第8話 竜の覚醒


 朽ちた船の上。深い霧が視界を

白く染める。穏やかな波音と軋む木材の音が静かに奏でられる。

 戦場フィールド「忘却の幽霊船」。かつて幽鬼スペクター海帝エイゼが剣を交えた場所だ。

「私は兄を超える……!!」

 星竜エルターニャの剣がその刀身を現す。

<<開戦エンゲージ!!>>

 白く染まる視界から現れたのは銀色の刃。薙ぎ払うその刀身は鞭のようにしなり、空気を切り裂く。

 星竜がそれを弾くと、刀身は再び霧の中に消えた。

剣術ソードスキル――、」

「神が隠した十字星サザン・クロスッ!!」

 星竜の剣が光の粒子を帯び、十字に二度の線を描く。しかし、その射程には海帝はいない。虚しく眼前の霧だけが切り裂かれる。

 だが、その霧は衝撃波で吹き飛ばされた。

「――っぶないわねッ!?」

 霧の中から姿を見せたのは切り裂かれた海帝エイゼ。だが、その切り裂かれた部位は液体のような不定形をしている。そして、それが混ざり合うと元の姿へと戻った。

「なるほど、噂通りの実力者ですね。」

 星竜は霧が晴れ視界を確保できたことで、接近戦に持ち込む。

「知らなかったら負けてたわよ……!!」

 神が隠した十字星サザン・クロス。光属性のエネルギーを込めた十字切りなのだが、最大の特徴は攻撃判定を移動させることができる点だ。使用者が認識できる座標へと属性攻撃を転移させることで遠距離攻撃が可能。さらに、射出ではなく転移であるため、相殺や回避が極めて困難になる。

「なんで霧の中で位置がわかったの……!?」

 座標を移動させることは目で見えずともできる。しかし、相手の正確な位置がわからなければ使いようがない。

「刀身の動きと戻る方向で分かりました。」

 海帝の横切りは大振りだった。ゆえに距離は遠い。そして、その剣線は海帝を中心に弧を描くため、刀身が戻る方向に海帝がいることが分かる。これが星竜のトリックだった。

(ここで防術ガードスキル切らされたのはマズイわね……!!)

 近距離に持ち込まれ剣をぶつけ合う両者。だが、このまま戦うのは海帝エイゼにとっては不利だ。一刻も早く水中へ移動したいところ。

 しかし、星竜がそれを許さない。徹底的に張り付いて近接戦闘を継続する。そして、船の端に追いやらないように誘導し、海への逃亡を阻止する。

「そんなに接近したいならっ……!!」

 海帝は後退する足を止め、体重を乗せた鍔迫り合いに持ち込む。「望み通りにしてあげるわ!」

 体格で勝る海帝の方が力は上。それでも星竜は姿勢を崩さず、技術で対等に渡り合う。

 だが、それが狙いだった。海帝は思い切り身体を寄せたかと思うと、そこから一気に腕を伸ばし、星竜を支えにして大きく後退した。

「この間合いで避けられるかしら?」

 海帝は剣を後ろに引き、突きを放つ。その刃は伸縮して星竜へと迫る。だが、星竜の方が上手だ。防御は鎧に任せてギリギリの回避行動を取ると、それと同時に攻撃の体勢を整えた。

 海帝の刃が鎧を掠め、鋭い金属音と火花が飛び散る。

「終わりですッ!!」

 星竜の剣が振りかざされる。深く踏み込んだその攻撃は後退では避けられない。

 だから、海帝は前へ引っ張られた。

「本命はこっちよ!!」

 海帝は伸ばした剣先を甲板に突き刺すと、刀身が縮む力を利用して前方へと抜け出した。

「しまッ――!!」

 星竜は踏み込んだためにその動きに対応できなかった。そして、海帝は前転で勢いを殺すと、そのまま海へと飛び込んだ。


「まずい……!!」

 星竜は船から海を見下ろすが、既に海帝は見えない。だからといって後を追って飛び込むわけにはいかない。

 幽鬼スペクターは軽装備だったため、水中でもある程度の行動が取れた。だが、鎧を着けた星竜では沈んでしまう。なにより相手の土俵に飛び込むのはあまりにリスクが高すぎる。しかし、この状態では打つ手が限られる。

 悩む星竜を海帝は待ってはくれない。甲板を貫いた剣先が何度も船上に顔を出す。星竜の位置が分からないため命中する可能性は低いが、船底に穴が開けば船は沈む。嫌が応にも水中戦に持ち込まれてしまう。

剣術ソードスキル――!!」

「海底の魔物アビス・フィアー

 闇雲に攻撃しても無駄だと判断した海帝は勝負をしかける。長く伸びた刀身は幽霊船の帆の支柱よりも高くまで伸び、暴れまわりながら船を切り刻む。もはや船とは言えない形となり、海面に白波を立てながら沈んでいく。それと同じように星竜も転落していく。

戦術タクティクス――!!」

「聖邪竜のドラゴン・ソウル覚醒極技マスターレベルッ!!」

 その瞬間、星竜の姿が変貌していく。肌から鋭い鱗が生えそろい、体中を覆う。その力に耐えられなくなった鎧は砕けて崩れ落ちていく。そして背中からは黒と白、天使と悪魔のアンバランスな翼が開かれた。

 飛翔すれば海に落ちることはない。だが、打つ手も無い。そして、飛行能力には欠点がある。

 この剣戟世界において飛行は強力なスキルだ。剣での攻撃が困難となり、空からの一方的な攻撃が可能になる。それを防ぐのがPD《ペナルティ・ダメージ》だ。飛行中には常にダメージが発生するため、飛び続けるのはリスクが大きいのだ。

 しかし、星竜が聖邪竜のドラゴン・ソウルを発動したのは飛ぶためではない。彼女は一瞬の間に霧を突き抜け雲に風穴を開けると、そこから音速を超えるスピードで海面へとダイブした。その衝撃で海面が大波を立てて踊る。

 視界は白から青へ。そこには海帝がいる。

「なん、てっ力なの――ッ!?」

 星竜の刃が牙を剥く。急降下攻撃といえど、水の抵抗は極めて大きい。海帝に届く頃にはその力はほとんど失われてしまっていた。ゆえに純粋な力押し。海中遊泳ウンディーネによってステータスを強化している海帝ですら水底に押し込まれていく。

 しかし、海中は広い。海帝は逆に海底へと身を沈めていくと、そこから急速浮上して星竜の上を取る。

必殺術ファイナルスキル――!!」

 彼女の海龍螺締メイルシュトロームは広範囲攻撃だ。上を取られたなら沈むしかない。だが、水底には水圧という魔物が潜んでいる。

 接近するも潜るも確実ではない。ゆえに選択肢は一つ。

必殺術ファイナルスキル……、」

 星竜は剣を正面に掲げて瞳を閉じる。その瞬間、星竜の背後に数多の星座が煌々と光り輝き、暗い海中は宇宙へと姿を変える。

「ヤバいッ……!!」

 海帝はスキルをキャンセルすると星竜には目もくれず、すぐさま海底へと潜る。星竜もそれを追うことはしない。

 そして、開眼と共に剣先を天空へと向ける。

竜星嵐舞ドラゴニック・メテオ・ストーム……、」

覚醒極技マスターレベル……!!」

 わずかな静寂。そして空気が、海が震える。遠くに聞こえる爆ぜる音がその破壊力を通告している。

 海面が荒れ始め、轟音が体内までをも揺さぶる。そして、それは到達する。

 青黒く透き通る竜。その巨体は人の身をはるかに超える。身体は星々に満たされ、その身に宇宙を内包していた。

 それが宇宙から飛来した。海面を突き破り、蒸発した水分が爆発する。穏やかな海は荒れ狂う魔海へと姿を変えた。もはや海帝であってもまともに泳ぐことはできない。

 やがてその竜は輝きを失って消滅した。押しのけられていた海水が流れ込み、海流をかき混ぜる。これが一連の流れだった。

 竜は無数に降り注ぐ。衝撃、轟音、閃光、海流、その全ての連続が肉体を揺さぶり、精神すらも削り取る。

 ただ一人、星竜エルターニャを除いて。

(反則よ……こんなの……。)

 海帝は剣を構えて迫る星竜を見て敗北を確信した。手から剣が離れ水底へと飲み込まれていく。

<<降参が選ばれました。>>

<<勝者ウィナー星竜エルターニャ。>>

「……。」

 星竜は沈んでいく海帝の姿を黙って見ていた。




「対戦ありがとうございました!」

 現実へと戻った星羅せいらは愛美に握手を求める。愛美は悔しさを押さえてその手を取る。

「さすがプロね。手も足も出なかったわ。」

「いえ、水中に逃げられたときは焦りましたよ! 船も壊されて考える暇ありませんでしたし!」

「すごいです、海帝エイゼさん!」

 愛美はそっと握手を離すと、星羅も慌てて手を引っ込めた。愛美は握手した手を支えに頬杖をつく。

「あなたに言われると少し複雑だわ。」

 悪態をついたわけではない。これは羨望と嫉妬、そして自嘲だ。

「す、すみません……。」

 責められていると思った星羅は謝罪して萎縮してしまう。それを見て愛美は自分の態度を恥じ、姿勢を整えて改める。

「あっ、ごめんなさいね! 別に怒ってるとかじゃないの!」

「ただ、あなたに褒められる程の才能は私にはないわけで……!」

「ちょっと嫉妬しちゃうな~、みたいな!」

 愛美はなんとか取り繕うが、星羅の表情は晴れきらない。彼女は少し悲しそうに笑みを浮かべた。

「光栄です。」

 愛美はそれ以上は余計かもしれないと分かっていた。だが、目の前の少女は十五歳の若さでプロの重圧を背負っているのだ。その重荷を少しでも軽くしてあげたかった。

「あなたはすごいわよ。本当に。」

「最上級スキルの覚醒極技マスターレベルなんて勇剣ヴレイブすらできないんだから。」

「自信もっていいわよ。」

 愛美の言葉を聞いても星羅は本心の笑みを見せることはなかった。それでも、表面上の笑顔は止めた。

「私が不安なのはそのせいなんです……。」

 星羅は膝の上で手を握りしめる。

「私は兄のような剣技はできません……! 人を魅了するような戦いはできない……!」

「ただスキルで強引にねじ伏せるだけ。駆け引きも、戦略も、ありません。」

「そんな戦いに誰が熱狂するんです!? 誰がファンになるんです!?」

「私にプロの才能はない……!!」

 顔を上げた星羅は潤んだ瞳で愛美を見据える。その視線は鋭く痛みを訴えかける。それでも愛美は真剣な眼差しを返した。

「あなたが少し前に負け続けてたのはそれが原因?」

 星羅は黙ってうなずいた。愛美はそれで疑問に納得がいってため息を吐いた。

「面白い試合になるようにスキルを制限して戦ってた。でも負けが続いたから仕方なくスキルを使うようになった。そういうこと?」

 星羅は俯いたままでうなずきすらしなかった。

「そんな半端な気持ちならプロ辞めなさいッ!! 全力で戦う人全てを侮辱する行為よッ!!」

 愛美は仕事柄、多くのプロを見てきた。だがそのほとんどは力なく夢破れて消えていった。何度も悔し涙を見てきた。だからこそ、力のある星羅の不甲斐なさが気に入らなかった。

「……返す言葉もありません。」

 星羅は俯いたまま力なくつぶやいた。

「申し訳ありませんが帰ります。お時間いただきありがとうございました。」

「……お気をつけて。」

 愛美は手早く荷物をまとめると会議室を後にした。




「取材してこなかっただとォッ!?」

「すみませんっ!!」

 ORE通編集部。愛美は編集長である島取しまとりに平謝りしていた。

「戦闘映像は撮りましたけどぉ……?」

 愛美は恐る恐る弁解の余地を伺う。しかし、逆効果だった。

「使えるわけねぇだろうが!! 取材相手泣かして記事にできるかバカがッ!!」

「すみませんでしたッ!!」

 愛美はデスクに頭を打ち付けて謝罪した。島取も一度深呼吸すると、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。

「まぁ、お前の気持ちも分かる。プロである以上、勝つことを最優先すべきだ。」

「だが星羅ちゃんはファンと会社のことを優先しちまった。でもこれもプロとしては正しい。違うか?」

「……その通りです。」

 そこに反論の余地はなく、愛美は島取の言葉を受け入れた。

「後で謝罪の電話しとけよ。」

「いえ、今すぐにでも――、」

「いや、後だ。」

 愛美の言葉を島取は遮って制止する。

「今は星羅ちゃんの配信時間だ。邪魔しちゃいけない。」

「……なんで把握してるんです?」

「ファンだからな。」

 島取は空間モニターを操作するとお気に入りから星竜エルターニャの配信ページへと移動する。その手際の良さが却って愛美には気持ち悪く思えた。

「仕事中ですけど……?」

「しょうがねぇだろ。取材できなかったんだから。」

 画面に映る星竜エルターニャは剣を構えている。どうやら丁度戦闘開始前のようだ。開戦のアナウンスが鳴り、戦闘が始まった。

「頑張れェーーー!! エルちゃーーーんッ!!」

「相手十五歳ですけど……。」

 島取の見たくなかった姿を見てしまい、愛美は少し離れた位置から観戦する。

 いつもの星竜なら様子見をしたのち、柔軟な行動選択を取る。誰もがそう考えていた。

必殺術ファイナルスキル――!!」

竜星嵐舞ドラゴニック・メテオ・ストーム覚醒極技マスターレベルッ!!」

 宇宙から竜が無数に飛来すると地上は見る影も無いほどクレーターだらけとなった。

 そして戦闘は終わった。

「……へ?」

 島取は一瞬のできごとに唖然とする。彼だけではない。愛美も、視聴者も、全員があっけに取られた。

 戦闘が終わりマイルームに移動した星竜がその訳を語り始めた。

「こんな勝ち方でごめんなさい。でも、これは私の決意表明です。」

「私はずっと考えていました。初手でドラストを使えば勝てるのではないかと。」

「でも、そんなつまらない試合ではファンの皆様に喜んでもらえない。楽しんでもらえない。そう思い込んで勝手に禁じ手にしていました。」

「でもっ……!!」

 星竜エルターニャは一度は俯くものの、顔を上げて真っすぐと視線を向ける。

「私は勝ちたいっ! 勝って勝って勝って、兄さんを超えたいっ!」

「そのために私は全力で戦いますっ! プロとして、最強を目指す者としてッ……!!」

「ご理解を、お願いいたしますッ!!」

 星竜は深く頭を下げて画面から見切れる。ファンはそれを茶化しつつも、チャット欄は応援のメッセージで埋め尽くされる。島取もその一人だ。

「……ぅ、あり、がっ……とう、みん、な……!」

「わ、たし……勝ちますっ……!!」

「もう、負けませんっ……!!」

 星竜は両手で自らの頬を叩き、涙を拭う。

「次、行きましょうっ……!」

 彼女は星のように笑ってみせた。




<<終戦オーバー!!>>

<<勝者ウィナー幽鬼スペクター!!>>

「これで五連勝。」

 幽鬼は剣を収めると、空間モニターで現在のランクを確認する。

(もうあと一勝で金剛ダイヤ上位に入れる……。)

 金剛ダイヤランクの上位三十名には円卓の騎士への挑戦権が与えられる。そして、円卓の騎士には多額の賞金がかけられている。これに勝てば貧乏生活ともバイトとも、なんなら高校ともおさらばできるかもしれない。気合が入る。

<<対戦相手が決定しました。三十秒後にゲームを開始します。>>

「次の相手は知ってるかな……?」

 幽鬼の前に彼女の名前と姿が表示された。




「よし、このまま次行きましょうか!」

「今日はこれで最後にしますね!」

 夜も深まり、星竜はこれを今日のラストゲームと決めた。

<<対戦相手が決定しました。三十秒後にゲームを開始します。>>

 星竜の前に彼女の名前と姿が表示された。

「えっ――!?」

 彼女は動揺が隠せなかった。見知った姿、名前。だが、戦ったことは一度もない。

 チャット欄が急激に沸き立ち、不安と期待の声が入り混じる。

 星竜は震える手を剣を握ることで大人しくさせる。

「私はもう負けない……!!」

「たとえ相手が幽鬼スペクターだとしても……!!」


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