第4話 医者とアリスの気持ち
◆
医者は、アリスの家の木の玄関扉から数歩、距離をとると
「テオさん、アリスに、
「安心? 」
「あの子たちは、頼れる人が居なくて、ずっと2人だ。 病気の妹と離れられないのもあって、アリスは孤児院に入らなかったからね…… 私もずっとは居てあげられない」
「そう、ですか」
テオは2人の状況を初めて知りながら、話を合わせる。
昼になって、大通りには人の数が増え始めていたが、アリスの家の前の小道は、まだまだ静かだった。
そして医者は、ゆっくり息を吸って
「カノンは生きられたとして、あと7日かもしれません」
「え? 」
「それとテオさん、あなたは少し、魔法を使えますか? 」
「どうしてそれを――!? 」
「いえ、長いこと生きてますから。 昔にも見たんです、魔法使いを」
テオはカノンのことに加え、自分が魔法使いであることを見破られて目を丸くした。
医者は、期待はしないような静かな声で
「テオさんの魔法は、病に作用出来ませんか? 」
「あの子を…… 私は助けてあげられない」
「そう、ですか」
テオは、カノンとアリスを助けたい思いで、医者に尋ねる。
「じゃあ、さっきの薬は? 」
「――薬は本物です。 ですが、本来もっと軽度の、似た症状に使う薬です。 実際はただの気休めでしかない」
「そんな…… 」
老齢の医者は寂しそうに、息を吐いた。
「テオさん」
「はい? 」
「アリス達には、カノンに残された時間のことを黙っておいて欲しいんです」
「え、でも、それじゃあアリスが…… 」
「――アリスは賢い子ですから。 たぶん、最近カノンの病状が悪かったことにも、もうとっくに気が付いていて…… それでも気が付かないふりをして、頑張っていつかカノンは元気になれるって、そう信じようとしているんです」
「アリス…… 」
「でも、それをはっきり伝えられたら、きっとアリスは大好きな妹の世話だって、頑張るのがとても悲しくなってしまう―― 1日、また1日と時間が迫り、夜も眠る度に、カノンを失う瞬間のことを考えて、怖い思いをすることでしょう」
テオは、魔法に希望を求めていた今朝のアリスの表情を思い出した。
本当はカノンを助けられない自分の魔法に、目を輝かせ、家に帰って明るく「ただいま」と、カノンに話しかける後ろ姿を思い出した。
テオは自分の目から涙が溢れたことに驚く。
頬を伝って、風にゆっくり冷やされていく、熱い
「私の魔法には何も、できないのに。 きちんと話してあげるべきだっただろうか…… もっと、もっと私が魔法を知っていれば―― もっと―― 」
「テオさん! 」
医者に呼びかけられ、呼吸の浅くなっていたテオは、はっとして小さく息を吸った。
家々の屋根の間に見える青空の奥に、線状で薄く真っ白な雲が、細く流れている。
太陽に溶かされて、屋根に乗っていたの雪の
医者は、もう一度、ゆっくり優しい声で
「テオさん。 もう1つ、テオさんにお願いがあるんです」
「なんでしょうか? 」
「アリスとカノンが、楽しく過ごせるように、しばらく一緒にいてあげてくれませんか? 」
そう言って、医者は懐から、指先ほどの小さな木彫りの動物を出した。
「それって! 」
「分かりますか。 これには、簡単な水の魔法が記録されているはずです。 魔法使いの形見―― まぁ、私の思い出、ですかね」
テオは医者から、その小さな木製の
「私には魔法はさっぱり使えませんので、ただのお守りとして持っていたものです。 お役立てください」
「他にお礼は出来ないのですが―― 」
テオは医者の言葉を遮るように、ゆっくりと首を横に振ると
「十分です。 こちらも、使い終わったら必ずお返しします。」
と言った。
医者はお辞儀をして、帰っていった。
テオは、その姿が大通りに続く角を曲がるまで見送り、アリスとカノンの待つ家に向かった。
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