雷嵐、乱れ舞う

 一辺二十数メートルの正方形の広間の中央に、アデムとメーテウスは少し距離を置いて、対峙する。

 即座にメーテウスは、腰の短剣を構え腰を少し落とす。アデムの雷がどんな方向からでも来ていいように。

 対してアデムは、じっとメーテウスを見つめて体の前で腕を組み、不動を保っている。

 組んでいた腕を緩やかに解き、右腕を上げる。

 攻撃がくると察知したメーテウスは、全身に緑光のプラーナを循環させる。


「…始める前に、周囲の影響を無くさないとな。ちょっとまってくれ」

「…はい」


 少し毒気を抜かれながらも、警戒は解かない。

 掲げられた右手に、橙色に輝く魔法陣が展開されるのをじっと見守る。

 やがてその光を弾けさせながら、地につけてプラーナを広げる。


真言宣誓マントラ——地より出ずる。隔絶を、堅牢なる守りを立てよ」


 瞬間、四方の出入り口と壁の前に土壁が生成される。

 メーテウスは、その様子に目を僅かばかり大きく開き、フリンもポカンとした顔で、四方を見渡している。


「アデム…、土属性が使えるようになったのか?——いや、取り戻したのか?」

「教会でね。…ほんと、色々と思い出したよ」

「……」


 アデムの淡く儚い笑みに含まれた様々な思いを悟り、言葉を詰まらせるメーテウス。

 昨日からまたガラリと変わった語気と、初期にメーテウスと会う前から知っているような、言葉の数々。

 着実に、数年前仰ぎ見た姿に近づいている。


 敢えて口には出さず、短剣を構え直す。

 アデムも笑みを止めて、虚空より簡略詠唱と共に天廻剣を抜き放つ。

 それを見たメーテウスは、地を砕く程の一歩を踏み出したのちに、急加速して接近する。


真言宣誓マントラ——空より捻り爆ぜよ。過ぎし風は、思う事なく断ち切る」


 加速と同時に詠唱した魔法が、アデムの周囲から空気を捻じ曲げて、風の刃が迫る。


「——断壁よ」


 一言。アデムの体を切り裂くことなく、透明の壁にぶち当たるように、風がつむじ状に霧散する。

 それで終いではなかった。

 風が吹き荒れる間隙を縫って、メーテウスが渾身の緑光が煌めく短剣の突きを見舞う。


「——変質、輝ける石よ」

「!!」


 追加で一言。

 アデムの周囲の空気がぐにゃりと捻じ曲がったかと思うと、肩を貫こうとしていた短剣が、体の芯を響かせる衝撃を持って、阻まれる。

 短剣の切先に、小粒の石が短剣を阻んでいた。


「…アデム。さっきも思ったが…土魔法思い出したんだな」

「ああ、お陰様でね」


 メーテウスはプラーナを込めて、砕こうとするもより硬さが増すかのように、びくともしない。

 見た目では、数センチしかない石なのにだ。


「——地を下せ、いかずちよ」


 四角に開けた空より、槍の如き雷がメーテウスにめがけて降り注ぐ。

 だが、魔法の予兆を感じる前にメーテウスは、後方へと回避していた。


「おお…、流石。じゃあこれは?——拡散せよ」


 地を砕いて突き刺さった雷を軽々と握り、無造作に投げる。

 一本の槍が弾けて、散弾のごとく襲いかかる。


真言宣誓マントラ——嵐よ。我が身を守る界域と成せ」


 メーテウスの体の中心から、緑光が乱舞しドーム状に展開される。

 嵐の牢が、雷を無造作に弾き侵入を許さない。

 アデムは、嬉々としながら天廻剣に雷光を宿す。


「破らせてもらおうか。真言宣誓マントラ——阻む事なく進め。等しく、その光を受けよ」


 中段に構えた天廻剣をに白雷を纏わせて、雷速を以って薙ぐ。

 白雷は、振るった瞬間に射程を伸ばして、嵐の牢を横一文字にメーテウス諸共、切り裂こうとする。

 流石に防げないと見たか、嵐の牢を解き四肢を地に着かないぎりぎりまで伏せる。


「なんとも、冷や冷やする」


 乾いた笑いを漏らしながら、嵐を眼前に巻き起こす。

 土は舞い上がり、それは土煙となってメーテウスの姿をかき消す。

 片手で目を庇いながら、メーテウスの位置を探る。


「……、これは」


 土煙はすぐに晴れるかと思いきや、風が意志を持つかのように土を舞上げて砂塵となって、視界を塞ぐ。

 プラーナを地に放ち、メーテウスの出方を探るも気配がない。

 プラーナの流れも感じ取れない。

 ならばと、防御を密に何処からでも攻撃されても良いように、土属性を交え防御に趣を置いたプラーナを全身に纏いながら、メーテウスの出方をじっと待つ。


「…!」


 空気に混じったプラーナに勘付き、稲光を走らせる。

 しかし手応えはなく、肝心のメーテウスは捉えられずにいた。


「…駄目か。さて、どうくる?」


 念には念を。土の防御と共に天廻剣を解き、雷による自動防御を展開して、さらに堅める。

 被ダメージを、最小限に抑える戦法で行く。

 視界が徐々に明瞭になってく中、上空に渦巻く風が、アデムの耳の奥をとらえる。

 

「!!」


 アデムの脳天を刺し貫かんと、メーテウスの短剣が嵐をまとって、襲いかかる。

 コンマ一秒遅れて、展開していた防御を上空に集中させて迎え撃つ。


真言宣誓マントラ——風の便りに。栄華の果てを目指し意を貫く」


 短剣と自身を風の槍と成して、風がアデムの防御を次第に削る。

 その余波が、頬を切り裂き撫でる。

 その威力の高さに、心が高まるのを感じる。


「良いじゃないか…!真言宣誓マントラ——猛ろ。世の果てまで、魅せたこの力を。何もかもを照らし、燦然たる証を示せ!陰ることはなき地平を掲げる!」


 鮮烈なる光の後、白雷がメーテウスの四方を囲むように、覆い尽くす。

 横目にその雷を鋭い目で見ながら、術式を紡ぐ。


真言宣誓マントラ——影間に惑う。真実を合わせてここに現出せん」

「…は!?」


 思わず驚きの声をあげる。

 メーテウスの姿が霞のように消えていたからだ。

 行き場を無くした白雷同士が、弾けるのをすでに眼中から外し、メーテウスを探す。

 いや先に防御か?それとも全体に白雷を走らすか?


「……!!」


 アデムが数瞬の間、迷っていたところに悪寒が突如として走る。

 音も無く鋭い刃が、首元に近づいていた。

 今からでは到底防御や回避が間に合う体勢でない。


「天廻剣!」


 そこにアデムは今度は迷いなく、愛剣の名を叫ぶ。

 首と刃の間に差し込むように現れたそれは、軋むような音を立てて衝撃波を生む。


「…ぐぅっ!」


 力とプラーナを最大限込めて、徐々に天廻剣の腹を押し込んでゆく。

 あと少しで突破する。そのとこで地を踏む感覚が突如として消える。


「まだまだ、勝たせるわけにはいかない」


 アデムが地に手をつき、メーテウスの足場を迫り上げ体勢を崩す。

 宙に浮いた体を、捻って体制を整えようとする。


「——白雷よ!」

「がぁ…!」


 

 プラーナの動きだけで放つ白雷が、メーテウスの仕切り直しを阻止。

 痺れに体の自由を奪われながらも、起き上がり短剣を投げようとするも、狙い撃つ雷槍が弾く。


「ぐぅ…!ぉおおお!!」


 短剣が弾かれた衝撃で仰け反りながらも、風の刃を放とうとするも、そこにアデムは居ない。

 後ろか上か。雷が弾ける音を頼りに、瞬時に術式を真後ろへ向けようとする。


「ここまでだ。メーテウス」

「…っ!」


 正面。

 穏やかな声音と共に、天廻剣が首に添えられていた。

 ここまで2秒ともない攻防。

 ブラフと思考を許さない、圧倒的速さ。思考も反射も超えて、アデムはメーテウスに雷とプラーナによるブーストで翻弄した。

 若干下唇を噛むも、やがて線なきことだと思い脱力する。


「参りました」

「ふふふ…よっしゃ!」


 両手をあげて、降参するメーテウス。

 ニカっと歯を剥き出し、勝利を誇示する。天廻剣が空中に粒子となって溶け出しながら、片手でメーテウスを起こす。


「ふむ。…やはり、まだまだプラーナの扱いが甘かったな。

 勉強になった」

「いやいや、まだ発現してから一日も経ってないでしょうが…プラーナを感じ取れなかった時は流石に焦ったぞ」

「それはよかった。こうでもしないと、私はあなたに敵いませんから」

「よく言う」


 メーテウスも確かな充足感が得られたのか、晴れやかな笑みになっている。

 これは、うかうかしていると抜かされそうだと噛み締めつつ、土埃をはらう。

 背を伸ばし、緊張で固まった体が解れる気持ちよさにかまけていると、こちらに近寄ってくる、軽快な足音が聞こえる。

 


「すごかったよ、二人ともー!」

「お、フリン。どうだった?」

「どうだったじゃないよー。危うく巻き添え喰らうところだったんだよ?」

「ははは。それはすまない」

「あー、絶対私のこと忘れてたでしょー」

「ほ、ほら。俺のプラーナ…というか魔力で障壁貼ってあったろ?これこれ」


 ツンツンとフリンの腕を触り、いつのまにか覆っていた、薄い光の膜が波打っているのをみる。

 それでも、フリンは少しむくれていた。


「むー、そうだけど…そうじゃないんだよなー」

「フリン。すまない。私も手加減が出来そうになかった」

「ああ!いいんですよ、メーテウスさん。頭を上げてください。全部はアデムくんが悪いに決まっていますから!」

「えぇ…」

「それもそうだな」

「えぇぇ…」


 アデムの情けない声に、声を上げて笑う二人。

 ムッとした顔をしながらも、心の奥底では昨日とは違う晴れやかな二人に内心ホッとする。

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無冠王の逆境譚〜神の如き力を失っても、俺は人類を救う〜 黒田 輪 @D-free2023

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