8 禍福は糾える縄の如しだがずっと禍禍禍禍禍禍禍で生きて来た人は 次は福福福福福福福となるのかどうかは分からないがそうでないと不公平だと思う
波留は衣料品販売会社に勤めている。
この街に来て最初にバイトをしたのがその会社だった。
そこは色々なブランドがあり、その中にはパンク系の物もあった。
ガチのパンクではなく少しばかり可愛さを足したものだ。
面接を受けると波留は採用されそのブランドの服を支給された。
店長は
「中島さんは可愛い系を着てもらおうかな。」
何人か同僚はいたが皆真っ黒な服だった。
波留には黒がベースではあるが所々にピンクが差し色で入れられた。
「髪の毛、良かったらピンクに染めてくれる?
地毛の色が薄いから多分綺麗に染まるよ。」
店長はどうもパンクでも色々なタイプを店員にしたかったようだ。
だが他の人は黒い髪で染めるのを拒否したらしい。
そこに薄茶色の髪の波留が面接に来た。
それで一発採用だったのだ。
波留は今まで髪を染めた事がなかった。
なので好奇心から二つ返事でOKを出して髪を染めた。
髪の毛は綺麗に染まり、波留も意外とそれが気に入った。
バイトは思った以上に楽しく仲間も良い人ばかりだった。
そこで一年近く働いた頃に波留は彬史と出会った。
その頃、波留は会社から相談を受けた。
正社員にならないかと。
波留は真面目なタイプだ。
彼女は色々と苦労をしている。
なので真面目に働かないと碌な事にならないのはよく分かっていた。
お金の大事さも知っている。
波留はこれも二つ返事でOKを出した。
そして事件が起きる。
波留が住んでいるアパートの廊下の床が抜けたのだ。
せっかく正社員になれたのに、
すぐにでもアパートを退去しなければならなくなった。
禍福は
良い事があれば悪い事が来る。
この時ばかりはどうしたらいいのか分からなかった。
ほんの一週間で次の所を探すのは仕事をしながらでは無理かもしれない。
だが、その時に彬史が言った。
「とりあえず僕のマンションはどう?」
一瞬波留は耳を疑った。
彼が言った事が理解出来なかった。
だが彼は顔を赤くして恥ずかしそうに俯いたのだ。
波留の心が跳ねあがった。
何となく彬史が自分に好意を持っているのではと
波留は思っていた。
だが確かめてはいない。
そして波留も彼が何となく気になっていた。
彬史は見た目が良い。
そして来ている背広も間違いなく高級品だ。
それがとても似合っていて格好が良かった。
なぜか帰り道や買い物に行くと彼に合う。
偶然かなと彼女は思っていた。
だが彼の言葉を聞いて彼女は床が落ちた時に
彬史が大声で呼び止めた事を思い出した。
あの時彼が声をかけなければ下に落ちていたかもしれない。
そしてとどまった時にこちらを見ていた彼の顔だ。
心からほっとした表情だったのだ。
波留は今目の前で俯いている彬史を下から覗き込んだ。
「どう言う事だよ、築ノ宮、はっきり言えよ。」
生意気な言い方だ。
だがそうしなければまともに話せないぐらい
波留もテンパっていたのだ。
この時波留も自分の気持ちに気が付いた。
彬史が好きだと。
見た目やお金持ちそうなところではない。
恥ずかし気にしていてもこちらの事を考えている。
そんな優しさに彼女は好意を持ったのだ。
そしてその日のうちに大方の荷物はマンションに移してしまった。
元々殆ど家具は無かった。
冷蔵庫や洗濯機などの電化製品はあったが後日それも売ってしまった。
ただ服だけは沢山あったので
マンションのウォークインクローゼットに移したが、
なぜか服がパンパンだった。
それに関してはしばらくして問題が起きたがそれも無事解決する。
その頃には二人はすっかり仲良くなっていた。
若い二人だ。
すぐにするコトをしてしまった。
だが波留がそのような経験が無かったのに
彬史は驚き感激していた。
この男は女性経験は結構ありながら波留のような女性とは
初めてだったのだ。
どんな生活をしていたか伺われる話だ。
その少し前に波留は違う部署に異動となっていた。
住んでいるマンションにほど近いショッピングモールの
どちらかと言えばフェミニンなブランドの店だ。
彼女の見た目ががらりと変わった。
染めていた髪は地毛の薄い茶色になり、パーマも軽くかけた。
化粧も薄くなり、服装も穏やかな色合いになる。
そして良いコトを初めてした夜の翌朝、
出勤する波留を彬史が見た。
「……、」
彼の言葉が出ない。
少しばかり波留は不安になる。
「変?」
彼が首を振った。
「いや、すごく良い。」
「変じゃない?」
「いや、もう全然カワイイ。」
と彼は彼女を抱き締めた。
「パンクじゃないよ、あっちの方が好きなんじゃないの?」
「あっちも可愛かったけどこっちもすごく良い。」
と彼は彼女の体をさわさわと触り出した。
「アキ、仕事だから。」
「ああそうだな。」
その日は日曜日だった。
サラリーマンの彬史は休みだが接客業の波留は仕事だ。
彼は彼女の体からぱっと手を離した。
「じゃあ送ってくよ。
仕事は5時終わりだよな。」
「うん、残務処理が少しあるかもしれないけど、
モールまで来てくれる?」
「行くよ。」
と彬史が波留に口づけた。
そして夕方となる。
待ち合わせた場所に行くと彬史が背広姿で立っていた。
黄昏の中で彼の影が街頭に照らされて長く伸びていた。
二人がまだ一緒に住む前、
アパートやマンション近くで会った彬史の姿だ。
思わず波留は立ち止って彼を見た。
そして彬史が彼女に気が付き、笑いながら近寄って来た。
波留は思わず彼に見惚れた。
「お帰り。お疲れ様。」
「ん、ただいま。」
少しばかり口ごもる波留を彬史が見た。
「どうしたの?」
「あ、」
波留がちろりと彼を見た。
「何だかマンション前でよく話した時を思い出した。」
彬史が自分の姿を見る。
「背広だから?」
「多分そう。」
彬史がふふと笑って彼女の耳元に口を寄せて囁いた。
「だって今日のハルは可愛いからさ、
背広で悩殺してやろうと思ってさ。背広好きだろ?」
波留はドキリとする。
そして彼女も囁く。
「好き。」
それを聞いて彬史は満足そうな顔をした。
「ならお食事に行きませんか?」
「ええ、喜んで。」
彬史が腕を差し出す。
そこに波留が手を掛けた。
「ラーメン?回転寿司?たこ焼き、お好み、焼きそばかな。」
「もうなんか台無しじゃない、せめてイタリア料理とか。」
「実は予約してある。行こうか。」
「さすが築ノ宮さん。」
結局イチャイチャなのであった。
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