本の中に綴られる文字は時を重ねて人々に読みつがれてゆくうちに不思議な力を持つようになる。
作中で語られるこの言葉は、この物語の設定と相まって読者を惹きつける説得力を持っている。
主人公の弟、京志郎が作ったジオラマの世界を、自信のない魔法使いシーディと、百合香は冒険する。その中で出てくる魔法や、ナイチンゲールの物語などといった現実世界とのつながりなど、謎がたくさん散りばめられた本作は、物語が進むごとに耽美で箱庭的な世界観と相まって、どんどん深化していく。
中でも特筆すべきはキャラの魅力だろう。主人公の百合香は、恋多き乙女で、ジオラマの雪だるまや弟の京志郎にすら心臓を高鳴らせてしまうほどの女の子である。
物語の全体的に、少女漫画や童話的な成分を含む一方、実家に隣接した図書館に作られた精緻なジオラマ部屋や流星刀などの男心をくすぐる要素が入っているのも本当ににくいなと思う。
総評して、仕掛け絵本にしたら面白い物語だろうなと思いました。
現実世界から干渉できる世界、っていうのも設定としてはめちゃくちゃ面白いです。そして、ジオラマの登場人物が、現実から干渉できない世界を作ろうとして、ジオラマ世界を拡張しようとしたことも。
製作者の手から離れて、作られた物語の世界が拡張していく。これは、作者にとっては嬉しいことのように思います。
以下、2023年2月6日追記
最後まで読みました。物語のファンタジーに入る経験を子供の頃に経験できた僕は幸せだったんだな。それは、現実に向き合う大人になってからも、僕の中ではあの日の物語は続いています。
この物語を読んで、幻想に身を委ねる幸福を思い出しました。
「異世界ファンタジー」というジャンルの小説を初めて読みましたが、短編で1話ごとの字数が短めということもあり、比較的すんなり読めました。
異世界(ジオラマの世界)でのやり取りもなかなか興味深いのですが、本作はそれよりも、現実世界での諸々のほうが気になるかもしれませんね。
日本では珍しい地下階のある家(それも地下にバスルームがある)、その家と図書館がつながっている謎な構造、不登校の弟、そして図書館の(一度も姿を見たことがない)館長。
特に、図書館の館長は作者曰くキーパーソンらしいのですが、本編では出て来ず。続編ができればそこで登場するかもしれませんね。
別の長編を読んでいても感じましたが、作者さんは海外の芸術や文学への造詣が深く、本作では、オスカーワイルドの『ナイチンゲールと紅いバラ』がキーになっています。私はよく知りませんでしたが、わりと有名な童話らしいですね。
女性主人公でサクッと読める短編ファンタジーをご希望の方におすすめです。