13 大団円




橈米と愛雷がここに来てひと月ほどになる。

海外で働く手続きは全て行った。


そして会社や引っ越した地域も日本人が結構多かった。

なので不便はあまり感じなかったが、

やはり海外は海外だ。


愛雷は殆ど英語が話せず少しばかり困った事もあったが、

橈米は堪能だったのだ。


「俺はボンボンなんだよ。

腹もボンボンだがな、ははは。」


と橈米は笑う。

そして調子の良い男だが案外と受けが良かった。

日本よりむしろ海外の方が橈米は自由な感じだった。


そして愛雷もそんな橈米を見て驚き、

自分も解放された気がしたのだ。


外国でも遠慮と言う言葉はある。

だが日本とは違う。

皆は笑ったり怒ったり感情が日本より自由だった。

彼女もずいぶんと楽になった。


ある時だ。

橈米と買い物に出た時だ。

彼女はいきなり首根っこを掴まれた。

強盗だろうか、

彼女は鞄を振り上げて後ろを見た。


そして驚いた。


「玉子……、」


そこには波留とよく似た顔立ちの女性がいた。

波留が歳を取ったらこんな感じになるだろう。

なかなかの美人だ。


「愛雷、どうしてここにいるんだ。」


玉子は露骨に不愉快そうな顔をして愛雷を見て

どすの効いた声で言った。






「知り合いなのか、こんなところで会うなんてな。

驚き桃の木山椒の木だな。奇遇だな。

木と奇だぞ、ははは。」


と橈米は二人をカフェに連れて行きゆっくり話せとその場を離れた。

どこかの女性を見に行くかもしれないと愛雷は思ったが

今はそれどころではない。


目の前にはきつい顔をした玉子がいるのだ。

彼女はどこかにラインをしていた。


「おい、お前どうしてこんな所にいるんだ。」


玉子はスマホから顔を上げて愛雷を見た。

愛雷も彼女を睨む。


「仕事で来たのよ。

あんたこそ、どうしてここにいるのよ。」

「仕事?お前仕事をしてるのか。裏の仕事か。」

「違うわよ、輸入と輸出に関係してるちゃんとした仕事よ。

さっきの男はあたしの旦那。」

「お前結婚したのか。」

「そうよ、社長夫人よ。」


玉子が少し驚いた顔をした。


「あんたこそ、答えなさいよ。

それであんたの娘、波留って子でしょ。」


玉子の顔が愕然となる。


「お前、なんで波留を知ってるんだ。」

「私の甥っ子と1年ぐらい前に結婚したよ。」

「マジか……、」

「なんで玉子が知らないのよ。親でしょ?」

「いや、その……、」


玉子が少しばかり戸惑った顔をする。


「実は1年ぐらい前まで記憶喪失で……、」


愛雷がぽかんとした顔になってから

げらげらと笑い出した。


「あんた何言ってんの、そんな安っぽいドラマみたいな事言って

誤魔化すつもり?」

「いや、その、本当なんだよ、

昔私も結婚を約束した人がいたんだが結婚前に死んじゃってさ、

その時お腹に波留がいたんだよ。

しばらく一人で育てたんだけどどうしてもお金が欲しくて、

母ちゃんに波留を預けたんだ。」


愛雷は黙って聞いている。

昔はムカつくほど嫌いな女だったが、

どうもかなり苦労した様子だ。

聞く限りは自分より大変だったようだ。


「それでさ、しばらく漁師をやったんだよ、

それで海に落ちちゃって行方不明になって、

そこからは私は記憶がなくなっちゃって、

かなりの沖で外国の船に助けられて、

そのまま海外に向かったら海賊に襲われてさ、

それでしばらく海賊してたんだけど、

それじゃあだめだと宝石を掘るようになったんだよ。

そこででっかいサファイヤを見つけたらそれごと攫われちゃってさ、

気が付いたら中近東にいて、

その後石油関係の仕事をしている家で召使として働き出したんだ。

そうしたらそこの爺さんの肩こりが酷くてさ、

肩を揉んでたら気に入られちゃってそこでずっと働いていたんだけど、

一年ぐらい前に鷹狩をやっている時に鷹が落とした鳥が頭に当たっちゃって、

そこで記憶が戻って全部思い出した。」


愛雷はそれを聞いてただぽかんとしているだけだった。

返事のしようがなかったのだ。

それを見てしばらく玉子も黙っていたが、


「その爺さんと結婚して新婚旅行中。」


とぼそりと言った。

愛雷がゆっくりとした動作で水を飲み

大きなため息をついた。


「……あのさ、それってマジなんだよね。

嘘じゃないよね。

と言うかあんたは嘘をつくタイプじゃないし。」

「お前と違ってな。」

「うるさいな、そりゃあたしは悪かったけどさ、

今はそんなに悪くないわよ。

それよりあんた、」


愛雷が玉子を見た。


「子どもに連絡してやらないの?

一度波留ちゃんに会ったけどあんたそっくりだったよ。」


それでかなりびびった事は言えないと愛雷は思った。

それを聞いて玉子が複雑な顔をする。


「そうなんだけどさ、記憶が戻ったのは1年ぐらい前だろ。

20年ぐらいほったらかしだったんだ。

今更母親面して顔を出せない気がして。

どうせ怨んでいるだろうし。」

「まああたしはちらっと波留ちゃんは見ただけだから

よく分からないけど、」


愛雷が真剣な顔をする。


「一度でいいから連絡してみたら。

それぐらいはした方が良いと思うわよ。」


玉子が意外そうな顔をした。


「お前、どうしたんだ、まともな事を言うなんて

なんか裏があるんじゃないか。」

「うるさいわね、裏なんかないわよ。」


と愛雷も自分で言いながら不思議な気がした。

そして彼女はスマホを取り出した。


「ほらあんたも出しなさいよ。

日本のあたしが前いた会社の電話番号。

住所はこれよ。

今は波留ちゃんの旦那の彬史ってのもいるはずよ。

そしてこれが彬史の番号。家の住所はこっち。」


玉子は彼女に言われるままスマホに記録した。


「そしてこれがあたしの番号。」


苦虫を潰したような顔で愛雷が言った。

玉子も苦笑いする。


「ほんとどうしたんだ、お前。親切すぎて気持ち悪い。」

「自分でもそう思うわよ、

でもこんな所で会ったのも何か意味があるのよ。

それに……、」


愛雷がちろりと玉子を見た。


「あんたの旦那、石油関係なんでしょ?

ビジネス的にも美味しそうだし。」


玉子の顔がさっと変わる。


「お前、うちの旦那に手ぇ出したらコロす。」

「どうしようかなぁ。」


愛雷の顔をきつい顔で玉子は睨んだ。


「お前は意地が悪くて人を虐めてたがな、

一番許せなかったのは貞操観念ゼロって事だ。」

「だってぇ、あたしきれいだし、もてるしぃ。」

「下半身だらしねぇ奴は大っ嫌いだ。」

「でもあんただって記憶の無い時にあれだけ

色々あったんならヤッたんじゃないの?」

「いや、私は昔の旦那と今の旦那だけしか知らん。」


玉子は腕組みをして言った。

愛雷は昔彼女の弟を襲った事を思い出した。

玉子は竹刀をもって執拗に愛雷を追いかけて殺しかけたのだ。


「だからあたしがあんたの弟に迫った時に

あれだけ怒ったのか。」

「あ、あれはちょっと事情が違う。」

「えっ?」

「実は弟はゲイだったんだ。女がだめだったんだよ。」


愛雷は彼を思い出す。

いわゆる紅顔の美少年と言う感じだった。


「弟はなそれですごく悩んでいたんだ。

狭い村だからな、それを人に知られたらどうしたらいいんだとか。

私だけがそれを知っていたんだが、

お前があんな事をしたから暴行と女に迫られたと言う

二重の意味で酷い暴力を受けたんだ。

だから私は本当にお前をコロす気だった。

弟をひどく傷つけたからな。」


愛雷はため息をつく。


「それは悪かったわ。

私もその頃は歯止めが効かなかったし。」

「でもその後弟も自分の性癖はそのままだと悟ったようで、

高校を出て街に行ってその道に進んだんだ。

だから私も着いて行った。

村にも住みにくくなったし心配だったからな。

それからは弟はその世界で頑張ると言ったよ。」

「弟さんとはあれから会ってるの?」

「波留を田舎に預けてからは連絡を取っていない。

その後私は行方不明だからな、今は何をしているか分からん。」


愛雷は玉子を見た。


「だったらさ、日本に戻って色々と連絡しなよ。

弟さんにも謝ってよ。悪かったって。」


その時カフェに一人の老人が入って来た。

玉子が彼を見ると手を挙げた。


「さっき連絡したんだ。旦那だ。」


その老人はにこにこしながら二人に近づいて来た。


「タマコ、この方は?」


流暢な日本語だ。


「私の昔の知り合いの人なの、愛雷さんと言うのよ。」


玉子の口調が少しばかり変わる。

心の中で苦笑いしながら愛雷は立ち上がり手を差し出した。


「愛雷と言います。玉子さんと偶然出会って。」


彼はにっこりと笑った。


「こんなところで会うなんて縁があるのですね。

ワタシもお会いできて光栄です。」


優しそうな人だ。


「日本語がお上手ですね。」

「ああ、ワタシは大学教授をやっていまして、

日本に長い間いたんです。今は引退しましたが。」

「お仕事は石油関係とお聞きしましたが。」

「ええ、ワタシの兄弟がやっていてお手伝いをしています。」


なかなか知的な人物らしい。

そして愛雷の色欲センサーは全く反応しなかった。


しばらく三人は話をして店を出た。


玉子が愛雷に近づき小声で言った。


「ともかく一度日本に行ってみる。教えてくれてありがとうな。」

「そうしたら。

それにあんたの記憶が戻ったのって1年前でしょ、

波留ちゃんが結婚したのも1年ぐらい前だし。

なんかあるのよ。」


玉子がはっとした顔になり、愛雷の腕をばしりと叩いた。


「そうだな。」

「でさ、お願いがあるんだけど。」


愛雷が手を合わせた。


「波留ちゃんに会っても昔の事は言わないで。」


玉子はにやりと笑った。


「世話になったと言っとくよ。」


と彼女は言うと夫と二人で歩いて行った。

愛雷はその姿を見送る。


「びっくりしたなあ、こんな事があるのねぇ。」


彼女は玉子が言った彼女の話を思い返していた。

とても本当とは思えないが、

玉子は嘘は言わないだろう。


そして、


ふと彼女が橈米を探して周りを見ると

彼はゴージャスな感じの女性と店先で楽しそうに話をしていた。


「ふぅん。」


彼女は興味深げに鼻を鳴らすとそこに近づいた。

二人が彼女に気が付く。


そして橈米の顔が凍った。


「あらあ、楽しそうでいいわね。」

「ああ、その、愛雷、彼女と話が弾んでね。

ぴょーぴょーんってさ。ははは。」


愛雷はにこにこと二人を見ている。

そして橈米と話をしていた女性も笑いながら何かを話しているが、

話している内容は愛雷には全く分からない。

橈米はその間でそれぞれの言葉でご機嫌を取っているようだ。

だが二人の女性の間では目に見えない火花が飛び交っていた。


愛雷はにこにこと笑いながら言った。


「あたしの男に愛想笑いするんじゃないわよ。」


彼女にその言葉の意味は分かったかどうかは不明だ。

だが気持ちは通じたのだろう。

その彼女の顔色が怒りか赤くなった。


だがその時、橈米の顔が急ににやけた。

そして彼は話をしていた彼女に向いて何かを言うと手を振った。


「じゃあ、愛雷、帰ろうか。」


愛雷がその彼女を見ると少しばかり悔しそうな顔をしている。

橈米が愛雷に肘を差し出した。


「良いの?置いて行って。」

「ああ、どこかに連れて行って欲しかったみたいだが

丁重に断ったぞ。」


橈米が真剣な顔で愛雷を見た。


「お前の男が別の女と出掛けちゃだめだろ?」


愛雷は彼を見た。

彼女は彼の肘に手を添える。

そして身をかがめて耳元で囁いた。


「よその女に目を向けたから今夜はお仕置きするわよ。」


橈米の目がとろんとなる。


まあそう言うのも愛の一つの形である。





そしてひと月後、


彬史が慌てた様子で波留に電話をかけて来た。

波留は少しばかり調子が悪く自宅にいた。


『お前のお母さんの玉子さんが会社に電話をかけて来た。』

「えっ!」


思わぬ言葉で波留はソファーに横になっていたがぱっと起き上がった。

ここのところ気持ちが悪くて仕方がなかったが、

それを聞くとそんなものはどこかに行ってしまった。


「う、嘘でしょ?」

『僕は会った事はないし分からないけど、

ハルが昔いた村とか話したよ。

それで外で一度会いたいと言われたけど、

今ハルは調子が悪いだろ。

そう言ったらそちらに行くと言われたんだ。』

「え、えええ、どうしよう、どうしたらいいの?

本当にお母さん?信じられない。」

『今玉子さんはご主人と駅にいるらしいんだ。

だから今から父さんが迎えに行く。

僕は今から家に戻るから、ちょっと待ってて。』


と電話が切れた。

ハルは立ち上がり慌てて身支度を始めた。

気持ち悪いどころではなかった。


「お母さん……、」


彼女は記憶の奥底から母親の顔を思い出そうとした。

だが薄ぼんやりとしている。

そしてどうしてずっと戻って来なかったのか。

それを考えると複雑な気分だった。


やがて彬史が帰って来る。

そしてすぐに玉子がやって来た。


二人は顔を合わせた。

どう見ても親子だ。

そっくりだった。


玉子は優しそうな老人と一緒に来た。

話を聞くと夫らしい。

1年ほど前に結婚したそうだ。


「僕達と一緒の頃だな。」


彬史が言う。

玉子は泣きながら波留に詫びた。

そしてどうして玉子がずっと行方不明だったのかそれも聞き、


「何だか信じられないけど、

それでは連絡も取れないよね……。」


と波留はため息をついた。


「本当にあんたとお母ちゃんには悪い事をしたと思ってる。」


玉子はハンカチで涙を拭いながら言った。


「お母さん、今は体は良いの?」

「うん、お陰様で健康だよ。」


波留は玉子の隣にいる老人を見た。

波留には義理の父となるのだろう。

彼は彼女を見るとにっこりと笑った。


「ワタシにこんな可愛い娘が出来て本当に嬉しいです。

そしてこんな立派な親戚も出来た。」

「いや、こちらこそびっくりですよ。

もうご引退されたと思っていましたが、

ここでアーキルさんとお会いできるなんて。」


博倫が笑って言った。

どうもそのアーキルと博倫は知り合いらしい。


「引退しましたが、だからタマコと結婚できたんです。

彼女は優しくて素晴らしい。」


アーキルは波留を見た。


「そしてもうすぐ孫ですか。」


波留が嬉しそうに笑った。


「そうです。3ヶ月です。」


皆もにっこりと笑った。


「びっくりしたけど私も嬉しいよ。大事にするんだよ。」


玉子が優しく言った。


二人はしばらく日本に滞在するようだった。


「お母さん、また来てね。」

「当たり前だよ、本当に悪かったね。」

「もうそれは良いよ、話したい事がいっぱいあるから。」


とその日は二人は帰って行った。


「でも叔母さんが僕達をお義母さんに教えたなんて

なんかすごくびっくりしたよ。」


と彬史が言った。


「愛雷さんにはすごくお世話になったって言っていたよね。

仲が良かったのかな。」

「どうかなあ、よく分からないけど

僕は叔母さんを避けていたけどちょっと考え直さないとな。」


彼は真剣な顔で言った。

それを見て博倫が苦笑いをする。


「まあ、そう無理するな。」


彼は波留を見た。


「それでお母さんに良かったら

ここに泊まりませんかと言ってみたら。」

「えっ、良いんですか?」

「部屋は余ってるし、寝具とかはレンタルすれば良いだろ?」

「そうだな、ハルも今はちょっと調子が悪いだろう。

助けてもらえよ。」

「そうね、話もいっぱいしたいし。」


皆は居間のソファーに座る。


「もう会社には戻らなくていいみたいだから

晩御飯は何かとろうか。

ハルは食べられそう?」

「なんかすごくびっくりしちゃって、

気持ち悪いのはどこかに行っちゃったよ。」


ははと笑いながら博倫がテレビをつけると

トーク番組をやっていた。


「あ、このドラァグクイーンの人、すごく面白いよ、

それに綺麗だし。」


派手な化粧と衣装で笑いながら話をしている

ドラァグクイーンが画面にいた。


「それにね、すごく涙もろくてすぐ泣くの。

なんかいい人みたいだよ。」

「ああ、知ってる、面白いよな、この人。

それで晩御飯は何にする?父さんは何が良い?」

「どうしようかな、波留さんが食べられるものが良いだろう。」

「お父さんの好きな物で良いよ、そしたらピザ?」

「波留さん、食べられるのか?」

「パイナップルが乗っているのが食べたいな。」

「じゃあハワイアンだな。僕が頼むよ。」

「「よろしく~」」





ピザなだけに全てが丸く丸く収まったようあります。


大団円と言う事で。







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奥様は波留 ましさかはぶ子 @soranamu

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