第4話 医者とアリスの気持ち

 医者は、アリスの家の木の玄関扉から数歩、距離をとると

「テオさん、アリスに、貴女あなたみたいな友人が居て少し安心したよ 」

「安心? 」

「あの子たちは、頼れる人が居なくて、ずっと2人だ。 病気の妹と離れられないのもあって、アリスは孤児院に入らなかったからね…… 私もずっとは居てあげられない」

「そう、ですか」

 テオは2人の状況を初めて知りながら、話を合わせる。

 昼になって、大通りには人の数が増え始めていたが、アリスの家の前の小道は、まだまだ静かだった。


 そして医者は、ゆっくり息を吸って

「カノンは生きられたとして、あと7日かもしれません」

「え? 」

「それとテオさん、あなたは少し、魔法を使えますか? 」

「どうしてそれを――!? 」

「いえ、長いこと生きてますから。 昔にも見たんです、魔法使いを」

 テオはカノンのことに加え、自分が魔法使いであることを見破られて目を丸くした。


 医者は、期待はしないような静かな声で

「テオさんの魔法は、病に作用出来ませんか? 」

「あの子を…… 私は助けてあげられない」

「そう、ですか」


 テオは、カノンとアリスを助けたい思いで、医者に尋ねる。

「じゃあ、さっきの薬は? 」

「――薬は本物です。 ですが、本来もっと軽度の、似た症状に使う薬です。 実際はただの気休めでしかない」

「そんな…… 」


 老齢の医者は寂しそうに、息を吐いた。

「テオさん」

「はい? 」

「アリス達には、カノンに残された時間のことを黙っておいて欲しいんです」

「え、でも、それじゃあアリスが…… 」

「――アリスは賢い子ですから。 たぶん、最近カノンの病状が悪かったことにも、もうとっくに気が付いていて…… それでも気が付かないふりをして、頑張っていつかカノンは元気になれるって、そう信じようとしているんです」


「アリス…… 」

「でも、それをはっきり伝えられたら、きっとアリスは大好きな妹の世話だって、頑張るのがとても悲しくなってしまう―― 1日、また1日と時間が迫り、夜も眠る度に、カノンを失う瞬間のことを考えて、怖い思いをすることでしょう」

 テオは、魔法に希望を求めていた今朝のアリスの表情を思い出した。

 本当はカノンを助けられない自分の魔法に、目を輝かせ、家に帰って明るく「ただいま」と、カノンに話しかける後ろ姿を思い出した。


 テオは自分の目から涙が溢れたことに驚く。

 頬を伝って、風にゆっくり冷やされていく、熱いしずくを感じながら、お調子者でお人よしの魔法使い:テオは、今日あったばかりの子供を、どうにか助けてあげたかったと心から思っていた。

「私の魔法には何も、できないのに。 きちんと話してあげるべきだっただろうか…… もっと、もっと私が魔法を知っていれば―― もっと―― 」


「テオさん! 」


 医者に呼びかけられ、呼吸の浅くなっていたテオは、はっとして小さく息を吸った。

 家々の屋根の間に見える青空の奥に、線状で薄く真っ白な雲が、細く流れている。

 太陽に溶かされて、屋根に乗っていたの雪のしずくが、ぽたりぽたり陽の《ひ》の光りを散らしながら、テオの前に降ってきた。


 医者は、もう一度、ゆっくり優しい声で

「テオさん。 もう1つ、テオさんにお願いがあるんです」

「なんでしょうか? 」

「アリスとカノンが、楽しく過ごせるように、しばらく一緒にいてあげてくれませんか? 」

 そう言って、医者は懐から、指先ほどの小さな木彫りの動物を出した。

「それって! 」

「分かりますか。 これには、簡単な水の魔法が記録されているはずです。 魔法使いの形見―― まぁ、私の、ですかね」

 テオは医者から、その小さな木製のいのししを受け取った。

「私には魔法はさっぱり使えませんので、ただのお守りとして持っていたものです。 お役立てください」


「他にお礼は出来ないのですが―― 」

 テオは医者の言葉を遮るように、ゆっくりと首を横に振ると

「十分です。 こちらも、使い終わったら必ずお返しします。」

 と言った。


 医者はお辞儀をして、帰っていった。

 テオは、その姿が大通りに続く角を曲がるまで見送り、アリスとカノンの待つ家に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る