9 女性のご機嫌を取るのに花束とケーキが定番と言うが それで許したように女性が振舞うのはただの彼女の優しさで 本当はそんなものでご機嫌が取れると思うのは大間違いだと思った方が良い




ある朝、彬史が起きると波留の様子が変わっていた。


化粧と衣服がパンクだった。


「ど、どうしたんだ。」


彬史が驚いた顔で波留に言った。


「あ、言ってなかったっけ、一週間ぐらい前の店に応援に行くの。」

「パンクの?」

「そう。一人急に辞めちゃってね、

次に来る人はいるんだけど一週間後でないと来られないんだって。」


彬史が彼女を見た。


「久し振りに見たけどやっぱり可愛いな。」


と彼は彼女の体を触り出した。


「だから仕事だってば。」

「だな。」


今日は日曜日だ。

接客業なので波留は仕事だ。

彬史は彼女の体からぱっと手を離した。


「じゃあ今日は前のモールか。送るよ。」

「良いよ、アキは起きたばかりだしご飯食べてないでしょ。

遠いからバスで行く。」

「平気だよ、送ってくよ。

と言うか起こしてくれれば良かったのに。」

「だってアキは休みでしょ。」


彬史は彼女の頬にキスをした。


「心遣い嬉しいね。」


と彼はさっと着替えて牛乳を飲んだ。

そして二人で家を出るとそこに隣の藤原夫婦がいた。

どこかに出かけるのだろうか。

二人の間には2歳の女の子がいる。

藤原夫婦が波留を見るとぎょっとした顔をした。


「おはようございます。」


と彬史と波留が頭を下げると藤原の奥方が言った。


「波留さん、どうしたの。」


少しばかりこわごわとした様子だ。

波留ははっとして自分を見る。


「あ、ああ、これは今日パンク系の店にお手伝いなの。」

「びっくりしたわ、

そう言えば波留さんは服の販売をしてるのよね。」

「そう、いつもは大人しいけど今日はパンクで。」


藤原夫婦の娘の由愛ゆめが波留を見た。


「かわいい。」


その目がきらきらしている。

波留は腰を下ろして由愛の頭を撫でた。


「そう?ありがとう、由愛ちゃん。」


そう言うと波留と彬史が手を振ってエレベーターの方に歩いて行った。

藤原夫婦は二人を見送る。


「ちょっとびっくりしたな。」


夫が妻に言った。


「そうね、いつも可愛い服を着ていたから。

でも面白いわね。」


彼女は娘を見た。


「波留さんに相談して由愛にパンク着せてみようかしら。」


夫が苦笑いをする。


「止めとけよ、僕は可愛い系がいい。」


妻がちろりと夫を見た。


「私も波留さんみたいに色々着ようかな。

あなたにムカついた時は波留さんみたいなパンクとか。」

「止めてくれよ、波留さんは仕事だろ?」

「だったらそうならない様に気を付けて下さいね。」

「はい、はい、分かりました、奥様。」


苦笑いをしている二人を由愛が見上げた。


「ぱんく、ぱんく、パン?たべる?」


まだ言葉を覚えたばかりの娘だ。

可愛らしい言葉に二人は笑い出すとエレベーターに向かった。




彬史と波留は車で仕事先に向かっていた。

すると信号待ちの時に彬史が波留の膝を触って来る。


「ほら、アキ、信号もうすぐ変わるよ。」

「だな。」


と言いつつその手は戻らない。


「もう、私は仕事だよ。」


と言いつつ声は少しばかり甘い。


「分かってるけどさ、ミニスカートは久しぶりだろ?

太腿とか、」


波留がちろりと彼を見る。


「Hな事考えてるんじゃないの?」


彬史がにやりと笑った。


「大当たり。」

「もう。」


波留が少しばかり呆れて言った。


「まだ朝ご飯食べていないのにそっちが先?」

「まあ、人の三大欲求だからね。

食欲、睡眠欲、そして性欲。

生き物としてはとても正しいものだよ。」

「それはそうだけど……。」


と波留は言いつつ、

女も刺激されてはそれなりに辛いのよと密かに思った。

本当は仕事に行かず彬史と一緒にいたいのだ。


車はやがてモールの近くに着く。


「じゃあ行ってくる。」


少しばかり機嫌の悪そうな声で波留が言った。

彬史がはっとして彼女を見た。

そして何となく気配を悟ったのだろう。


彼の手が彼女の頬に触れた。


「すごくカワイイ。」


そして彼は軽く彼女に口づけた。


波留は気持ちを知られて彼にご機嫌を取られた気がした。

だがそれでもその感触は悪くはなかった。


「カワイイ?」

「うん、カワイイ。」

「じゃあ、今日はアキが夕ご飯作って。」


波留の我儘だ。だが彬史が少し笑った。


「良いよ。何が食べたい?」

「美味しいの。」

「うーん、難しいな、

でもなんか考えるよ。で、5時過ぎに来るからね。」

「うん、お願い。」


この程度で機嫌が直るのは何となく癪だが、

波留はにっこりと笑って車を降りた。

そして彬史は手をあげると車はすぐに行ってしまった。


「あー、波留ちゃん!」


歩き出すと後ろから声がする。

そこにいたのはパンクの店で一緒に働いていた仲間だった。


「久し振り。元気だった?」


二人は並んで歩き出した。


「今日、こっちに応援に来てくれるんだよね。」

「そう、一週間ね。よろしくお願いしまっス。」

「こちらこそ、お願いしまっス。」


丁寧なパンク娘二人だ。

そして仲間が波留に言う。


「それで結婚したんでしょ?さっきの人は旦那さん?」


彼女はにやりとした。


「すっごい格好いいじゃん。」

「まあ、見た目はそこそこだけど服のセンス酷いよ。」

「まあ謙遜しちゃって。

でも仲良さそうで良いじゃない。」


車の中で何かしらしていたのを彼女は見たのかもしれない。


「良かったね、おめでとう。」


彼女は優しく笑った。


「ありがとう。」

「それでいい男いたら紹介しろよ。」

「おう!」


波留は敬礼をして彼女に笑いかけた。








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