第6話 記憶のレテ

「それで、この可愛いお人形は、いったいどんな魔道具なんですか?」

アリスは小さな木彫りの猪を、人差し指の先で優しくつつきながら、まじまじと眺めている。


テオは、ベッドで横になっているカノンの頭を、ゆっくり撫でて

「その魔道具の名前は、レテ」

とアリスに答えた。


「れて? 」

「そう、レテは魔法使いの記憶を入れておく為の魔道具よ」

「記憶を入れる?! すごい! 魔法みたいですね! 」

「ふふ、アリス、魔法なのよ」

「そ、そうでした……! 」


そんな2人のやり取りをみて

カノンも頬を柔らかくして、口角を緩めた。


「このレテを使って出来ることは2つ、1つは記録された思い出を、記憶の持ち主の視点から、実体験のように見ること。 2つ目は、記憶の中に登場する魔法の一部を、一時的に使うことよ」

テオはアリスとカノンに向けて、説明を始めた。


 アリスは興味深々、前のめりに「わぁあ~」「ふむふむ」とリアクションを取りながら、カノンは寝ながら落ち着いてはいるが、さすが姉妹と言うべきか、どこかアリスに似た目をして楽しそうだ。



「つまり、記憶の入ったレテに触れている間、普段自分が使えない種類の魔法でも、使えるようになるの」

「へぇ~! じゃあ、私にも?! 」

テオの言葉を聞いて、懐いた動物のように目を輝かせるアリス。


「う~ん、絶対では無いけど、もしも魔法の素質があれば、アリスにも使えるかもしれないわよ? 」

「やってみたい!! 」

「でも出来たとして、魔法の基礎を学ばないと、普通の制御は出来ないんだけどね」


テオはそれから、「もちろんカノンも、出来るかもしれないわよ」

と付け加えて、それにカノンも嬉しそうに笑った。


「ねぇ、テオさん! どうやって使うの? 」

「そうね、レテの記憶にもよるんだけど、掴んだレテの中に意識を向けて、反対の手までエネルギーを吸い上げる感じかしら? 」

「こ、こうかな? 」


アリスは目を閉じて、うんうんとうなり声をあげている。


「ふふ、見習いの魔法使いにさえ、いくら記憶の補助があっても、そんなに簡単に出来るものじゃないわ。 アリスはなおさらね」


「う~ん、う~ん。 テオさん、この魔法はお水の魔法って言ってたよね? 」

「そうよ、まだ全部の記憶を覗いた訳じゃないけれどね」

「それって、すごく濃い青色の水なのかな? 」

「え? 」

「なんかね、目を閉じていると見えるの、凄く深い色の青が」

「そんなまさか、アリスは魔法を存在すら、今日まで知らなかったんだし―― 」


アリスは小さく「光った…… 」と呟いて

それを聞いたテオは、驚きの表情を浮かべる。


次の瞬間、アリスの右手から、ばしゃっと青い水が放たれた。

「うわ!! 凄い! 出来た!! 」

僅かな、瞬間的な発動だったが、アリスが使ったそれは、確かに魔法だった。


「やったやった! カノン! テオさんも見た! 魔道具、レテ! すんごいんだね!! 」


「お姉ちゃん……! すごい……! 」

「アリス、あなた…… 」


自分の才能に気付く事無く、楽しそうにはしゃぎ、木彫りの猪を高く掲げるアリスだった。






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記憶のソラティア ~迷子の魔法の世界紀行~ ひたかのみつ @hitakanomitsu

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