12 霊的なものが存在するかしないか信じるのはあなた次第で なんかいるかもとぞっとした時にそう言うものを除外する方法はいくつもあるが 一つぐらいは覚えておいた方が精神衛生上有益だと思う
「このドレスかなあ。」
と写真館で彬史と波留の二人がドレスを見ている。
彬史のタキシードはすぐに決まったが
やはり女性のドレスはなかなか決まらない。
「あなたは細身だからサイズはそんなに気にしなくて良いと思いますよ。
少し大きめでも調整しますし。」
ここは写真館だ。
二人は式は挙げないが写真だけは撮ろうとここに来たのだ。
そして今日は衣装決めの打ち合わせだ。
プランナーがウエディングドレスを見せた。
「いかがでしょうか。」
「ハルならどれを着ても似合うと思うけど。」
「そうかなあ。」
と彬史がにこにこと波留を見た。
その二人をプランナーがほうとみる。
プランナーは心の中では
(美男美女、羨ましすぎるぜ、もげてしまえ)
と思いつつにっこりと笑った。
「とてもよろしいと思いますよ。
さあ、素敵なドレスを選びましょうね。」
と二人は嬉しそうにドレスを見る。
プランナーは二人を見ながらふと思う。
この仕事はなかなか気を使うがやって来るのは
幸せそうな人ばかりだ。
大変だがやりがいのある仕事なのは確かなのだった。
そして数か月後、
二人のウェディングフォトアルバムが出来る。
「うわぁ、やっぱりプロが撮る写真は違うね。」
と波留が歓声を上げながらページをめくっていた。
その隣で彬史も一緒に見ている。
その写真では
波留は白無垢と色打掛、ドレスは白と薄いピンクの物を着た。
式を挙げていない分、写真は少しばかり奮発したのだ。
白無垢は綿帽子を被り、色打掛は赤地の伝統柄だ。
そして白いドレスは後ろに長くトレーンを引いたマーメイドスタイルのもので、
カラードレスは裾から薄いピンクがグラデーションになっている。
「でも本当にハルは綺麗だなあ。」
彬史が写真を見て言った。
「でもアキもタキシード格好良いよ。」
彬史は薄いグレーの和装と白のタキシードだ。
「こういう時は男は添え物だからね。」
だが着付けの時に女性スタッフがちろちろと彬史を見ていた。
そして波留は横目で彼を見る。
「でも格好良かった……。」
彬史が波留に顔を寄せる。
「背広マニアのお嬢さんに合格点は頂けますか?」
「10点……。」
「えっ!たったの?」
「違う、10点満点で。」
彬史がにやりと笑った。
相変わらずバカップルである。
その時彬史に電話がかかって来た。
「ああ、父さん、久し振りです。
え、こっちに来るって?
いつですか?
……、
明日ですか、ええ、僕も行けますけど。
はい……、」
彬史がしばらく話をして電話を切った。
「どうしたの?お父さん、来るって?」
「うん、明日来るけど叔父と会うから一緒に来いって。」
「叔父さんって橈米さんだよね。」
彬史の顔が暗くなる。
「父さんの話しぶりでは叔母さんは来ないと思うけど。」
「愛雷さんね。」
「うわあ……。」
彬史は名前を聞くのも嫌なのだろう。
「それでお父さん、ここに来るって?」
「あ、ああ、多分来ると思うけど夜はホテルを取ったから
そちらに行くって言ってたよ。」
「気を使ったのかな。」
「多分ね。」
翌日彬史が朝早く出て行った。
「多分今日一日潰れると思う。」
「良いよ、私も今日は仕事だし。夕飯は外で食べようか。」
「また連絡するよ。」
と二人の朝は過ぎた。
そしてその夕方、波留が帰りかけると
『非常に込み入った話になった。自宅で食事にするよ。』
彬史から連絡が来た。
波留が何事かと家に戻るとテーブルにはピザが3枚置いてあった。
しかもLサイズだ。
そしてテーブルには彬史によく似た白髪頭の男性がついていて、
にこにこと笑いながら波留を見た。
「おお、波留さんか、悪いな、勝手に上がっちゃって。」
波留はぺこりと頭を下げた。
「初めまして、波留です。」
「写真は見たが可愛いなあ。彬史は面食いだな。」
と博倫が笑った。
「ごめんな、ハル、思った以上に重大な話だったんだ。
長くなりそうなので家に誘った。」
「それは良いけど、そんなに大変な話なの?」
少し心配そうに波留が聞いた。
「実は叔父さんがやっている会社なんだけど、」
彬史が博倫を見た。
「橈米が海外に拠点を移すと言い出したんだ。」
「外国ですか。」
博倫がピザを一切れ手にした。
「山だとなかなか食べられないからな、頼んでもらったよ。」
と彼は一口ぱくりと食べる。
それを見て二人も食べ始めた。
「こうやって一緒に手で食べると早く仲良くなれるんだよ。」
と博倫が言った。
「まあ海外に拠点を移すと言っても、
今の会社と関係がある所で、もともと海外にある会社だ。
こちらの会社と提携するので、
橈米と愛雷さんがあちらに行くと言う話なんだ。」
「それで父さんが
彬史はにこにことしている。
あの愛雷が海外に行くのだ。
そうなるとおいそれとこちらに来られなくなるからだろう。
「それでな、彬史と波留さんに相談があってな、
それで今日は彬史にも来てもらったんだ。」
「私ですか?」
波留は不思議そうな顔をする。
「彬史にも仕事を手伝って欲しいんだ。
私は前にも社長をしていたが、辞めてからもう何年も経っているだろう。
だから何かあってはいけないと彬史にサポートして欲しいんだ。
となると今の仕事を辞めてもらわなきゃいけない。
今は二人は結婚しただろ?
だから勝手に決めるわけにはいかないから、
波留さんとも相談して欲しいと。」
波留は彬史を見た。
「アキはどうしたいの?」
彬史がぱくりとピザを食べる。
「僕は父さんを手伝いたいと思ってる。
高校生の時の僕は役に立たなかったけど、
今なら十分役立つと思う。」
彬史はしっかりとした顔で言った。
それは間違いないだろう。
彬史はかなり仕事が出来る。押しも強い。
「でも彬史だけで勝手に決めるのはいけない。
転職するにしても波留さんの意見も聞かなくては。
だから今一緒に食事をしているんだ。
二人が納得しないとだめだからな。」
波留の目の前の二人は穏やかに話をしている。
よく似た顔立ちだ。
そして性格も似ているのだろう。
「そうですか、
そのような事情なら良いですよ。」
波留はそう言うと彼女もピザを一口食べた。
それを聞いて二人は意外そうな顔をした。
あまりにもあっさりしていたからだろう。
「良いってそんなに簡単に決めてハルは良いのか?」
「だって、多分私が嫌だと言ってもアキって強引でしょ?
いつの間にかそうなってるもの。
それに悪い話じゃない気がするの。」
博倫がははと笑い出した。
「強引か、頑固者だろ。」
「そうですね、こうと決めたら絶対に譲らないから。
それに目的を果たすためには努力は惜しまない。」
「そうだな、私が会社を辞めた時も一緒に来いと言ったが、
行かないとそれだけは譲らなかったものな。」
と博倫が笑った。
「それでひどい目に遭っただろ。」
と博倫が彬史を見た。
「父さん、その、」
「あの後、息子に何をしたって橈米を殴ってやった。」
「そ、そうなんですか、知らなかった。
父さんも人を殴るんですか?」
「そりゃそうだろ、息子を傷物寸前にされたからな。
それで金を出させてここを買わせた。」
彬史は思い出す。
高校生の恐ろしい出来事のすぐ後に、
叔父の橈米から家を出ろと言われてこのマンションに移った。
「父さんが買わせたんですか。叔父さんが自分で用意したと思ってた。」
「慰謝料だよ。
ずっと黙ってたが、
嫁さんを貰って仲良くしているみたいだったから、
傷は少しは癒えたかと思ってな。」
彬史と波留が顔を見合わせて笑った。
「それでどうする?
波留さんは良いとは言ったが少し考えた方が良いんじゃないか?」
いつの間にか皆はピザを食べ進めて結構減っていた。
「ハル、」
彬史が真剣な顔で波留を見た。
「もしかすると仕事が行き詰まったら
ハルにも手伝って貰わなきゃいけなくなるかも。
だからいずれは仕事を辞めてもらうかもしれない。
それに今までみたいに自由は無くなる。それでも……。」
波留が彬史を見た。
「それでもいいよ。
アキと会ってから私の運は向いているから。
私のどん底は子どもの時だよ。
だからもう下がる事なんてない。
アキがやりたいのなら応援するよ。」
波留は彼を見てにっこりと笑った。
博倫はそんな二人を見て嬉しそうにしていた。
「波留さん、ありがとう。
彬史を大事にしてくれて私は嬉しい。」
彬史は波留の手をそっと握った。
食事も終わり夜になると彬史が博倫をホテルに送った。
「お父さん、ここに泊まればいいのに。」
「いや、キャンセル料が出るからな、今夜はあっちに行くよ。」
しかし、博倫がちろりと波留を見た。
「でも明日泊まっても良いかな?」
その顔は彬史そっくりだった。
思わず波留が笑う。
「良いですよ、用意しておきます。」
「じゃあ、ハル、行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。」
と二人は出て行った。
「親子なんだな……。」
波留は父親の顔を知らない。
そして母親の顔もぼんやりとしか覚えていない。
義理ではあるが彬史以外の身内は博倫ぐらいだ。
なので波留にとって博倫は父親で大事な人だ。
「橈米さんがいるけど、あの人は良いや……。」
と波留はぺろりと舌を出した。
そしてこれからの事を彼女は思う。
また大きく運命が変わりそうなのだ。
そして今度も良い方向に向く予感がある。
ずっと一人で生きて来て一人ぼっちでこの街に来た。
あの日、上からトランクスが降ってきた時から
波留は一人じゃなくなった気がした。
そしてボロアパートの床が落ちた時に一番に来た彬史を思い出す。
住むところが無くなりそうな時に助けてくれたのも彬史だ。
彼の友達とも仲良くなり、仲間も増えた。
ともかく彬史に会ってから楽しい事が続いている。
それは全て彬史のおかげだろう。
そしてそれを波留はいつかは返さないといけないと思っていた。
それが今なのかもしれない。
夫婦になったとしても貰うばかりではだめなのだ。
一緒に歩いて行くのだ。
「さあ、明日お父さんが泊まるなら準備しないとね。
お布団余分に買っておいてよかった。」
と彼女は奥の押し入れに向かった。
やがて彬史と波留はマンションから引っ越した。
元々彬史が住んでいた屋敷に移ったのだ。
橈米と愛雷はかなり前に海外に拠点を移していた。
そこには博倫も住み始めていたので同居する事になったのだ。
「波留さん、元気でね。」
隣の藤原に挨拶に行くと少しばかり涙ぐみながら彼女は言った。
「あのモールで働いているから良かったらまた来てね。」
「うん、行くよ。あのブランド私も好きだもの。
「ありがとう。」
波留の足元に由愛がやって来た。
彼女は腰を下ろして由愛をそっと抱いた。
「あー、子どもってどうしてこんなに可愛いんだろう。」
藤原が笑う。
「そのうち波留さんも縁があれば子どもが出来るわよ。」
「そうかなあ。」
彼女は優しい顔をした。
「焦らずのんびりと待つの。そのうち来てくれるわよ。」
「なんか懐かしいなあ。」
屋敷に着くと彬史が言った。
多分10年ぶりぐらいだろう。
橈米と愛雷がここを出る前にハウスクリーニングを頼んだのか、
思ったより綺麗だった。
「まあ思ったよりちゃんとしていたみたいで良かったよ。」
と博倫は言ったが、3階の屋根裏部屋のような所に
彬史と波留が入った時は何だか妙な気配がした。
「そう言えばここでお仕置きしてたとか……。」
白い顔をして彬史が呟いた。
「あのさ、アキ、消臭剤まこうか。」
「消臭剤?」
「びっくりするほど極楽気分と叫びながらまくと除霊できるって。」
「えー、極楽気分ってそんなので良いのか。」
だが二人が消臭剤をまきながら呪文を唱えていると
何事かと気が付いた博倫が上って来てそれを見た。
一瞬二人の動きが止まる。
だが彼も消臭剤を波留から受け取り話を聞いてまき始めた。
しばらく三人で踊るとげらげらと皆が笑い始めた。
「除霊完了だな。」
博倫が笑うと彬史と波留も笑った。
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