第11話 宝石は砕けない


 王都を出発したパルシヴァル・エクスプレスは幽鬼スペクター紅宝ラトランジュを乗せて進んでいく。同じ客車内で二人は向かい合う。

 だが状況は真逆。背後に客車が続く幽鬼に対し、紅宝の後ろには進路も退路もない。幽鬼の圧倒的有利な状況。

 しかし、幽鬼の心中は穏やかではない。自ら逆境に立つことを決めた紅宝の覚悟。それが幽鬼を戦慄させていた。

 二人の刃が火花を散らす。幽鬼は紅宝の防術ガードスキルが及んでいない頭部や胸元を狙い、攻撃を放つ。だが、その狙いも紅宝が片腕で弱点を覆うことで通用しなくなる。

 無敵の防術、と言いたいところだが、当然欠点も存在する。

 一つは効果時間が決められていること、それともう一つは――。

「ぐぅッ……!!」

 紅宝の身体が後方へと揺らぐ。両腕を広げて落下を防ぐが、そこに幽鬼の追撃の蹴りが腹部に炸裂する。

「う˝ッッッ!!!!」

 防術「鉱輝なる礼装ファセット・ジュエラルキア」の欠点。それは打撃に対しての防御性能の低さ。表面こそ硬化によって剣ですら傷をつけるのは困難だが、衝撃は直に本体へと伝わってしまう。

 さらに、紅宝の背後には足場が無い。たとえ傷一つ負わなかったとしても、突き飛ばされてしまえば意味はない。

「落ちろッ!!」

 幽鬼はトドメにもう一度前蹴りを食らわせた。確かな手ごたえ。だが、状況は悪化する。

「ふ……ふっ、捕まえ、ましたわ……!!」

 紅宝は痛みに顔を歪ませながらも笑みを浮かべる。彼女の左手には幽鬼の足首がガッチリと握られている。体勢が悪いこともあり、自力で抜け出すことは困難だ。

戦術タクティクス――!」

 迷いは命取り。ゆえに判断は早い。幽鬼の掴み対策を兼ねたスキル。

幽骸リビングデッド!!」

 接触判定無視により、幽鬼の足が自由を取り戻す。そして、その効果が切れる前に彼女は剣を振るった。

「――ぃあ˝ッッッ!!!!」

 どれほど堅牢な守りであろうと、すり抜けてしまえば無いに等しい。幽骸リビングデッドは紅宝にとって天敵といえるスキルだ。そして、同時に幽鬼にとって切り札でもあった。

(浅い……!!)

 幽鬼の斬撃は紅宝に届いた。しかし致命傷には至らない。

剣術ソードスキル――!!」

 剣を振り切った今、剣による防御は不可能。踏み込んだがゆえに完全な回避行動も取れない。残るは防術だが、近くの影では避けきれない。

「鉱輝なる軌跡ブリリアント・ジュエラルキアッッッ!!!!」

 紅宝の剣が宝石のような輝きを放ち、残像がプリズムの軌跡を描く。だが、そこに幽鬼はいない。

「なら――!!」

 紅宝は剣を逆手に持ち替え、自らの足元へと向けた。剣の輝きによって影が失われ、幽鬼の姿が映し出される。

 そこからは同時だった。紅宝は剣を床へと突き下ろし、幽鬼は床から剣を突き上げた。二つの剣が交わる。だが、その差は明らかだった。

「――ぁッッッ!!!!!」

 幽鬼の剣がバターのように切断され、紅宝の剣先が左肩を貫通した。

 これこそ「鉱輝なる軌跡ブリリアント・ジュエラルキア」真価。剣術としての威力が低い代わりに、いかなる物体であっても切断可能な刃を作り出す。当然、剣も例外ではない。

「……よかっ、た!!」

 幽鬼は切られた剣を右手へと投げ渡す。そして、その手を振り上げて、思いっきり紅宝のスカートを捲りあげた。

「へっ……?」

 紅宝は予想外の展開に硬直する。幽鬼の目的が理解できなかった。ただ、辱めを受けていることを理解して顔が熱く火照る。

「な、なにを――!!」

 理由を尋ねる必要はなかった。幽鬼が彼女の左太ももに剣を突きさしたからだ。

「あぁ――ッッッ!?!?!?」

 幽鬼の目的は防術の及ばない場所を攻撃すること。足元に潜んだ際に気付いた紅宝の弱点だった。

 足を刺されたことで紅宝の体勢が揺らぐ。だが、これだけでは彼女は落下しない。肩に突き刺した剣を引き抜き、幽鬼にトドメを刺そうと試みる。だが、その前に彼女の脳裏に最悪の光景がよぎった。

必殺術ファイナルスキル――、」

 互いに攻撃を避けられないこの状況で有利なのは幽鬼だ。惨劇開幕グランギニョルの発動を許せば負けが確定してしまう。

 だが、逃げ場はない。詰みだ。

惨劇開幕グランギニョルッ!!」

 幽鬼はもう一度、刃を突き立てる。たとえ剣が折れていようとも、初撃を決めてしまえば後は鎧の幽霊が攻撃してくれる。何も問題はない。初撃さえ決まれば。

「なッ――!?」

 紅宝は自ら後方へと倒れ、列車の外へと身を乗り出した。

「諦めたわけではありませんわ。」

 紅宝の瞳には輝きが灯っていた。

必殺術ファイナルスキル――、」

 彼女の剣がいっそう輝き、目がくらむほどの星のような白い光を放つ。

「我を砕いて見せよ《アダマス・アステリズム》。」

 ホログラム模様を帯びた白い刃の光線が放たれる。線路も、客車も、機関車も、地面さえも巻き込んで一直線に両断した。

 唯一の例外は幽鬼だけだった。無情にも紅宝は地面に叩きつけられ、後方へと遠ざかっていった。


「間に合う……!?」

 両断された列車はバランスを失って傾き始める。すぐにでも崩壊し、巻き込まれたならば無事では済まない。しかし、勝利を告げるアナウンスは聞こえてこない。

「やるしかない……!!」

 幽鬼スペクターは高速で移動する列車から飛び降りた。できるだけ勢いをつけて、地面との相対速度を下げる。その瞬間、背後で客車が崩壊して轟音が腹の底を揺さぶる。

「ぅぐッッッ――!!!!」

 地面との衝撃、肩の傷、身体が軋む痛みが幽鬼を襲う。それでも必死で身体を丸め、勢いを殺すことに専念した。

 やがて完全に停止するころには、至る所に切傷と擦傷ができていた。それでもまだ立てるのは、十分な受け身を取れたからだ。防術があるとはいえ、受け身を取れなかった紅宝ラトランジュが無事だとは思えない。

 しかし、列車が止まった以上、紅宝が場外に出ることはなくなった。時間切れを狙うこともできるが、紅宝が戦術を使っていないため、目視での状況確認がしたいところだ。

 幸いにもその願いはすぐに叶った。直線道が続いていたため、遠くに紅宝の姿を確認できたのだ。

「歩いてる……!?」

 細かい様子は分からないが、確かに彼女は近づいているように見えた。だが、戦えるようには見えない。そして、未だに剣術と防術が適用されていることから、彼女の戦術が効果時間を伸ばす類のものだと確信できた。放っておけば時間切れで勝利は確定する。そう思っていた。


<<残り三十秒です。>>

 そのアナウンスが聞こえたとき、彼女は目の前に現れた。

「……すごいね、あなた。」

 幽鬼は少し引きつった笑みを浮かべた。紅宝の姿は血と塵にまみれ、左腕は力無く垂れ下がっている。

 それでも彼女は剣を突きつけた。幽鬼もそれに返す。

「やろうか、真剣勝負。」

<<残り二十秒です。>>

 幽鬼はいっきに踏み込んだ。折れた剣のリーチでは離れるほど不利になる。近接格闘戦に持ち込まなければならない。

 だが、それは紅宝も理解している。後退しながら間合いを保ち、剣で牽制する。だが、今の彼女に剣は重すぎた。

「はッ――!!」

 動きの鈍い右手を狙い、幽鬼の回し蹴りが命中する。弾かれた剣が地面へと突き刺さった。さらに追撃のハイキック。だが、これは空を切った。

 しゃがんだ紅宝が凶悪な一撃を放ち、命中した。

「はぁっ――!?!?」

 幽鬼にダメージはない。だからこそ、彼女は耐えられない。

「お返しっ……ですわ……!!」

 紅宝の放った一撃、それはスカート捲りだった。彼女はスカートの裾を掴み、渾身の力で思いっきり捲りあげた。

「黒ですわーーーッッッ!!!!」

「ふざけんなっ……!!」

 幽鬼は紅宝の腕を掴んでスカートを戻そうとする。だが、その隙を突いて紅宝の頭突きがクリティカルヒットしてしまう。

<<残り十秒です。>>

 よろめく幽鬼から視線を離さず、紅宝は自分の剣を回収する。そして、幽鬼へ突きを放つ。

「あ˝ぁッッッ――!!!!」

 その切っ先は幽鬼の左わき腹を貫通した。剣術を発動している今、そのまま切り上げられたら心臓に命中して幽鬼の敗北が確定する。

 それだけではない。この一撃で時間切れ勝利が際どくなった。一刻も早くトドメを刺さなければならない。

<残り五秒です。>

「はぁぁぁあああッッッ!!!!」

「このぉぉぉおおおッッッ!!!!」

 幽鬼は剣が刺さったまま紅宝に接近する。紅宝は切り上げようとするものの、腕を掴まれて阻まれる。逃げることもできず、力で押し勝つしかない。

<<三、>>

 そして、幽鬼は右手の剣を逆手で持ち、大きく振り上げる。

<<二、>>

 その剣が紅宝の胸へと振りかざされる。

<<一、>>

「「絶対に勝つッッッ!!!!」」

<<終戦オーバー!!>>

 互いに剣を突き立てたまま動かない。血が滴る音が聞こえるほどの静寂が広がった。それを切り裂いたのは、続くアナウンス。

<<勝者ウィナー幽鬼スペクター!!>>

 紅宝の身体が光に包まれる。

「……ふふっ、勇剣ヴレイブは……強いですわよ……!!」

「勝って、くださいまし……!!」

 彼女は微笑むと、光となって消えていった。



 

「やはり幽鬼が勝つか。」

 星我は一人、リビングで戦闘のリプレイを視聴していた。

 今回の戦いは突発のだったが、幽鬼の初円卓戦だ。かなり変則的な戦闘で参考にはならないと思っていたが、幽鬼の蹴りによる格闘戦闘の情報は貴重だった。剣に気を取られて鋭い蹴りを食らう、などということは避けなければならない。

「もう一度見るか。」

 星我が戦闘終盤まで再生時間を戻そうとすると、その視界を星羅が遮った。

「兄さん!!」

 普段は穏やかな彼女が珍しく怒りの表情を見せた。だが、星我は身に覚えがなかった。

「画面が見えない。どいてくれ。」

 しかし、星羅は立ちふさがったまま頬を膨らませる。

「一回なら、まぁ、仕方ないと思います。事故ですから。」

「でも! 何度も何度もスカート捲りのシーンばかり見ないでください!」

 星羅は顔を赤らめて叫んだ。だが、それは勘違いだ。

「俺は幽鬼の蹴りが見たいだけだ。他意はない。」

 星羅はその言葉に疑惑の視線を送る。

「エッチな目で見てないんですね?」

「あぁ、見てない。」

 星羅は星我の目を見て真偽を見定める。

「……なら、いいですけど。」

 ようやく星羅は画面の前から退いた。そして、星我の隣に座る。

「楽しみですか? 幽鬼さんと戦うのは?」

「あぁ。」

 ついに今週末となった幽鬼との決闘。いずれ戦うことになると星我は思っていたが、幽鬼が無敗で勝ちあがるとまでは予想していなかった。

「絶対に、俺が勝つ。」

 彼は拳を握り締め、不敵な笑みを浮かべた。


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