11 女には人に言えないすごい過去があってもう一人の女にも過去があって 出会った瞬間世界が変わるなんて大袈裟なRPGみたいだけど 一人の女は決心した




彬史と波留がスナック「ヒナトリ」の扉を開けた。

するとカウンターには橈米どうまい愛雷あいらが座っていた。


彬史は二人を見た瞬間硬直する。

橈米と愛雷はそれを見てニヤリと笑った。

カウンターの中でヒナトリが気の毒そうな顔をして彬史を見た。


「どうしたの、アキ?」


と立ったままの彬史の後ろから波留が顔を出すと

愛雷の顔がそのまま凍った。


「おお、彬史久し振りぶりぶりぶりだな。ははは。」


とげらげら笑いながら橈米が言った。


波留はカウンターの二人を見た。

彬史の話によく出てくるあの人達だと彼女は直感で分かった。


「あ、ああ、叔父さんと叔母さん、ご無沙汰しています。

その……、」

「こっち来いよ、紹介しろよ、お前の嫁さん。」


と橈米が言う。

彬史は仕方なく彼に近づき橈米の隣に座った。


「バカ野郎、気が利かねーな、嫁さんは俺の横だろ?」


と彼が言った時だ。

橈米を押しのける様に愛雷が二人を見た。


「ぐえっ。」


カウンターのテーブルに橈米は押し付けられてカエルのような声を出した。


「ねえ、あなた、お名前なんて言うの?」


愛雷が波留を見た。


「あ、あの、波留と言います。」

「苗字は?」

「築ノ宮です。」

「違うわよ、旧姓。」


波留は不思議そうに彼女を見た。


「まさか、中島じゃないわよね。」


波留は驚く。


「どうして知ってるの?」


それを聞いた愛雷の顔色が変わる。


「お、お母さんの名前は?」

玉子たまこです。中島玉子。」


それを聞いた途端、愛雷の顔にマンガでは縦線入るような

真っ青な顔になった。


「あ、あらそう、結婚おめでとう。ほら橈ちん、帰るわよ!」

「え、ええ?なんでだよ。」


と愛雷は慌てて橈米の首根っこを持って席を立った。


「じゃ失礼するわ。」

「愛雷さん、お支払いは、」


ヒナトリが二人に言う。


「つけといて!」


二人はあっという間に店から出て行った。

残された三人はあっけにとられた顔をしている。


「つけと言ってもずっと溜まってるんだけど……。」


ヒナトリがぼそりと言った。






店を出た橈米と愛雷は速足で歩いていた。


「お、おい、待てよ、なんだよ、

からかってやろうと言ったのはお前だろ。」


だが愛雷は何も言わずずんずんと歩いている。

橈米はこんな慌てた様子の愛雷は初めて見た。




愛雷は昔この街ではないある村に住んでいた。

小さくはないがそれほど大きくもない。

住んでいる人達は皆何となく知り合いぐらいの村だ。


愛雷は見た目は大変良い子どもで皆からちやほやされていた。

だが人を陥れる事に長けていた。

小学校でも有名だったが、

何しろ立場の上の人間には上手に取り入るので

なかなかバレないのだ。

そして中学生になってもそれは続く。


その頃だ、


「中島玉子だって。」


中学になった頃に小学生の時にはいなかった中島玉子がいた。

目元のはっきりした女の子だ。

そして新入りは大体いじめの対象になりやすい。

しかも名前は悪くはないが特徴がある。

愛雷には格好の対象だった。

その頃は彼女にはよく似たタイプの取り巻きが沢山いた。


陰で玉子は陰湿にいじめられる、はずだった。


ある時、昼下りに体育館の裏で何人もの女子が玉子を囲んだ。


「あんた、愛雷ちゃんの悪口言ったでしょ。」

「玉子なんておかしな名前。」

「よそ者のくせに。」


全く訳の分からない話だ。そして一斉に責め立てる。

普通の女の子はこれで泣き出すのだ。


だが玉子は違った。


女子の囲みを押しのけてその向こうで被害者面している

愛雷の近くに行き、

彼女の胸元を掴んで顔をぐいと寄せた。


「お前か。」


とどすの利いた声で愛雷に言った。

そして彼女の胸元を掴んだまま周りの女子を見る。


「分かってんのか、お前ら。」


玉子はどんと足を踏み下ろした。

大きな音がする。


「あたしに飽きたら次虐められるのはお前らだぞ。」


ぎろりと皆を見ると玉子は愛雷を突き放した。


そして玉子は知らぬ顔ですたすたと行ってしまった。

その場は妙な雰囲気になる。


「……なによ、あいつ。

また呼び出してはっきり言ってやりましょうよ」


愛雷が言うが皆の返事はなかった。

さっきの玉子の言葉だ。


― 次虐められるのはお前らだぞ


確かに愛雷の言うことを聞かなくなった仲間は

外れにされて虐められた。

それが嫌で皆は愛雷の言うことを聞いていたが、

それを玉子ははっきりと指摘したのだ。


やがて皆は卒業する。


玉子と愛雷は高校は別だったが卒業するとまた村に戻って来た。


だが愛雷は通っていた高校でやり過ぎた。

それは村中に広がっていて誰もが彼女を避けていた。


だが愛雷は全くお構いなしだった。

村の実力者の男達を誘惑し好き勝手をしていた。

そしてこともあろうか玉子の弟を襲ったのだ。


あわやと言う瞬間玉子が竹刀を持って現れた。

愛雷はほぼ裸のまま村中追い掛け回され、

最後には玉子にヘドロがたまった用水に突き落とされた。


時期は冬だった。

足は届いたが玉子が恐ろしい顔で用水にいる愛雷の頭を

竹刀で何度も叩いた。

騒ぎを見ていた村人もずっと着いて来ていて

叩かれている愛雷を見てゲラゲラと笑った。

それはまるで今まで愛雷が陥れた人達が

仕返しをしているようだった。


最後には村人は玉子を止めて愛雷を引っ張り出したが、

それでもにやにやと笑いながらだ。


とんでもない恥晒だ。親からは勘当され、

さすがにそんな事があっては愛雷も村にはいられなくなった。


彼女は街に出て水商売の世界に入った。

したたかで見た目も良い、ある意味天職だったかもしれない。

あっという間に店のナンバーワンとなる。

この頃はあの玉子に追いかけられたせいか

虐め気質は少しばかり大人しくなった。


それでもトラブルは起きる。

そして街を転々とし転職も繰り返してある店で橈米と出会ったのだ。


「俺はな、しゃちょーなんだぞ!」


と酔っぱらって威張る橈米は嫌われていた。

それでも客は客だ。

ある時、愛雷は橈米を接客した。


「おい、お前、えらそうな顔してるな。

クソブスのくせに。」


橈米の物言いは酷かった。だが愛雷は分かった。


橈米は虚勢を張っているのだ。


社長だった兄を追い出して自分が牛耳るようになったのは良いが、

話では会社は火の車らしい。

どう見ても会社を切り盛りできる器ではなかった。


そして愛雷は彼の隠された性癖も分かった。

彼は真正のマゾヒストなのだ。

会話で彼女が言い返すと彼の顔が変わる。

その言い方を何度も変えてみて彼の反応を探った。

間違いないと彼女は確信した。


そこからは早かった。

何しろ愛雷にとって橈米は堂々と虐められる相手なのだ。

手は出さない、言葉で攻め立てる。

どんなに罵っても橈米は愛雷から離れないからだ。

そして彼女は彼の会社も内情も知った。

もう身動きできないぐらいの崖っぷちだった。


「昔から付き合いのある中程度の会社で、

年配の社長でその人に決済の権限があるとこはどこ。」

「えーと、」


そこに愛雷は新しい秘書として橈米に着いて行った。

そして相手としばらく話をする。

すると不思議な事に支払いを一月待ってくれた。

彼女の巧みな話術とその容姿のおかげだろう。


そして会社の経済にも口を出す。

素人ながらそれは真実を得ていたのだ。

それも水商売で得た知識だ。

意外なほどその場で経済の事をしゃべる人は多い。

それを彼女はきっちりと聞いていたのだ。


要するに爆発的なパワーを持つ愛雷は

あの村を出るまではそれを持て余し、

良くない方向にその力が向いていた。


だが村から離れた時にそのパワーは違う方向に向いた。

それがたまたま橈米の会社を立て直す事になったのだ。

ほんの数年で会社の業績は上向き、

愛雷は橈米から求婚されて妻となった。


だが、時には彼女の悪い虫がむくむくと起きる。


それは彬史が高校を卒業する寸前の時だ。


彬史の悲鳴が聞こえると下着だけつけた彬史が

階段から落ちるように降りて来た。


驚いた橈米がそこに行くと階段の上には半裸の愛雷が立っていた。


まるで女王のように二人を見下ろしている。


橈米は思わず彼女に見惚れた、が、その状況は明らかだ。


「お前、愛雷に何をした。」


橈米が階段を駆け下りて来た彬史に言う。

彼の顔は真っ青だった。


「してない、されたんだ!」


階段を愛雷がゆっくりと降りてくる。


「そうよ、さあ続きをしましょう。」

「嫌だ、絶対に嫌だ!」


彬史が尻もちをつきずるずると後ろに下がる。

その時、橈米が叫んだ。


「俺の女に手を出すな!」


愛雷ははっとする。

いつもは自分の言うがままでおろおろとしている橈米だ。

だが彼は言った、俺の女と。


愛雷がぽかんと彼を見た。

橈米がそれをちらと見て俯く。

それでも呟いた。


「俺の女だ……、」


その後、彬史は橈米から家を出て行くように言われた。

そしてマンションを用意される。


「出てけ。」


橈米は言った。

彬史は何も言わずその言葉に従った。


だがそんな事があっても愛雷と橈米は別れずそのままだった。




そして中島玉子だ。


ある意味彼女は愛雷の天敵だ。

玉子は愛雷に負けていなかった。

彼女は硬派な昔で言えばスケバン気質だったのだ。


村に引っ越して来たのは親の都合もあったが、

小学校を卒業する寸前、いじめっ子達を全てボコった。

それは彼女は引っ越しが決まっていたので出来たのだ。

彼女はいじめられてはいなかったが

弱い者いじめをする者がどうしても許せなかったのだ。

教師もずっと知らぬ顔をしていた。

そして彼女は卒業式は出席せず当日引っ越しをした。


そして村の中学校では愛雷がいた。

小学校で見たいじめっ子とは比較にならないぐらいの悪い女だ。

そして彼女は仲間を引き連れていじめに来た。

だが彼女は負けなかった。


だが高校を卒業して村に戻った時に騒ぎが起こった。

彼女の弟に愛雷が手を出したのだ。

玉子は怒りで頭が真っ白になった。


結果は玉子が愛雷をぼこぼこにしたが、彼女もあの騒ぎの後村を離れた。

彼女は加害者なのだ。

子どもの時のいじめっ子を懲らしめた時とは違う。

もう大人だ。騒ぎを起こした人物として居づらくなった。


この事件は将来的に波留に響いた。

家を取られたのもそれが原因だ。


玉子は弟と一緒に村を出たがその母親、波留にとっては祖母は村に残った。

玉子の父親はその数年前に亡くなっていた。

未亡人の玉子の母親は大人しい人で、村人も彼女には同情的だった。


何年かして玉子がある時小さな波留を連れて帰って来る。


玉子はすぐに村から去った。

そして波留が高校を卒業した頃に祖母が亡くなり、

その後すぐに親戚に家を取られたのだ。

お前の母親に恥をかかされた慰謝料だと。

その後波留は仕事を転々としながら今の街に来て

衣料関係の仕事に就いた。





それは玉子の話だ。

愛雷は村を出てから玉子の事は何も知らない。


だが、彬史が結婚した波留はその玉子と瓜二つだった。

絶対に忘れない顔だ。

そして波留は言った。

母親は中島玉子だと。

そしてその玉子は愛雷が村で起こした事を全て知っている。

犯罪ぎりぎりの事もやっていたのも。


それを波留が母親から聞いたら……。


この街に来てから愛雷が昔やった事は誰も知らなかった。

だが今はそれなりに地位を得た。

自分の過去が明らかになったら……。


今は言いなりの橈米も昔を知ったらどうなるだろうか。


愛雷は橈米を小馬鹿にしている。

そして自分の思うままに出来ると思っている。


それでも俺の女と言った彼を彼女は愛していた。

そんな事を言われたのは初めてだったからだ。

おかしな愛の形だろう。

愛雷は彼を手放すつもりはない。

だが自分の過去を橈米が知ったら、

会社の名誉を守るために愛雷と別れるかもしれない。


「ねえ、橈ちん。」


ずんずん歩き続けて二人は自宅に着いた。

家に入ると愛雷が言った。


「この前言ってた海外進出、本気で考えない?」

「えっ?なんだよ、いきなり。」

「いきなりも何も今が潮時でしょ?」

「うーん。じゃあ誰に行かせる?」

「誰?違うわよ、あたし達が行くのよ。」

「お、俺達っ?」

「橈ちん、嫌なの?」

「え、あ、あー、」


彼は複雑な顔をしているが結局愛雷の言いなりだろう。

多分彼女の言う通りにするしかない。

そして橈米は妄想する。

外国では日本人とは違う女がいる、どんな……、


「橈ちん、何考えてるか分かるよ。」


愛雷が低い声で言った。


「別に何も、その、」

「他の国に行ってこの前みたいなことしたら

どうなるか分かってるよな。」

「は、はい……。」


しかし、橈米はまんざらでもない顔をしている。

多分心の中で色々と想像しているのだろう。

それも一興と思っているだろう橈米を

やっぱりあほだと愛雷は思った。





彬史と波留はヒナトリでしばらく話をしてから

家に帰った。


「一体どうしたんだろうな。」


彬史が言う。


「お母さんの名前を聞いて帰ったから

叔母さんはハルのお母さんの事を知っているんじゃないか?」

「いやー、それはないでしょ。」


と波留が笑った。


「私がばあちゃんに預けられたのが20年ぐらい前で、

確か私が中学に入る頃に失踪届を出しているのよ。」

「失踪届を出したのならもう亡くなっているって事か。」

「うん。そういう扱いみたい。

私を預けてから1年ぐらいで仕送りが止まったんだって。

それから全く音沙汰なし。

もうほんと貧乏でさ、高校に行くのがやっとだった。

じいちゃんの遺産がなかったら行けなかったかも。」

「大変だったな。そう言えばハルのお父さんは?」

「お父さんは全然知らないの。

写真も無くてばあちゃんも知らなかったみたい。

それでばあちゃんには二人子どもがいて

お母さんとお母さんの弟さんもいたけど

一緒に出て行っちゃったらしくて、

それからずっと一人だったみたいだよ。」


波留がため息をつく。


「ばあちゃんはほんと優しかったな……。

結婚したのを知ったら喜んでくれたかな。」


彬史が波留の頭を撫でた。


「おばあさんの墓参り行くか?」

「そうしたいけどあの親戚がいるし。」


波留が寂しそうに笑った。


「そうか、じゃあここで手を合わすか?」

「そんなでも良いと思う?」

「良いと思うよ。ハルは忘れてないんだろ?報告しよう。」


波留は頷いた。


「うん。」


そして二人は村の方向を向いて手を合わせた。


「ありがとう、アキ。

お母さんとお父さんにも手を合わせたよ。」

「あ、そうだな、もう一回お参りしなきゃ。」


とそんな彬史を見て彼女は笑った。


「でもなんかよく分からなかったけど、

愛雷さんってゴージャスな美人だよね。」


彬史が体を震わす。


「ハルは知らないからそう思うんだよ。

近寄っちゃだめだ。派手な花程毒があるんだ。猛毒だ。」

「そうなの?」

「ハルは可愛い花でいてくれ、頼むから。」


波留がにやりと笑う。


「どんな花が良いの?」


彬史が少し考える。


「オオイヌノフグリ。」

「ちょっと待って、

それって大きい犬のタマタマって名前でしょ?」

「そうだよ、でも可愛くて綺麗な色で僕は好きだ。」

「えーー、」


どうも波留は玉と縁があるようである。






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