第6話、眠る母

 ~1~

 そして、一週間の謹慎期間がようやくわった。現在、僕とアサヒは他の隊員達の前にそろって立っている。どうやら、アサヒは少し緊張きんちょうしているようだ。ちらりと横目で見ると、表情が強張こわばっているのが分かった。

 他の隊員達がアサヒを見て口々くちぐちに何かをい合っている。恐らく、アサヒの起こした違反行為をわるく言っているのだろう。

 それが余計に、アサヒの緊張を強めている原因げんいんだった。まあ、自業自得だと割り切る事も出来るだろうけど。それでも僕はアサヒのそばに居てやると決めたんだ。アサヒとずっと向き合ってやると決めたんだ。

 だったら、僕がやるべき事はすでに決まっている。

 そっと、アサヒの手をにぎってやった。はっと、アサヒが僕の方をる。そんな驚いたような表情をするアサヒに、僕はしっかりと向き合いうなずく。

 どうやら、意図いとをしっかりとみ取ってくれたらしい。アサヒは穏やかな笑みを浮かべて頷きを返した。そんな僕達を見て、流石に違和感いわかんでも感じたのだろう。他の隊員達がわずかにざわついている。

 けど、関係かんけいない。僕はそっと、隊員達とき合い言った。

みんな、どうか聞いて欲しい!今回こんかいのアサヒの違反行為には、僕も大なり小なり関わっている!だからこそ、どうかアサヒだけをめるのは止めて欲しい!僕も彼女と同じ違反行為をおかしているのだから、だからアサヒを責めるなら僕も責めろ‼」

 その言葉に、隊員達はにわかにざわついた。どうやら、僕の発言はつげんに少なからず困惑しているらしい。隊員同士、何やら話し合っていた。

 話がちがう。どうしてあいつはアサヒの奴をかばっているんだ?おかしいだろ、確か違反をしたのはアサヒだった筈だろう?あの二人、どういう関係かんけいなんだ?見た限りあの二人が仲良くしていた所なんて、なかったけど……

 そんな事を、口々にはなし合っている。

「……どうして、イブキがアサヒを其処そこまでしてかばうんだ?別に、お前はアサヒの違反にき込まれただけなんだろ?だったら、お前は本来全く関係ない筈だろう」

 隊員達の中から、そんな疑問のこえが聞こえてきた。まあ、そういう見方みかたも確かにあるのかもしれない。けど、それに対して僕は首をよこに振る。

 それは違う。だんじて、僕とアサヒは無関係などでは無いと否定ひていした。

 僕とアサヒは決して無関係ではない。いや、あの一件自体決して無関係だと言い切る事が出来ないだろう。僕は、あの一件に確かにかかわっている。僕も、関係者なのだから。

 それに、僕自身決してき込まれただなんて悲観的ひかんてきな訳でもない。僕も関係者である以上は決して其処からげない覚悟かくごくらいはある。僕も関係者なのだから、僕だって決して無関係などではないのだから。

 だからこそ、

「それはちがう。あの一件は、僕も決して無関係ではない。それに、僕自身決して巻き込まれたとはおもっていない。あの一件は、僕だって当事者とうじしゃだ。それに、」

「……………………」

 それに、と僕は前置まえおきした。

 別に、僕はアサヒを個人的な理由だけでかばっている訳ではない。もちろん、アサヒの事を放ってはおけないから。アサヒの過去かこに対して、深く共感きょうかんを覚えたからというのも確かだったのだろう。すくなくとも、僕が彼女を放っておけないと思ったのは確かだったから。

 けど、もちろんそれだけではない。

 それだけで、彼女を救った訳ではない。

「アサヒは、僕達にとって掛け替えのない同胞どうほうだ。仲間なかまなんだ。神という共通かつ強大な敵を前にして、違反いはんをしたからといがみ合いなんてしている暇は無い。もう一度同じ事を言わせて貰う。アサヒは僕達にとって、掛け替えのない同胞だ!僕達は決して同胞同士でいがみ合っている暇なんていんだよ‼」

「……………………」

 僕の言葉に、他の隊員達が全員黙り込む。どうやら、理屈りくつの上では納得こそ出来るものの本心では納得出来ないのだろう。

 それも、理解出来ている。だからこそ、此処からさきはアサヒの番だ。

 そう思い、僕はアサヒの背中をそっとした。アサヒは僕に向かって静かに頷きながら毅然きぜんとした態度でみんなと向き合った。

 その姿に、僅かに気圧けおされたのか。隊員達が息をんだ。

「今回、私が起こした違反行為いはんこういで皆には大変迷惑を掛けました。本当に申し訳ないと思い深く反省はんせいしております。皆は私に対して色々いろいろと思う事があると思います。どうしても納得出来ないと強くいきどおる気持ちもあるでしょう。ですので、私に対する不平不満ふへいふまんはどうか私自身に直接言って下さい。私は、そのすべてをしっかりとけ止めるつもりです」

 そう言って、アサヒは皆に向かって深々と頭をげた。その姿に、もはや何も言えなくなったのだろう。隊員達は全員口をつぐんでいた。

 それに対し、今度はアリカ教官が皆の前にた。教官の声が、演習場全体に大きく響き渡る。その声に、隊員達の身体が強張った。

いただろう!花咲アサヒもこうして反省はんせいの意を示している。だからと言って許してやれとは決して言わん。が、だからと言って、この話に無関係な所で彼女を叱責する事は断じて許さん!当の本人達も、しっかりと自分のこした行動についてそれぞれ向き合う覚悟を決めている!故に、それをわきまえた上で皆も各々が各々で対応するよう心掛けろ!良いな‼」

「い、イエスマムっ‼」

 教官の言葉に、隊員達は慌てたように一斉に敬礼けいれいして答えた。恐らくは教官もアサヒの事を想ってくれているのだろう。だから、こうしてアサヒをかばうような発言をして彼女を守ってくれているんだ。

 僕はひそかに、アリカ教官に感謝かんしゃをした。

 こうして、アサヒと僕は無事訓練に復帰ふっきする事になった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 その日の訓練は、いつも通り演習場のランニングからはじまった。いつも通り重りの詰まったリュックサックを背負せおい、マスクを付けたうえで演習場を百周走る。一週間もの長い期間を謹慎きんしんしていた僕とアサヒにはかなりきつい訓練だった。

 だけど、それでも僕とアサヒははしり切る事が出来た。謹慎期間中、室内で腕立て腹筋をして筋力が落ちないようにしていたのがこうを奏したのだろう。けど、それでも一週間もの間ずっとランニングを怠っていたのはかなり重かったらしい。

 やはり、こういう訓練はり返し続けるのが一番良いのだろう。

 そして、いつも通りランニングの後の小休止しょうきゅうしを終えてから次の訓練を始めた。

 今日の訓練は隊員同士の軽い組手くみてだった。それぞれ隊員同士でペアになり、各々が独自に組手を始めた。だけど、だれもアサヒを相手あいてにペアになろうとしない。というより意図的にアサヒに近寄ちかよろうとしない。

 そんなあからさまな皆の対応たいおうに、流石のアサヒも顔をうつむける。少しばかり寂しそうな顔をしているのが分かった。

 それでも、誰もアサヒに近寄ろうとはしない。むしろ、意図的にとおざかっているのが理解出来るだろう。それほどに、皆あからさまだった。

 どうやら、理屈りくつでは分かっているものの内心ないしんではまだアサヒの事を誰も認める事が出来ないのだろう。そんな皆の姿すがたに、ユキはおろおろと戸惑とまどっている。やはり、アサヒが悪く言われる原因の一端をになってしまったと考えているのだろう。

 アサヒがわるく言われるようになったそもそもの原因げんいんが、謹慎期間中に流れた噂の修正をして回った事だと。そうおもっているのかもしれない。

 でも、自分がアサヒのペアになるという選択肢せんたくしが出来ないのだろう。というよりもユキがそうしようとした瞬間にギンガがめていた。何故なぜだ?

 ギンガには何か別の意図いとがあるのだろうか?しきりに僕の方をちらちらと見ているのが分かるけど。一体何だ?

 そうは思うけれど、やはりアサヒをほうっておく事なんて出来ないよな。

 そっと、僕は溜息ためいきを吐いた。そして、そっとアサヒのもとに歩いていく。

「アサヒ、一緒に組手くみてをしよう」

「……え?」

「ほら、僕も丁度ペアがないからさ。だから、一緒に組手に付き合うよ」

「…………っ」

 思わずと言った様子で、アサヒは頬をあからめる。そして、小さく頷いた。

 何だろう?アサヒのそんな態度に僕まで気恥きはずかしくなってくる。まあ、其処は別に気にしない方向で行こう。これ以上考えるのは僕でもずかしい。

 そして、僕とアサヒは二人でペアを組み、組手をこなしていった。

 ~2~

 そうして、今日の訓練はわり隊員達はそれぞれの部屋へともどっていく。僕とアサヒは例の話をする為に教官とリーダーのもとへと向かった。

 僕とアサヒに気付いた教官は、怪訝けげんそうな顔で僕達を見た。まあ、それも至極当然の話だろうけど。まあ、別にそれは良いだろう。

「どうした、部屋にもどらないのか?イブキ、アサヒ」

「いえ、これから少し用事ようじがありまして。外出許可がいしゅつきょかを願いたいのですが」

「外出許可だって?それは何故なぜだ?」

 僕の言葉に、教官は僅かに首をかしげた。対するリーダーのジンは怪訝な顔をして僕達に理由を聞いてきた。

「外出とはどんな理由りゆうでだ?一体、何処どこへ行くつもりだ?内容によっては、流石に許可を出す訳にはいかんぞ」

「まあ、そんなに大した場所ばしょに行く訳ではないですけど。義父ぎふ義母ぎぼの働いている病院へきたいだけですよ」

「ふむ、誰かのお見舞みまいか?」

「はい、そんな所です。まあ、僕の母親の様子ようすを見に行くだけですよ」

 そう言うと、リーダーと教官は互いにかい合い話し合う。どうやら、外出許可を出すかどうかを検討けんとうしているようだ。恐らく、許可きょかといっても教官とリーダー本人が出している訳ではないのだろうけど。

 実際は、もっと専門せんもんの役職が外出がいしゅつの許可を出すのだろう。けど、それでも検討はしてくれているあたり、やはりこの二人は誠実せいじつな性格をしているのだろう。事実、二人が話している内容は厳密げんみつには許可を出すか否かではなく、どのようにして許可を申請しんせいするか否かという内容ないようだったから。

 恐らく、二人の間ではすでに許可を出す事が前提ぜんていとなっているのだろう。けど、そう簡単に許可を出せる程に甘くはないらしい。

 やがて、二人は僕達に再度向き直った。

「一つ聞かせて貰いたい。イブキ、お前はいんだが、アサヒはどうしてだ?確かアサヒの家族は全員死亡していた筈だが……」

「……………………」

 リーダーの言葉に、アサヒは僅かに顔をうつむけた。やはり、頭では分かっていても内心ではまだ整理がついていないのだろう。事実、アサヒはとてもかなしそうな顔で俯いているのが分かった。

 そんなアサヒの手を、僕はそっとにぎり締めた。そして、おどろいて僕の方を見る彼女の代わりに僕が答える。

「僕が、アサヒに一緒にて欲しいとったんです」

「ほう、それは何故だ?流石に大した理由りゆうもなくでは許可は出せんぞ」

「はい、分かっています。ただ、僕がアサヒに見せたいものがありまして」

「見せたいもの?」

「はい、それは流石にえませんが。どうしてもアサヒの意見いけんを聞いておきたい事がありまして。それで、一緒にれていこうと思いました」

「……………………」

 しばらく、僕とリーダーは真っ直ぐとにらみ合うように視線を交わした。やはりこういうのはどうしても苦手にがてだ。どうも、気圧けおされてしまう。

 けど、此処ここ気圧けおされいる場合でもない。僕は、何とかリーダーの視線を真っ直ぐと受け止めにらみ返した。

 そんな僕に、リーダーと教官の二人はそっと溜息ためいきを吐いた。

「分かった。では、そのように許可を申請しんせいしておこう。上には私達から報告ほうこくしておくから二人とも、行ってきていぞ?ただし、一つだけ条件じょうけんがある」

「条件、ですか?」

 アリカ教官の言葉に、僕とアサヒは身構みがまえる。そんな僕達に、教官はほんの僅か苦笑を浮かべた。リーダーのジンも、苦笑を浮かべている。

 どうやら、あきれられてしまったらしい。教官も呆れていた。

「別に、大した事は言わない。それに、許可きょかを出さないとも言っていない。ただお前達は一週間もの謹慎きんしんで訓練がおこなえていなかっただろう?だから、この際だからその病院まで転送装置てんそうそうちを使わずにランニングしながら言って来い。その程度の距離きょりは今のお前達ならなんてことのない、軽い運動程度だろう?」

「「はいっ‼」」

「ああ、今からランニングしつつあの病院びょういんまで行くとなると、流石に今日中に帰ってくることは出来んだろう。故に、今日は向こうでまってきて良い。明日になったら再びランニングで此処までかえって来い。では、ってこい‼」

「は、はい!ありがとうございますっ‼」

「あ、ありがとうございますっ‼」

 そうして、僕とアサヒは二人揃って久しぶりの外出がいしゅつをする事になった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 病院へ向かう最中さいちゅう、軽く走りながらアサヒが僕にはなし掛けてきた。

「イブキの行きたい場所って、病院びょういんだったんだね?」

「うん?」

「ほら、私に一緒にて欲しいって言っていた場所……」

「ああ、うん……」

 僕は、適当に相槌あいづちを打つように返事をした。まあ、たしかにそんな話をしていた。

 というより、僕が言い出した事だ。しっかりとおぼえている。だから、そんな少し呆れたような目で見ないで欲しい。

 少し、かなしくなってくる。まあ、別にいけど。

 そんな僕に、更に呆れたような視線しせんをアサヒはけてきた。

 ……あ、かなしくなってきた。きそう。

「…………はぁっ、まあ良いよ。ところで、私にって欲しい人が居るって言っていたけどそれも関係かんけいしているの?母親の様子ようすを見に行くって……」

「……うん、アサヒだからこそ是非ぜひ会ってしいんだ。だから、どうかアサヒなりの意見をはっきり言ってくれるとたすかるよ」

「……?うん、分かったよ」

 そう言って、アサヒと僕はそのまま病院へはしりながら向かった。

 もちろん、向かっている病院は神奈川県神奈川区にある県立総合病院だ。アサヒは僕の意図を上手くさっせていないらしい。少しばかり困惑こんわくしていた。けど、それでも僕の事をしんじてくれてはいるらしい。だからこそ、こうして僕と一緒に病院まで付いてきてくれているんだろうし。きっと、アサヒも根はやさしいのだろう。

 まあ、別に良いんだけど。それも意図して僕はかくしている訳だし。

 其処そこはまあ、言ってみれば直接会うまで内緒ないしょにしておきたいだけだ。其処に深い意味なんてありはしない。ただ、会う前に言ってしまえばへんに緊張されてしまいかねないだろうから、だまっていようと思っただけだ。やはり、今はまだアサヒには黙っておいた方がいのかもしれない。そう、僕は結論付けた。

 そして、僕達はそのままかるいランニングをしながら県立総合病院を目指めざした。

 ~3~

 そして、病院に着いたのはもう日がしずんだ頃だった。時刻は午後7時過ぎ。

 もう、病院の玄関口はまっているので緊急外来用の出入でいり口から入る。其処で僕達を待っている女性が居た。その女性は、しくも僕の知っている人だった。

「義母さん?どうして此処ここに……」

「そりゃ私の職場しょくばだもの、居るに決まっているでしょう?」

「いや、それはそうだけど……」

獅子堂ししどうさんから既に連絡れんらくは入っていたわ。貴方達が病院に来るってね。だから私が此処でっていたのよ」

「あ、そうだったんですか……」

 どうりで。そう、僕は思わず納得なっとくした。

 どうやら、アリカ教官から既に先手せんてを打たれていたらしい。まあ、確かに泊りがけで外出するなら連絡くらいしておくのがすじなのだろう。

 少しばかり、けていたかもしれない。僕はそう反省はんせいした。

 アサヒはそんな僕達を見て、少し戸惑とまどっているらしい。若干義母さんを見ながら困惑しているようだった。まあ、初めてったなら困惑するのも当然の話だろう。そう思っているとどうやら義母さんも気付きづいたらしい。微笑ほほえみを浮かべてアサヒへと向き直った。

「初めまして、貴女あなたがイブキ君の言っていたアサヒちゃんね?私はイブキ君の義理の母をしています、叢雲カナデと言います。よろしくね」

「あ、はい。えっと、私が花咲アサヒです。えっと、イブキ君からはなんて?」

「ふふっ、アサヒちゃんの事をとても心配しんぱいしてしたわよ?まるで自分じぶんの事のようにアサヒちゃんの事をたすけたいって。そう言っていたわ」

「…………っ‼そう、ですか」

 アサヒが顔を真っ赤に染め、うつむいてしまった。えっと、これってもしかして照れているのだろうか?だとしたら、とても可愛かわいいと思うんだけど。

 いや、そんなにうらみがましい目で僕をにらまないで欲しい。ごめん、僕がわるかったからそんなに睨まないでくれ。あやまるから、僕が悪かったから。

 そんな僕達を見て、義母さんはとても微笑ほほえましそうに笑っていた。

 何で?え、今の状況じょうきょうを見てどうして微笑ましそうなんだ?

 あ、ごめんなさい。こっそり僕の腕をつねらないで下さい。そんなこわい顔で睨まないで下さいお願いします。

 いや、本当にごめんなさい。あやまるから、謝りますから……

 そんな僕を、いや、僕達の事を義母さんはくすくすととても微笑ましそうな表情で笑って見ていた。え、何で?どうしてそんな微笑ましそうなんですか?

 ううむ、分からない。

「まあ、その話はあとにしましょう。貴方達の用事ようじは分かっています。一応今は時間外だから私が同行どうこうしましょう。付いて来て下さい」

「はい、ありがとうございます」

「あ、は、はいっ‼」

 そうして、僕とアサヒは義母さんに連れられてある病室びょうしつに向かった。

 その病室とは、言うまでもなく僕の母さんの居る病室だった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 市立総合病院、東病棟。203号室。病室にはいった瞬間、アサヒは口元を手で覆い愕然としたような表情を浮かべていた。ベッドにているのは、当然未だ目を覚まさない僕の母さんだ。母さんは以前、お見舞みまいに来たときよりもずっとやつれていた。

 腕には相変わらず、栄養剤えいようざいを通す点滴用のくだが刺さっていた。母さんのベッドの隣には心電図のモニターが波形はけいきざんでいる。そう、これでもまだ生きている。まだ母さんは生きて鼓動こどうを刻んでいるんだ。

 それでも、母さんは目覚めざめない。僕の方をようとはしないし、話し掛けてくれる事は絶対に無いだろう。それが、かなしい。

「これ、は……っ?」

「僕の母さんだ。以前よりもずっとやつれてしまっているな。このまま目をまさなければもしかしたら……もう…………」

「っ‼」

「あの天罰事件てんばつじけんで、僕の弟は……シブキは死んだ。僕が殺したんだ。あの事件以来母さんは、僕と弟が殺し合ったという現実げんじつに耐え切れず、意識をざして。未だに目を覚ましてくれない。全部、あの事件で滅茶苦茶めちゃくちゃになったんだ。あの事件で、神なんてやつのせいで僕達は皆滅茶苦茶にされてしまったんだ……」

「…………そう、」

「もし、僕にちからがあれば。あの時、弟をまもれるだけの力さえあれば。未だに僕の中を後悔がうずを巻いているんだ。ずっと、ずっと……」

 あの日以来、ずっと母さんはねむり続けている。あの日より、母さんはやつれる一方で目を覚ます気配けはいは全く無い。

 そうだ、母さんは以前いぜんよりずっとやつれてしまっている。これ以上はきっと、母さんの身体がたないだろう。そうなる前に、らくにさせてやるのがいっそ……

 ……けど、そんな方法を僕は許せない。断じて認める事が出来ない。僕は、きっと甘い性格をしているのだろう。優しいのではなく、甘いんだ。

 ああ、分かっている。本当はもう、分かっている筈なんだ。

 きっと、母さんはもう駄目だめなんだろう。もし、何かの変化へんかがあって母さんが目を覚ますような事があったとして。きっと、母さんは現実げんじつを受け止める事が出来ないだろうと思う。もし、現実を受け止められなければ、どうなってしまうのか?

 決まっている。今度こそ、母さんは自らいのちを絶つだろう。もし、そんな母さんの姿を見たとしたら、たして僕は今度こそ正気をたもっていられるのか?

 答えは決まっている。もちろんいなだ。

 僕は人が思うよりずっとつよくないんだ。ずっとずっと、よわいんだ。強くなりたいと心から願った。何も守れないのはいやだ、大切なものを守れる強さが欲しいと心底から祈った。

 だからこそ、僕はこうして力を手に入れた。大切たいせつなものを守る為、強くなる為に機械仕掛けの神威を移植した。其処に後悔などありはしない。

 けど、それでもどうだろうか?僕は果たして強くなれたのだろうか?

 それもやはり、決まっている。答えはもちろんいなだ。

 僕は弱い。人が思っているよりもずっとずっと、弱いんだ。きっと、僕は家族愛に依存し過ぎている。家族愛にえている。

 あの頃、弟をうしなって。そして母さんが意識をざして以来、僕は何処か心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。何処どこか、心の奥底に隙間が開いてしまって途方もないむなしさすら感じている。

 ああ、きっとだからなんだろう。アサヒをたすけたのは本当は、アサヒの事をただ放っておく事が出来なかったからだけではない。僕はただ、自分と同じアサヒの事を助ける事で心の隙間をめたかっただけなんだ。

 なんて最低さいていなんだ、と罪悪感をおぼえない訳ではない。むしろ、そんな自分自身に自嘲すら覚えている。本当に、僕は最低だ。

 ああ、だからこそきっと。僕はアサヒを此処ここれてきたんだろう。そんな僕をアサヒに見て貰って、ばっして欲しいんだ。

 本当に、僕って奴は……

 けど、どうやらアサヒはそんな僕の意図いとさっしてくれているようで。それでも僕を罰する気など一切無いようだ。むしろ、その顔には何処かかなしげな。そして何処か寂しげな気配すらただよわせているのが見えた。

「……そう、イブキが見せたかったのはこういう意図だったんだね?」

「……………………」

「イブキは、自分の弱さをばっして欲しいって思ってる。私とイブキがおなじだって分かっているからこそ、他でもない私に罵倒ばとうして欲しいんだね?」

「…………ああ、そうだよ」

 僕は、ただ力なく笑って首をたてに振った。本当に、なさけないと思う。自分自身がどうしようもなく、情けない。そう自嘲じちょうする。

 けど、そんな僕をアサヒは決して罵倒ばとうしたりしなかった。

 むしろ、とても優しい表情で。とても悲しそうな表情で笑った。

罵倒ばとうなんてしないよ。イブキの事を、ののしったりなんてしない。私もきっとイブキと同じだと思うから、だから私は決してイブキの事をあわれんだりなんてしない」

「……………………」

 そう言って、アサヒは僕と真っ直ぐ向き合った。そのひとみは、何処までも真っ直ぐで何処までも力強い光を宿していた。その力強さに、思わず圧倒あっとうされる。

 そんな僕に、アサヒはこまったように笑みをこぼす。

 そっとアサヒは僕の手をにぎり締めた。その手のぬくもりが、とても心地よい。

「罵倒なんてしない。私はイブキの事が大好だいすきだよ?私が幾らきつくたり散らしてもどうれほど強く突っぱねても、それでもイブキはあきらめなかった。私の事を決して一人にしないとほうっておかなかった。だから、」

「……………………」

「だからこそ、今度は私の番だ。私だって、イブキの事を決して一人になんてさせてあげないから。覚悟かくごしてね」

「…………ああ、ありがとう」

 思わず、僕も苦笑をらしてしまった。これでは、どっちがどっちをたすけたいんだか分からないじゃないか。どっちがどっちをすくいたいのか分からないじゃないか。

 それに、アサヒから大好だいすきと言われた事がよほどうれしかったのか、少しばかり僕は舞い上がるような気分だった。端的に言って、とてもうれしかった。

 本当に、僕は馬鹿ばかなんじゃないだろうか?そう、自嘲じちょうすら湧いてくる。けどそれでも心が舞い上がるのをおさえきれない。ああ、本当に……

 全く、こまったものだ。本当に、どうしてこうも人生じんせいってままならないな。

 ~4~

「……えっと、もういかしら?」

「っ⁉」

「っ‼」

 僕とアサヒはび上がるように身体を硬直こうちょくさせた。そうだった、此処には僕達以外にも義母さんが居たんだった。すっかり気分がたかまって、僕達だけの空気を作り上げてしまっていた。

 って、あれ?僕達ってそんな、思わず自分たちだけの空気を作り上げてしまう程に仲が良かったっけ?

 僕達ってつい最近まで会う度に喧嘩けんかをするくらいの仲だった筈だ。と言うよりも会う度に空気がわるくなる程度の仲だった筈だ。そんな僕達がどうしてこんなに仲が良くなっているのだろう?

 まあ、別に仲が良い事はわるい訳じゃないけど。というより、アサヒと仲良くしたいからこそ僕は必死に頑張っていたんだけど。

 あれ?そもそも僕が今まで頑張がんばっていた理由って、アサヒと仲良なかよくしたかったからだったっけ?僕が今まで頑張ってきたのは、弟をうばい家族を滅茶苦茶にした神をたおしたかったからじゃなかったっけ?

 あれ?

 若干混乱して、何が何だか訳が分からなくなってきていた。どうやら、アサヒも同じらしく顔を真っ赤に染め、あうあうと意味いみの分からないうめき声を上げている。まあ確かにあんな風に時と場所をわきまえずに自分たちの空気を作り上げたらな……

 少し、アサヒと仲直りして浮かれていたのかもしれない。反省はなせいしよう。

 ・・・ ・・・ ・・・

 とりあえず、僕とアサヒは一度落ち着く事にした。一度空気をリセットする。

 うん、落ち着いた。僕は大丈夫だ。問題もんだいない。

 アサヒもどうやら落ち着けたらしい。僕に苦笑を向けていた。

「……とにかく、イブキが私に見せたかったのはこれだったんだね?」

「ああ、アサヒには知って欲しかったから。僕の過去かこと、現状げんじょうを」

「……そう、」

 そう言って、アサヒはそっと母さんへあゆみ寄っていった。その瞳には、ほんの僅かな悲しみといつくしみがにじみ出ていた。きっと、僕の気持きもちをアサヒなりに理解しようとしてくれているのだろう。

 そっと、母さんの手をにぎり締める。驚く程にほっそりとやせほそった手。栄養剤で点滴を受けているけれど、それでも落ちる体力はめられない。

 このまま行けば、きっと限界げんかいが来るだろう。

 それでも母さんに、アサヒが話し掛ける。慈しみに満ちた、優しい笑みでそっと話し掛けた。

「……きっと、ずっとイブキとその弟の事を、家族かぞくの事を大切たいせつに愛情深く育ててくれていたんでしょうね。そんな家族が、神なんて名乗なのる存在の為に振り回されてさぞ悲しい事でしょうね。くやしいでしょうね。私も、そうだったから。分かるよ……」

「……………………」

 母さんは何も答えない。まだねむったまま、一向にきない。

 それでも、アサヒはかまう事なく母さんに話し掛ける。かたり掛ける。

 其処に意味いみなど無いのかもしれない。けれど、それでもアサヒは母さんに、僕の母さんに話し掛ける。其処そこに意味などくても。それでも一切構わずに……

「そのいたみは、きっと私にも理解出来ます。自分じぶんの事のように、分かります。そんな貴女にイブキの事をまかせてとは決して言えません。けど、それでもどうか言わせて下さい。どうか安心あんしんして下さい。きっと、貴女の無念むねんを晴らして見せますから。貴女の息子は、イブキの弟は二度と戻っては来ないけど、それでも……」

 そう言って、アサヒは一度呼吸をととのえて。そして、もう一度母さんの顔をしっかり真っ直ぐ見据えて言った。

 まるで、万感の覚悟かくごを決めたような表情で。

「それでも、貴女の無念はきっとやつにぶつけて見せますから。必ず、イブキの事もその弟の事もお母さんの事も……必ずまとめてぶつけて見せますから。約束やくそくします」

 そう言って、アサヒは母さんに頭をげた。深々と、自身のおもいを全て籠め。母さんへと頭を下げた。その籠められた気持ちの深さに、思わず僕は滂沱ぼうだの涙が出そうになっていた。

 ああ、そうだった。そうだったんだ。きっと、アサヒは僕が思っていたよりもずっとずっと優しいんだ。僕の母さんの気持ちを察して、理解しようとしてくれる程に優しいんだ。

 ずっとずっと、優しかったんだ。だから、こうして母さんの想いさえみ取ってくれているんだろうと思う。

 例え、ねむる母さんにそのおもいは一切伝わらなくても。

 と、その時だった……

 ……ありがとう。

 そう、こえてきた気がして。思わず、僕達はおどろいて一斉に母さんの顔を見た。

 恐らく、僕だけではなく義母さんもアサヒもこえていたのだろう。三人揃って心底から驚いたような表情で。母さんの顔を見た。

 一瞬、母さんが目をましたのかと思ってしまった。けど……

 しかし、母さんは相変わらずねむっている。心電図のモニターにも異変いへんは無い。

 少し、落胆らくたんしたような気分だった。けど、それでも……

 ありがとう、か。

 その言葉に、僕達はまるではげまされたような気分きぶんになった。ああ、そうだ。きっとそうなんだと思う。そうだといなと、僕達は揃って笑みをこぼした。そして、やがて僕達は弾けるように揃ってわらい出した。

 ああ、そうだ。そうだったんだ。

 どうしてだろう、何だか一気に肩のが下りたような気がしたのは。

 でも、それでもきっと。僕達は、いや、僕はきっと……

 今までの苦労が全てむくわれたような気がしたんだろう。そう、思った。

 たとえ、それが全てのせいだったとしても……

 ~5~

 病室をた所で、義母さんがアサヒにい掛けた。

「そう言えば、イブキ君は私達の家にんでるから良いけど。アサヒちゃんはどうやって一晩過ごすつもりかしら?アサヒちゃんにまる場所ばしょのあてはあるの?」

「……えっと、どうしよう」

「部隊に入隊にゅうたいする前は、何処にんでいたの?」

「えっと、師匠ししょうの道場にかりに住まわせて貰っていました。あの道場、隣に門弟用の仮宿舎があるので。師匠に許可きょかを貰って住まわせて貰っていました」

 えっと、師匠?

「アサヒって、師匠が居たのか?」

「うん、武術ぶじゅつの達人で塚原つかはら卜伝ぼくでんの再来だとか現代の剣聖だとか言われてる人。御年八十歳を過ぎた高齢者だけど、おとろえを全く感じさせない筋肉質な人だよ」

「そんな人が居たのか。えっと、じゃあ今日はその人の道場にめて貰うのか?」

「う~ん、でも師匠は少し気難きむずしいって言うか。少し変人へんじんなんだよね?気に入った人にはとことんやさしくするけど、少しふざけた性格というか。人が寝ている間にいきなり定期試験と称して木刀片手に襲撃しゅうげきしてきたりとか。反応出来なかったら寝間着のまままだ暗いそとへと放り出したりとか……」

「「……………………」」

 僕と義母さんは、同時にだまり込んだ。というか、絶句ぜっくしていた。

 僕達の思っている内容はきっと同じだっただろう。それ、本当に大丈夫だいじょうぶなのだろうかと思わず疑ってしまっていた。

 けどまあ、そんな師匠にきたえ上げられたからこそ、アサヒはあそこまで強くなれたのかもしれない。アサヒは強かった、とても強かった。あの千変万化せんぺんばんかとも呼べる変幻自在に変化する槍捌やりさばき。それはきっと、きびしく鍛え上げられたからこそ。そしてその厳しい鍛錬に必死にらい付いてきたからこそ、得られた強さなのだろう。

 けど、まあ今はそれは関係ない話だろう。いつの間にか、話がれていた。

 僕は話の内容を修正する為に、アサヒに話し掛ける。

「え、えっと?ところでアサヒは今日は何処どこまるつもりなんだ?その様子だと流石に師匠をたよる訳にはいかないだろ?」

「う~ん、そうだね。どうしよう……」

 本気でなやみ出すアサヒ。この状態じょうたいだと、本気で自分が何処に泊まれば良いのか分からないのだろう。実際、今のアサヒにはむ場所が無いのだろうと思う。

 アサヒは天涯孤独てんがいこどくの身だ。家族を失い、遺産目当ての人達に騙され、帰るべき場所も何もかもを失ってしまった。

 だったら、どうするべきか?そう思っていると。

「そう、ね。だったら私達のうちに一晩泊まる?」

「はい?」

 思わず、僕が驚いて疑問ぎもんの声をげてしまった。

 それはどうやら、アサヒも同じらしい。それは表情にも出ていた。

「えっと、良いんですか?私は、」

「別に良いのよ。流石にかえる家も無い子を野宿のじゅくさせる訳にもいかないし」

「えっと、でも……」

「大丈夫よ、フブキさんにはきちんと連絡れんらくしておくから。それに、帰る家も無い子をそのままほうっておく訳にもいかないでしょう?少しは大人をたよりなさい」

「…………ありがとう、ございます」

「よろしい」

 そう言って、義母さんはわらいながらスマートフォンの操作そうさを始めた。電話の相手はもちろん叢雲フブキ。義父さんだ。

 電話で一言二言話すと、義母さんはにっこりと笑いながられいを言った。

「うん、ありがとう。貴方あなたならそう言うと思っていたわ、あいしています」

 それだけ言うと、ピッと電話をった。とても悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて僕達に舌を出している。まるで、悪戯が成功した子供こどものような笑顔だった。

 そうだった、義母さんはこういうお茶目ちゃめな性格だった。今頃、義父さんは顔を真っ赤に染めてもだえているのかもしれない。まあ、いきなり何の臆面おくめんもなく愛してるとか言われたらそりゃあ悶えるだろう。そう、僕はこっそりと義父さんに同情した。

 少しばかり、義父さんがあわれだ。まあ、別にいか。

 確か、今の時間じかんはまだ義父さんは仕事中しごとちゅうだった筈だ。今の時間帯は恐らく資料整理をしている最中だっただろうけど。きっと、今頃は義父さんもスマートフォンを片手にかおを真っ赤に染めあたふたとしているだろう。

 そんな姿が、容易たやすく予想出来た。

 というか、病院内は通話禁止ではなかったっけ?まあ、別に良いか。

 そもそもそんな義父さんを本気で可愛かわいいと思っている辺り、義母さんも義父さんの事を本気であいしているのだろう。事実、二人の夫婦仲ふうふなかはとても良好だった。まあしっかりと義母さんが手綱たづなを握っている様子だったけど。

 其処はまあ、関係かんけいないか。また思考しこうが脱線した。

 そんな僕に対し、アサヒはどうやら少し困惑こんわくしているらしい。恐らくはまだ納得出来ていないのだろう。けど、それでもこれ以上の反論は無駄むだだろう。

 事実、先ほどの反論はかなり力技ちからわざで納得させられてしまったし。

 でもまあ、それでも僕としてはいんじゃないかと思っている。今のアサヒには住む場所なんて無かった筈だし、本当に野宿のじゅくされるよりはこの方がよっぽど良いだろうと思う。少し強引ごういんだったとしても、それでも家に一晩泊める方がよほど賢明けんめいだったのだろう。

 だったらもう、何も言うまい。そう、僕も納得する事にした。

 ~6~

 その、つもりだったのだが……

 少しばかり、今更ながらに僕は後悔こうかいしそうになっていた。それと言うのも、

「いや、まさかあのイブキ君が彼女をれてくるとは。これは本当にこころから祝福すべき話ではないでしょうか?カナデさん」

「ふふっ、まるで自分の事のようによろこぶのね。私もうれしいですけど」

「はははっ、これほどめでたい事があるものですか!今日はいわいますよ!さあ、めいっぱいんでさわぎましょう‼」

「ふふっ、本当に子どもみたいにはしゃいじゃって。あんまりお酒に強くないんですから、飲み過ぎないように気を付けて下さいね?」

「「……………………っ」」

 まるで自分じぶんの事のようにさわぐ義父さんと義母さんの二人。そんな二人のバカ騒ぎに僕達は思わず顔を真っ赤に染めてうつむいてしまった。いや、本当にどうしてこんな事になってしまったのだろうか?心底分からない。

 ほら、アサヒがえ切れずに俯いたままあうあうとうめいているじゃないか。流石にこのままではいたたまれない。そう思い、僕はアサヒに合図あいずを送った。

「……イブキ?」

「義父さん、義母さん、僕達は少し夜風よかぜに当たってきます」

「あら、そう?風邪かぜを引かないようを付けてね」

「はい、気を付けます」

 そう言って、僕はアサヒを連れて屋上おくじょうへ向かった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 屋上おくじょうに出た僕に、アサヒは少し不安ふあんそうな顔で問い掛けた。

「えっと、私に何かよう?」

「別に何もいよ。ただ、少し夜風よかぜに当たりたかっただけでね」

「そうなの?じゃあ……」

「いや、この際だからアサヒとは少しはなしておきたかったからね。少しだけ付き合って貰っても良いかな?」

「……うん、良いけど。、何?」

 僕は屋上のはしに歩いていき、安全用のさくにもたれ掛かるように座った。アサヒもそれに倣って隣にすわる。安全用の柵が、ぎしりときしんだ。

 少し、考えをまとめる為に空を見上げる。空には満天の星空ほしぞらが。星々が瞬いていてとても綺麗だった。三日月が、僕達を見下みおろして笑っている。

 ほぅっと、僕はしずかに息を吐いた。

「さっき病院ではなしたからもうかっているだろうけど、あの天罰事件によって僕は血を分け合った実の弟をうしなったんだ」

「……えっと、その。弟と殺し合ったんだっけ?」

 アサヒは何処か、僕に遠慮えんりょをするようにおずおずとこたえた。まあ、その気持ちも確かに理解出来る。アサヒも実の妹をうしなった身だ、だからこそ僕の気持ちをしっかりと慮ってくれたのかもしれない。

 だからこそ、僕はしっかりと自分自身のいたみと向き合って答える。

「そう、神によって自由意志じゆういしを失った弟と殺し合った。そして、僕は実の弟をこの手で殺したんだ。みずから、こので殺した」

「……………………」

「…………今も、はっきりとおぼえている。地面に広がった血の赤色あかいろと、そして実の弟をこの手で殺した感触を。今もはっきりとおぼえている」

 僕は、この手で弟を殺した。実の弟を、この手で殺したんだ。

 その時に感じた怒りや絶望は今でも覚えている。いや、これからもきっとわすれないし忘れるつもりはない。ずっとずっと、忘れない。

 殺したくなんてなかった。けど、死にたくもなかった。それなのに、僕は実の弟をこの手で殺してしまった。自分がきたいが為に、殺してしまったんだ。

 殺したくなんてなかった。死にたくもなかった。それはたして、き汚い僕のわがままだったのだろうか?僕は、あのまま死ねばかったのだろうか?

 分からない。分からないけど、それでも……

 それでも、僕は今も生きている。生きているんだ。

「もしかして、イブキ。貴方、神との戦いをえたらそのまま自らいのちを絶って死ぬつもりじゃないでしょうね?」

「……………………」

 僕は、何も答えなかった。けど、きっとのそ無言むごんこそが何よりも雄弁ゆうべんな返答になっていたのだろう。だからこそ、アサヒがこうして、おこったような表情になったんだろうと思っている。

 そう、僕はきっと神との戦いを終えたその後の世界にえ切る事が、どうしても出来ないのだろう。

 きっと、自ら弟を殺してしまった罪悪感ざいあくかんに耐え切れない。僕は其処まで強くはないし強くはなれないんだ。

 だから、

「…………はぁっ、」

「?」

 そっと、溜息ためいきを吐くアサヒ。そんなアサヒに、僕は思わず首をかしげた。

 そして、アサヒは僕の方を真っ直ぐ見ると、少し涙のにじんだ目で睨み付けた。

「良い?これはあくまで、私を救おうとしてくれたイブキへのおれいだから」

「えっと?え?」

 そうして、アサヒは僕の頭をしっかりと両手ではさみ込んで。そのままかたくホールドしたまま顔を近付けてきた。

 え?なに?えっと、これはどういう……

「んっ」

「っ!?」

 そのまま、僕はアサヒにキスをされた。

 え?どういう事だ?何で、僕はアサヒにキスをされているんだ?これは一体、どういう事なんだ?どうして僕は、何で?え?

 何も分からないまま、アサヒはそっと僕から口をはなした。その顔は、まるでれたトマトのように真っ赤で。それでも僕を真っ直ぐとにらみ付けている。

 逆に、僕はアサヒの事をとても見ている事が出来ない。

 そっと、視線をらしてしまった。

 顔があつい。きっと、今の僕は顔が真っ赤なのだろう。

い?もう貴方の命は貴方あなただけのものではないの。私が居るしギンガも、そして他にもユキだって居る。貴方の義父や義母だって居るでしょう?だったら、そんなに簡単に命をてようだなんて言わないで」

「……………………」

 結局、僕は何もこたえる事が出来なかった。何も、言えなかった。

 そのまま、アサヒはすくっと立ち上がりいえの中に入っていった。それに比べて僕は何てなさけないんだろう。何だ、このざまは?

 そう思うけど、実際に僕は何も出来なかったのは確かだった。

 本当に、なさけない。そう僕は思って。

 そっと、膝をかかえた。そうして、しばらくしてようやく僕はいえの中へと入った。

 ……アサヒとのキス、予想外よそうがいに気持ち良かったな。

 ~7~

 たして、僕はどうすれば良かったのだろうか?何がただしかったのか?

 何も分からない。けど、それでも僕は、アサヒをおこらせてしまったのだろう。

 果たして、僕はどうすれば良かったのだろうか?何を間違まちがえていたのか?

 すっと、僕は自分の口元を知らず指でなぞる。顔が一気にあつくなった。

 部屋の仲、悶々もんもんと考え込んでいる僕。そんな時、部屋のとびらをコンコンと軽くノックする音が鳴り響いた。どうやら誰かがたようだ。

 そう思い、だれだろうと考えながら扉を開けた。其処そこに居たのは、苦笑を浮かべている義父さんだった。えっと、どうして此処ここに義父さんが?

 義父さんは、その手にA4サイズの封筒ふうとうを一通持っていた。一体何だろう?

 そうは思うけど、此処は元々義父さんの家だ。だったら、別にこの部屋へやに来ても問題なんてないだろうとおもい直した。いや、それでも一体何の用事ようじだろうか?そんな風に思う気持ちだって無い訳ではない。

 やはり、気になるものは気になる。

「えっと、何かよう?今からようと思っていた所だったんですけど」

「それはすいません。まあ、それ程重要な話という訳でもないんですが、とりあえず少しだけ話しませんか?」

「……?それは別に、かまいませんけど……」

 そう言って、僕は義父さんを部屋の中にまねき入れる。僕と義父さんは、それぞれベッドの縁に並んでこしを掛ける。義父さんは相変あいかわらず苦笑を浮かべて僕を真っ直ぐと見ている。

 えっと、さっきから一体何なんだ?そう思っていると、義父さんは手に持った封筒をそっと僕に差し出した。どうやら、け取れという事らしい。

 中身を確認かくにんしようとすると、それを義父さんはめてきた。

「今は止めた方が良い。ただ、その後君に覚悟かくごが決まったなら中を見て下さい」

「えっと、はい……」

 そう言われ、僕はそのままそっと封筒ふうとうをベッドの上に置いた。義父さんはそれに黙って頷くと、ぽつりぽつりと話し始めた。まるで、その姿すがたは自分のつみを告白する罪人のようだった。

 いや、事実義父さんは自分のつみを告白する気持ちなのだろう。何故なぜなら、その話の内容は僕の知らない機械仕掛けの紛争の真実しんじつだったから。義父さんが今まで隠し続けてきただろう真実だったから。

 その話の内容に、僕は少なからずショックをけていた。

 その真実とは、少なくとも義父さんの事をしんじていた僕からすれば到底受け入れられるような内容ではなかったのも確かだった。

 けど、それでも……

 それを話している義父さんは自身のつみ圧殺あっさつされそうな顔をしていたから。

 僕は、黙って話をいた。

 ・・・ ・・・ ・・・

 まず、義父さんが話したのはあの研究施設の盗難事件の真相しんそうだった。

「あの時、僕の個人研究室に侵入した泥棒どろぼうですが。実の所、その犯人は最初から分かっていたんです。その犯人の正体しょうたいも……」

「えっと、それは?」

 正直、僕は驚いていた。愕然がくぜんとしていたと言っても過言かごんではないだろう。少なくとも僕は義父さんの事を信じていたから。義父さんがうそを吐いたなんて、そんな事は欠片ほども思っていなかった。

 けど、それを聞いた所で僕は裏切うらぎられたとも思っていない。それは恐らく、信じられないという思いの方が強かっただけなのかもしれないけれど。

 少なくとも、僕は今でも義父さんの事は信じていた。

 だから、僕は素直すなおに続きをく事にした。

「イブキ君にうそを吐いて、結果的にだましていたのは本当に申し訳ないと、心底から思っています。本当に、すいません……」

「いえ、義父さんには義父さんなりにおもう所はあると思います。ですので、其処で謝らないで下さい。義父さんの事を信じますから」

「…………っ、本当にありがとうございます。ですが、せめて僕から一言だけでも謝らせて下さい。本当に、申し訳ありませんでした」

「……はい、それはまあ素直すなおけ取らせていただきます。ですが、どうしてそんな事になったんですか?少なくとも、義父さんはあの時、研究室にぬすみに入った人を知っていると言っていましたけど」

「はい、」

 少しだけ、間を置くようにだまり込んだ義父さん。その表情には、苦渋くじゅうの念が見え隠れしていた。その表情は、何処か未だに言うべきかなやんでいるようだった。

 けど、やがて決意をかためたのか覚悟を決めたような表情をした。

「詳しくは、その封筒ふうとうの中に入っている資料しりょうに書かれています。ですので、要点だけを掻い摘んで説明させていただきます。僕の研究室にぬすみに入った人、その人は僕の個人的な友人ゆうじんでした。いえ、少なくとも今でも友人だと信じています。その人は僕と同じく人類じんるいの為に研究を行っている研究者です」

「……その人が、どうして義父さんの研究を?」

 僕の問いに、義父さんは首をよこに振った。

「詳しい理由りゆうは分かりません。ですが、恐らくあの人のかんがえを察するにそれが人類の存続の為に必要ひつようだと考えたのでしょう……」

「それを、本人にいたんですか?」

「いえ、少なくともあの事件以来、一度も彼にっていません。会おうとは思ったのですが、どうも彼自身が会う事を拒否きょひしているみたいでして……」

「そう、ですか。やっぱり、義父さんがその事実をかくしていたのは、その友人の事を今でも信じていたからですか?」

「はい、今でも彼の事はかけがえのない友達ともだちだと信じています。彼が僕を裏切っただなんて信じられません。彼には彼なりのゆずれないおもいがあったのだと信じたい。ですので僕は今までその事をかくしていました。本当に申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です。義父さんの事は今でも信じていますから……」

「は、い……」

「ですので、どうか僕の事は気にしないで下さい。僕も、僕なりに覚悟かくごを決めた上で機械仕掛けの神威を移植いしょくして貰ったんです。ですので、義父さんもそれを何時までも悔やみ続けるのは止めて下さい」

「……っ、イブキ君。気付きづいていたんですか?」

「はい、義父さんが僕に機械仕掛けの神威を移植いしょくした事を、今も尚後悔し続けている事を僕はとっくに気付きづいていました。おそらくですが、義父さんが僕に移植したものが他の人のものと違ってブラックボックスが存在そんざいしている事も、何となくですが気付いていました」

「どう、して……」

「だって、あの移植手術をけてからおかしい事だらけだったんです。他の人に移植されたものとちがって、明らかに僕のものの方が性能的に段違だんちがいでした。というよりもあの時以来、僕の頭の回転かいてんが段違いに速くなっているんです」

「……………………」

「それに、これも恐らくですが。ほかにもブラックボックスがありますよね?それが何なのかは僕自身にもまったく分かりませんが、他にもいろいろと出来できそうな事がある確信がするんです。あくまで気のせいかもしれませんけど……」

「……………………」

「そのブラックボックスが何なのか、今はいません。恐らく、義父さんには義父さんなりにかんがえがあるのでしょうし。僕だっていろいろと覚悟かくごを決めて移植手術を受けたのは決して間違まちがいはありません。ですので、義父さんも気にしないで下さい」

「……は、い。ありがとうございます。ですが、最後さいごにこれだけは」

「えっと、何でしょうか?」

「イブキ君の覚悟かくごに付け込むように、機械仕掛けの神威を移植いしょくして本当に申し訳ありませんでした。それだけは、どうかあやまらせて下さい」

「…………ですから、それは僕だって覚悟した上での同意どういです。ですので、これ以上義父さんがあやまる必要は何処どこにもありませんよ」

「いえ、それでも……」

 尚も言葉を重ねようとする義父さんに、僕は首をよこに振った。

「義父さん、僕は義父さんにとても感謝かんしゃしているんです。それだけは今でも決して変わりませんし変えるつもりもありません。ですので、これ以上謝るのは無しという事にしましょう」

「…………いえ、そうですね。これ以上僕が何かを言うのは、確かに筋違すじちがいなのかもしれませんね。分かりました、ありがとうございます」

 そう言って、義父さんは頭をげた。そして、そのまま部屋へやを出ていった。

 うん、やっぱりこういうのはがらじゃないよな。そう思いながら、僕はそっと溜息を吐いて苦笑を漏らした。

 まあでも、義父さんから話を直接聞けたのは良かったかもしれない。

 そう、思った。そう思って、僕はふとそばに置いてある封筒ふうとうに視線を落とす。

「……………………」

 やっぱり、こればかりは確認かくにんしておくべきだよな。

 そう思い、僕はそっと封筒の封を丁寧にった。そして、その内容にゆっくりと目を通していき……

 ~8~

 ゆめを見ていた。いや、果たして夢を見ていたとえるのかも分からない。暗黒の海をただ沈んでいった。意識の海を、ただゆるやかに沈んでゆく。

 何もかんがえられない。何もおもい浮かばない。ただただ、海の仲を沈んでゆくように意識も沈んでゆく。ただ、静んでゆく。ゆるやかに、沈んでゆく。

「……い、」

 誰かのこえが聞こえてくる。暗黒のそこから、誰かの声が。

「……い、」

 この声は、一体誰だろうか?誰の声だ?

 駄目だめだ、何もかんがえられない。何もおもい浮かばない。何も分からない。

「……来い、我がもとへ。我に全てをゆだねよ」

 何も考えられない。何も分からない。何、も……

駄目だめだよ、兄ちゃん。そいつにいて行っちゃ駄目だ」

 ……っ⁉

「……⁉」

 ぎゅっと、誰かに腕をにぎられ止められた気がした。そのこえに、僕の意識はやがてクリアになってゆく。この声は……

 明瞭めいりょうになってゆく僕の意識とは裏腹に、暗黒のそこでは腹立たしげな感情が怒涛のようにれ出てくる。どうやら、その声のぬしは腹を立てているようだ。

「……貴様きさま、」

「僕の兄ちゃんにちょっかいを掛けないで。さっさと此処ここを出ていけ」

 その声に、暗黒の底から感じられる怒りの念は更にしてゆく。

「……ならん、どの道全ての人類は我が許にかえ運命うんめいなのだ。神の結締は決して覆る事があってはならん。全て、覆る事のないさだめなのだ」

 声と共に、暗黒の海が鳴動めいどうする。我が許に来い。全てを我にゆだねよ。

 全てを捨て去れ。我が意に従え。そんな強大無比な意思いしが、伝わってくる。

「なら、僕が代わりにお前のもとに行こう」

 な、何を……

 何を言っている?何をするつもりだ、めろ!

 そんな事は、駄目だめだ。絶対に駄目なんだ。

「僕がお前のもとに、兄ちゃんのわりに行こう。その代わりに、僕の兄ちゃんの事は見逃して貰うぞ」

 駄目だ。それは駄目なんだ。めろ‼

「…………、」

「僕が兄ちゃんのわりにお前の許に行こう。お前はかみだ。どの道、全ての人類が何れ神の許に還る運命うんめいなら、お前が全知全能をうたう神を名乗るなら、順序が逆になったとしても問題もんだいはない筈だろう?」

 止めろ、それは駄目だ!お前が僕の代わりになるなんて、そんな事など……

 止めろ、止めてくれ!たのむ、それだけは……

「……いだろう。其処まで言うなら、貴様をさきに我が下僕としよう」

「兄ちゃん、ごめんね。それじゃあ、僕はもうくよ。母さんをよろしくね」

 止めろ。止めてくれ!

 お前が居なくなると、僕はどうすれば良いんだ!これから先、僕は一体どうやって生きていけば良いんだ!なあ……

 シブキ‼

 ・・・ ・・・ ・・・

「シブキっ‼」

 勢いき上がった。其処そこは、自分の部屋のベッドだった。

 どうやら、僕はねむっていたらしい。けど、一体何だこのゆめは?いや、本当にこれは夢だったんだろうか?本当に、これをただの夢と認識にんしきしても良かったのか?

 分からない。けど、どうしてだろうか?この無性にいやな予感は……

 この、どうしようもなく最悪さいあくな方向へ話がすすんでいるような。

 こんこんっと、部屋の扉がノックされる音がひびく。どうやら、誰かが僕を起こす為に部屋の前まで来たらしい。けど、今の僕はどうしてだろう。返事へんじをするほどの余裕など欠片も無かった。

「……………………」

「イブキ?きてる?ドアをけるよ?」

 再び、こんこんっと扉をノックする音が響く。どうやら、扉をノックしているのはアサヒだったらしい。アサヒのこえが聞こえてきた。

 けど、やはりどうしてか僕は返事へんじをする事も出来ない。それだけの余裕が欠片も湧いてこなかった。

 本当に、一体僕はどうしてしまったのだろうか?

 不審ふしんに思ったのだろう。部屋の扉がゆっくりとけられ、アサヒが中に入る。

 すると、何故なぜだろう。アサヒが僕の顔を見るなり血相けっそうを変えた。

「ど、どうしたの?そんなにあせだくで!それに、顔が真っ青だよ!」

「…………アサ、ヒ」

「確か、此処の人は医者いしゃをしていたんだよね?今すぐんでくるよ‼」

「……いや、大丈夫だ。義父さんを呼ばなくても、良い」

「っ、でも……」

大丈夫だいじょうぶだ。大丈夫、僕は大丈夫だから……」

 少し、夢見ゆめみが悪かっただけだ。ただ、それだけだから。

 そう言って、僕はアサヒにわらい掛ける。けど、どうやら上手うまく笑えなかったらしくアサヒに余計な心配しんぱいをさせるだけだった。

 ・・・ ・・・ ・・・

 そして、かなり早めの朝食ちょうしょくを済ませ。朝の6時、僕とアサヒは玄関げんかんを出た。

 まだ、心配そうに僕を見るアサヒに、僕はみを向けた。

「本当に大丈夫だから、少しばかり夢見ゆめみが悪かっただけだよ。もう、大分元気が戻ったから、大丈夫だ」

「本当に?もし、つらい事があったら私に気兼ねなく相談そうだんしてくれても、」

「大丈夫だよ、本当に大丈夫だから。心配しんぱいしないでくれ」

 そう言って、僕はくつを履き終わりにっこりと笑みを向けた。

 今はもう、朝のような空元気からげんきではない。本当にこころからの笑顔を向けた。それでも心配なのだろう。アサヒはまだ、不安ふあんそうな顔をしていた。

 そんなアサヒに、いまの僕が出来るのは心配しんぱいを掛けないよう出来る限り何時も通りの態度を心がける事だろう。そう思い、僕は笑顔えがおをアサヒに向けたまま玄関の扉を元気よくけ放った。

 うん、空は快晴だ。とてもまぶしい光がり注いでいる。

 今日も、良いになりそうだと。そう思った。

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