7 人の恋愛を傍から見ているのが一番楽しくて 面白いからどうなるかてらてらしながら傍観して それが実ったら実ったでにらにらしながら見物するのが人




スナック「ヒナトリ」の道を挟んだ前には

スーパー「ペリーペリー」があった。


「とても」と言う意味の「very」をもじってペリーらしい。

言葉を重ねているのは「ものすごく良いよ!」の意で

この辺りにしかない地方スーパーだ。

マスコットキャラクターはラズベリーのベリーちゃんだ。


ヒナトリではちょっとした食事も出すので

そのスーパーで買い物をする。

スーパーも近いのでそこで働いている人もたまにやって来る。


「でさ、ヒナトリなんだけど、」


と彬史と波留、豆太郎がスナックで飲んでいた時だ。

白川しろかわがにやにやしながら皆に話し出した。

するとヒナトリが慌てた顔で言った。


「こら、白川、言うな。」

「なんでよ、面白いじゃん。」


ヒナトリが苦々しい顔をする。


「なんだ、良い話じゃないのか。」


豆太郎が白川を見る。


「良い話よ、

ヒナトリさ、あのスーパーで働いている子が

好きになっちゃったのよ。」


それを聞いた三人がはっとした顔でヒナトリを見ると

彼の顔が真っ赤になった。


この男は体が大きな癖に気が小さい。

スポーツ選手並みに体は大きく顔立ちも濃い外国人風なので

気の弱い男なら見ただけで逃げていく。

だからこのスナックでトラブルは起きた事はない。


「誰だよ、その女の子は。」


豆太郎が聞いた。


「よくレジをやっている小柄な子よ。空木うつぎって子。

おかっぱ頭で、」


それを聞いて波留が気が付いた。


「知ってるその子、手も早いし丁寧だし感じ良い子だよ。」

「そうそう、あたしも何度かレジをやってもらったけど、

品物の扱いが丁寧なのよ。」


波留と白川が話している向こうでヒナトリがにやにやとしている。


「で、ヒナトリもそう思っていたらしくて、

レジはその子にいつもやってもらってたの。

それでこの前上司らしき人と何人かでここに来たのよ。

そうしたらみんな結構酔っていたみたいでね、

若い人もいたから結婚しろとかチューしろとか囃し立てだして。

そうしたらヒナトリが空木さんの前に手を出して、

皆さまかなり酔っていらっしゃるようで、と言ったのよ。」


皆がヒナトリを見た。


「お、お客さんにそんな事するのは、駄目だと思ったけど……。」


ヒナトリが口ごもりながら言うと彬史が頷いた。


「ああ、駄目だ。お客さんに失礼だ。」


今度は皆が彬史を見た。


「でも好きな人がそんな目に遭っていたら助けるよな。」


皆が頷く。


「まあヒナトリは見た目が怖いからね、それでお開きになったんだけど、

あの子、ありがとうございましたと言ってすぐに帰っちゃったの。」

「ヒナトリさん、送れば良かったのに。

皆がそんなに酔っていたら空木さんも相当酔っていたんじゃないの?」

「でしょ、あたしもその時言ったんだけど、

あっという間に帰っちゃった。

それからヒナトリは落ち込んでてさ、

スーパーに買い物に行きにくくなったらしくて、

いつもあたしが行かされるのよ。もう面倒でさ。」


要するに白川の愚痴なのだ。

ヒナトリはそれを聞いて複雑な顔をしていた。


「買い物に行けは良いだろ、ヒナトリ。」


豆太郎が言う。


「で、でもあんな風に帰ったから気分悪くしてるかも。」

「そんなの聞かなきゃ分からないじゃん、

確かめもせずにぐずぐずしてさ。」


白川がヒナトリを叱るように言った。


「分かった。」


彬史が腕組みをした。


「今から店に行こう。

あそこは夜の8時までやっているだろう。」

「いや、空木さんは5時で上がる。」

「ヒナトリはそこまで知ってるのか。」


彬史が言うと隣で波留がにやにやとした。


「男ってそう言うもんよ、ねぇ、アキ。」


彬史はそれを聞いて咳払いをした。


「なら日曜日はいるか?」

「日曜日はいる。」

「なら今度の日曜日に買い物に行こう。」

「えっ!いや、その、」

「11時にみんなここに集合だ。皆で行けば怖くないだろう。」


ヒナトリがため息をついた。


「お前達面白がってないか。」


皆がきらりとヒナトリを見た。


「「「「当たり前だ。」」」」






日曜日、嫌がるヒナトリを無理矢理連れ出し皆は

スーパー「ペリーペリー」に来た。

来客はかなり多い。

入り口にはマスコットキャラクターの

ベリーちゃんのシールが所々に貼ってある。


「じゃあ僕はヒナトリと一緒に買い物するから、

皆はレジの近くで待ってて。」


彬史がヒナトリを連れて店内に入って行った。


波留と豆太郎、白川はレジの列から少し離れた所から

店員を見た。

店員は皆こちらには背を向けている。

日曜の昼前だ。

一番忙しい時間かもしれない。

レジ待ちの人が列をなしていた。


「11番で働いているあの子が空木さんよね。」


波留が言うと白川が頷いた。


「そう、なかなか可愛い子でしょ?」

「ヒナトリって小柄な子が好みなのか?」

「そうみたいよ、」


その時、レジのそばにヒナトリと彬史がちらと姿を見せた。

すると一瞬レジ打ちをしている空木がそちらを見た。


確かにあの二人は背が高く特にヒナトリは体も大きい。

目立つ存在だ。

だが極めて忙しい最中に空木はそちらを見た。

三人はそれを目撃した。

彼らははっとして目を合わせた。


「ねえ、見た?」

「俺も見たぞ。」

「白川さん、私も見た。ヒナトリさんの方を見てたよね。」


白川がにやりと笑う。


「これって脈ありってこと?」


豆太郎が腕組みをする。


「それはまだ分からん。

ヒナトリがただ目立つだけで気が付いただけかもしれん。」

「その可能性もあるけど、確かに空木さん見てたわ。」


三人がこそこそと話をしているうちに、

空木がいる11番にヒナトリと彬史が並んだ。

まだ後ろなのでレジが済むまでしばらくかかるかもしれない。


そして順番が近づいた時だ。


「おい、割引されてねぇぞ。」


空木がいるレジに一人の男がレシートを持って

怒った声で寄って来た。


空木はそれを受け取りレシートを見るが、


「ご会計の時に会員証はお持ちでないとおっしゃられましたよね。」

「だけどよう、今出て来たんだよ、割引しろよ、」

「あ、なら別のレジでさせていただきます。」

「面倒だ!ここでしろよ!」


その時、並んでいた列からヒナトリがそこに近づいて来た。

文句を言っている男がはっとヒナトリに気が付く。

そして顔色が変わる。


「別のレジでやってもらえるようですよ。」


と低い声でヒナトリは言った。

その時別の店員が二人来てレシートを受け取り

男と空木を連れて行った。


その時、空木とヒナトリの目が合う。

彼女は顔が真っ赤になり、


「ありがとうございました。」


と小さな声で言った。

レジはやって来た店員に変わった。




レジから戻った二人を三人が出迎えた。


「見てたけど何があったの?」

「空木さん、絡まれてたね。」


彬史がヒナトリの背を叩く。


「近くで見てたけど空木さんは全然悪くない。

そしてそこに現れたのは正義の味方だ。」






翌日の夕方、スナック「ヒナトリ」の看板が出された。


昨日のスーパーでの出来事が響いているのか

ヒナトリは昨日から全然元気がなかった。


「もういい加減にしなさいよ、

ヒナトリがやったのはむしろ良い事じゃない。」

「……でもさあ、」


彼は大きな体を小さくしてがっくりと肩を落としている。


「あれからどうなったか分からないし、

裏で空木さんが叱られてたらと思うと。」

「叱られないでしょ、築ちゃんから聞いたけど

あの男の人が会員証を出さなかっただけだから。」


その時、スナックの扉が開いた。


「こんにちは。」


そこにいたのは空木だ。


ヒナトリは一瞬ぽかんとした顔だったが

気が付くと勢いよく立ち上がった。


「いらっしゃいませ。」


声が裏返っている。

白川が少し呆れて彼を見たが、


「いらっしゃい、良かったらカウンターに座って。」


とさっとコースターとおしぼりを出した。


「ありがとうございます。」


と彼女は微笑みながら近寄って来た。

ヒナトリはもう心臓がバクバクだ。


「ごめん、ちょっと確認するけど成人してるよね。

一度ここには来てくれたけど。」

「ええ、よく聞かれるんですけど24歳です。」

「ごめんねぇ、あんまり可愛いから聞いちゃったよ。

それでなんにする?」

「あの、今日はお礼を言いに……、」


と空木がちらとヒナトリを見た。

日曜の事だろう。


「お礼って俺は何も……、」

「いえ、昨日助けてもらったので。」

「それであれからどうなったの?」


白川が聞く。


「事情を説明しなければならなかったので

お客さんと私も奥に行ったけど、

結局お客さんが謝ってくれて。清算して終わりました。」

「叱られなかった?」


ヒナトリが聞く。


「ええ、大丈夫でした。」


と空木がにっこりと笑った。


「良かった。」


とヒナトリもほっとした顔をした。

それを白川が見た。


「もうこの人、本当に心配しててさ、

あの、空木さんだよね、レジの時に名札を見て知ったんだけど、

空木さんはあたしの周りでは仕事が丁寧だって噂だよ。

だから心配したよ。」


と白川がははと笑いながら言った。


「そうなんですか、なんか照れるな。

奥様からそう言って頂けてうれしいです。」


と空木が頭を掻いたが、

ヒナトリと白川が顔を見合わせた。


「奥様、って?」


白川が不思議そうな顔をする。

そして空木も。


「あの、ヒナトリさんの奥様、ですよね?」


沈黙が続く。

そして白川がいきなり爆笑した。


「ない、ない、そんなの絶対にない、

待って、あたしが奥様、いやーないわー。」


空木がきょとんとした顔をしている。


「あたしはここの雇われママ。

ヒナトリはあたしの雇用主。

まあここは居心地が良くてあたしが一番威張ってるけどさ。」


と白川がヒナトリの背中をバシバシ叩いた。


「こいつ、ずっと彼女もいなくてただの独身よ。

んじゃあたしは裏でお酒の在庫調べてくるわ。

お客さんが来たら呼んで。」


と白川が笑いながら奥に消えて行った。

残された二人はきょとんとしたが、

すぐに顔を合わせて赤くなった。


「「あの、」」


二人は同時に声を出す。

そして笑い出した。


「ごめん、白川はいつもあんな感じで。」

「ううん、すごく気の良い人ね。」

「それで、その、」


ヒナトリが少し口ごもった。


「何か飲まない?初見のお客さんには一杯奢るから。」

「そうなの?」

「いや……、」


ヒナトリは赤い顔になった。


「空木さんには奢りたいかな、って……、」


空木の顔も赤くなりヒナトリに優しく微笑んだ。






しばらく経った頃、彬史が「ヒナトリ」に行き少しして帰って来た。


「ただいま。」

「お帰り。」


波留は夕食の準備をしている。

少しばかり機嫌が悪い。


「ご飯はちゃんと作っただろ?急に呼び出されたからさ。」

「私は残業だったから仕方ないけど。」

「また今度行こうな。」


とご機嫌を取るように彼も茶碗を並べ始めた。

今日は波留は遅番だった。

なので夕食は彬史が作った。

そして彼女が帰る前に彬史はヒナトリに呼び出されたのだ。


「で、話ってなんだったの。」


食べ始めて波留が彬史に聞いた。


「ヒナトリと空木さんだよ。」


波留の目がきらりと光る。


「どうなったの?」

「付き合い始めたみたいだよ。」

「やっぱり。」

「それでヒナトリは空木さんを気に入っていたけど、

空木さんも買い物に来ているヒナトリが気になっていたらしい。」

「じゃあ最初から意識してたって事?」

「そう。

それで一度空木さんがスナックに来た時に

白川さんを見て奥さんだと勘違いしたらしいんだ。」

「奥さん!」


波留がけらけらと笑い出した。


「だからスナックで一度空木さんはヒナトリに助けられたんだが、

その時さっと帰ったのは奥さんがいる人に

そんな気持ちを持っちゃいけないって……。」

「空木さんは真面目な人なんだ。」

「その後ヒナトリをスーパーで見なくなって

それも仕方ないと思っていたらしいけど、

この前店であんな事があっただろ。」

「うん。」

「さすがにあれはお礼を言いに行かなければとスナックに来て、

白川さんはただの雇われママだと知ったらしい。」


波留がふふと笑った。


「じゃあ、もう問題なし、ね。」

「そう。さっきも店に空木さんがいたよ。」

「えー、やっぱり私も行きたかった。」


と波留が少しふくれた。

それを見て彬史が笑う。


「でなくてもすぐに会えるよ。」

「どういう事?」

「多分早いうちに結婚するよ。」

「そんなにラブラブなの?」

「それもあるし、」


彬史が不気味に笑った。


「空木さんは多分スナックは天職だ。」

「えっ?」

「物凄く酒が強い。全然乱れないらしい。」

「そ、そうなの?なんか小さくて可愛い感じだけど。」

「ヒナトリが言ってた。

前にス―パーの人とヒナトリに来た時に、

男の人はみんなすごく酔っていたけど空木さんは普通だったんだ。

それは男性陣が空木さんを酔わせたくて頑張ったんだけど、

結局全然乱れないし男性陣がボロボロになったらしい。」






「私を酔わせようなんて無理です。」


と先程ヒナトリで会った空木は言っていた。


「そんなに空木さんは強いのか?」


豆太郎が聞いた。


「ああ、更紗には飲ませるだけ損だぞ。」


ヒナトリが言う。

二人はもう名前で呼び合っているらしい。


「だからあれからスーパーの人も私を誘ってくれなくなって。」

「タダ酒が飲めなくなったんだろ?」


ヒナトリがにやにやとして言った。


「ヒナトリ、気を付けないと全部飲まれるぞ。」


彬史が笑いながら言った。


「でも空木ちゃんはヒナトリが作ったものだとすぐ酔うんだよね。」


白川が言うとヒナトリと空木は顔を合わせてふふと笑った。

彼女は豆太郎と彬史に顔を寄せて言った。


「酔ったふりよ。

でないと良いコト出来ないでしょ?」






「だってさ。」


二人で茶碗を洗いながら話していた。


「でもお酒を沢山飲むとお店が困るんじゃないの?」

「飲んでも乱れないからお客さん相手が出来るんだよ。

それに強いからと言って大量に飲むんじゃないから。」

「そうだよね。」


食後にゆっくりとコーヒーを二人は飲んでいる。


「まあ、丸く収まったんなら良かったね。」

「それでさ、明日なんだけど波留は休みだろ?

どこか行かない?」


彬史の膝の上でコーヒーを飲んでいた波留が彼を見た。


「そうだけど休み取ったの?」

「うん、今はちゃんと有休をとらないと叱られるからさ。

ハルのスケジュールに合わせて取った。」

「そうなの。」


と波留が嬉しそうに彬史の首に手を回した。


「じゃあドライブ行きたい。美味しいもの食べたい。」

「どこが良い?」

「うんとね、」


とこちらもイチャイチャである。

どこにでも行ってこい。

交通安全でな。







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