第7話、サイドオブアサヒ2

 ~1~

 あの後、私達はランニングをこなしつつ部隊へとかえった。その頃には既に、イブキの調子はすっかり元にもどっていた。演習場には既に全員集合していて、遅れて演習場に来た私達はかなりおどろかれたけど。教官が私達に特別強化訓練メニューを課していたと説明した為、隊員達は全員納得した。

 謹慎期間中の訓練不足を補う為の特別メニューだと、教官は説明していた。それはまあ納得出来るんだけど。だけど……

 特別強化訓練メニューって……

 私は、さりげなく訓練名くんれんめいにおののいていた。けど、それはまあ秘密だ。まあそれはともかくとして、私とイブキの二人はそれぞれ何時いつも通りの訓練に戻った。

 今日の訓練くんれんは、基礎体力訓練をこなした後に本格的な実践訓練を行った。模擬戦用のゴム弾がび交う中、私達は訓練用のアサルトライフルを手に広大な演習場の中を駆け回った。

 少しでも動きがにぶれば、教官から罵声ばせいが飛んでくる。私達は必死にゴム弾が飛び交う演習場を走り回った。演習場を走り回り、ゴム弾を必死ひっしに掻い潜って敵チームに向かってゴム弾を撃ってゆく。

 そうして、ようやく訓練が終了しゅうりょうした。私達はくたくたになりながら、それぞれの部屋へと戻ってゆく。私とユキも、自分達の部屋に戻った。

 たった一日の外出がいしゅつだった筈なのに、何故か自室がなつかしい気がしてくる。けどまあそんな雰囲気は欠片も出さない。

 もし、そんな気配を出そうものなら、ユキに変な誤解ごかいを与えかねないから。

 ユキに誤解をさせてはいけない。のだけど……

「ねえ、アサヒちゃん!昨日きのうはイブキ君と一緒に外出がいしゅつしたんだよね?」

「……訓練の直後だって言うのに、随分ずいぶん元気げんきね。もう少し、アリカ教官にきつめの訓練でもたのもうかしら?」

 私は話題をらす為に、わざとユキのされたくないであろう話をした。

 ユキもそれをさっしているのか、嫌そうな顔をしていたけど。直後、にんまりととても嫌らしいみを浮かべていた。どうやら、私の意図いとは察しているらしい。とても嫌らしい、悪い笑みを浮かべて私を見ている。まるで、悪戯好いたずらずきの子供のような笑顔だと思った。

 その笑みが何だか嫌だったので、私は思わずのけぞってしまう。

「それは嫌だね!でも、アサヒちゃんがそんな話をしてわざと話題をらすって言う事はつまり、イブキ君と何かあったね‼」

「……………………」

「あ、その反応は図星ずぼしだね!絶対になにかあったんだ!って言うか、アサヒちゃんの乙女な顔は中々にレアだよっ‼うわーっ、すっごい可愛かわいい‼」

「……ごめん、少しだけテンションをとしてくれない?」

 そんな私の懇願こんがんすら、ユキは無視むししてとても興味深そうに聞いてくる。

 本当、どうしてこんなにもこの子はこんな話題に興味津々なのか?

 そう思うけど、ユキはそれでも私をのがしてはくれない。というか、むしろ更にテンションを爆増ばくぞうさせる結果になってしまった。

「で?で?アサヒちゃんが其処そこまで顔を真っ赤にして乙女おとめな反応をするっていう事はやっぱりイブキ君とはなにかあったの?それとも、もしかしてもしかする?イブキ君とは行くところまで行っちゃった?ついに大人おとなの階段を昇っちゃいました?」

 きゃーっ‼と黄色い歓声かんせいを上げてユキのテンションがマックスになった。いや本当にどうしてこんなにテンションがたかいの?意味がからないんだけど。というか大人の階段って、私とイブキが?

 流石に、話が飛躍ひやくし過ぎていないかしら?

 私と、イブキが……

 イブキ……

 思い出す。あのよる、イブキと屋上おくじょうでしたキスを。イブキ自身は混乱していて其処まで詳細におぼえていないだろうけど。私ってばあの時、イブキを相手にかなり大胆な事をしていたのよね。

 あの時の、事を……

 イブキとのキス。ふかく、舌まで入れてからみ合うような濃厚なキスを……

 絡み合う舌。唾がかなでる嫌らしい音。高鳴る鼓動こどう……

「~~~~~っっ‼」

 いや、本当に私ってば何て大胆だいたんな事をしているのよ‼流石にあの時のテンションがおかしすぎたとはいえ、これじゃあ私が変態へんたいみたいじゃない‼

 うわ~‼ああ~‼思い出したくない。これ以上考えたら、余計に自爆じばくしてしまうような気がする‼

 そんな私を、にまにまととてもいやらしい表情でユキは見詰みつめていた。まるで、友人のとても面白い姿すがたを見てしまったとでも言わんばかりの表情だった。

 いや、本当にこれ以上は勘弁かんべんして下さい。

 ぐああっ‼このまま地面にあなを掘って、もぐり込んだまま出たくない‼

 そんな私の肩を、ユキはぽんっとやさしく叩いた。先程までの嫌らしい笑みは一体何だったのだろうか?とても優しい、何処かさとりでも開いた僧侶そうりょのような穏やかな表情を浮かべている。いや、何でよ?

「アサヒちゃん、イブキ君とアサヒちゃんの間に一体何があったのかは私にもよく分からないけど、それでも私はアサヒちゃんの恋路こいじを応援するよ」

「……ごめん、それ以上は本当に勘弁かんべんして」

「だがことわるっ‼他でもないアサヒちゃんのためだもの、私がひとはだでもふたはだでも脱ぎましょう‼そして、アサヒちゃんとイブキ君の恋路こいじを眺めて私達は絶対に悦を得るんだ‼」

「…………貴女、本当はそれが目的もくてきでしょう」

「もちろんっ‼」

 堂々とうなずいてみせたユキに、私は思わず肩を脱力だつりょくさせてしまった。

 本当、どうしてこうなったのか?からなかった。

 分かりたくもなかった。

 私は現実逃避気味に、昨夜イブキと話したあとの事を考える。

 ~2~

 時は遡って、昨日の夜。屋上からりてきた私はイブキの義父、叢雲むらくもフブキと鉢合わせた。顔を真っ赤にして下りてきた私を、彼は首をかしげて見ていたけど、やがて何かに納得したのか一人頷いていた。

 いや、今の一瞬で何を理解りかいしたのだろうか?今でも分からない。

 まあ、それはともかくだ。私はそろそろる為、部屋にもどろうとした。其処を彼に呼び止められた。

「ああ、えっと?アサヒさん、でしたよね?」

「えっと、はい。何か用事ようじですか?」

「いえ、用事という程重要な話でもないのですが……」

 何処か、要領ようりょうを得ない。歯にものがはさまったような物言いをする。

 思わず、私は怪訝けげんな表情で首をかしげた。果たして、フブキさんはこの時に一体何を考えていたのだろうか?からないけど、ともかくフブキさんは少しだけ言い辛そうにしきりに視線をおよがせていた。

 何処か、もうし訳なさそうな表情をしていたのを、今でもおぼえている。

「えっと、私もそろそろようと思っているんですけど。何かはなしたい事があるなら早めに済ませて貰えるとたすかります」

 そう、敢えてかす事でフブキさんが言い出しやすいようにする。その意図が上手く伝わったのかは分からないけど、フブキさんは深々と私に頭を下げた。

もうし訳ありません。こればかりは、僕も非常ひじょうに言い出しにくい話でして」

「……………………」

「はい、もちろんはなします。大丈夫だいじょうぶです、はい。えっと、アサヒさんはイブキ君の事が好きなんですよね?」

「っ、ごほっごほっ‼えっと、あの?」

「ああ、すいません。えっと、其処まで野暮やぼな話でも無いんです。えっと、アサヒさんはイブキ君にどんな秘密ひみつがあろうとそれを受けめてくれるのでしょうか?」

「……?それは、一体どういう意味いみですか?」

「…………はい、この際だからち明けますが。えっと、僕がイブキ君の機械仕掛けの神威を移植いしょくしたんです。いえ、機械仕掛けの神威自体が、僕の発明はつめいなんです」

「っ⁉」

 正直、私はこの時驚いていたのだろう。いや、驚いていたという表現そのものが生温いと言えるかもしれない。私は愕然がくぜんとしていた。

 叢雲フブキが、イブキに機械仕掛けの神威を移植いしょくした張本人?いや、機械仕掛けの神威そのものの開発者かいはつしゃだって?その事実に、私は思わず耳をうたがってしまった。

 けど、フブキさんの反応を見たらうそを吐いているようには見えなかった。

 とりあえず、そのまま話を聞く事にした。

「ええ、その反応は理解出来ます。正直、今でもイブキ君にはわるい事をしたと心から反省しています。その事で、罵倒ばとうを受ける覚悟もばつを受ける覚悟も出来ています」

「……いえ、そんな事はどうでも良いです。ただ、フブキさんには二つほどきたい事が出来ました。少しばかり良いでしょうか?」

「……はい、何でしょうか?」

 少しばかり、意気消沈いきしょうちんしたようにフブキさんが聞く。どうやら、素直に質問に答える覚悟は出来ているらしい。なら、私から聞く事はすでまっている。

 私からの質問はおもに二つだ。

「まず一つ、イブキの機械仕掛けの神威。あれには私達に移植いしょくされたものとは全く異なる何か別の装置そうちが搭載されてますね?あれが何かこたえられますか?」

「……はい、その質問しつもんに答えるにはまず機械仕掛けの神威としての本質から触れる必要がありますね」

「機械仕掛けの神威としての、本質?」

「はい、まずさきに言っておきますと。機械仕掛けの神威とは、脳機能のうきのうを拡張させる為の追加演算補助装置なんです。脳の機能を拡張して補助ほじょする事で、人類をより高次の精神生命へと進化しんかさせる事を目的としているんです」

「それが、機械仕掛けの神威の本質だと。そういう事ですか?」

「そうです、イブキ君に移植された機械仕掛けの神威がより高性能こうせいのうなのは、恐らくイブキ君に搭載とうさいされたものがオリジナルだったからでしょう。つまり、より演算補助装置としての機能きのうたかいという事ですね。もちろん、ブラックボックスとも呼べるものが存在しない訳ではありませんけど」

「そうですか、では二つ目の質問です。イブキは、機械仕掛けの神威を移植するのに納得していたんですか?本人の同意どういはあったんですか?」

「……はい、こればかりはイブキ君自身がめた事です」

「そう、ですか。イブキは何て?」

「…………イブキ君は、何もまもれずに後悔こうかいするのは嫌だと。自分の大切なものを守れるだけのつよさが欲しいと言っていました」

「そう、ですか……」

 私は思わず、唇を強くみ締める。少しだけ、の味がした。

 実に、イブキらしいと思う。けど、同時に当時のイブキの心情しんじょうを考えてどうしてもやるせない気持きもちにもなった。イブキの気持ちが、いたい程に理解出来たから。

 どうして、こんなにも彼がくるしい思いをしないといけないのか?どうして、イブキがあそこまでつらい思いをしないといけないのか?何もからない。分かりたくなんてなかった。どうして、イブキが其処そこまで一人、かかえ込まないといけないのか。

 これでは、イブキにこわれるまで圧力をかけ続けているみたいじゃないか。

 そんなのは、絶対に嫌だった。だから、私は……

「そうですか。では、私から言う事はもう一つぐらいしかありません」

「それは、何でしょうか?」

 私は、一呼吸だけ間を置いて。叢雲フブキを真っ直ぐた。

 その視線しせんに、フブキさんはわずかに息を呑んだようだった。

「イブキとは、一度ゆっくりとはなして下さい。その結果、どのような結末けつまつになろうとフブキさん自身のくちで、イブキと話して下さい。それだけが、私の言うべき事だと思います」

「……………………」

 その言葉に、フブキさんはしばらくだまり込んだまま何も言わなかった。私はそれでもあえてフブキさん本人から口をひらくのを待った。此処からさきは、私から口を出すべきじゃないだろうと、そう判断したから。

 だから、黙ってフブキさんの反応をった。すると、やがてフブキさんは覚悟を決めたように重々しく頷いた。

「そう、ですね。分かりました。イブキ君とは、二人で話す事にします」

「はい、是非ぜひそうして下さい……」

 そう言って、今度こそ私は部屋に戻ってた。

 ~3~

 回想かいそう終了しゅうりょう……

 あの後、フブキさんは果たしてイブキと直接話せたのだろうか?まあ、恐らくは話したのだろうけど。それでも気にしてしまうのは人情にんじょうというものだろう。

 まあ、今はそんな事をかんがえている場合ではないだろう。先ず、真っ先に妄想もうそうの世界にトリップしているユキを何とかするのが先決せんけつだろうと思う。

 真っ直ぐ、ユキをにらみ付けるように見据えた。その視線に、ユキはわずかに空気の重さを悟ったのだろうか。表情をかたくした。

「それより、一つだけ聞きたい事があるんだけど。良いかしら?」

「うん、何?」

「さっき、さりげなくって言っていなかった?」

「言っていたっけ?」

「言ってたわよ。私とイブキの恋路こいじを眺めて私達はえつを得るって」

「…………ぷひゅ~、ひゅ~~っ」

 ……こいつ、ごまかし方が下手へた過ぎないだろうか?

 そっと、ユキのげ場をふさぐように回り込んで、私はユキの肩を掴んだ。

「……ねえ、ユキ。少しだけいかしら?」

「な、ななな、何かな?アサヒちゃん。か、顔がこわいよ?ほら、アサヒちゃんはとても可愛かわいいんだからもっと笑おうよ。ね?」

「素直にきなさい。私達って、貴女とだれ?」

「…………はい、私とギンガ君です」

 少しだけ、ほんの少しユキを威圧いあつすると案外あっさりとユキは白状はくじょうした。

 やはり、獅子堂ギンガか。最近、やけにユキとギンガのなかが良いとは思っていたけどまさかうらで私とイブキの関係を見てえつを得ていたなんて。

 流石に思いもしなかった。くそっ、獅子堂ギンガめ‼

 ギンガがとてもいやな笑みを浮かべて高笑たかわらいしている姿が思い浮かぶ。

「けど、貴女達って其処までなかが良かったっけ?まさか、私達の関係かんけいを見て悦を得たい為だけに其処まで仲良なかよくなったって訳でもないでしょうし……」

「……う~ん、まあアサヒちゃんだから白状はくじょうするんだけどさ。実は、私達って付き合っているんだよね?というか、つい最近ギンガ君から告白こくはくされちゃった」

「…………はい?」

「いや、だから。私とギンガ君は付き合っているの。まあ、話してみれば以外と馬が合うから今はお試しで付き合っている的な?」

「流石に予想外よそうがい

 思わず、私は呆然とつぶやいてしまった。やけに最近仲が良いとは思っていたけど。まさか恋仲こいなかにまで発展はってんしているとは。というか、ユキに其処までの行動力があるなんて流石に予想外過ぎた。

 いや、ユキの行動力以前に告白こくはくしたのはギンガの方だったらしいけど。それでも仲が進展するのがはやすぎないだろうか?

 思わず呆然ぼうぜんとしてしまう私に、ユキが口をとがらせて不満ふまんを口にした。

「いや、それこそ心外しんがいだよ。私だって女の子なんだから、こいの一つや二つくらいもちろんするでしょ」

「……いや、だって。今まで貴女あなたからそんないた話なんて、これっぽっちも聞いた事が無いじゃない。そりゃ、そう思っても仕方しかたがないでしょ?」

「むぅ、それはそうだけどさ。でもでも、アサヒちゃんって元々そんなはなしが出来る程私に心を開いてはくれなかったでしょう?」

「…………む、」

 それもそうか、と思わず私は納得なっとくしてしまった。思えば、私はつい最近まで人に全く心をひらいていなかったのだった。そんな私が、他人の色恋いろこいに興味を示す筈なんて全くある筈が無いだろう。

 そもそも、言われてみれば確かにユキだって一人の女の子なんだ。こいの一つや二つくらいしてもおかしくはないだろう。

 そう思って、納得しかけた。のだけど……

「まあ、私自身恋愛経験なんて皆無かいむだったんだけどね~。そもそも、恋人自体出来たのがギンガ君ではじめてだよ」

「……おい、」

 思わず、私はドスのいた声を出してしまった。

 こればかりは、私はわるくない筈だ。

 ・・・ ・・・ ・・・

 次の日、何時も通りに訓練をこなして私はイブキにこえを掛けた。

「……あの、イブキ。えっと、」

「……?どうした、何かようか?」

「うん、その…………これ」

 私はイブキにお茶の入った水筒すいとうを渡す。私のそんな姿すがたに、少し驚いたのかイブキが目を大きく見開いていた。一応、し入れのつもりだ。

 何事もタイミングが大事だいじだ。だから、イブキに水筒すいとうを渡して、良い雰囲気になったのを見てからデートにさそうのだ。デートに、誘う……

 …………何で、私はこんな事をしているのだろうか?

 思えば、ユキ達は私とイブキが付き合うのをはなれた場所からながめて楽しむのが目的なんだろう。実に馬鹿馬鹿ばかばかしいと思う。

 けど、だったらどうして私はこうしてそれにっているのだろうか?

 思わず自問自答じもんじとうをしてしまう。

 しばらく硬直こうちょくしていたかと思ったら、やがて頬をいて照れ臭そうに水筒を受け取ってくれた。そして、端的にれいの言葉を言う。

「……うん、ありがとう」

 少し、いや、かなり照れ臭い。どうしよう。続きの言葉が思い浮かばない。

 さて、つづきはどう話したものだろう?そう思ってかんがえ込んでいると、イブキが少し照れ臭そうに頬を掻きながら私に言った。

「えっと、アサヒ。少しいか?」

「え?うん、えっと、何かな?」

「いや、そんなに大したはなしでもないんだけど。今度、休日きゅうじつに少しだけ僕と近場の自然公園までき合ってくれないか?まあ、少しデートしよう」

 付き合う?私と?

 近場の自然公園まで?今度のやすみに?

 デート?え、デートって言った?

 …………え?

「え、ええっ⁉」

「いや、ほら。別に嫌ならかまわないんだけど……」

「い、いや。別に嫌じゃないんだけど!だけどおっ‼」

 思わず、私はあせって頭のなかがパニックになってしまう。果たして、どう答えたものか全く分からなくなってしまう。

 なんで?どうして?え?いや、何時のにこんな事に?一体何時フラグが?いやそもそもフラグって一体何だ?駄目だめだ、何も分からなくなってしまう!いやともかく今はち着け、一度落ち着くんだ‼

 素数そすうだ、素数を数えるんだ。

 …………ふぅっ。とりあえず落ち着いた。

「えっと、一体何の用事ようじ?そもそも、どうしてそんなはなしに?」

 ……駄目だめかもしれない。いや、分かっていたけど全くち着けていない。

 そんな私に、イブキはそっと視線を逸らして頬を僅かに染めながら、憮然とした表情をしつつ答えた。

「……いや、えっと。ギンガのやつに少しくらい男として甲斐性かいしょうを見せろと。いやまあ意味が分からないとは自分自身思っているけどさ……」

「あ、ああ……あああああ…………」

 あの二人の仕業しわざかあーーーーーーーーーーーーっっ‼

 いや、まあ分かってはいたけど。流石に頭がいたくなってくる。私は宿舎の物陰ものかげに隠れて見ている二人を、ぎゅっとにらみ付けた。あろう事か、二人は私達の様子を離れた場所でながめながらにやにやと愉悦ゆえつ混じりの表情で見詰めていた。

 くそっ、あの二人は……

 そう歯を食い縛ってうらみがましい視線を向けていると、宿舎のかげに隠れて見ている二人を見つけたアリカ教官に二人揃っておこられていた。

 とりあえず、あまあみろ。全く……

 ~4~

 そして、ついに休日きゅうじつになった。

 私は白いワンピースに白いハイヒールのパンプス姿でち合わせ場所に居た。ほんの少しだけ化粧けしょうをして朝早くから準備じゅんびをしていた。こんなの、当然初めての経験だったから正直な話、ものすごく緊張きんちょうしている。本当、どうしてこうなったのか?

 分からないけど、きっと全部ユキ達のせいだ。

 そんな事を思っていると、私に近付いてくる二人組のかげがあった。

「へえ?随分と可愛かわいいじゃないか。其処の彼女かのじょ、今時間空いてる?」

「俺らと一緒にたのしい事をしようぜ!いや、むしろ気持きもちいいかもな?」

 そんな、半ばテンプレとも言える展開てんかいになってきた。いや、本当に勘弁して欲しいと思わず辟易へきえきしてしまった。何でこうも、面倒ごとはって湧いてくるんだ。そう思わずなげきたくなる。

 そんな私に、チャラ男二人は尚も話し掛けてくる。少し、なぐり飛ばして痛い目でも見せれば分を弁えるのだろうか?そんな事を思っていると……

「ああ、アサヒ。おたせ‼」

 そう言って、イブキがようやく来た。どうやら、私のそばにいるチャラ男に気付いているようで、敢えて二人を無視むししてはなし掛けてきたようだ。

 イブキの事だ、私が迷惑めいわくしているのに気付きづいているのだろう。だからこそこうしてわざとチャラ男を無視むししているのだろうし。

 しかし、無視むしされたチャラ男達は空気がめないらしい。というか、露骨に苛ついた様子でイブキに喧嘩けんかを売っていた。

「おいおい、兄ちゃん。俺らが先にねらっていた女にこえを掛けるなんて命知らずにも程があるんじゃねえか?ああっ?」

「ん?いやいや、別に言うほど命知いのちしらずって訳でもないぞ?そもそも、お前達じゃ相手にすらならないと思うな」

「へえ?俺らがお前よりもよわいって言いたいのか?」

「別に?ただ、僕達も職業柄そこそこきたえているんで」

 そう言って、イブキは懐から手帳てちょうを取り出す。その手帳は、神殺し部隊に所属している者全員が所持している云わば身分証明書だった。

 その手帳に、チャラ男達が僅かにひるむ。どうやら、自分達の不利ふりを悟ったようでどうするべきか判断はんだんしかねているらしい。

 そんなチャラ男達に、イブキが止めと言わんばかりに少しこわい笑顔を向けた。

「言っておくけど、僕達はこれでも公務員に近い。そんな相手にこうして突っかかって喧嘩を売ったとなれば、君達自身の未来みらいの為にならないと思うぞ?」

「ぐっ、お、おぼえていやがれ‼」

 そんな風に、これまたテンプレな捨て台詞をいてチャラ男達が去っていく。いや本当にテンプレな男達だった。

 そう、思わず溜息ためいきを吐いてしまう。そんな私に対し、イブキはチャラ男達の去った方を見ながらふぅっと溜息を吐いた。

「いや、素直すなおに立ち去ってくれて助かったよ。流石に公職こうしょくの人間が喧嘩なんてする訳にもいかないしね。それに、喧嘩けんかをしても手加減何て出来ないだろうし」

 どうやら、ブラフだったらしい……

「本当、無茶むちゃをするわね。大丈夫だいじょうぶ?」

「いや、大丈夫ってくのはこっちの方だよ。大丈夫だったか?これでも、僕はアサヒの事を心配していたんだぞ?」

「……………………」

 心配をしていた。その言葉ことばだけでも、私は胸のおくがどうしてかぽかぽかと暖かくなるような感覚がしてきた。そんな私に、イブキは満面のみを向ける。

 今日きょうのイブキは、グレーのシャツにあおのジーンズと青のジャケットと至ってシンプルな姿すがたをしている。至ってシンプルな姿だけど、イブキはそれをとても格好良く着こなしていた。どうしよう、今更いまさらだけどイブキの顔を直視する事が出来ない。

 そんな私の気持ちを、知ってか知らずかイブキは頬を指先でいていた。

「えっと、アサヒはもしかしてこういうのは苦手にがてだったり?」

「え?こ、こういうのって?」

「いや、一緒にお出掛でかけとか……」

 こまったように笑うイブキに、私は首をよこに振った。

「そんな事はいよ。少し、今日はり切り過ぎちゃって……いや、張り切り過ぎたって言うのはその、えっと。あぅっ……」

「……そっか、」

 私の半ば自爆気味じばくぎみなセリフに、イブキはこまったような苦笑を返した。

 どうして、こうも私はイブキをまえにすると緊張きんちょうしてしまうのか?最初に会った時はこんな筈じゃなかったのに。いや、最初に会った時はもっと剣呑けんのんだったけど。

 いや、それでも……うああっ。

 そんな私に、イブキは苦笑しながら手をし伸べてきた。

 えっと?困惑こんわくした顔でイブキを見る。そんな私に、彼はった。

「じゃあ、一緒に行こう。大丈夫だ、きっと遊んでいる内に緊張きんちょうも吹っ飛ぶさ」

「……うん、」

 そう言って、私はイブキの手をった。そして、私達はそのままちかくの自然公園まで歩いていった。

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科学で幻想を超越せよ!~空想科学ファンタジア~ kuro @kuro091196

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