た影を落としていた。


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