第5話 魔法使いとカノン
医者を見送ったテオは、アリスとカノンが待つ小さな家に戻った。
「お待たせアリス、戻ったわ」
「テオさん、お帰りなさい! お医者様と何かあったんですか? 」
ベッドの横に座り、カノンと話していたアリスは、少し不安そうにテオを見上げた。
「ううん、大丈夫。 ちょっと渡すものがあるって、これをくれたのよ」
テオは握っていた手を開いて、木彫りの猪をアリスに見せる。
「お人形? ふふっ、とっても可愛いですね」
とことこ近寄ってきたアリスは、人形に顔を近づけて柔らかく微笑んだ。
「可愛い? ……だいぶ渋い趣味もあるのね。 でもこれはただの人形じゃないのよ、魔法の記憶が残っているの」
「え! じゃぁこれ、魔道具っていうやつなんですか! 本物! 絵本以外で初めて見ました! 」
アリスは、テオから猪を渡されると、目を輝かせながら、それを色々な角度から観察する。
しばらくの間、アリスは「ほわぁ~ 」と、幸せそうな様子で浸っていたが、何かにハッと気づいて
「そうでした! カノンにテオさんを紹介しなきゃ! テオさん! 」
とテオの右手を掴んで、カノンの方へ歩み寄る。
「ちょっと、アリス」
テオは、その小さな温かい手のひらに、なんだか優しい気持ちになった。
カノンは医者に診てもらい、アリスとの会話に安心したのだろう、先ほどよりだいぶ気分が良くなっていた。
ベッドの上で、ゆっくりと顔を2人に向けてカノンは
「アリスお姉ちゃん、その人は? 」
と姉に尋ねた。
「カノン、紹介するね。 こちらはテオさん。 驚かないでね~! なんと! テオさんは、魔法使いさんなんだよ!! 」
「ほへ? 」 小さく口を開けて、置物のように、きょとんとするカノン。
「あぁ…… 」 自分のことを、とても自慢げに紹介されて、恥ずかしくなるテオ。
少しの間沈黙があり、アリスだけが鼻高々だった。
◆
「ほら、これが私の魔法。 物と物がぶつかったり、落下するのを防いで浮かせる魔法よ」
テオは、自身の魔法を説明するために、テーブルの上に木彫りの人形をふわふわ浮かせて見せた。
「「おぉ~」」
と可愛らしい歓声を上げる幼い姉妹。
「あとは本当に、
そう言って、テオは使いかけの短い蝋燭にふぅっと息を吹きかける。 すると、まるで普通の蝋燭と逆向きの時間を辿るように、ぽんと小さな火が灯った。
「「おぉ~! 」」
「だから、ごめんなさいアリス」
「テオさん、急にどうしたんですか!? 頭を上げてください! 」
突然の謝罪にアリスはあわあわと困惑した。
「私にはカノンのことを助けてあげられない、すぐに言うべきだった」
テオは、大人を相手にするように、丁寧で真面目な声で、そう言った。
「……テオさん、ありがとうございます」
そう答えたのは、カノンだった。
そしてカノンは
「私、魔法って本当にあるんだって、こんなにキラキラしてるんだって、それが分かって今とっても楽しいんです。 もうテオさんの魔法は、私を助けてくれてます。 だから、ありがとうございます」
「カノン…… 」
とテオ。
アリスも続けて
「私も、テオさんの話を何も聞かないのに、ここまでついて来てもらって…… なのにこんなに親切にしてもらって…… ごめんなさい。 ありがとうございます」
カノンは、そんなしょんぼりした姉の様子を見て
「それに、アリスお姉ちゃんが、魔法を知ってはしゃぎ過ぎちゃったんですよね? 」
「ちょっとカノン~ それじゃぁ私が、いっつも慌てているみたい」
「え~? 違うの? ふふっ」
テオは微笑みあう2人の様子を見て、小さくもう一度
「ありがとう」
と呟いた。
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