10 ある場所だがそこはまるで楽園でありなかなか帰れなくなる魔法が かかるところで自分も何度か行った事があるが帰りにはどうして これを買ってしまったのかと言う事はしばしばある楽しすぎる
ある時、彬史がパソコンの前で唸っていた。
「どうしたの。」
「うーん、良いものがない。」
画面を見ると男性のトランクスが映っている。
「下着を買うの?」
「うん、派手なのが良いなと思ってるんだけど、
いまいちピンと来るのがない。」
そこには股間に世界一とかチンアナゴがプリントされた
トランクスがある。
「このチンアナゴは可愛いじゃん。」
「でもなんか違うんだよなあ。」
彬史と波留が知り合ったきっかけは
彬史が洗濯物を落としたのがきっかけだ。
それはピンク地にひよこ柄の派手なものだった。
「アキってトランクスだけはやたらと派手だよね。」
「そうだよ、そこぐらいはど派手に行かないとね。
気分が乗らない。」
彬史はサラリーマンだ。
Yシャツなのでインナーシャツは地味なものだが、
下半身はスラックスに隠れている。
そこだけ派手なのは本人のこだわりなのだろう。
しばらく二人で色々と探したが
彼にはこれと言ったものがないようだった。
「ならさ、私が作ろうか?」
波留がそう言うと彬史が驚いた顔で彼女を見た。
「作れるの?」
「ニット生地は伸びるから難しいけど
綿素材の物なら多分作れるよ。型紙も探せばあるし。」
彬史は思い出す。
波留の荷物の中にミシンがあったのを。
「洋裁が出来るの?」
「難しいのは無理だけど出来るよ。
興味があるから服関係の仕事ばかりしてた。
最近全然作ってなかったけどやってみようかな。」
彬史が彼女の前で祈るように手を組み合わせた。
「お願いします、派手なのが欲しいです。」
波留がにやりと笑った。
「よろしい、では築ノ宮、布を買いに行こうではないか。」
と二人はある場所に出かけた。
そこはハンクラ民にとっては聖地と言える店だった。
波留は何度も来た事があったが彬史は初めてだった。
「こんなに布があるなんて……。」
彼は呆然として周りを見た。
そして店内はほとんど女性ばかりだ。
みな何本も反物を持って布を裁断してもらうのを待っている。
「はら、アキ、ちゃんと正気を保って
これを買うと決めておかないとだめだよ。」
「え、派手なのが良いけど、」
波留の眼の色が変わる。
「そんなぼんやりとした気持ちではだめ。
ここは魔窟なのよ。永遠のラビリンスなの。
下手すると全然決まらないか、
帰りにはなぜこれがと言うものが
紙袋に沢山入っている可能性があるのよ。」
彬史がごくりとつばを飲む。
「とりあえず綿100パーセントの布が無難だからね。」
彼は頷いた。
そして二人は長い間歩き回った。
そして彼は確かにここは魔窟であると知った。
歩けば歩く程別の気に入った布が出てくる。
そして気が付くと裁断されて棚に戻された布がある。
草取りをして終わったと思って振り向くと、
なぜか草がまた生えているようなものだ。
それがまた良さそうに見えるのだ。
そして普通は彬史がいると女性が色めき立つ事が多いのだが、
ここでは皆布しか見ていない。
布しか見えないのだ。
真のハンクラ民のるつぼである。
全てがこの店が醸し出す魔術にかかっている。
艶やかで華やかな魔法に。
二人は長い時間をかけて布を選んだ。
寿司柄、犬と主張するアライグマ、アロハ柄、
他にも極端な面白い柄ではないが、彬史本人が決めたものだ。
満足そうな顔をして紙袋を覗いていた。
「面白い店だったな。」
「でしょ、あそこに行くと帰れなくなるの。」
と波留も紙袋を持っている。
何やら色々と買ってしまったようだ。
「とりあえず一度全部水通しをしてそれからアイロンをかけて……、」
作り始めるまでに手順が色々とあるようだった。
「ハル、すぐ出来る?」
「いやー、そんなにすぐには出来ないよ、
型紙はあるけど下着だから一度補正しないとまずいでしょ。」
「補正?」
「一度仮縫いして体に合わせるのよ。
下着だから着心地は良くしたいでしょ。」
彬史がにやりとする。
「じゃあ裸にならないとだめだよな。」
波留がちろりと彼を見た。
「小さくしなきゃダメだったらどうしようかなあ。」
「えっ、それは……。」
彬史が口ごもる。
「大きいのかなあ、小さいのかなあ、
私はアキしか知らないから比較できない~分かんない~。」
「そんなの知らなくていいんだよ。」
波留はにやにやと少し膨れた彬史を見た。
仲がよろしいようで。
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