第4話 最強の名
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雲を貫いた塔の上。二人の剣士がにらみ合う。
先に動いたのは毛皮を纏った男。
それを迎え撃つのは赤いマントの男。男はマントをひらひらを振り、
「闘牛ってかァッ!?」
猛獣の突進をマントの男は紙一重で避けて見せる。
しかし、猛獣はそれでは終わらない。剣を地面に突き立てると、それを軸にして回し蹴りを放った。だが、それさえも男は躱した。
その後も猛獣の攻撃は終わることを知らない。大ぶりな一撃だが、その全てが急所を確実に捉える剣線を描く。そうとうな手練れだ。
「チィッ!!
「捕食者の
無骨な大剣を振りかざし、叩きつける。その単純な一撃が足場を粉々に砕いた。衝撃で瓦礫が飛び散り、
足場を失い宙を舞う体勢では回避不可能。マントの男は塔の内壁に叩きつけられた。だが、猛獣は止まらない。
「
「
崩れ落ちる瓦礫の中、彼はそれを足場にして跳躍してマントの男に接近する。その最中でも砕けた岩をつかみ取ると、マントの男へ向かって投石し、攻撃を止めない。
マントの男は壁に剣を突き立てて落下を防いでいた。その不安定な状態でも、軽い身のこなしで投石を避けてみせる。
「
その瞬間だった。マントの男は壁を蹴ると、落下する瓦礫に飛び乗った。
「なんッ――!!」
本来は
「このくらいは当然だ。」
だが、
「野獣の
その言葉は獣の唸り声のようだった。そして、
その怪物を討たんと、マントの男が剣で薙ぎ払う。瞬きも許されないほどの早業。だが、その刃は火花を散らして動きを止める。
そして、猛獣の蹴りがマントの男を捉えた。彼は塔の奈落へと叩きつけられた。
「チッ、反応の良い奴だ。」
その蹴りはわずかに掠めただけだった。猛獣は瓦礫を蹴り飛ばし、自らも奈落へと飛び込んだ。
塔の底。
だが、猛獣には意味がない。聴覚、嗅覚、研ぎ澄まされた五感が状況を鮮明に映し出す。
「ここは俺の縄張りだ。」
猛獣は大剣をやすやすと振りかざし、猛攻を仕掛ける。マントの男はそれをいなし続けるが、決して余裕はない。跳ね回り、転げまわり、即死級の剣戟を泥臭くしのいでいた。
「いい加減、使ったらどうだ?
「潮時だな。」
壁が粉砕される。だが、そこにマントの男はいない。彼は剣を傾けることで、横に弾かれる形で脱出したのだ。
そして、今度は彼から攻撃を仕掛ける。鋭い横薙ぎ。だが、その攻撃の先には、すでに防御の構えをした大剣が待ち構えていた。
「ッ――!?」
しかし、その勢いを利用して、マントの男は間髪入れずに二撃目の構えを取った。そして、繰り出されたのは、正反対からの切り上げ。大剣では防御が間に合わず、利き腕に傷をつけられた。
「……浅いな。」
だが、毛皮と筋肉に阻まれ傷は浅い。
「図に乗るなよッ!!」
猛獣は何事もなかったかのように大剣を振るう。だが、それはもう届かない。紙一重で躱される。
「お前の攻撃は無駄がない。だから避けやすい。」
マントの男は攻撃の隙をつき、もう一太刀浴びせる。今度は腹部だ。さすがの猛獣でも、ダメージは免れない。
「ガッ……はァッ……!!」
それでも、猛獣は膝をつかない。
「今、楽にしてやる。」
「
マントの男は剣を上段で構え、切っ先を向ける。猛獣は逃れるために跳躍の体勢を取った。しかし、それは叶わなかった。
「ぬぅッ……!!」
猛獣は青白い光の十字架に磔となり、自由を奪われた。それでも抗い、怪力を以て破壊しようと試みる。十字架が軋み、亀裂が入る。マントの男は身体を大きく捻り、宙を回転しながら間合いを詰めた。
「
一瞬の剣撃。光の粒子が星屑のように瞬き、残像となって剣線を描く。交わる二つの斬撃が十字を形作り、
「お前はまだ強くなれる。」
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この剣戟世界において、その名を知らない者はいない。そして、彼を超える者もいない。
「……やっぱりアイツだ。」
優希はモニターに映る
以前に戦った初期装備の男。間違いなく初心者の動きではなかった。紙一重の回避を繰り返す動きが勇剣によく似ていた。
「まぁ、いいか。」
いずれにせよ確かめる術はない。それに同一人物だったからといってやることは変わらない。
学校の最寄り駅。通勤と通学の人々が箱詰めの車内から解放される。それでも、人々が同じ方向へと歩みを進めるため、人混みからは抜け出せない。
駅の出口までたどり着くと、ようやく密度も下がる。代わりに同じ学校の生徒の割合は上がるのだが。
「あっ、ゆっきーじゃん!」
優希に声をかけたのは同じ学校の女生徒。優希よりも少し背が高く、背中には竹刀の入った袋を背負っていた。
「ねぇねぇ、もう部活来ないの?」
「はい、忙しいので。」
その女生徒は先輩であるため敬語で対応する。
「嘘だ~、絶対に久美子の後輩いびりが原因でしょ~?」
優希の配慮を彼女は平然と踏みにじる。
「あいつマジでウザくてさ~。無駄に熱血?みたいなさぁ。」
「ゆっきー辞めて調子乗ってるし、マジでボコってよ、ゆきえも~ん。」
女生徒は親しくもないのに優希に抱き着いて胸を押し当てる。この先輩は男遊びが激しい。おそらくこのようにして自分の要求を通しているのだろう。
「赤川先輩に頼めばいいじゃないですか。」
赤川は男子剣道部の主将だ。それでいてこの女生徒の彼氏だ。男女混合の模擬戦の時にでもやってもらえばいい。
「いやぁ~、アイツ別れちゃったから頼めないんだよね~。」
女生徒は視線をそらし、不愉快そうな表情を浮かべる。
「アイツ胸の揉み方がキモいんだよね~。童貞丸出しって感じでさ~。」
いつまで聞かされるのやらと辟易していた優希だが、突如として女生徒の態度が変わった。
「あっ、坂本くんっ! おはよっ!」
「あぁ、おはよう。植野さん。」
坂本と呼ばれた男は背が高く、鼻筋の通った中々の美男だった。間違いなく植野は彼を狙っている。
「そちらの方は?」
坂本は優希の方へ視線を向ける。だが、植野はその間に立って視界を遮った。
「あぁ、この子は後輩ちゃん。それより早く学校行こっ! 昨日の宿題で分からないところがあって……。」
植野は坂本の腕を引いて優希から遠ざかっていく。植野は去り際に優希を睨んだ。坂本に手を出すなということだろう。
もとよりその気はないが、優希は道を変えて距離を取った。
こちらの道は遠回りになる。ただ、その分人通りが少なく、優希としては気が楽だった。だったのだが……。
「あっれ~、おかしいなぁ……?」
車椅子に乗った同じ制服の女生徒。だが、道の端で頭と空間モニターをぐるぐると回している。
優希はその横をできる限り速く、距離を取って通り過ぎようとする。二度も面倒ごとに巻き込まれたくはない。
「あぁーっ!! 同じ制服!!」
優希は黙って通り過ぎた。顔を背けて。
「ねぇーっ!! ねぇーってば!!」
車椅子の女生徒は大きな声と大きな身振りで優希を振り向かせようとする。
「……なに。」
優希はできるだけ露骨に嫌そうな顔をした。話しかけないでというオーラを全力で放つ。
「えーっと……、学校ってこっちで合ってる?」
女生徒は優希の進む方向を指さす。
「あっちからの方が近い。」
優希は反対を指さす。本来通るはずだった道だ。この時間ならまだ生徒の姿も見えるはずだ。ついて行けばたどり着けるだろう。
「なんであなたはこっちに行くの?」
当然の疑問だ。わざわざ遠回りしているのだから。
「関係無いでしょ。」
優希は突き放すように答えると先に歩み始めた。
優希の後を車椅子の女生徒はついて行った。目的地が同じなのだから当然だ。だが、優希は後をつけられているような気分がして落ち着かなかった。無意識のうちに足取りが速くなる。二人の距離は少しずつ開いて行った。
優希が信号を渡り終えた時だった。歩行者信号が点滅し、赤へと切り替わる。不意に優希は後ろを振り返った。
車椅子の女生徒は信号に引っ掛かり足止めを食らっていた。
学校まではもう近い。道も複雑ではないし、伝えればわかるだろう。
「次の交差点、左だから。」
だが、無慈悲にも目の前をトラックが通り過ぎる。ここは車の通りが多く、声は届きそうもない。
しばらくして歩行者信号が青に変わった。女生徒は左右を確認すると優希の方へ進んだ。
「やっぱり優しいね。」
「次、左だから。」
にこりと笑う女生徒を置いて優希は歩み始めた。今度はその横を女生徒が並走する。
「ツンデレってやつだ! 漫画で見たことあるよ。」
「違う。」
「私、
優希は答えない。
「ツンちゃんは何年生なの? 大人っぽいし先輩かな。」
「剣崎優希。二年。」
変なあだ名をつけられては困る。広まりでもしたら最悪だ。優希は最小限の言葉で答えた。
「同い年かぁ~。もしかしたらツンちゃんと同じクラスかも!」
「次その名前で呼んだら無視するから。」
交差点を左折した先。視線の先には校舎が見える。だが、その前に障害が立ちはだかる。
「あぁ、そうだった。」
「うへぇ、坂だぁ~~~!!」
急な坂ではない。だがそれは歩ける者にとっての話だ。車椅子の三葉には負担になるだろう。
「これで貸し三つ。」
優希は三葉の後ろに回ると車椅子を押して上り始めた。
「えっ! あと二つは何!?」
「道案内二回分。忘れないで。」
「えぇ~、じゃあ~……、」
三葉は背もたれに身を預け、空を見上げる。
「まず、友達になってあげる。」
「……はぁ?」
優希のことは気にも留めず、三葉は続ける。
「それから、お昼一緒に食べてあげる。」
「あと……、一緒に登校してあげる!」
三葉は優希の方を振り返ると指を三本立てて見せた。
「これで三つ!」
三葉は無垢な笑顔を向ける。優希はそれを直視できずに顔をそむけた。
「……貸し三つだから。」
「なんでぇ~~~っ!?」
「ありがとね、優希。」
校門を通り抜け、二人は職員室を訪れた。三葉が用事があるらしい。優希は軽く手を振ると教室へと向かった。
特に代わりのない教室。好きな場所ではないが、慣れないことをした後では、いつも通りのこの場所が少し落ち着く。
しばらくしてチャイムが鳴る。扉が開くと担任の教師が顔を出した。
「はいはい、みんな静かに~。」
ざわつく生徒たちを鎮めると、担任が話を切り出した。
「みんなもう気づいてるかな~。なんと! このクラスに転校生が来ます!」
再び教室がざわめく。男だとか女だとか、それらしい人を見たとか、憶測が教室を飛び交う。だが、優希には思い当たる人物がいた。
「入ってきてください。」
担任が転校生を招き入れる。少しの間を置いて扉が開く。ざわめいていた教室が静まり、固唾を飲んでその扉の向こうを見据えた。
そこにいたのは車椅子の女生徒。それが予想外だったのか、動揺を隠せない囁きがいくつか聞こえた。
しかし、彼女はそんなことは意にも留めず、堂々と教卓の横について生徒たちと向き合った。
「倉部三葉です! 親の仕事の都合で転校してきました!」
「こう見えて結構動けます!」
三葉は車椅子でターンして見せると、腰に手をあててポーズを決めた。
「みんなにはちょっと迷惑かけるかもだけど、優しくしてくれたら嬉しいなっ!」
三葉はピースしてニコっと笑う。教室にわき出した動揺は既に無く、歓迎の拍手が鳴り響いた。
(……陽キャだ。)
三葉は優希と反対側の席へ向かう。その間にも何人かの生徒と言葉を交わしている。
「それでは、授業を始めますね。」
チャイムが再び鳴る。授業の終わりだ。担任が教室を後にすると、各々が自由に動き出す。その多くが、荷物を持って教室を出る。次の授業が体育だからだ。優希も荷物を持って立ち上がった。
ふと、優希は三葉を見た。更衣室の場所を知らないだろうと思ったからだ。しかし、その心配は無用だった。すでに何人かの女生徒に囲まれて談笑している。問題はないだろう。優希は教室を後にした。
生徒たちは体育館に集まった。今日は男子と女子が半々に区切ってその場所を使う。準備運動を終えた生徒たちは各々の場所へ向かった。半面しか使えない以上、全員同時にはできない。試合に出る者と座って待つものに分かれた。
「おい、剣崎が試合出るぞ……!!」
ネットで区切られて向こう。男子生徒が優希の方を見ていた。だが、そちらに向いた気をホイッスルが目の前へと集中させた。
ボールが高く放り投げられる。向かい合う優希と女生徒。先に跳んだのは優希だった。手を伸ばし、味方へとボールを託す。それを受け取ったのを見届けると優希は着地した。
「おぉ!! 揺れたっ!!」
ネットの向こうから小さく歓声が上がる。それはプレーを称えるものではない。
(だから体育嫌いなんだ……。)
優希は味方に攻撃を任せてディフェンスに回る。自らに向けられていた視線の先が駆け回る女生徒たちへと変わる。そして、シュートが決まると再び歓声が上がった。
相手チームの攻撃。ショートカットの女生徒がドリブルで迫る。そして、一人、二人と華麗に抜き去った。そして優希と対面する。
抜き去ろうとフェイントを仕掛けるショートの女生徒。だが、優希の張り付くようなディフェンスを突破するには至らない。
諦めてパスを出した瞬間だった。優希は瞬時に回り込んでそれを阻止すると、ドリブルで攻勢に転じた。
「ヤベ、スッゲぇ!!」
今度はプレーへの称賛。だが、優希はすぐにパスを出してシュートをゆだねた。
しばらく、同じ展開が続いた。優希がボールを奪い、チームメイトが点を取る。黄金のパターンだ。しかし、相手もそれを許し続けはしない。優希には常に二人以上のマークが付きまとい、ボールに近づくことさえ許されなかった。。
ついに同点に追いつかれた。相手ボールからスタート。残り十二秒。完全にマークされた優希はやる気なく棒立ちしていた。
チームメイトがボールを奪い、攻勢に回る。おそらく勝てる。そして相手は負ける。それを感じ取ったのか、無気力の優希のマークを止め、一人がボールを奪いに動いた。だが、間に合わない。
シュートが放たれる。全員が終わったと錯覚し、動きを止める。ただ一人、優希を除いて。
無情にもボールはゴールを拒んだ。弾かれたボールを手にしたのはショートの女生徒。形勢が逆転する。はずだった。
「なんで……そこにいるのっ!?」
マークを破り抜いた優希がボールを掠め取る。
残り三秒。優希はシュートを打ってくれる味方を探す。男子生徒の視線を嫌っているだけではない。スリーポイントの外、ここでは確実性に欠ける。だから託す。一人だけだが、パスに対応できる人がいる。
「いっけぇぇぇえええ!! ゆうきぃぃぃいいいい!!」
誰かが優希の名を叫ぶ。シュートを放てと。それは無責任だ。失敗すれば責められるのは優希だ。勝手な期待も、失望も、心底うんざりしているんだ。
ボールが宙を翔ける。人々の頭上を遥か高く。意識はしていなかった。
(あぁ……やっちゃった。)
終了のアラームが体育館に響き渡る。そして、ボールが床を叩きながらバウンドし、力尽きて床を転がった。
「ナイスーーーッ!! ツンちゃーーーんッ!!」
三葉が笑顔で呼びかける。そんな姿が自分に向けられたのはいつ以来だろうか。優希の心の底から喜びが沸き上がり、支配していた不安や恐怖を拭い去った。
「――当然。」
優希は届かないであろう声の代わりに親指を立てた。
「なぁ、さっきの見たかっ!?」
「あぁ、スゲぇシュートだった。」
男子生徒の声が聞こえる。どうやら今度はちゃんとプレーを見ていたらしい。
「違ぇって!! おっぱいだよおっぱい!!」
「なんかこう……どゆんって感じか? 確かな重み!!っつうか……、」
興奮する男子生徒の口調が徐々に静かになった。座る彼らに影が落ちる。優希はしゃがむとネット越しに冷たい視線を送りつけた。
「ねぇ、そういうのやめてくれる?」
口角は上がっているが、目は全く笑っていない。
「……はい。」
その目から逃げるように彼らはくるっと背中を向けた。
優希がタオルで汗を拭いていると、三葉がその隣りへ訪れた。
「すごかったね、さっきの。」
「……。」
優希は視線だけちらりと向けると再び前へと戻した。
「えっ、なんで怒ってんの? なんかしたっけ?」
「……ツンちゃんって呼んだ。でかい声で。」
三葉はきょとんとした様子だったが、腹を抱えて笑いだした。優希は立ち上がってその場から離れる。
「ご、ごめん! そんなので怒るとか思わなくってさ!」
三葉が呼び止めると、優希は少し距離を置いて座る。だが三葉がその距離を縮める。
「なんかもったいないよ。そうやって人と壁作ってさ。絶対みんな仲良くなりたいって! 少なくとも私はなりたい。」
「私はそう思わない。」
「……ふーん。」
二人はそれ以上、話すことはなかった。だが、三葉の存在が優希の、
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