危機一髪! ポケットの中の魔法使い

RIKO

危機一髪! ポケットの中の魔法使い

「次のクエストは、バイコーンの討伐です。報酬は五百ゴールドです」


 受付嬢の声が、冒険者のためのギルドハウスの広間に響き渡った。バイコーンとは、二本の角を持つ伝説の獣だ。ユニコーンとは対照的に、不純なものを司り、善良な男性を食べるという。そのため、女性や悪人は安全だが、正義感の強い男性は危険にさらされるという恐ろしい魔物だ。


「バイコーンか……。なかなか手ごわそうだな」

 勇者は、眉をひそめながら言った。彼は、正義感の強い剣士で、仲間を守ることを第一に考えるリーダー格だった。バイコーンの標的になりやすいのは、彼のような人間だ。


「でも、報酬は魅力的だぜ。俺たちならやれるさ」

 戦士は、力自慢の斧を肩に担ぎながら言った。彼は、勇者の親友で、豪快で明るい性格だった。女性に弱いのが玉に瑕だが、バイコーンには興味を持たれないだろう。


「そうだな。じゃあ、受けるか」

 僧侶が、魔法の書を閉じて言った。彼は、勇者一行の戦略担当で、魔法も使えた。冷静で機転が利くのだが、金に目がなく嘘をよくつくのが欠点だった。バイコーンには無視されるだろう。


 勇者一行は、受付嬢にクエストを申し込んだ。一行のメンバーは、もう一人いた。


 勇者一行の最年少で、コチカという名前の可愛い少女だった。魔法の力は未熟で使えるのは防御魔法のみ、少しそそっかしい性格だった。勇者に憧れているが、少女なのでバイコーンには攻撃されない。


「では、クエストを受け付けました。バイコーンは、森の奥にある洞窟に住んでいるそうです。気をつけてくださいね」


 受付嬢は、勇者一行に地図とクエストの詳細を渡して、魔法使い見習いのコチカに目をやった。


「あの、コチカさん。あなたは、このクエストに参加しないのですか?」


「え? あの……」


 コチカは、顔を赤くしてうつむいた。実は、彼女はバイコーンの討伐に行きたかったのだが、今回は一行には入れてもらえなかったのだ。


「コチカは、まだ修行中で、攻撃魔法は使えないし、使えるのはビミョーな防御魔法だけだろ。足手まといになるだけだ」


 戦士が、コチカを見下すように言った。コチカは何も言い返せなかった。


「まあ、そうがっかりしないで、コチカは今回はここで待っていてくれ。俺たちは、バイコーンを倒してくるからな」


 勇者は爽やかな笑顔をコチカに向けた。彼はいつも優しく接してくれたが、コチカの魔法の力はまだ未熟だと思っていた。それが表情に現れていた。


「はい……。気をつけてくださいね」


 悔しいような哀しいような気持ちで、コチカは仲間たちの後ろ姿を見送った。彼らは、戦いの装備を身に着けて、意気揚々とギルドハウスを出て行く。その時ふと、コチカは最近覚えたばかりの魔法の呪文を思い出したのだ。その中には、体を小さくする魔法もあった。

 コチカは、その魔法を使えば、勇者のポケットにこっそり入って、一緒に冒険に出られるのではないかと思った。


「それじゃあ、行ってきます」


 勇者一行がそういって、ギルドハウスを出ていった時、コチカは、体を小さくする呪文を唱えた。すると、体が一瞬で小さくなった。コチカは、慌てて勇者の足元に近づいて、彼の上着のポケットに飛び込んだ。

 ポケットの中は、暗くて狭かったが、勇者の鼓動を感じると、コチカの心までがどきどきと高鳴った。


「やった……! これで、勇者さまと一緒にバイコーンを倒しに行けるわ!」


*  *


 バイコーンと勇者一行との戦いは熾烈を極めた。勇者は善良なので標的にされて、傷だらけになってしまった。戦士と僧侶は善良ではないので、攻撃を受けないが、バイコーンから魔法をかけられて眠り込んでしまっている。


「くそっ、しぶとい奴っ、おまけにおかしな魔法をかけられて、戦士と僧侶が眠ってしまった」


 戦士が眠ってしまったので、戦力は半減してしまった。僧侶から回復魔法もかけてもらえない。

 やがて、一人でバイコーンを相手にした勇者にも眠気が襲ってくる。


「眠っては絶対にダメだ。その瞬間にバイコーンに食べられてしまうぞ!」


 勇者は眠気と戦いながら、必死でバイコーンに剣を向ける。


 けれどもその時、


―  善良な男だけを食べるなんて……そんな魔物が町を襲ったら町には悪い男しか残らないじゃないの。将来のお婿さん候補が悪い男ばかりだなんて、絶対に嫌だし、許せないっ。頑張れ、勇者さま!! ―


 勇者の眠気が、突然消えた。バイコーンの魔法を跳ね返して、勇者の眠気を跳ね返していてくれたのは、彼のポケットの中で、防御魔法を唱えていたコチカだった。勇者はそれには気づかない。そして、ついに決意した。


「もし、俺がバイコーンと刺し違えたとしても、バイコーンは戦士と僧侶には攻撃をしかけない。彼らは安全だ。よしっ、死なばもろともだ。俺は次の太刀に全精力をこめる! 」


 勇者は、渾身の一閃をバイコーンに振り下ろした。


 やああああああっっ!!


*  *


「まさに危機一髪からの生還でしたね」


 ギルドハウスで報酬を受け取る勇者に拍手喝采が送られる。バイコーンは勇者に討伐され、勇者一行が意気揚々とバイコーンの2本の角を掲げてギルドに戻って来たからだ。


「さあ、風呂にでも入って、疲れを癒そう」


 そう言って、ギルドハウスの風呂場に行こうとした勇者一行を、受付嬢が呼び止めた。


「皆さん、上着にまだバイコーンの魔力が残っていますよ。受付にある魔力探知機が反応しています。そのままにしておくと、様々な厄災を呼んでしまいます。特殊クリーニングに出してゆかれますか」


 すると、勇者が受付嬢に尋ねた。

「ここでクリーニングに出せるのか」

 受付嬢は笑顔で答える。

「ええ、受付の後ろに特別な洗濯機がありますから。それを使って、浴びた魔法を全部取り除く特殊なクリーニングができます。お風呂に入っている間に洗濯から乾燥まで終えてしまえますよ」


 厄災を受けるなんて飛んでもない話だと、戦士と僧侶は慌てて脱いだ上着を受付嬢に渡した。受付嬢は手慣れた手つきで、それらを洗濯機に放り込む。勇者も上着を脱いで受付嬢に手渡した。

 聖水が洗濯機に注ぎ込まれてゆく。魔法を取り除く特殊洗剤とともに。


 だが、誰かを忘れていないか。


 そう、勇者のポケットに入ったコチカだ。

 バイコーンとの戦いを終えた後、勇者がポケットの入り口のボタンを閉めてしまったせいで、コチカは外に出れなくなってしまっていた。体を元の大きさに戻そうとしても、コチカはその呪文をまだ知らなかった。


「いやーんっ、助けてえぇっ!! 魔法を落とす特殊クリーニングなんかされたら、私の魔力も全部なくなってしまうっ。下手をしたら聖水の中で溺れ死ぬうぅ!!」


 コチカが大声で叫んでみても、小さくなった体から出た声は小さすぎて、外には届かない。

 ……が、その時、勇者の上着を手にした受付嬢が怪訝そうな顔をしたのだ。


「あれっ? 勇者さま、上着のポケットに何か入れてました?」

「……え? 入れてなかったと思うけど」

「でも、何かが指に触れますよ」


 受付嬢がポケットを開けて、中身を確認してみると、そこから出てきたのは、青い顔をしたコチカだった。


「ほぅら、入ってたじゃないですか。クリーニングの前にはよくポケットを確認してくださいね。もう少しでコチカさんを洗濯機で回してたところでした」


 受付嬢はそう言って、にこやかに笑った。


 コチカにとっては、まさに危機一髪の救出劇。受付嬢から受け取った小さな少女手のひらに乗せると、勇者は目を丸くしているコチカに向かって優しく言った。


「コチカ、ありがとう。ポケットの中から防護魔法をかけて、僕をバイコーンから守ってくれたのは、君だったんだね。もう、君は立派な魔法使いだよ」


 勇者の言葉を聞いて、コチカは嬉しくてたまらなくなってしまった。そして、彼のような善良で素敵な男性がバイコーンに食べられてしまわなくて、本当に良かったと心から思った。


*  *


 その後、コチカは僧侶に小さくなる魔法を解いてもらって、元の大きさに戻ることができた。コチカには出来ない魔法がまだまだ沢山あったが、勇者は笑って言った。


「大丈夫。コチカは色々な経験を積んで、魔法を覚えてゆくタイプなのが、ぼくにはわかったから」


 彼女の魔法修行はまだ旅の途中だ。けれども、勇者一行は、その後は、どんな困難なクエストでも、コチカを一行から外すことはなかった。


 *  *


 それから10年と10ヶ月が経ったある日、

 大魔法使いとなったコチカと勇者一行は、魔王討伐のクエストに挑むべく魔王城へ向かう旅に出た。

 コチカは、かつての未熟さは消え失せて、自信と威厳に満ちた美しい女性に成長していた。先頭を行く勇者は後ろを振り返るとコチカに熱い眼差しを送った。そして、声高々に言った。


「さあ、魔王を討ち滅ぼそう! 」


 危機一髪の修羅場を何度も通り抜けてきた彼らに迷いはなかった。行け、勇者一行! 世界の平和はもう真近だ。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

危機一髪! ポケットの中の魔法使い RIKO @kazanasi-rin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ